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第17話
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ついに剣術大会が行われる時間を迎えた。空に響けとばかりに勇ましいラッパが開始を伝えると、会場の多くの観客は手を叩いて喜んだ。
リアーナはアルフレッドが取っていた家族席にマリーとトビアスと共に座った。そこには両家の他にラウエルとキャロラインも来ていて、二人は少しの気まずさを顔に出していたが、マリーの用意していたレモネードを出すと、たちまち笑顔になった。
「お姉様、今日も素敵な装いですわね!」
「ありがとう。可愛らしいあなたに褒められて嬉しいわ」
「可愛らしいだなんて!」
キャロラインが顔を紅潮させて喜んでいる横で、ラウエルがもじもじしながらリアーナに話しかけてきた。
「あの、姉上、アルフ兄に会った······よね?」
「ええ。二人が私のために動いてくれたことは嬉しいわ。でも相手の言い分も聞かないとね」
明らかにホッとしたラウエルの肩をばんばんと叩きながら、「女神がお優しいわ!」とキャロラインは今日も騒がしい。
しかし会場に漂う香料に、キャロラインは美しい眉を顰めて辺りをうかがった。
「それにしても、あの店は大繁盛なのねえ」
「ああ、リースとかポプリの店のこと? 『蜜蜂の休息所』だっけ?」
「すごい匂いでしょう? 外だからいいようなものの、室内では咽るようですのよ!」
「キャロラインのお友達はまだ通われているの?」
「······そのようですわ。でも皆さん何かに凝り固まったような話し方になってしまわれたので、今は少し距離を置いていますのよ」
「僕もこの頃はあんまり夜会や茶会に行きたくないものなあ。香害だよ、あれは」
「そう。人の匂いがこんなに気になるなんて異常よね。早く人気が廃れるといいわね」
ふと会場内に静寂が訪れ、王族の観覧席に国王陛下とジョエル王太子殿下、ミカエル第三王子、それにビクトリア王女殿下が着座した。
今回王妃殿下は御臨席されないらしいが、それでも多くの王族がお出ましになるというのは騎士団の権威づけ、ひいては国威高揚にも繋がるのだろう。
王族の着座後、またラッパが響き、出場者達が行進して入場してきた。50名くらいだろうか、整然と進み会場中央にピタリと止まった。
「只今より、アルバーティン王国へ忠誠を誓う騎士達の心技体をはかる大会を開催する! 本大会で用いるのは剣と己の力のみ! 魔法等は不可とする! 此度は国王陛下の御前で己の技の成熟度をお披露目する機会だ! 必ず騎士道精神に則った方法で戦うこと!」
エイベル第二王子が統括長として朗々と開会の辞を述べた。整列した出場者は拳を左肩に当てて、公正に戦うことを国王陛下の前で誓いを立てる。大会の始まりだ。
◇ ◇ ◇
アルフレッドは凄まじい気迫で勝ち上がって行った。だが彼が食欲不振で痩せてしまっていることは誰の目にも明らかだ。
そんな目に見える異変があるにも関わらず、ビクトリア王女はアルフレッドが勝つ度にはしゃいでおり、他の王族方が儀礼的に勝者に手を打って栄誉を称えるものと比べると子供じみた観戦の仕方に見えた。
リアーナはアルフレッドの鬼気迫る戦いぶりにハラハラしつつも、「このくらいならまず準決勝までは余裕だろう」というハンクス辺境伯の意見を聞いて、少し落ち着くことが出来た。
それなので、彼が出場しない時には観戦しつつも、さり気なく周囲を見渡す余裕も生まれていた。
「あら?」
普段はこういった場に姿を現すことのない中央教会の神官長と思われる人物が、数人の神官ともに観戦の席に着いたのだ。お付きの神官達は皆見事な体躯を隠し切れないでいる者ばかり。おそらく教会所属の聖騎士なのだろう。
「ねえトビアス」
「はい、何だかおかしいですね。教会と国は宗教の政治的介入を避ける名目で、互いに干渉し合わないこととしています。通常ですと、こういう国主体の催しには参加されないことが多いのですが」
「まあ、それでも観戦が問題というわけではないものね」
「ええ。でもよく注視していた方がいいのかもしれません」
「そうね」
屈強な聖騎士達を見ていると、何故か不安な気持ちが生まれて来る。通常であれば王城に入る者は帯剣を許されていない。だが聖騎士はその限りではないため、あの官服の下には剣が下げてあると見ていい。
この大会で何かが起きるかもしれない。気を引き締めておかないと、とリアーナが胸に手を当てて考え込んでいると、トビアスが苦笑交じりに呟いた。
「······お嬢様、神官長が呼ばれた理由ですが、ビクトリア王女殿下が招待した可能性もありますよ」
「殿下が? どうして?」
ビクトリア王女が政変でも起こすというのか。操られているにしても、深層心理にまで侵食するような洗脳ができるとは思えない。訝しげに彼を見ると、トビアスが耳打ちした。
「彼女がこの大会後にアルフレッド様と公に誓いを立てる。その立会人として呼んだ可能性もあるとは思いませんか?」
「あ······」
「私はノーヴィック騎士団長に念のため報告を入れておきます。少し離席しますが、絶対にここから動かないで下さいね」
「分かったわ」
トビアスが周囲に声をかけてから、ノーヴィック団長のところに向かった。まずは試合に集中しようと次の対戦に目を向けると、ホフマンが中央に立って構えていた。
「姉上、あの方! なんかくれた人!!」
「······その言い方は良くないわよ。ラウエル、あなたはもう少し大人にならないと婚姻は認められないわ」
ラウエルの素っ頓狂な発言に、ソフィアが呆れたように諌める。横でうんうんと頷いているキャロラインを見て、ラウエルの顔が一瞬で蒼白になる。
「そんな! でも姉上、あの人こっち見てませんか?」
「えっ?」
そんな訳は······と思いつつホフマンの方を見ると、リアーナを見つめて几帳面な姿勢で一礼をしてきた。思わず礼を返してしまったが、いやたまたまだろう。
そのホフマンも危なげなく勝ち上がっている。この試合で早くも四強が決まり、準決勝は休憩時間を置いてから再開するとの案内があった。
「お姉様、あちらに冷たい飲み物があるようですわ。見に行ってみません?」
「ええと、トビアスがまだ戻らないから······」
「では姉上の分も僕達がもらって来ましょう」
「ラウエル、ハンクス家の分もよろしくね」
「ええ! では行ってきますね!」
ラウエルとキャロラインが連れ立って行ってしまうと、ハンクス辺境伯も両親達も知り合いを見つけて挨拶などをしている。
「お嬢様、ご休憩に立たなくても大丈夫ですか?」
「平気よ。マリー、あなたは?」
「問題ないですわ。しかしトビアスは遅いですね」
マリーと時間を潰していると、王族付き侍従と思われる身なりの男性から声がかかった。
「失礼、カールソン伯爵令嬢様で?」
「ええ、さようですが。何か?」
「ビクトリア王女殿下より言付けを預かっております。中をお改めいただけますか?」
「······すぐ返答が必要なものなのでしょうか? 両親が離席しているため、わたくしの判断では」
「ご両親に許可をいただくような内容ではないと聞いておりますが、返答を受け取って戻るように言われておりますのでぜひに」
「分かったわ。少しお待ちになって」
例の甘い匂いのする可愛らしい封筒を開けると、カードが入っていた。
〈アルフレッドとのことで重大なお話があります。部屋を用意していますので、いらして下さい。ビクトリア〉
「······選択肢はないということね」
「恐縮でございます」
「分かりました。侍女は連れて行ってもよろしくて?」
「カードに書かれていないのであれば、申し訳ございません」
「分かりましたわ」
リアーナはアルフレッドが取っていた家族席にマリーとトビアスと共に座った。そこには両家の他にラウエルとキャロラインも来ていて、二人は少しの気まずさを顔に出していたが、マリーの用意していたレモネードを出すと、たちまち笑顔になった。
「お姉様、今日も素敵な装いですわね!」
「ありがとう。可愛らしいあなたに褒められて嬉しいわ」
「可愛らしいだなんて!」
キャロラインが顔を紅潮させて喜んでいる横で、ラウエルがもじもじしながらリアーナに話しかけてきた。
「あの、姉上、アルフ兄に会った······よね?」
「ええ。二人が私のために動いてくれたことは嬉しいわ。でも相手の言い分も聞かないとね」
明らかにホッとしたラウエルの肩をばんばんと叩きながら、「女神がお優しいわ!」とキャロラインは今日も騒がしい。
しかし会場に漂う香料に、キャロラインは美しい眉を顰めて辺りをうかがった。
「それにしても、あの店は大繁盛なのねえ」
「ああ、リースとかポプリの店のこと? 『蜜蜂の休息所』だっけ?」
「すごい匂いでしょう? 外だからいいようなものの、室内では咽るようですのよ!」
「キャロラインのお友達はまだ通われているの?」
「······そのようですわ。でも皆さん何かに凝り固まったような話し方になってしまわれたので、今は少し距離を置いていますのよ」
「僕もこの頃はあんまり夜会や茶会に行きたくないものなあ。香害だよ、あれは」
「そう。人の匂いがこんなに気になるなんて異常よね。早く人気が廃れるといいわね」
ふと会場内に静寂が訪れ、王族の観覧席に国王陛下とジョエル王太子殿下、ミカエル第三王子、それにビクトリア王女殿下が着座した。
今回王妃殿下は御臨席されないらしいが、それでも多くの王族がお出ましになるというのは騎士団の権威づけ、ひいては国威高揚にも繋がるのだろう。
王族の着座後、またラッパが響き、出場者達が行進して入場してきた。50名くらいだろうか、整然と進み会場中央にピタリと止まった。
「只今より、アルバーティン王国へ忠誠を誓う騎士達の心技体をはかる大会を開催する! 本大会で用いるのは剣と己の力のみ! 魔法等は不可とする! 此度は国王陛下の御前で己の技の成熟度をお披露目する機会だ! 必ず騎士道精神に則った方法で戦うこと!」
エイベル第二王子が統括長として朗々と開会の辞を述べた。整列した出場者は拳を左肩に当てて、公正に戦うことを国王陛下の前で誓いを立てる。大会の始まりだ。
◇ ◇ ◇
アルフレッドは凄まじい気迫で勝ち上がって行った。だが彼が食欲不振で痩せてしまっていることは誰の目にも明らかだ。
そんな目に見える異変があるにも関わらず、ビクトリア王女はアルフレッドが勝つ度にはしゃいでおり、他の王族方が儀礼的に勝者に手を打って栄誉を称えるものと比べると子供じみた観戦の仕方に見えた。
リアーナはアルフレッドの鬼気迫る戦いぶりにハラハラしつつも、「このくらいならまず準決勝までは余裕だろう」というハンクス辺境伯の意見を聞いて、少し落ち着くことが出来た。
それなので、彼が出場しない時には観戦しつつも、さり気なく周囲を見渡す余裕も生まれていた。
「あら?」
普段はこういった場に姿を現すことのない中央教会の神官長と思われる人物が、数人の神官ともに観戦の席に着いたのだ。お付きの神官達は皆見事な体躯を隠し切れないでいる者ばかり。おそらく教会所属の聖騎士なのだろう。
「ねえトビアス」
「はい、何だかおかしいですね。教会と国は宗教の政治的介入を避ける名目で、互いに干渉し合わないこととしています。通常ですと、こういう国主体の催しには参加されないことが多いのですが」
「まあ、それでも観戦が問題というわけではないものね」
「ええ。でもよく注視していた方がいいのかもしれません」
「そうね」
屈強な聖騎士達を見ていると、何故か不安な気持ちが生まれて来る。通常であれば王城に入る者は帯剣を許されていない。だが聖騎士はその限りではないため、あの官服の下には剣が下げてあると見ていい。
この大会で何かが起きるかもしれない。気を引き締めておかないと、とリアーナが胸に手を当てて考え込んでいると、トビアスが苦笑交じりに呟いた。
「······お嬢様、神官長が呼ばれた理由ですが、ビクトリア王女殿下が招待した可能性もありますよ」
「殿下が? どうして?」
ビクトリア王女が政変でも起こすというのか。操られているにしても、深層心理にまで侵食するような洗脳ができるとは思えない。訝しげに彼を見ると、トビアスが耳打ちした。
「彼女がこの大会後にアルフレッド様と公に誓いを立てる。その立会人として呼んだ可能性もあるとは思いませんか?」
「あ······」
「私はノーヴィック騎士団長に念のため報告を入れておきます。少し離席しますが、絶対にここから動かないで下さいね」
「分かったわ」
トビアスが周囲に声をかけてから、ノーヴィック団長のところに向かった。まずは試合に集中しようと次の対戦に目を向けると、ホフマンが中央に立って構えていた。
「姉上、あの方! なんかくれた人!!」
「······その言い方は良くないわよ。ラウエル、あなたはもう少し大人にならないと婚姻は認められないわ」
ラウエルの素っ頓狂な発言に、ソフィアが呆れたように諌める。横でうんうんと頷いているキャロラインを見て、ラウエルの顔が一瞬で蒼白になる。
「そんな! でも姉上、あの人こっち見てませんか?」
「えっ?」
そんな訳は······と思いつつホフマンの方を見ると、リアーナを見つめて几帳面な姿勢で一礼をしてきた。思わず礼を返してしまったが、いやたまたまだろう。
そのホフマンも危なげなく勝ち上がっている。この試合で早くも四強が決まり、準決勝は休憩時間を置いてから再開するとの案内があった。
「お姉様、あちらに冷たい飲み物があるようですわ。見に行ってみません?」
「ええと、トビアスがまだ戻らないから······」
「では姉上の分も僕達がもらって来ましょう」
「ラウエル、ハンクス家の分もよろしくね」
「ええ! では行ってきますね!」
ラウエルとキャロラインが連れ立って行ってしまうと、ハンクス辺境伯も両親達も知り合いを見つけて挨拶などをしている。
「お嬢様、ご休憩に立たなくても大丈夫ですか?」
「平気よ。マリー、あなたは?」
「問題ないですわ。しかしトビアスは遅いですね」
マリーと時間を潰していると、王族付き侍従と思われる身なりの男性から声がかかった。
「失礼、カールソン伯爵令嬢様で?」
「ええ、さようですが。何か?」
「ビクトリア王女殿下より言付けを預かっております。中をお改めいただけますか?」
「······すぐ返答が必要なものなのでしょうか? 両親が離席しているため、わたくしの判断では」
「ご両親に許可をいただくような内容ではないと聞いておりますが、返答を受け取って戻るように言われておりますのでぜひに」
「分かったわ。少しお待ちになって」
例の甘い匂いのする可愛らしい封筒を開けると、カードが入っていた。
〈アルフレッドとのことで重大なお話があります。部屋を用意していますので、いらして下さい。ビクトリア〉
「······選択肢はないということね」
「恐縮でございます」
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