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人ならざる者 ※ヴァージ視点

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 潰された目がズキズキと痛む。ヴァージの人生において最も激しい激痛が右目に走っていた。

「ヴァージ!目が……」

「ああ、もうだめだ」

 オリバーが話しかける。残念ながらオリバーは回復を得意とする光属性の魔術師ではない。そしてレインも……今現在ヴァージの目を治療する手段はないのである。

「参ったな……お嫁にいけないや」

「そんなこと言ってる場合ですか……」

 レイン君がため息をつく。一見、油断しているようにも見えるレイン君の視線。だが、ヴァージには『見えていた』レインの意識の波は常に階段部を警戒している。

 レインの視界に映っているのは確実にヴァージがいる部屋の奥側の方向であるのにもかかわらず、レインはその反対を常に警戒し感じ取っている。

「流石レイン君」

「何がですか」

 緊張を少しでも和らげようと思って冗談でも言おうかとヴァージは考えていたが、どうやらそれは不必要であったらしい。何を言っているのかわからないとでも言いたげに首を可愛くコトンと倒している。

 むしろ、緊張をほぐす必要があるのはヴァージとオリバーの方であった。ヴァージは言わずもがなすでに負傷しているから、オリバーも現状を楽観視できるほど柔軟な性格はしていなかった。

「魔術は通じてなかった。ヴァージの高強度の土の壁も素手で貫かれた。奴には魔術的な耐性があるのか?」

「いや、魔術耐性というよりも、身体を包み込む魔力のせいでしょう。全身を覆うように……いや、身体の中心にある『何か』を守るように魔力が渦を巻いているのを見ました」

「ということは、身体の内部に核が?」

「分かりません、どちらにせよ、魔術が通じないのであれば、僕たちが出来ることは限られてきますね……」

 対抗策を話し合うレインとオリバー。そして、ヴァージも含めた三人が同時に階段に目をやった。

 足音がする。何かが階段をゆっくりと上がってきている。

 そして、部屋の入口に手がかかった。黒い……はっきりと人間の手だとわかるシルエットと共に、ゆっくりとその全貌があらわになっていく。

 顔はなかった。ただただ全身が真っ黒な人型の存在であった。身長は180以上、体格は細長く軽そうな印象を与える。

 そして、一番最初に目が言ったのは口であった。

 黒い人型に唯一色がはっきりとついていた部分だ。サメのように……肉食の獣のように鋭い歯がきれいで、不気味なまでに均等に並んでいて、白い。歯の奥から若干の赤い肉が見える。一応、生物……ではあるのか?

「舐められてますね」

 レインは面白くなさそうに言った。

 階段をゆっくりと上がり、姿すらも現した。先ほどまでの奇襲じみた攻撃とは反対だ。もう私たちのことを敵だとみていないのだろう……ただの餌だとみているに違いない。

「なんだあれ?」

 人型の指の先から何やら黒い球体が出現する。通常通り考えれば、あれは魔術である。だが、

「術式が見通せない……あれは魔術じゃない!」

 球体は人型の指から離れ、こちらへと向かってきた。標的はオリバーである。

「くっ」

 ギリギリのところで避けたオリバーであったが、人型に視線を向けた時嫌な予感が全身を這ってきた。

「オリバーさん後ろ!」

 軌道を変えた球体がオリバーの左手をかすめる。

「うぐぅ!?」

 掠めたところには何も残っていなかった。ちぎれたローブも……そして肉も。

「……自分の骨を直で、見るなんて……」

 乾いた笑いを浮かべながらオリバーが右手で術式を構築する。

「喰らえ!」

 構築された上級の魔術は風の属性であり、とてつもない暴風が一か所に集約され、莫大な魔力が込められている。だが、それもそれだけであった。

 人型はわずかな魔力しか込められていなかった先ほどの球体の軌道を再び変えそれにぶつける。一瞬の爆発と衝撃波が感じられた後、その場は何事もなかったかのように静かになった。

「相殺された?あの程度の魔力に?」

 信じられないといった顔でいるオリバー。信じられないあまりに、その持ち合わせた理性はどこかへと吹き飛んでしまったようだ。

「く、来るな!こっちへ来るな!」

「バカ!魔術を連発するな!」

 連発する消費魔力が大きく威力の高い風の魔術はすべて新しく産み落とされた黒き球体に相殺されていった。

「そ、そんな……」

 その一言を最後にオリバーはその場に倒れてしまった。魔力の欠乏である。しばらく……いや、一時間は起きないだろう。人の身体は魔力を回復するのに適していない。少なからずそれぐらいの時間がかかってしまう。

 まあ、こんな場所で一時間も寝てれば何回命を落とすか知らないが。

「ヴァージさん!」

「うっ!」

 黒い球体が今度はこちらへターゲットを切り替えてきた。ヴァージは土の壁を展開する。

 ヴァージの土の壁は通常とは違った素材になるように調整されており、それに伴いとても強度が高かった。だが、先ほどと同様球体には効かずそのまま貫通させられた。

 穴の先から見える人型が不気味な笑みを浮かべている。

「僕の魔術も試していいですか?」

「レイン君!?」

 ヴァージよりも前に出たレインが水を展開した。それは初級魔術である。だが、練度が桁違いに高かった。わずかな魔力にもかかわらず、圧倒的練度によって高威力な魔術へと昇華している。魔術の術式も一切の無駄が見受けられず、ヴァージの目から見て、修正点が一切見つからなかった。

「いけ」

 レインの号令と共に水球が、飛翔する。それは黒い球体とぶつかってはじけ飛んだ。ただ、黒い球体も一緒に相殺し……なおかつ、レインの水はいまだに物質化状態を保っていた。

 オリバーの風も、ヴァージの土も黒い球体と衝突して、物質化した魔力の状態を維持することはできなかったが、レインは違った。

「ダメか、じゃあ数を増やそう。まずは30だ」

 展開される魔術……中級魔術師になるための関門ともいえる『ダブルスペル』をはるかに上回る数がその場に展開される。初級魔術とは言え、この数は異常であった。

「いけ」

 号令と共に、射出された水球は人型が大量に生み出した黒い球体たちと衝突し破裂していく。

「追加だ」

 展開しながら、新たな魔術を構築していくレイン。美しい魔力の流れが無駄なく術式通りに構築されていく。その工程にかかる時間はほんのわずかであった。

 ドンドンと増え続ける水球と黒い球体……もはや、これは一人の魔術師と化け物が演じている戦いとは思えなかった。

(私も……援護しなきゃ!)

 はき違えてはいけない。ここは、魔術の実験をする場ではなく、命を懸けた任務の最中なのである。先輩が何もせずにいるわけにはいかない。

「貫け!」

 地面から鋭くとがった鋭利な土の針が伸びる。それは黒い球体よりも素早く人型に向かって言った。この攻撃は予想外だったのか、人型は上空にジャンプし、その攻撃を回避する。

「まだ!」

 壁からも同様の針を出現させ、人型を貫こうと伸びる。だが、どんな体の構造をしているのか、人間ではありえない角度に身体が曲がり、それらすべてを避けられた。

 人型が壁に足をつき、こちらに向かって壁を蹴る。

「しまっ……」

 その瞬間、ヴァージは死を覚悟した。全力は尽くした。だが、それでもなお足りなかったのだと。自身の魔術は回避され、むしろ余裕を感じさせる動きだった。

 人型がほんの僅か一メートル圏内に入ってきたとき、ヴァージは自身が死ぬ最後までそいつを睨みつけようと決めた時、

「ヴァージさん!」

 ほんの僅か一メートルの間に飛び込んできた愚かで無謀な若き少年が、ヴァージの前に立ちふさがった。

「レイン、君?」

 心臓の部分を貫かれ、明らかに即死の一撃であった。

「あ……あぁ……」

 私のせいで……まだまだ若い少年を、レイン君を死なせてしまった……。最初から、こんな任務には連れてこなければよかったんだ……未来ある若者にはこんな血みどろな場所など似合わないのに……。

「私は……」

 ドサッと倒れるレインの身体を見ながら、つぶされた目から涙が流れる。血と混ざり、それは地面へと落ちる。

「すまない……」

 そんな謝罪など聞いていないかのように人型はヴァージの前に一歩進み出て、手刀の形を作る。

 生気の抜けた目線でその様子を見るヴァージ。次なる援軍の活躍に期待しながら、目をつぶろうとしたその時、

「困るなぁ、こっちを無視しないでよ」

 若く、高い声が横から聞こえてきた。倒れていた身体を起こしながら、心臓を貫かれたレインが起き上がってくる。

「え?」

「この身体に傷をつけたな?僕の身体は大切な『師匠』が考えてくれたものなんだ……絶対に許さない」

 怒りの表情をあらわにしたレインが、術式を組み始める。

(なんの術式?見たことが、ない)

 組まれた術式はすぐさま展開し、人型の周囲を水が包み込んだ。

「無駄だよ、暴れても。魔力体ならすり抜けることもできなくはないけど、君のそれは実体だ。魔術をはじくように魔力が体を纏っているようだけど……それも無駄だ」

 掌を人型へ向け、それをゆっくりと閉めていく。

 すると、徐々に球体の密度が上昇していった。

「魔術的なものはすべて無効化できるようだけど、魔術によって起きた『物理現象』までは防げないようだね」

 ……そうか!

 潰しているんだ、彼は人型を。水の中に実体のある人型は身動きが取れず、そしてドンドンとレインの手によって圧縮されていっている。自然と水の密度は強くなり、同時に人型の肉体にかかる圧力は急激に上昇しているんだ。

「最初からこうすればよかったんだ。そうすれば二人も死なせずに済んだのに……馬鹿だな、僕は」

 掌を完全に締める。するとパリン、という音が聞こえて人型はもがきながらゆっくりと靄になって消滅していった。

「なんだこれ?」

 水球の中に残ったのは何かの破片だけであった。先ほどの割れた音の原因だろう。

「レイン君……君は、一体……」

「ヴァージさん。今は……ゆっくり休んでください。応援を連れてきます」

「ありが……とう」

 疲れ果てた肉体は先輩としての威厳など殴り捨てて睡眠をとることを優先した。ゆっくりと閉じられる視界の中、ヴァージはレインの優しい微笑みを見ながら安堵するのだった。
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