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本編
第二十九話 二人の来た道
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神無月の府中、東京競馬場の芝をそよかぜが揺らす。
《さあ、お待たせいたしました。全国から予選を勝ち抜いたジョッキーベイビーたちの入場です》
スピーカーから流れるアナウンサーさんの声を聞きながら、僕―源光太は、この前貸し与えられたばかりのポニーの首を軽くたたいた。
「ブルルッ」
僕の番号は最内から二つ目の2。そして、唯一僕より内側の1番の騎手は・・・
(綺麗な人だな・・・)
馬の世界では珍しい、女の子。そのほっそりした綺麗な足でしっかりと馬に扶助を送り、手綱をしっかりと握った騎乗フォームは完璧だった。
「どうした光太?あの子が気になるか?」
「違う、そんなんじゃない!」
馬を引く的場先生が言うのに言い返し、手綱をギュッと握りしめる。
「ブルルルッ」
さすがにポニーにゲートは使えないので、芝コースに直接描かれた線を頼りに各馬がスタート地点に整列した。
《さあ、全馬スタート地点に収まり・・・》
バサッ!
《スタートしました!》
スターターの旗が振られる。
「それっ!」
的場先生が引手を外すと同時に手綱を緩めると、一気に駆けだす。
《おおっと!一番大きく出遅れました!》
実況の声に後ろを振り返ると、あの女の子がスタートでもたついているのが見えた。どうやら引手を外すタイミングが合わなかったように見える。
(でも今は・・・)
僕は愛馬に足で合図を与えると、先頭に立って思いっ切り逃げを打った。
ダカッダカッ・・・
蹄の響きも快調に先頭を駆ける。一着はもう自分のものだ・・・・と思っていた。
《さあ先頭二番源光太。おおっとしかし、一番が一気に差しに来る!》
次の瞬間、僕は自分の目を疑った。
(あいつ、ホントにポニーに乗ってるのか・・・⁉)
その子は一頭だけ、ポニーではなくサラブレッドに乗っている様に見えた。
「行け!行け!」
自分も抜かされまいと、さらに馬を追って行く。でも、その足音はあっという間に追いついて並んだ。
(あぁ、これは・・・・)
その子が駆る葦毛がアタマ一つ抜け出すと同時に、僕らはゴール版を通過。
「完敗だ・・・」
手綱を引きながら、ポロリとそんな言葉がこぼれる。
「ねぇ!」
馬が留まると同時に、僕の背中に声が投げかけられた。
「あんた、すごいね!」
さっきの女の子が葦毛馬の上で笑っている。
「わたしの差しにあんなに食いついてきたの初めて見た!」
ゴーグルの下の目は分からないけど、その子はニコニコ笑いながら馬を寄せてきた。
「あっ!自己紹介忘れてた!」
その子がゴーグルを外すと、その綺麗な瞳があらわになる。
「わたし、関東地区代表の春峰あさひって言います!」
「う~ん・・・」
突然脳裏に浮かんだ光景で目を覚ます。
「あの日の夢は久しぶりだな・・・」
ベッドの上で上半身を起こすと、枕もとのスマホで時間を確認。
(あさひは、覚えているのか・・・)
いや、初めて部に来た時の様子からするに覚えてないだろう。でも、自分ははっきりと覚えている。
あれほど馬に乗るのが上手な人間を、僕は見たことはない。
「さて・・・」
時計が指すのは午前一時。
「もう少し寝るか・・・」
僕はそのまま、再び布団にもぐり込んだ。
「ブルルッ、ブルルッ」
天照がわたし―春峰あさひの胸に顔を擦り付ける。
「よしよし。はい、お口あーんして」
わたしは天照にハミを噛ませると、手早く鞍を置き、腹帯を締める。
「はい、行こうか」
厩舎の外に出ると、鐙に足をかけて騎乗。
ポン!
天照の腹を蹴り、並足から軽速歩、速歩と徐々に速度を上げていく。
ダカッ、ダカッ・・・
「今日も快調ね、あさひ」
「そうだね。体温も問題ないし飼い食いもいい。最高の状態なんじゃないの?」
後ろから馬体を合わせてきたのは、友里恵とルル。その友里恵と馬を並べながら、早朝の南相馬を海に向かって走る。
「そういえば、結那とか狼森先輩は、海で練習しないの?」
「結那に関しては、一度海に行ったら、鬼鹿毛が他の馬に喧嘩売りに行ったから自粛中」
あきれたように言う友里恵。
「たまたまブラックホールがいたんだっけ?」
わたしの言うブラックホールって言うのは、同じ南相馬市内の人が飼ってる馬。鬼鹿毛と同じゴールドシップ産駒だけど、なぜか鬼鹿毛はブラックホールを見るたびにケンカを売りに行く。
「ブラックホール君はいたっておとなしいのに、いい迷惑よね」
「この前なんて、人が乗ってる状態で蹴りに行ってたもんね」
二人で話しながらため息をついていると、後ろから紫色のメンコが追いかけてきた。
「春峰先輩!友里恵先輩!」
その声の主は、自らの愛馬の上で笑いながら言う。
「今日も浜で練馬ですか?」
「そうだけど?」
声の主―後輩の土狩正彦に言うと、わたしと友里恵は馬を進めた。
「僕もご一緒させてください!」
「まあ、いいけど・・・」
わたしはそういうと、天照の手綱を絞る。
《信号ガ、赤デス》
横断歩道の赤信号が薄暗い朝に光っていた。
「ブルルッ」
「ブフ~」
馬たちの鼻息。
ガラガラガラガラ・・・・
目の前の道路をトラックが通り過ぎていく。
「そういえば・・・」
正彦が口を開く。
「あさひ先輩って、乗馬歴はどれくらいなんですか?」
「う~ん、かれこれ十年以上は乗ってるんじゃない?」
それにしてもどうして?とわたしが問うと、正彦はクバンの鬣をなでながら答えた。
「この前、競馬関係の動画を見ていたら、あさひ先輩の昔の動画を見つけたんです。十年位前のジョッキーベイビーズ」
「あぁ・・・・」
そういえば、そんなこともあったな・・・もう記憶の彼方に埋もれていたけど。
「その動画で、一着にあさひ先輩、二着に源先輩が入ってるのを見て、お二人の縁はこのことからあったんだな・・・って」
ん?今なんて⁉
「だから、あさひ先輩の勝ったジョッキーベイビーズで、東北地区代表として源先輩も出走していて、クビ差の二着に食い込んでたって・・・」
「何それ⁉初耳なんだけど!」
わたしが目を見開くと、正彦は「え?」とでも言いたげな顔で首をかしげる。
「知らなかったんですか?源先輩、その時のこと未だに夢に見るって・・・」
そこまで口に出したところで・・・
ピピッ!
《信号ガ、青ニ変ワリマシタ》
横断歩道の信号が青に変わる。
「じゃ、この続きは浜で・・・」
正彦が言うのにうなずくと、わたしは手綱を緩めて天照の腹を蹴った。
ダカッ、ダカッ・・・
駈足で南相馬の町を駆け抜け、他の騎馬たちも訓練に使う浜へと向かう。
「はいっ、ほっ!」
天照とルル、クバンの蹄がアスファルトを蹴る音が響き、それに誘われるように街が眠りから覚めていく。
ザッ、ザッ・・・
天照たちの足音が、硬いアスファルトを叩く音から砂を踏みしめる音に変わった。
「あさひ、そっちは今日何やるの?」
「天照は甲冑競馬には出ないから、とりあえず他の馬の雰囲気に慣らしてこうかなって思ってる」
「OK。わたしは軽く流してウォーミングアップしてくる」
友里恵とルルが走り去る足音を聞きながら、わたしは正彦に目線を向ける。
「じゃあ、詳しく話してもらいましょうか」
朝の南相馬高校昇降口。部活の朝練を終えたり、登校してきた生徒たちであふれかえっている。
その人ごみの中、僕―源光太の目に、見慣れたショートカットが目に入った。
「おはよう、光太」
その髪の持ち主、春峰あさひが言う。
「おはよ・・・うぷっ!」
挨拶を口に出しかけた瞬間、僕の首はあさひの腕に捕らえられていた。
「ちょっとこっち来なさい」
有無を言わさず、僕を昇降口奥にある休憩スペースに連行していくあさひ。
「ねぇ、光太」
テーブルをはさんで反対側、座らされた僕を見ながらあさひが言う。まるで獲物を前にしたオオカミのような、鋭い瞳だ。
「わたしに隠してること、ない?」
「は・・・?」
一瞬訳が分からず固まっていると、あさひがグイっと身を乗り出して言う。
「十一年前のジョッキーベイビーズ!」
「⁉」
なんでそんなことを!
「正彦から聞いたの」
「アイツ・・・」
頭の中で眼帯姿のアイツがピースする。
「なんで隠してたの・・・?」
「なんでって・・・」
怒った顔であさひが言うけど、べつに理由らしき理由なんてないし、隠してたわけでもない。強いて言うなら・・・
「・・・あさひ、そんなこと覚えてないだろうって思ってた」
「覚えてるわよ!」
すごい剣幕であさひが言う。
「覚えてるし、今までもよく夢に見てたし、あのカッコイイ子って誰だろって思ってたし・・・!」
なんかよくわからないことまで口走り始めるあさひ。
「とにかく!」
あさひが僕の目を睨みつけるように見て言う。
「放課後、わたしと勝負しなさい!」
その日の放課後・・・
「ブルルッ」
雲雀ヶ原祭場地に、鬼鹿毛と天照の鼻息が響く。
「じゃあ・・・」
わたし―佐藤友里恵は愛馬の上から目の前に並ぶ二騎の人馬を見ながら口を開いた。
「これからルールを説明するね」
目の前の二人―同じ野馬追部員の源光太と春峰あさひは、口を真一文字に引き結んで、自分のヘルメットの顎ひもを締める。
「出走馬は、あさひの乗った天照と光太の乗った鬼鹿毛。二頭だけのマッチレースね。距離は雲雀ヶ原祭場地の馬場を二周、ダートの二千メートルよ」
少し振り返ると、ゴール付近の審判台の上で手を振る他の部員たちが見えた。
「判定は、ゴール地点にいる狼森先輩と結那、栞奈ちゃんと正彦、小梅ちゃんにやってもらうわ。五人の協議のうえで決まる」
二人がそれぞれの馬上でうなずくのを見て、わたしはさらに言葉を継ぐ。
「これから十五分間返し馬をして、そのあとポケット地点からスタート。スターターのわたしが旗を振るから、それを合図にスタートしてね」
わたしは大きく息を吸い込むと、雲雀ヶ原全体に響きそうな声で最後の指示を発する。
「じゃあ、返し馬はじめ!」
《さあ、お待たせいたしました。全国から予選を勝ち抜いたジョッキーベイビーたちの入場です》
スピーカーから流れるアナウンサーさんの声を聞きながら、僕―源光太は、この前貸し与えられたばかりのポニーの首を軽くたたいた。
「ブルルッ」
僕の番号は最内から二つ目の2。そして、唯一僕より内側の1番の騎手は・・・
(綺麗な人だな・・・)
馬の世界では珍しい、女の子。そのほっそりした綺麗な足でしっかりと馬に扶助を送り、手綱をしっかりと握った騎乗フォームは完璧だった。
「どうした光太?あの子が気になるか?」
「違う、そんなんじゃない!」
馬を引く的場先生が言うのに言い返し、手綱をギュッと握りしめる。
「ブルルルッ」
さすがにポニーにゲートは使えないので、芝コースに直接描かれた線を頼りに各馬がスタート地点に整列した。
《さあ、全馬スタート地点に収まり・・・》
バサッ!
《スタートしました!》
スターターの旗が振られる。
「それっ!」
的場先生が引手を外すと同時に手綱を緩めると、一気に駆けだす。
《おおっと!一番大きく出遅れました!》
実況の声に後ろを振り返ると、あの女の子がスタートでもたついているのが見えた。どうやら引手を外すタイミングが合わなかったように見える。
(でも今は・・・)
僕は愛馬に足で合図を与えると、先頭に立って思いっ切り逃げを打った。
ダカッダカッ・・・
蹄の響きも快調に先頭を駆ける。一着はもう自分のものだ・・・・と思っていた。
《さあ先頭二番源光太。おおっとしかし、一番が一気に差しに来る!》
次の瞬間、僕は自分の目を疑った。
(あいつ、ホントにポニーに乗ってるのか・・・⁉)
その子は一頭だけ、ポニーではなくサラブレッドに乗っている様に見えた。
「行け!行け!」
自分も抜かされまいと、さらに馬を追って行く。でも、その足音はあっという間に追いついて並んだ。
(あぁ、これは・・・・)
その子が駆る葦毛がアタマ一つ抜け出すと同時に、僕らはゴール版を通過。
「完敗だ・・・」
手綱を引きながら、ポロリとそんな言葉がこぼれる。
「ねぇ!」
馬が留まると同時に、僕の背中に声が投げかけられた。
「あんた、すごいね!」
さっきの女の子が葦毛馬の上で笑っている。
「わたしの差しにあんなに食いついてきたの初めて見た!」
ゴーグルの下の目は分からないけど、その子はニコニコ笑いながら馬を寄せてきた。
「あっ!自己紹介忘れてた!」
その子がゴーグルを外すと、その綺麗な瞳があらわになる。
「わたし、関東地区代表の春峰あさひって言います!」
「う~ん・・・」
突然脳裏に浮かんだ光景で目を覚ます。
「あの日の夢は久しぶりだな・・・」
ベッドの上で上半身を起こすと、枕もとのスマホで時間を確認。
(あさひは、覚えているのか・・・)
いや、初めて部に来た時の様子からするに覚えてないだろう。でも、自分ははっきりと覚えている。
あれほど馬に乗るのが上手な人間を、僕は見たことはない。
「さて・・・」
時計が指すのは午前一時。
「もう少し寝るか・・・」
僕はそのまま、再び布団にもぐり込んだ。
「ブルルッ、ブルルッ」
天照がわたし―春峰あさひの胸に顔を擦り付ける。
「よしよし。はい、お口あーんして」
わたしは天照にハミを噛ませると、手早く鞍を置き、腹帯を締める。
「はい、行こうか」
厩舎の外に出ると、鐙に足をかけて騎乗。
ポン!
天照の腹を蹴り、並足から軽速歩、速歩と徐々に速度を上げていく。
ダカッ、ダカッ・・・
「今日も快調ね、あさひ」
「そうだね。体温も問題ないし飼い食いもいい。最高の状態なんじゃないの?」
後ろから馬体を合わせてきたのは、友里恵とルル。その友里恵と馬を並べながら、早朝の南相馬を海に向かって走る。
「そういえば、結那とか狼森先輩は、海で練習しないの?」
「結那に関しては、一度海に行ったら、鬼鹿毛が他の馬に喧嘩売りに行ったから自粛中」
あきれたように言う友里恵。
「たまたまブラックホールがいたんだっけ?」
わたしの言うブラックホールって言うのは、同じ南相馬市内の人が飼ってる馬。鬼鹿毛と同じゴールドシップ産駒だけど、なぜか鬼鹿毛はブラックホールを見るたびにケンカを売りに行く。
「ブラックホール君はいたっておとなしいのに、いい迷惑よね」
「この前なんて、人が乗ってる状態で蹴りに行ってたもんね」
二人で話しながらため息をついていると、後ろから紫色のメンコが追いかけてきた。
「春峰先輩!友里恵先輩!」
その声の主は、自らの愛馬の上で笑いながら言う。
「今日も浜で練馬ですか?」
「そうだけど?」
声の主―後輩の土狩正彦に言うと、わたしと友里恵は馬を進めた。
「僕もご一緒させてください!」
「まあ、いいけど・・・」
わたしはそういうと、天照の手綱を絞る。
《信号ガ、赤デス》
横断歩道の赤信号が薄暗い朝に光っていた。
「ブルルッ」
「ブフ~」
馬たちの鼻息。
ガラガラガラガラ・・・・
目の前の道路をトラックが通り過ぎていく。
「そういえば・・・」
正彦が口を開く。
「あさひ先輩って、乗馬歴はどれくらいなんですか?」
「う~ん、かれこれ十年以上は乗ってるんじゃない?」
それにしてもどうして?とわたしが問うと、正彦はクバンの鬣をなでながら答えた。
「この前、競馬関係の動画を見ていたら、あさひ先輩の昔の動画を見つけたんです。十年位前のジョッキーベイビーズ」
「あぁ・・・・」
そういえば、そんなこともあったな・・・もう記憶の彼方に埋もれていたけど。
「その動画で、一着にあさひ先輩、二着に源先輩が入ってるのを見て、お二人の縁はこのことからあったんだな・・・って」
ん?今なんて⁉
「だから、あさひ先輩の勝ったジョッキーベイビーズで、東北地区代表として源先輩も出走していて、クビ差の二着に食い込んでたって・・・」
「何それ⁉初耳なんだけど!」
わたしが目を見開くと、正彦は「え?」とでも言いたげな顔で首をかしげる。
「知らなかったんですか?源先輩、その時のこと未だに夢に見るって・・・」
そこまで口に出したところで・・・
ピピッ!
《信号ガ、青ニ変ワリマシタ》
横断歩道の信号が青に変わる。
「じゃ、この続きは浜で・・・」
正彦が言うのにうなずくと、わたしは手綱を緩めて天照の腹を蹴った。
ダカッ、ダカッ・・・
駈足で南相馬の町を駆け抜け、他の騎馬たちも訓練に使う浜へと向かう。
「はいっ、ほっ!」
天照とルル、クバンの蹄がアスファルトを蹴る音が響き、それに誘われるように街が眠りから覚めていく。
ザッ、ザッ・・・
天照たちの足音が、硬いアスファルトを叩く音から砂を踏みしめる音に変わった。
「あさひ、そっちは今日何やるの?」
「天照は甲冑競馬には出ないから、とりあえず他の馬の雰囲気に慣らしてこうかなって思ってる」
「OK。わたしは軽く流してウォーミングアップしてくる」
友里恵とルルが走り去る足音を聞きながら、わたしは正彦に目線を向ける。
「じゃあ、詳しく話してもらいましょうか」
朝の南相馬高校昇降口。部活の朝練を終えたり、登校してきた生徒たちであふれかえっている。
その人ごみの中、僕―源光太の目に、見慣れたショートカットが目に入った。
「おはよう、光太」
その髪の持ち主、春峰あさひが言う。
「おはよ・・・うぷっ!」
挨拶を口に出しかけた瞬間、僕の首はあさひの腕に捕らえられていた。
「ちょっとこっち来なさい」
有無を言わさず、僕を昇降口奥にある休憩スペースに連行していくあさひ。
「ねぇ、光太」
テーブルをはさんで反対側、座らされた僕を見ながらあさひが言う。まるで獲物を前にしたオオカミのような、鋭い瞳だ。
「わたしに隠してること、ない?」
「は・・・?」
一瞬訳が分からず固まっていると、あさひがグイっと身を乗り出して言う。
「十一年前のジョッキーベイビーズ!」
「⁉」
なんでそんなことを!
「正彦から聞いたの」
「アイツ・・・」
頭の中で眼帯姿のアイツがピースする。
「なんで隠してたの・・・?」
「なんでって・・・」
怒った顔であさひが言うけど、べつに理由らしき理由なんてないし、隠してたわけでもない。強いて言うなら・・・
「・・・あさひ、そんなこと覚えてないだろうって思ってた」
「覚えてるわよ!」
すごい剣幕であさひが言う。
「覚えてるし、今までもよく夢に見てたし、あのカッコイイ子って誰だろって思ってたし・・・!」
なんかよくわからないことまで口走り始めるあさひ。
「とにかく!」
あさひが僕の目を睨みつけるように見て言う。
「放課後、わたしと勝負しなさい!」
その日の放課後・・・
「ブルルッ」
雲雀ヶ原祭場地に、鬼鹿毛と天照の鼻息が響く。
「じゃあ・・・」
わたし―佐藤友里恵は愛馬の上から目の前に並ぶ二騎の人馬を見ながら口を開いた。
「これからルールを説明するね」
目の前の二人―同じ野馬追部員の源光太と春峰あさひは、口を真一文字に引き結んで、自分のヘルメットの顎ひもを締める。
「出走馬は、あさひの乗った天照と光太の乗った鬼鹿毛。二頭だけのマッチレースね。距離は雲雀ヶ原祭場地の馬場を二周、ダートの二千メートルよ」
少し振り返ると、ゴール付近の審判台の上で手を振る他の部員たちが見えた。
「判定は、ゴール地点にいる狼森先輩と結那、栞奈ちゃんと正彦、小梅ちゃんにやってもらうわ。五人の協議のうえで決まる」
二人がそれぞれの馬上でうなずくのを見て、わたしはさらに言葉を継ぐ。
「これから十五分間返し馬をして、そのあとポケット地点からスタート。スターターのわたしが旗を振るから、それを合図にスタートしてね」
わたしは大きく息を吸い込むと、雲雀ヶ原全体に響きそうな声で最後の指示を発する。
「じゃあ、返し馬はじめ!」
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