上 下
9 / 13

第09話 指令④飼い犬の喧嘩を止めよ?!

しおりを挟む
 アーロンから思いを打ち明けられてから三日、私はまだアーロンに返事を返していない。

 お父様は、政略結婚ではないのだから、よく考えてお答えするようにと言って下さったけれど、頭がうまく回らず、まずどう考えていいのかに悩んでいる。

 もちろんアーロンの事は好きだ。
 だけどアーロンの求めているものと私の思いはきっと違っているのだろうし、何よりアーロンが夫となる、というのが想像出来ないのだ。

 ······まあ、だからといって他の誰かなら想像出来るのかといえばそれも違うので、ただ単に『結婚』に実感が持てないだけなのかもしれない。

 そして、それをそのままアーロンに言うのは失礼な気がして、はっきりと気持ちが固まったら答えなくては、などと思っていると日が経ってしまう。

 悪循環かもしれない。

 それとザカライヤ様のことで何かあるのかお父様に確認してみた。
 ティムの馬を譲った後、たしかに何度かザカライヤ様からは様子伺いをいただいていたが、あまりにも私が怯えていたのでお父様の方から先方のソーンダイク公爵様にお礼を申し上げて終わりにしていたとのこと。

 ザカライヤ様は、あの倒れた時に私が顔に怪我をしたのではないかと気にして下さったようだけれど、幸いにも切り傷は綺麗に無くなったので御心配なくとお伝えしているようだ。

 それから婚約打診の類は届いていない状態なので、何故ザカライヤ様が学院にそう申し出たのか分からないままだ。

 とはいえ、いつまでもザカライヤ様を避けてばかりもいられない。
 そう、気持ちを固めていた。



   ◇   ◇   ◇



 お茶会割り振りの先生へは、あの後こちらからご報告に上がった。

 婚約者候補はギブソン侯爵家のアーロンだけれど、まだ正式に婚約を結んでいない状態であること。
 それから、ザカライヤ様がどうして私の婚約者候補というお話をされたのか分からないけれど、私は以前彼に迷惑をおかけてしまったので、もしよければこの機会にお目にかかってお詫びをしたいと伝えた。

 また念のため、私は男性恐怖症気味なので、なるべく端の方の席をお願いしたいことも。

 先生は、「あなたの良い形になるように配慮します」とおっしゃって下さって、ザカライヤ様を私達の茶会にセットするが、私の隣はアーロンにしてくれるそう。


 少し怖いが、ザカライヤ様に悪い噂は聞かないし、アーロンが隣に居るのならば私もきちんとお話が出来る気がする。



   ◇   ◇   ◇

 

 週末は久しぶりにガスター領の馬術練習場に足を運ぼうと思い、朝食の後にアンに乗馬服を出してもらった。

 足捌きを良くするためにジョッパーズの上にオーバースカートを付け、膝丈のブーツにレザー手袋。
 髪の毛も邪魔にならないようにきっちりまとめてもらう。

 出かけようとしたところで、いまだに犬耳帽ブームが続いているティムに声をかけられる。

「姉様はまだアーロン兄様にお答えしないのですか? ワン」
「ティムはアーロンが好きね」
「そうですよ! 僕らは姉様大好きチームなのです。ワワン」
「なあにそれは?」
「僕らは姉様が好きそうなお菓子を探すことを頑張ったり、姉上のいいところを語ったりして活動してたのです! ワオーン」
「それって······」

 ――あのパイのお店でアーロンがテイクアウトをしていたのは、もしかしてその活動のため?

 そう思うとボッと顔が熱くなった。

「ちなみにポーリーン姉様はリーダーです。ワン」


 
   ◇   ◇   ◇



 あれ以降アーロンとの訓練はお休みになっている。
 ティムはそれを気にしてるのだろうけど、なんと言っていいのか困ってしまい、そのまま家を出てきてしまった。

 そして今。
 蹄の音を聞きながら、私はガスター領の馬術練習場内にて仲良しの白馬ボレロに跨って常歩から始めていた。

 やっぱり乗馬はいい。
 土の匂い、草の匂い、馬の匂いなど、馬場のあらゆる匂いが風とともに膨らみ、外にいることの幸せを感じさせてくれる。
 繊細な対話を楽しむような馬との触れ合いは、心を穏やかにし頭を整えてくれるようだ。
 
 速歩から駈歩。
 四拍子のリズムで馬を伸びやかに走らせる。

「小鳥姫、今日も調子いいね!」
「やっぱり身体のしなやかさが馬に伝わってるんだよね」

 幼少期からお父様に連れられてここに来ていた私にとって、この練習場で働く領民達は皆親しみを持っている者ばかりだ。
  
「少し休憩するわ」

 乗っていたボレロを預けると、アンに頼んでいたクッキーを出して、手の開いている者達で簡単にお茶にする。
 ふとした時に、私のすぐ近くから手を伸ばしてクッキーを取ろうとされて、思わず身を縮こめてしまう。

「あ、ごめん、おじょうさま。ついつい······」
「こら! お嬢様に失礼なことするんじゃないよ!」  
「いえ、大丈夫よ」

 クッキーを掴んだ男の子は悪びれずにそのまま走って行った。
 
「そういえばお嬢様、前より逃げなくなってるみたいですね」
「小鳥が飛んで行かないね!!」
「そうね。皆には慣れてるからかもしれないけど」
「前はもっとびっくりしてたよ! 今日はびっくりが少ないよ!」
「ふふふ、じゃあ私も小鳥じゃなくなって来たのかな?」 
「じゃあ大鳥?」
「うーん、まだ中くらいかしら?」

 そこへさっきの男の子が戻って来て声をかけてきた。

「おじょうさまー、外にポーリーンさまって人が来てますよー」


   ◇   ◇   ◇


 慌てて外に出てみるとたしかにポーリーンが居た。

「どうしたの? もしかして家に来て下さっていた?」 
「まあね。ちょっと話せるかしら?」
「ええ、もちろん」

 ポーリーンは馬車を降りて、物珍しそうに馬場を眺めていたが、くるっとこちらを振り向いた。

「実はね、最近の貴女、犬を放し飼いにしてるでしょ?」
「えっと······」
「いいのよ、あの子がついに走り出したのよね。あのね、クローディアが婚約の話を聞いて倒れた時、アーロンの事がいやなのか、アーロンを含めた男性全般がいやなのか貴女のご両親も測りかねてね。アーロンは絶対に無理なくクローディアに受け入れてもらえるようにするから、婚約者は自分にしてほしいと直訴したのよ」

 まあ、私もクローディアが義妹になるのは賛成だったしね、とポーリーンは片目をつぶって微笑む。

「それでね、貴女は動物好きだから思わずアーロンに『犬になりなさい』なんて言ったわけ。少しでも気を遣わずに側にいることに慣れてほしくてね」
「······あれにはびっくりしたわ」
「でしょう? そうしたらいつの間にかアーロンったら精神が忠犬になってしまったのね。今なんて『クローディアに近づくならまず自分を通せ』ってソーンダイク公爵家のご子息に食って掛かってるみたいなのよ」
「え? ソーンダイク家ってザカライヤ様?」
「そうよ。よりによって王城内で揉め出したものだから、ミカエル殿下が怒って離宮に転移させて話し合わせてるみたいなの」

 え、今まさにふたりは揉めてるの?
 ミカエル殿下にもご迷惑かけているの?

「ど、どうしてそんな事に······」
「困っちゃうわよね、アーロンったら処分を受けるのかしら? そんなの迎えに行きたくないわ」

 混乱する私をよそに、ねえクローディア、と笑いながらポーリーンはさらに続ける。

「アーロンの飼い主さん、離宮には私のカードがあれば入れるけれど、要る?」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

闇黒の悪役令嬢は溺愛される

葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。 今は二度目の人生だ。 十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。 記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。 前世の仲間と、冒険の日々を送ろう! 婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。 だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!? 悪役令嬢、溺愛物語。 ☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

ひねくれ師匠と偽りの恋人

紗雪ロカ@失格聖女コミカライズ
恋愛
「お前、これから異性の体液を摂取し続けなければ死ぬぞ」 異世界に落とされた少女ニチカは『魔女』と名乗る男の言葉に絶望する。 体液。つまり涙、唾液、血液、もしくは――いや、キスでお願いします。 そんなこんなで元の世界に戻るため、彼と契約を結び手がかりを求め旅に出ることにする。だが、この師匠と言うのが俺様というか傲慢というかドSと言うか…今日も振り回されっぱなしです。 ツッコミ系女子高生と、ひねくれ師匠のじれじれラブファンタジー 基本ラブコメですが背後に注意だったりシリアスだったりします。ご注意ください イラスト:八色いんこ様 この話は小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿しています。

破滅ルートを全力で回避したら、攻略対象に溺愛されました

平山和人
恋愛
転生したと気付いた時から、乙女ゲームの世界で破滅ルートを回避するために、攻略対象者との接点を全力で避けていた。 王太子の求婚を全力で辞退し、宰相の息子の売り込みを全力で拒否し、騎士団長の威圧を全力で受け流し、攻略対象に顔さえ見せず、隣国に留学した。 ヒロインと王太子が婚約したと聞いた私はすぐさま帰国し、隠居生活を送ろうと心に決めていた。 しかし、そんな私に転生者だったヒロインが接触してくる。逆ハールートを送るためには私が悪役令嬢である必要があるらしい。 ヒロインはあの手この手で私を陥れようとしてくるが、私はそのたびに回避し続ける。私は無事平穏な生活を送れるのだろうか?

【完結】わたくし、悪役令嬢のはずですわ……よね?〜ヒロインが猫!?本能に負けないで攻略してくださいませ!

碧桜 汐香
恋愛
ある日突然、自分の前世を思い出したナリアンヌ・ハーマート公爵令嬢。 この世界は、自分が悪役令嬢の乙女ゲームの世界!? そう思って、ヒロインの登場に備えて対策を練るナリアンヌ。 しかし、いざ登場したヒロインの挙動がおかしすぎます!? 逆ハールート狙いのはずなのに、まるで子猫のような行動ばかり。 ヒロインに振り回されるナリアンヌの運命は、国外追放?それとも? 他サイト様にも掲載しております

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】 公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。 この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。 小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。 だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。 どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。 それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――? *異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。 *「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。

処理中です...