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旅立ち

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 壊れた玉座が寂しげにたたずんでいるこの部屋から二人が消えた。
 無論それは、強欲と傀儡の二人である。

「え、え?」

 話の流れに私はついていけなかった。
 まず、傀儡が色欲を解雇した。

 え?

「色欲って、黒薔薇の人?」

「そ、そうよ……な、なにか、悪い?」

「ちょ、ちょっと!立ち上がらなくていいから!」

 刺された箇所を抑えながら立とうとするものだから、あわてて寝かせた。
 少年の方もあまりよろしくなさそうだ。

 だけど、少年も色欲も吸血鬼なので、時期に治る。

 色欲を解雇して、強欲を仲間に引き入れた。
 そして、強欲はそれを二つ返事でオッケーした。

 そのあとから、私は二人が何を言っているのかよくわからなかった。
 気づいたら、二人は転移?でいなくなっていた。

 多分、話についていけなかったのは、強欲が完全に敵となってしまうことを考えていたからだろう。

 かろうじて、私は気に入られているらしいので、すぐに殺されたりはしないだろうと思っていた。

 だからと言って、慢心はできなさそうだ。

「強欲は、この国を支配したかったのか?ふん、回りくどいことをするな。彼女の本当の性格を知っている人物は最初からいなかったわけか」

 憤怒さんは舌打ちをする。
 残りのメンバーの反応は人それぞれだった。

 ネルネは特にひどい。

「怠惰?娘?私は……普通の吸血鬼で……」

 今すぐ、慰めの言葉をかけたいが、私が言っても逆効果だろう。
 私には罪人の娘と呼ばれるつらさなんてわからないから。

 罪人は権力の象徴であり、強さの象徴であり、罪の象徴なのだ。

「おい、色欲。あんたは大丈夫なのか?」

「な、なにが、よ」

「なに、結構ケガの治りが遅かったから、な……」

「ふ、ふふ。あなたが私の、心配、を、するなんてね」

「ちっ、うるせえよ」

 そんな声が聞こえてきたのもあって、私は回復魔法を使う。
 手をかざして、魔力を流せば大抵の傷は治せるのだ。

 病気なんかは治せないけどね。

「あ、あ?なんで?」

 色欲はさぞかし不思議という顔をしていた。

「別に。仲間が傷つけられたりしたんならまだしも、あなたから攻撃されただけで怒るほど、短気じゃないわ」

「それを私は甘いといってるのだけれどね……。でも、ありがとう」

 照れたように顔を隠した。
 もちろん、少年も治療したので、律義にお辞儀をしてくれた。

「ベアトリス、あなたはこれからどうするつもり?」

「どうするって?」

「もちろん、あの二人のことだよ。強欲は『無欲』だと思ってたから、害はないと思っていたけど、あそこまで欲望だらけだったなんて知らなかったし……」

 強欲の強さはよく知っている。
 攻撃の無力化から、一撃で相手を仕留める術も……攻守ともに隙が無い。

「強欲を殺すのであれば、権能が使われるまでに殺すしかない。正面から戦っても負けるだけだ」

「そ、でも、ひとまずは安心してもいいんじゃないの?」

「そんなわけないでしょ?あのヤバそうな男とくっついてどっか行っちゃったんだよ?」

「……わかってる」

 一番危ない状況にいるのは私だ。
 狙われているのは私。

 ついでに言うと、悪魔関係のトラブルもまだ解決していないし。
 私は、黒薔薇と悪魔の二つから狙われているわけだ。

「強欲はすぐに、こちらに戻って国を統治する。だから、あなたたちは早く逃げたほうがいいわ」

「あれ?心配してるの?」

「っ!ふん!私に殺されなかったことを喜ぶがいいわ!」

 わかりやす。

「ありがと。でも、斬りかかってきたことは許さないけどね」

「ああ」

 ひとまず話は纏まった。

 私たちはすぐにでも逃げよう。
 強欲はここを色欲に代わって統治することになるだろうから、ここにいたら時期に見つかる。

 悪魔からも逃げなくちゃいけないので、早々にまた身を隠さねばならない。

「色欲、あなたはどうするの?」

「私は……二人で隠居でもするわ」

 そう言って、弟の頭をなでる。

 少年の仲介などもあってか、一応和解はできたのかな?
 さっきまで敵対していたのに、急展開すぎるけど。

 そして、憤怒さんの方を見れば、察したのか答えてくれた。

「私は、特にすることは決めてない。そのうち決めるさ」

「そう、分かった」

 そして、もう一人。
 ネルネにも今後どうするのか聞きたかった。

 私は結構仲良くなれたので、一緒にいたいと思わなくもないが、事情が事情なのでね。

 そう思って、後ろを振り返った。

 目を見張った。

「ネルネは?」

 その場所から、ネルネが消えていた。


 ♦♢♦♢♦↓ネルネ視点↓


(私はなんなの?)

 怠惰?
 意味わかんないよ!

 罪人の娘なの?
 そんな……。

 走った。
 わけもわからず走った。

 この亜空間は穴だらけになっていて、抜け出すのは簡単だった。

 ずっと走り続けた。

「罪人の娘なんて……」

 そんなんじゃ……。

「お客さん……ベアトリスさんに顔向けできないよ……」

 事の発端はすべて私。
 私の宿に入ったせいで、私が嫌がらせを受けていることを話さなければ、ベアトリスさんが危険な目にあうことも、ローブの少年が刺されることもなかった。

 全部全部私のせいだ。

「宿は、もうやめよう……」

 やめてどうする?

「旅にでも、出ようかな」

 もう一生会うことはないだろう、ベアトリスさんとは。
 やがて、自分の宿までやってきた。

 もうここも、やめるわけだが。
 親から宿を引き継いで、精一杯やってきた。

 ただ、実際に親に会ったことはない。
 育ての母に、継いでほしいといわれたから、継いだだけなんだ。

 未練はない。

「さようなら」

 私はまた走り出そうとした。

「おい、いいのかよ?」

「!」

 後ろから声をかけられた。
 振り返れば、『憤怒』と呼ばれていた人がいた。

「憤怒……。なんですか?私に何の用ですか?」

「お前、ベアトリスたちと一緒にいたかったんじゃないのか?」

「いたかったですよ!でも、私にはそんな資格なんてないです!」

 あの三人に混ざれる気がしない。
 どこまでも、私は腰抜けだな……。

「宿、やめるのか?」

「やめます」

「旅に出るのか?」

「でます!」

「じゃあ、私も連れてけ」

「は?」

 突拍子もなくそんなことを言われた。

「お前、一人じゃなんにもできないだろ?知識も何にもないくせにいっちょ前に旅に出るとか馬鹿じゃん」

「ば、バカって!」

「だから私を連れてけ」

「……………」

 私はまた、走り出した。


 ♦♢♦♢♦↓憤怒視点↓


 何がしたいかなんて、決めてなかったけどさ。
 ベアトリス、あんたのおかげであの封印から出られた。

 色欲も別に恨んじゃいねー。
 たくさんの知識をあそこで得られてからな。

 でも、ベアトリスは気づいてなかった。
 私が、百年間も封印されてて、久しぶりに話した相手があんたなんだ。

 どれだけうれしかったか、わからなかっただろうな。
 そして、封印から出られた。

 人としゃべれる。
 それがたまらなくうれしいんだ。

(だからよ、お前の大事な奴は私が守ってやるよ)

 それを恩返しとしてくれないかな?

 ネルネ、怠惰の娘。

 そいつのことは私は知らない。
 封印されていて、あったこともない。

 だけど、いい奴だったんだろうな。

「走っても無駄なのにな」

 そして、私も走り出す。
 空は、夕焼けに染まりつつあった。
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