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第13話
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ハンクス邸に戻ったリアーナは、心配そうなマリー達に簡単に説明をして大急ぎで帰る支度を整えた。
明日の朝まで待つようにとマーカスにも止められたが、リアーナはそれを固辞して出立を早めた。ここにいるとまたアルフレッドに会ってしまうかもしれない。そう思うと辛いのだ。
マリーやラウエルは何も言わないが、それが却って良かった。すでに取り返しのつかないことを言ってしまったのだ。胸が潰れそうに苦しい。だから余計なことを考え出す前に動いて、終わりにしてしまいたかったのだ。
ただ、「道中何があるか分かりませんから、リアーナ様の護衛は続けます」と何故かトビアスが強く意見してきたので、彼にも同行してもらうことになった。
「リアーナ様、また是非お越し下さいませね」
「ジーン、ありがとう。あなたも体に気をつけて。マーカスもよ」
「次にお目にかかる際は若奥様とお呼びしたく思います」
「······そうだと良かったのだけど」
小さく息をついたところを見られたのだろうか、ラウエルが心配そうな声を出した。
「僕も一緒に行こうか?」
「いいのよ、ラウエル。来てもまたすぐ学院に戻るようになるでしょう。色々ありがとうね。キャロラインにもよろしく伝えておいて」
「そうします。姉上がいないとキャロはさみしがるでしょうから、また家に連れて行きますね」
南部へ帰ろう。両親に話すのは辛い気持ちになりそうだが、とにかく自分のベッドで眠りたい。
◇ ◇ ◇
リアーナが領地に戻ったと報告を受け、アルフレッドはとても荒れていた。
「くそっ。なんでこんな事に······」
何だか、この頃目が霞む。疲れが溜まっているのだろうか。頭痛も酷いが、そのおかげで食欲がわかないのが救いかもしれない。毒混入の犯人も掴めていない現状だが、栄養補給のために味気ない携帯食を齧るだけでも、すぐに嫌になってしまう。
「おい、アルフレッド。お前最近ちゃんと食って寝てるか?」
「······出来るわけありません。リアーナと婚約解消なんて、馬鹿げたことが起きてるんですよ」
「そりゃそうだが、しかしなあ」
「言い方は悪いですが、俺はもう国とか王家とかどうでもいいから早く退団したいんです。リアーナのところに帰って、めちゃくちゃ謝って取り戻したいのに、どうして許してもらえないんですか!」
頬がこけ精悍さに迫力まで加わった顔でアルフレッドはノーヴィックに詰め寄る。
「落ち着くんだ。今回のことはエイベル王子殿下も憂慮して下さっている」
「統括長が、ですか?」
突然の名前に驚いたアルフレッドは反射的に動きを止める。エイベル第二王子殿下は、ここアルバーティン王国騎士団の統括長という役職に就いておられるが、名誉職ではなく本当にお強い騎士なのだ。定例団長会議でも、どこで知ったのか各部隊の話をよく把握しており、アルフレッドは彼の前に出ると毎回身が引き締まる思いがするものだ。
そのエイベル統括長が自分を気にして下さっているとは。
「ビクトリア王女殿下は末子ゆえか、陛下に殊の外可愛がられている。だから第二王子というお立場からでは陛下にご意見しにくいそうだ。もっとも、隣国との約束を反故にするなどあってはならないのだがな。
そこでだ。近く行われる剣術大会で優勝して、褒賞にカールソン嬢との婚姻を公に望んでしまうのはどうだ、とおっしゃられている。それならば王族も文句は言えまいと、王族自らが提案して下さったのだ」
◇ ◇ ◇
久々の自室でたっぷりと休むと、思ったより元気が戻っていた。
とても辛い別れを経験したと思ったけれど、それでも時間が経てばお腹も空くし、疲れれば眠ることも出来る。アルフレッドがいなくても時間は流れ、日常は途切れずに続き、やがて彼がいないことに慣れていくのだろう。
自身の図太さに感心したリアーナは、身支度を整えて父ドナルドの執務室に向かった。
「リアーナ、大丈夫か」
「ええ、お父様。状況説明が遅れてしまって申し訳ありませんでした」
「いいんだ。出先で手紙を書くのも大変だしな。それで、王女殿下の手紙のこと······話しても平気かい?」
「はい」
「それならソフィアも呼ぼう。サンルームでお茶にしよう」
カールソン家には植物が多い。庭園にもだが、ここサンルームにも観賞用の木や花が鉢の状態で沢山置かれていて、天気の悪い日でも緑に囲まれて過ごすことが出来る。
母のソフィアは植物全般が好きで、花だけではなく果樹や野菜まで手掛けているのだが、母が丹精を凝らしたものはいきいきと輝くように育つ。俗に言う『緑の手』の持ち主なのだ。
そんなソフィアを溺愛しているドナルドは、彼女を女神として崇めている。農業の盛んなカールソン領に嫁いだソフィアの活躍はめざましく、彼女の指示で作られた野菜や花は従来のものより高品質になったと領民の間で評判になるほどだった。まさにカールソン領の生ける至宝となっている。
リアーナやラウエルも幼い頃から土に触れ、植物に関する知識を学んだが、到底ソフィアには及ばない。それでも母のお陰で植物に親しみ、近くに緑がないと息が詰まるような感覚がある。
「やはり王都より南部の方が落ち着くわね」
「まあリアーナったら。華やかなものに惹かれなかったの?」
南部の花茶を飲みながら、思わずほうっと息を吐くとソフィアがおかしそうに笑った。
「そうですね。美しいものもおいしいものも沢山ありました。ですが石畳のところが多くて、緑と土が少ないですわ」
「馬車の往来が多いところはそうなるだろうな。馬の足には良くなさそうだが」
ハンクス家のタウンハウスには草花が多くあったことをふと思い出してしまったが、こういうことにも慣れて行かないと。時薬を信じようとリアーナが思っていると、のんびりとしたソフィアの声が続く。
「そうよねえ、匂いが違うわよねえ」
「お母様?」
「緑や土が少ないと、単純に雨の後の匂いも違うじゃない? 夏の暑い日の草いきれもないでしょうしね。カールソンに暮らしていたリアーナなら物足りないと思ってしまうかもね」
「そうですね」
そういえばドナルドとラウエルはソフィアの言葉をメモし、農業本の作成をコツコツと続けている。それの2冊目がそろそろ出来ると言っていたので、読ませてもらおうなどと考えていると、ドナルドが咳払いを一つ入れた。
「それでだ、ビクトリア王女殿下からの手紙だが」
気遣わしげに切り出されたが、覚悟をしていたので意外と冷静に受け止められる。
「ええ。お父様、どうぞお話下さい」
「······分かった。王女の手紙のすぐ後にアルフレッドくんからも手紙が来たので、おおよその事情は分かったつもりだ。しかしいくら彼が今回の件で不審な点があると言っても、現状としては我々は王族からの打診に速やかに返答をするしか選択肢はない」
「はい」
「だが、この手紙には両家で取り決めた婚約を解消しろと書かれている。王家が特別な事由もなく貴族の婚姻に差し出し口をするのはあってはならない。国王陛下の勅命であれば別だが、これは単独署名のものだ。王女の身分からして越権行為であると言わざるを得ない」
リアーナはハッとして両親を見た。婚約解消しなければいけないと思い込んでいたが、よく考えたらドナルドの言う通りだ。
「またハンクス家は南の国境を司ることを任ぜられている家門だ。王女の行為はその家を乗っ取り支配下に置こうとしていると邪推されても仕方がない」
「······王女殿下は純粋にアルフレッドをお好きなだけだと思いますが、たしかにそうですね」
「アルフレッドくんとしては、早く調査を終えて婚約解消は行わない方向にしたいようだが、当家とハンクス家としてはまず陛下に意図を伺おうと思うんだ。ちょうどこれから騎士団の剣術大会か開催されるだろう? ひとまず両家とリアーナで王都に行き、剣術大会の前後で陛下に謁見を申し出よう。婚約解消うんぬんはその後の話だ。
そもそも私は両家のことに王女から勝手な口を出されて大変不満だよ。野菜販売を優遇してやるって何を言ってるんだ、馬鹿馬鹿しい。もちろんアルフレッドくんも怒っているしね」
ドナルドは迫力のある笑顔でリアーナを見つめると、横でソフィアも同調する。
「そうよ、もしもこれでアルフレッド様が浮気でもしてるなら許しはしないわ。でもそんな感じではないみたいですしね。ただ単に横恋慕されただけなのでしょう。あちらにだって婚約者がいらっしゃるはずなのに、おかしいわね」
明日の朝まで待つようにとマーカスにも止められたが、リアーナはそれを固辞して出立を早めた。ここにいるとまたアルフレッドに会ってしまうかもしれない。そう思うと辛いのだ。
マリーやラウエルは何も言わないが、それが却って良かった。すでに取り返しのつかないことを言ってしまったのだ。胸が潰れそうに苦しい。だから余計なことを考え出す前に動いて、終わりにしてしまいたかったのだ。
ただ、「道中何があるか分かりませんから、リアーナ様の護衛は続けます」と何故かトビアスが強く意見してきたので、彼にも同行してもらうことになった。
「リアーナ様、また是非お越し下さいませね」
「ジーン、ありがとう。あなたも体に気をつけて。マーカスもよ」
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「······そうだと良かったのだけど」
小さく息をついたところを見られたのだろうか、ラウエルが心配そうな声を出した。
「僕も一緒に行こうか?」
「いいのよ、ラウエル。来てもまたすぐ学院に戻るようになるでしょう。色々ありがとうね。キャロラインにもよろしく伝えておいて」
「そうします。姉上がいないとキャロはさみしがるでしょうから、また家に連れて行きますね」
南部へ帰ろう。両親に話すのは辛い気持ちになりそうだが、とにかく自分のベッドで眠りたい。
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リアーナが領地に戻ったと報告を受け、アルフレッドはとても荒れていた。
「くそっ。なんでこんな事に······」
何だか、この頃目が霞む。疲れが溜まっているのだろうか。頭痛も酷いが、そのおかげで食欲がわかないのが救いかもしれない。毒混入の犯人も掴めていない現状だが、栄養補給のために味気ない携帯食を齧るだけでも、すぐに嫌になってしまう。
「おい、アルフレッド。お前最近ちゃんと食って寝てるか?」
「······出来るわけありません。リアーナと婚約解消なんて、馬鹿げたことが起きてるんですよ」
「そりゃそうだが、しかしなあ」
「言い方は悪いですが、俺はもう国とか王家とかどうでもいいから早く退団したいんです。リアーナのところに帰って、めちゃくちゃ謝って取り戻したいのに、どうして許してもらえないんですか!」
頬がこけ精悍さに迫力まで加わった顔でアルフレッドはノーヴィックに詰め寄る。
「落ち着くんだ。今回のことはエイベル王子殿下も憂慮して下さっている」
「統括長が、ですか?」
突然の名前に驚いたアルフレッドは反射的に動きを止める。エイベル第二王子殿下は、ここアルバーティン王国騎士団の統括長という役職に就いておられるが、名誉職ではなく本当にお強い騎士なのだ。定例団長会議でも、どこで知ったのか各部隊の話をよく把握しており、アルフレッドは彼の前に出ると毎回身が引き締まる思いがするものだ。
そのエイベル統括長が自分を気にして下さっているとは。
「ビクトリア王女殿下は末子ゆえか、陛下に殊の外可愛がられている。だから第二王子というお立場からでは陛下にご意見しにくいそうだ。もっとも、隣国との約束を反故にするなどあってはならないのだがな。
そこでだ。近く行われる剣術大会で優勝して、褒賞にカールソン嬢との婚姻を公に望んでしまうのはどうだ、とおっしゃられている。それならば王族も文句は言えまいと、王族自らが提案して下さったのだ」
◇ ◇ ◇
久々の自室でたっぷりと休むと、思ったより元気が戻っていた。
とても辛い別れを経験したと思ったけれど、それでも時間が経てばお腹も空くし、疲れれば眠ることも出来る。アルフレッドがいなくても時間は流れ、日常は途切れずに続き、やがて彼がいないことに慣れていくのだろう。
自身の図太さに感心したリアーナは、身支度を整えて父ドナルドの執務室に向かった。
「リアーナ、大丈夫か」
「ええ、お父様。状況説明が遅れてしまって申し訳ありませんでした」
「いいんだ。出先で手紙を書くのも大変だしな。それで、王女殿下の手紙のこと······話しても平気かい?」
「はい」
「それならソフィアも呼ぼう。サンルームでお茶にしよう」
カールソン家には植物が多い。庭園にもだが、ここサンルームにも観賞用の木や花が鉢の状態で沢山置かれていて、天気の悪い日でも緑に囲まれて過ごすことが出来る。
母のソフィアは植物全般が好きで、花だけではなく果樹や野菜まで手掛けているのだが、母が丹精を凝らしたものはいきいきと輝くように育つ。俗に言う『緑の手』の持ち主なのだ。
そんなソフィアを溺愛しているドナルドは、彼女を女神として崇めている。農業の盛んなカールソン領に嫁いだソフィアの活躍はめざましく、彼女の指示で作られた野菜や花は従来のものより高品質になったと領民の間で評判になるほどだった。まさにカールソン領の生ける至宝となっている。
リアーナやラウエルも幼い頃から土に触れ、植物に関する知識を学んだが、到底ソフィアには及ばない。それでも母のお陰で植物に親しみ、近くに緑がないと息が詰まるような感覚がある。
「やはり王都より南部の方が落ち着くわね」
「まあリアーナったら。華やかなものに惹かれなかったの?」
南部の花茶を飲みながら、思わずほうっと息を吐くとソフィアがおかしそうに笑った。
「そうですね。美しいものもおいしいものも沢山ありました。ですが石畳のところが多くて、緑と土が少ないですわ」
「馬車の往来が多いところはそうなるだろうな。馬の足には良くなさそうだが」
ハンクス家のタウンハウスには草花が多くあったことをふと思い出してしまったが、こういうことにも慣れて行かないと。時薬を信じようとリアーナが思っていると、のんびりとしたソフィアの声が続く。
「そうよねえ、匂いが違うわよねえ」
「お母様?」
「緑や土が少ないと、単純に雨の後の匂いも違うじゃない? 夏の暑い日の草いきれもないでしょうしね。カールソンに暮らしていたリアーナなら物足りないと思ってしまうかもね」
「そうですね」
そういえばドナルドとラウエルはソフィアの言葉をメモし、農業本の作成をコツコツと続けている。それの2冊目がそろそろ出来ると言っていたので、読ませてもらおうなどと考えていると、ドナルドが咳払いを一つ入れた。
「それでだ、ビクトリア王女殿下からの手紙だが」
気遣わしげに切り出されたが、覚悟をしていたので意外と冷静に受け止められる。
「ええ。お父様、どうぞお話下さい」
「······分かった。王女の手紙のすぐ後にアルフレッドくんからも手紙が来たので、おおよその事情は分かったつもりだ。しかしいくら彼が今回の件で不審な点があると言っても、現状としては我々は王族からの打診に速やかに返答をするしか選択肢はない」
「はい」
「だが、この手紙には両家で取り決めた婚約を解消しろと書かれている。王家が特別な事由もなく貴族の婚姻に差し出し口をするのはあってはならない。国王陛下の勅命であれば別だが、これは単独署名のものだ。王女の身分からして越権行為であると言わざるを得ない」
リアーナはハッとして両親を見た。婚約解消しなければいけないと思い込んでいたが、よく考えたらドナルドの言う通りだ。
「またハンクス家は南の国境を司ることを任ぜられている家門だ。王女の行為はその家を乗っ取り支配下に置こうとしていると邪推されても仕方がない」
「······王女殿下は純粋にアルフレッドをお好きなだけだと思いますが、たしかにそうですね」
「アルフレッドくんとしては、早く調査を終えて婚約解消は行わない方向にしたいようだが、当家とハンクス家としてはまず陛下に意図を伺おうと思うんだ。ちょうどこれから騎士団の剣術大会か開催されるだろう? ひとまず両家とリアーナで王都に行き、剣術大会の前後で陛下に謁見を申し出よう。婚約解消うんぬんはその後の話だ。
そもそも私は両家のことに王女から勝手な口を出されて大変不満だよ。野菜販売を優遇してやるって何を言ってるんだ、馬鹿馬鹿しい。もちろんアルフレッドくんも怒っているしね」
ドナルドは迫力のある笑顔でリアーナを見つめると、横でソフィアも同調する。
「そうよ、もしもこれでアルフレッド様が浮気でもしてるなら許しはしないわ。でもそんな感じではないみたいですしね。ただ単に横恋慕されただけなのでしょう。あちらにだって婚約者がいらっしゃるはずなのに、おかしいわね」
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