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ドライアドの怒り

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「その話を聞く限り、君がアルラウネなのか?」

「その通り、だけど今はそんなことどうでもいい」

 ドライアドのアルラウネは怒りの表情を顔に引き戻し、アグナムに向ける。

「あなたたちのせいで、同胞は多く死んだ。燃やされた者もいる、逃げ遅れた者もいる……貴様らのせいで、私たちの生活は散々だ」

 なにも知らなかったアグナムに言い返す権利はない。なにも知らずにのうのうと生きていたことを恥じるばかりである。人はもっと、過去のことを思い出すべきである。忘れてはいけない、戦争という名の厄災を。

(戦争は経験していたはずなのに、つい忘れてしまっていた)

 戦争で生まれる犠牲者のことを慮ってきたつもりではあったが、それは焼け石に水。大昔ともなれば、慮ることすらも忘れてしまった。

「すまない、私は……今初めてそのことを聞かされた。事情も知らなかった私が君へ謝罪ができる立場ではないとわかってはいるが、謝らせてほしい」

「誤ったところであなたたちの過ちは消えない」

「それはわかっている。ただの自己満だ、聞き流してくれても構わない」

「……ついてきなさい。謝罪は受け入れるつもりはありませんが、聞き流しはしません。しばらく、私の暮らす『国』であなたを調査させていただきます」

「国?国があるのか?」

 こんな大樹が生い茂る森の中に?

「我々の国に名前はありません。強いていうなら『アンノウン』です。そして、私の国には……戦争によって多大な被害をくらい、逃げることしかできなかった者たちが大勢います。あなたに向けられる目線は覚悟しておきなさい」

「いや……こんなところで野垂れ死ぬことよりもよっぽどマシだ。感謝する」

 軽く頭を下げてから、アルラウネの進む後ろ姿を追いかけていった。


 ♦️


 アルラウネには、木を通して全てを見ることができる特殊な能力が備わっていた。世界中のあらゆる木に意識のみではあるが接続し、木が『見ている景色』を視界に共有することができる。この力によって、ここ『古代クラトン大陸』の外の情報も得ることができる。

 であるから、アルラウネは聞くまでもなくアグナムどこから連れ去られてきたのかも知っていた。人間の街が燃やされている様子を眺めても、特に気分の浮き沈みはなかった。

 ただ、悪魔という存在を唯一アルラウネは気にかけていた。聖戦が行われた数百年も前のこと、悪魔たちは魔族側に立ち人間たちを虐殺していった。

 否、悪魔たちは別に魔族との利害関係が一致したまででそのうち魔族も殺すつもりであるのはアルラウネの目からは明らかであった。

 悪魔の目的はこの世界の侵略にあり、そのため数が多い人類を一番最初に潰そうと考えたに違いない。数の少ない魔族はすぐに制圧できるだろうから。

 魔族以外の種族もほぼ同じ理由であろう。大した数もいないから国を持たない部族として暮らす者たちが多かった時代だ。故に、悪魔の侵略は簡単に行われると思われた。

 だがしかし、それは天使の介入によって全て妨げられることとなった。

 天使はこの世を支配している神の代理人。悪魔の侵攻を拒む神の意思に従って天使は人類の味方をした。結果的に、悪魔は敗北を喫することになる。

 侵攻する側が不利であるというところと、神を敵に回したことが敗因だろう。客観的に見れば神はとても心優しい性格のようにも思える。

 しかし、アルラウネにはそうは思えなかった。神は、ただ単純に世界を滅ぼされるのが嫌だっただけなのではないか?せっかく作り上げた世界を壊されるのを嫌ってわざわざ天使を送り込んだのではないか?

 それは、自分の作ったおもちゃを壊されたくないという子供じみた理由だったのではないか。

 本当に心優しい人は、たとえ敵であっても思わず手を差し伸べてしまうような人のことをいう。

 アルラウネにはそんな真似はできない。

 人間は敵。

 それが全てだ。

 アルラウネに、アグナムを国に連れていく理由はない。それはただ単純に、彷徨われて森に害を与えられたら困るから以外になかった。
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