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挨拶回り

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 奥の部屋に入れば、そこは見慣れた広い風景。
 そう、謁見の間でございます。

 王国、獣王国、エルフ……それに引き続きの吸血鬼です。
 開いた扉の奥も相変わらず、暗い雰囲気だった。

 まあ、予想はしていたこと。
 そして、見慣れた定位置に女王様らしき、人が座っていた。

 ナインは私を先導して、その女性の前まで連れて行った。
 目の前の女性は、ふてぶてしい態度をとって、なにやら機嫌が悪そうだった。

「強欲、ご苦労様ね」

「ったく、先輩なんだから、人使いは考え直してよね」

 軽口をたたきあうときでも、一方は不機嫌に、一方は真顔だ。
 どうやったら、そんな態度で軽口が叩けるのか、今の私では想像がつかない。

「そして、そこの黒いやつ」

「は、はい」

 ついにその女性は私に気付き、声をかけてきた。
 その女性の特徴はといえば、白い髪で、赤い目をしている。

 そして、肌も白っぽく、女の私から見てもかなり整った容姿をしていた。
 その見た目と、ふてぶてしさで男ならコロッと落ちてしまいそうだ。

「あんた、名前はベアトリスよね」

「はい」

「あら、よかった。間違ってたら、暴食に食べさせようと思っていたのよ」

 食べさせる、それって絶対に物理ですよね?
 比喩じゃないことは確かである。

 でもまあ、探してるのが私だったらしいし、食われることは……

「とりあえず、あんた死刑ね」

「はい……って、えええええ!?」

 え?
 どっちみち死ぬの?

 じゃあ何で聞いたんだよ!

「なんで死ななきゃいけないの!?」

「ええ?だって、あんたの存在ってものすごく迷惑なのよね」

「どういう意味ですか!」

「いや、あんたが私の国にいるだけで、悪魔が襲ってくるらしいのよ。だから死んでくれない?」

 理不尽すぎる!
 が、正論なのは間違っていない……。

「でも、死刑はやりすぎとか思わないのですか!」

「うーん、正直、男以外に興味ないし」

「男?」

「ああ、忘れてた忘れてた。私、『色欲』ね。そこんところよろしく」

「よろしくできるかあー!」

 なんだこの尻軽女!
 暴食とは別の意味で食うのか?

 そうなのか?

 だとしても、そんなの許せるかい!

「死刑はせめてやめてくださいよ!」

「ええー」

 露骨に面倒な顔をするな!

「じゃあ、あなたはここで暮らしてなさい」

「だから死刑は……って、こんどはどういうこと!?」

「あんたが言ったんじゃない。死にたくないから死刑止めろって」

「そりゃあそうだけど、話が変わりすぎじゃない?」

 この人、本当に男の人以外に興味ないのか?
 まじでどうでもいいや、みたいな顔してるんだけど?

 でも、逆に一番人間味があっていいかもしれん。
 話しかけやすさはあるけど、理不尽すぎる……。

「まあ、逃げられても面倒くさいし、受け渡しの人が来るまであんたは大人しくしてくれていたらいいし」

「ちょっとまて!受け渡しって?」

「ああ、まだいってなかった?私、あなたを探してるわけじゃないのよねー」

「それって、どういう意味?」

「あー、ぶっちゃけ私に対して、上司ずらしてくる偉そうなやつがいるんだけど、そいつが『ベアトリスってやつ探しといて』って言ったきたから捕まえただけなのよ」

 なんだ、その適当感!
 とってつけたみたいに言っても信用できるか!

「まあ?あんたさえいなくなれば悪魔の大群も来ないらしいし?さっさと死ぬか、出てってほしいのよね」

 やっぱり、罪人は異常だ……。
 いや、理屈はかなっているけど、思考回路おかしいでしょ。

 邪魔だからとりま死ねってさ?
 せめて、私の身ぐらい暗示して、こっそり逃がしてよ。

「じゃあ、あなたは私が何で狙われているか知ってるの?」

「知らない」

「知らないって……」

「でも」

 玉座から立ち上がり、私に近づく。
 罪人という名を背負っているだけあって、素早い動きだった。

「私の目的、邪魔するなら、あんたの家族ごと皆殺しよ」

「!」

「というわけで、あんたはもう出ていいわよー。私にはまだやるべきことがあるから」

 そう言って、水晶を取り出した。

「まあ、そういうわけだから、いったん出ようか」

 ナインに促され、私は部屋を出た。
 最初は一番まともだと思ったけど、やっぱりほかの奴と変わんない。

 どこかずれてるどころじゃないでしょ。

 もう、何で私ばっかり……。

 もう一度扉を開けて閉める。
 すると、

「あ、あれ?ここどこ?」

 さっきまでの長い廊下はなくなっていて、こんどは広場のような場所に出た。

 相変わらず、灰色で、道が何本も分かれている。

「なに?もとの廊下に帰れると思った?んなわけないじゃん」

「その当たり前でしょ?って真顔止めて」

 いや、普通は帰れると思うのよね……。

「で、ここはどこなの?」

「さあ?知らない」

「は?」

「だって、私が行きつく先をいじったわけじゃないし」

「じゃあ、誰がいじったのよ?」

 そう質問すれば、あらぬ方向から答えが返ってくる。

「私です」

「え?」

 後ろを向けば、小さな通路から、一人の女の人が出てきた。

「げ、『嫉妬』……」

「嫉妬?あの人が?」

 出てきた女の人は白いワンピースを着ていて、小柄で華奢。
 だけど、色欲とは別の美しさがあった。

 こんな薄暗い場所には似合わない程、彼女は輝いている。
 それは物理的にでもあった。

 精霊のように、若干発光している。

「嫉妬?その名前で私を呼ばないで」

 そう言って、彼女は一歩前に近づいた。

「今回も失敗でしたか」

「な、なにが?」

「ええ、ダメダメでした」

 そう言って、私に顔を近づけてきた。
 私の顔をじろじろと眺め、倒れそうになるくらいだった。

「やっぱり違う」

「だから何が!」

「私、ある人を探してるんです」

「あ、ある人?」

 私よりも少しだけ背が高い嫉妬は軽やかにくるりと回った。

「そうです!あれは、数百年前のこと。聖戦があって、その時の私は罪人でもなかった。でも、聖戦に巻き込まれて死にそうなところを、あの方に救っていただいたの!」

 嬉しそうにはにかむ嫉妬。
 だが、その顔は『嫉妬』でゆがみつつあった。

「ですが、あの人は消えてしまいました。私を救って、私のことを助けて、私の心を奪っておきながら、私の前から消えてしまいました」

「は、はあ……」

「どうして私の捨てたのでしょう?教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えてもらってもいいですか?」

「い、いや……私にはわからないですけど……。そもそも、私はあの方とやらを知らないのですが」

「そうですか、でも、失敗というわけではなさそうですね」

 そう言って、私に再び近づいた。
 そして、今度は匂いを嗅いできた。

「スン……あぁ、匂いで分かります。あの方に近いにおいがあなたからします」

「え?嘘でしょ?」

「本当ですよ、私が愛するあの人の匂いが!嗚呼!なんてすばらしいのでしょうか?もうすぐ会えるような予感がします!」

「そ、それはよかったですね……」

「祝福してくださいますか?嬉しいですね、私の同僚はみんなひどいのです。私の『純愛』を誰も応援しようとしないのですから、ねえ?」

 ナインのほうをちらりと見た嫉妬。
 それに目をそらすナイン。

「あなたの名前は?そう、ベアトリスですね」

「え?なんで名前を……」

「あなたはあの方に会ったことがありそうですね。それはとても喜ばしいことです。ですが……」

 そこで、嫉妬は変わった。

「私の愛する方に近づかないでもらえますか?場合によっては殺します。無残に、残酷に、悲惨に、凄惨に、惨たらしく、殺害させていただきますね!」

「……………」

「あ、でも今殺すつもりはないですよ?手がかりがなくなってしまいますもの。もし、あの方が見つかって、あなたと生活を共にでもしていた場合は、過ごした一秒間につき、百回殴ります。死なない程度に、適度な苦痛で。よかったですね、私が優しくて。あなたが過ごした幸せな時間のぶんだけ、あなたは苦痛を味わってください。殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴ってそのあと、安らかに死んでくださいね!」

「……………」

 にこやかすぎる笑顔でそんなこと言われましても……。

「あーあ、君死んだね」

「はい?」

「あの子、あの子が言う『あの人』の匂いというのは知らないけど、目をつけられたら、逃げ出せないよ」

 そう言った時には、

「ねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえあの人のことを教えてくれませんか?いったいどこでなにをして過ごしているのかを」

「あの人って、だから誰よ!」

「わからないですか?あなたが今まで出会った人の中で一番魅力的な人です!」

 魅力的な人?
 殿下?

 うーむ、でも前世での話だし。
 アレン?

 いや、最近会えてないしなー。
 じゃあ、レオ君?

 いやいや、私の中ではかわいい弟なんだよなー。
 じゃあじゃあ、ユーリ?

 確かに長生きだし、かわいいからありえそうなのが怖い。
 てか、別に大人でもいいわけか。

 出会った人は子供とは限らないしね。
 じゃあ、騎士団の……。

「ちょっと、君。そんなに考えなくていいよ」

「そんなに考えているとは……やはり会ったことが?ならなおさらです!あなたのその記憶をすべて私に開示して、すべて私に教えて、全部全部ぜーんぶ教えてください!さあ、私の部屋はあちらです!」

「え?いや、ちょっと待ってー!」

 まじめに考えてたのが悪かったようだ。
 私は嫉妬の部屋にまで連行されていくのだった。

 ナインは、「あいつ死んだな」っていう真顔で、こちらを見つめていた。
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