上 下
261 / 504

ベアトリスの朝

しおりを挟む
 ベアトリスの、教師としての朝は早かった。

 まだ、朝日の光も暗く、体の疲れや怠さ……そして、昨日の熱がまだ冷め止まない。

 指を見れば昨日の夜、魔法で切った切り傷はもはや残っていない。

「治るの早いわね……」

 傷の跡も残っていないのは幸いだ。レオ君に傷口を舐めてもらったからだろうか?

 指を眺めていると、昨日の光景が頭をよぎる。

「……………」

 冷静に思い出せば、いや冷静じゃなくてもわかる……昨日の夜は絶対私は冷静さを欠いていた。

「だけど……」

 隣のベッドを見れば、寝ているレオ君。思わず布団で隠れている下半身に目が……

「忘れろ……忘れるんだ私……」

 大丈夫……人生で初めてみたけど、それは気のせいだったのよ!

「それよりも、今日は入学試験日よ!」

 学院までやってくる人の誘導、試験監督と実技試験の相手……親御さん方の誘導にペーパー試験の丸付けと、その後の職員会議……。

 職員会議では首席や次席を決め、クラス分け、担当職員選抜……これを全て一日で終わらせなければならないそうだ。

 それに加えて、合間合間に私が担当している生徒たちが入学試験の邪魔などをしないように監視もしなければならない。

 今日は休日なのだが……入学試験で混雑しているのにも関わらず、人を押し分け外出するなど論外。そして、それらは監督の不届として、担当教師の責任である。

 副教師は基本は休日であるがため、二人が進んで手伝いをしない限り協力は見込めない。

 ユーリは、手伝えば逆になんか邪魔になる気しかしない……うん。レオ君は昨日の今日だ。

 というか、私が気まずくて集中できないのだ!

「そろそろ出ますかね……」

 一人起きてここでぼーっとしてるのもあれなので、私は部屋を出る。

 そして、外に出て廊下に目をやれば、せわしなく動き回る職員たちの姿があるではないか!

 いうまでもなく、今日の準備。私も手伝ったほうがいいのだろうが、あの中に混ざっていく勇気は私にはなかった。

 あの手に持ってる書類を転んで床にぶちまけようものなら、絶対に白目で見られる!

「私には、荷が重いよ……」

 とりあえず、理事長を探す。理事長に指示を仰いでから動くというのは至極まっとうな考えだ。

 もし、なにか失敗でもしたら、すべて理事長の指示として押し付けてやろうとかは一切考えてないから安心してね?

 昨日も登った階段を再び上がり、理事長室へと向かう。

「失礼します」

 ノックしてから声をかけ、中へと入る。

「やあ、ようやく起きましたね」

「少し遅かったですか?」

「いえ、子供にしては早い方なので及第点です」

 というわけで、朝から機嫌がよさそうな理事長に指示を仰ぐ。

「そうですねぇ……試験問題の用意などはすでにほかの者が回っていますので、ここは警備に回ってもらえますか?」

「警備?」

「職員たちの中に、周囲を警戒しながら防御魔法を展開して、さらに受験生たちに気を配れるほど器用な人はいないんですよ、あなた以外」

「もちろん、答案用紙の警備もね」と付け加える理事長。

(ひとまず結界を張ればいいのでしょう?)

 まずは一枚……大学院全体に大きく張る。そして、答案用紙には……必要ないとは思うが結界つけとくか。

 そう思った私は、早速魔力を起動する。

 寝起きでも私の魔力は冴えている。私を中心に大学院を覆いつくすように魔力を伸ばしていき、それを結界として魔法付与を行う。

 結界を張ったことで私の魔力は削れるが、不思議といつもよりも元気である。

(なんだか、いつもより体が軽い気がする)

 それはとても喜ばしいことだから良しとしよう。

「結界を張ったので、外からの襲撃には耐えれるでしょう」

「もう張ったのですか!?」

「ええ、まあ」

「仕事早いね……ま、まあ結界を張ってくれたんだったら心配ないか。と言っても、まだ試験監督としての仕事が残ってるから気は抜かないように」

「はい」

 試験監督兼実技試験官と聞くと、仰々しくてかっこよく感じるが、要するにただの重労働である。

 まあ、今日頑張れば明日は休みなので、頑張っていこうとは思うが。

「もう外に受験生たちがいると思うから、誘導お願いしていいかな?」

「わかりました、行ってきます」

 こんな朝早くだというのに、物好きな受験生たちはわざわざ早く校門の前に立っている。もう少し寝たほうが頭の中の記憶が整理されていいと思うのだが……あるあるだよね。

 緊張すればするほど、早く起きちゃうっていうか?

 まあ、私の場合は「及第点」だったそうだが……。

 そして、いざ校門まで向かってみれば、すでに受験生と親御さんと思われる人々で埋まりきっていた。

 不幸中の幸いか、うちの職員の指示がうまかったのか、みんなきっちり並んでいる。

 単語帳というのだろうか?を持って並んでいる生徒たちが大半を占めている。そして、その生徒たちはどうにも私のことが気になったらしい。

「そりゃそうね……大学院にどうして自分たちよりも小さな子供がいるのかって話よね」

 今更気にする気はないが、あまり慣れない視線だ。

「受験生の皆様方!大学院内入場可能開始時刻となりましたので、受付を始めます!」

 一人の教師がそう宣言した瞬間、動き出す列を見ながら私も気合を入れるのだった。

「A受験の方はこちらでーす!」

 と、大声で言うと「お前教師だったのかよ!?」という表情が返ってきたので、少し気が抜けたが……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

突然伯爵令嬢になってお姉様が出来ました!え、家の義父もお姉様の婚約者もクズしかいなくない??

シャチ
ファンタジー
母の再婚で伯爵令嬢になってしまったアリアは、とっても素敵なお姉様が出来たのに、実の母も含めて、家族がクズ過ぎるし、素敵なお姉様の婚約者すらとんでもない人物。 何とかお姉様を救わなくては! 日曜学校で文字書き計算を習っていたアリアは、お仕事を手伝いながらお姉様を何とか手助けする! 小説家になろうで日間総合1位を取れました~ 転載防止のためにこちらでも投稿します。

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

【完結】王女様の暇つぶしに私を巻き込まないでください

むとうみつき
ファンタジー
暇を持て余した王女殿下が、自らの婚約者候補達にゲームの提案。 「勉強しか興味のない、あのガリ勉女を恋に落としなさい!」 それって私のことだよね?! そんな王女様の話しをうっかり聞いてしまっていた、ガリ勉女シェリル。 でもシェリルには必死で勉強する理由があって…。 長編です。 よろしくお願いします。 カクヨムにも投稿しています。

拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。

ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった 16歳の少年【カン】 しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ これで魔導まで極めているのだが 王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ 渋々それに付き合っていた… だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである ※タイトルは思い付かなかったので適当です ※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました 以降はあとがきに変更になります ※現在執筆に集中させて頂くべく 必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします ※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください

処理中です...