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本編

第二十六話 再会

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「青春ですねぇ・・・・・」
 三春町板野家の庭。わたし―春峰あさひは、目の前の感動的な別れを見ながら言う。
「いや、あさひも青春真っ只中だろ」
 隣で狼森先輩が猪肉シシニクを咀嚼しながら言った。
「あ、わたしもお肉いただきます」
「はいよ。最近の若い子はよく食べてくれて嬉しいなぁ」
 優しそうな目をしたおじいさんからお肉をもらい、わたしがそれをほおばった時・・・・
「ん?」
 周りの人間の中に、見覚えのある顔が混じっているように見えた。
「んん~?」
 とても見覚えがあって、そして殺意の湧いてくる顔。
(いた!)
 その顔を見つけると、わたしは食器を置いて駆けだした。
「そこの髭面!」
 その男に声をかけると同時に、わたしは勢いのままジャンプ。
「喰らえ!」
 見事なまでのドロップキックをその胸にお見舞いした。
「ぐえっ!」
 ゴジラに踏まれたカエルのような、情けない声を出して倒れる男。手に持ったカメラを離さない仕事人魂だけは評価してやってもいいだろう。
「痛てて・・・・・」
 土まみれになった服を叩きながら起き上がると、男はわたしを見た。
「随分と手荒な再会だな。あさひ」
「この・・・っ!」
 その甲斐性の無い笑顔に平手を叩き込みたい衝動を抑えながら、わたしは口を開く。
「実の娘が南相馬に帰ってきたのに、顔も出さない男の言うこと。それ?」
 そう、この男がわたしの父親、春峰時雄。死んだお母さんの最愛の相手にして、わたしが最も憎む人物。
「ほんとアンタは、いつもその辺ほっつき歩いて・・・・」
「悪い悪い。どうしても撮りたいものがあってな」
「あんたはそうやっていっつもいっつも!お母さんが死んだときだって、そう言って葬式にも、お通夜にも来なかったじゃん!」
 そういいながら父さんの顔を引っ叩く。

 バチン!

 父さんがもう一度吹っ飛んだ。
「ねえ・・・・」
 吹っ飛んだ父さんの元に近づくと、わたしは口を開く。
「お母さんが死ぬ間際、なんて言ってたと思う?」
「・・・・」
 ぶたれた頬を抑えて黙る父の顔に、グッと顔を近づけてわたしは言った。
「『あの人はどこにいる?』よ」
「・・・・」
「お母さんは、最期にアンタに会いたいって願いながら死んだの!」
 一気にまくしたてて酸欠気味の肺に一気に息を吸い込むと、わたしはさらに続ける。
「それなのにアンタは、葬式にすら顔を出さないでどっか行って音信不通で・・・・!」
 あれ?なんか口の中がしょっぱい。
「あさひ・・・・」
 狼森先輩がわたしの肩をそっとつかむ。
「それくらいにしておけ。それと、涙を拭け」
「え?」
 手の甲で頬をこすると、生暖かい水の感触が伝わってきた。
「もういいだろう。で・・・・」
 狼森先輩は父さんの手を取り、立ち上がらせながら言う。
「春峰さん。たまにはあさひの事を考えてやってください」
「あさひの事。ね・・・・」
 困惑気味に言う父さんに、さらに語りかけた。
「冴子さんは確かに、あさひの親代わりになってはくれてます。でも、あさひの親はあなたと、亡くなった美春さんしかいないんです」
「そうか。ありがとう。考えておくよ」
 父さんはそう言うと、地面に置いていたカメラを拾い上げた。







「すみません、お騒がせしました」
 俺―春峰時雄はカメラを拾い上げると、居候させてもらっている板野家の当主、稔さんに頭を下げる。
「いや、いいのよ。それより・・・・・」
 稔さんは笑うと、その笑いを引っ込めて俺を見た。
「あんた、いい加減家に帰ったらどうかね?」
「どうしましょうかね。まだここに居座るつもりでいたんですけど」
「いや、そうじゃない」
 俺が笑いながら言うと、稔さんは煙草に火をつけながら言う。
「たまには家に帰れ。そして、娘さんに顔を見してやれ」
「う~ん、実を言うと、あまりにも家にいなさすぎて、なんというか帰りづらいんですよ」
 俺が言うと同時に、門の方から両手に萩を抱えた敬美ちゃんが走ってきた。
「コクオー!大好きな萩を取ってきたよ!」
「敬美は・・・・・」
 コクオーの鼻に抱きつく敬美ちゃんを見ながら、稔さんが言う。
「五歳のころ、皆黒の熊に父親を喰われた」
 スゥっと吸い込んだ煙草の煙を吐き出しながら続けた。
「あの子は、随分と酷な思い出を背負ってしまった。五歳と言えば、親に甘えたい盛りだったろう」
 もう一度、煙草の煙を吸い込む。
「そんな時期に父親を失った。悲しかったろう、泣きたかったろう」
 稔さんの視線の先で、敬美ちゃんはコクオーに頬ずりをしていた。
「おまけに、死に方も熊に喰われて、死体もかじられた頭と熊の腹から出てきた少しの骨だけ。五歳の娘に見せるにはショッキング過ぎて、敬美には最後の顔さえも見せてやれなかった」
 俺は稔さんの隣に座ると、自分の煙草も取り出して口にくわえる。
「敬美は今も、父の面影を探しているように見える。自ら望んで山の世界、馬の世界に入ったのも、きっとアイツの後をたどっているんだろう」
 稔さんは、すっかり吸い尽くした煙草を吐き出し、灰皿に入れた。
「お前も、生きてるうちに子には目をかけてやれ。いっぱい思い出を作ってやれ」
「はぁ、分かりました」
 俺はそう言うと、大きく煙草の煙を吐き出した。
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