上 下
193 / 504

追う心

しおりを挟む
「くそ……」

 悪魔をけしかけて、尊厳を守ろうとした結果、大失態だった。
 あの偉そうな悪魔。

 実力は確かだったはずだ。
 なのに、あの女の人間には及ばなかったというのか?

 人間というのはそこまでに強力だったのか?

「認識不足だ……」

 だが、今回を経て、ある結論に思い至った。

「僕は……こんなところで腐っていい人材じゃない!」

 世界は広かった。
 エルフなんてちっぽけな存在。

 この世界の本当の強者からすれば、ゴミと一緒だ。
 そのゴミと生活を共にする必要があるのか?

 ない。

 俺は比較的にまともなゴミだ。
 磨けば光るゴミ……。

 今は汚れているが、才能はあると思う。
 事実、悪魔と人間の戦闘を見ていて、わかった。

 目で追える。
 動体視力は彼らと変わらず、引け劣らなかった。

「肉体能力は申し分ない。あとは技術だ」

 その時には、もうエルフの仲間、ハイエルフの家族のことなんてどうでも良くなっていた。

 すでに、街を出る決意をした。

 こんな小さい世界。
 自分にとっては全てが叶う箱庭。

 だが、それ以上を知ったら、それに手を伸ばしたくなる……そうだろう?
 次なる高みを目指したい。

「人間の女……それも子供があの実力だ」

 あいつは普通じゃない。
 それと同時に、ただの子供だ。

 必ず、それだけの研鑽を積んだに違いない。
 つまり、

「あの人間を基準に考えればいいんだ」

 あの人間を超えるために、認識を変えろ。

 エルフの中では最強?

 違う。

 世界から見て雑魚。

 弱肉強食の世で、強者の部類?

 否。

 弱者だ。

「あの人間を殺せるぐらいに強くなる……絶対に」

 そのために街を出た。
 未だに、人間と悪魔の交戦が続いていた。

 街は燃え、魔物たちが蹂躙……いや、よく見たら押されてるな。
 そんな混乱の中だった。

 おそらく、あのまま行けば人間が勝つだろう。
 あの戦いを見れば、恐怖すると同時に、怒りが増してくる。

「待ってろ、人間。僕は……どんなことに手を染めようとも、お前を殺してやる」

 尊厳が傷つけられた。
 それだけで、僕のプライドは許さない。

 初めて受けた屈辱……何十年も生きてきて初めてうまく行かなかった。
 そんな屈辱を全て……いつの日かぶつけてやる。

 僕は森を後にした。


 ♦︎♢♦︎♢♦︎↓トレイル視点↓


 走って走って走って。
 ベアトリスの元から逃げ出した。

 短い間だった。
 時間にしたら、何十時間。

 日にちにしたら、一ヶ月もない。

 そんな短い期間だった。
 私はお父様のもとまで走った。

 自分の部屋だとしんみりしてしまうと思って……。

 扉を開ければ、笑顔の父がいた。
 だけど、私にはわかった。

 目が赤く腫れている。

「一緒にいかなかったのか?」

「はい、私にはそう決断することができませんでした」

 あの三人はいいチームだ。
 ベアトリスといい、ユーリといい、レオといい……。

 個性的だが、それぞれが能力に秀でていた。
 ベアトリスは集団戦に向いていそうだった。

 口を開いて、魔力を紡げば語られる命令。
 それを聞いた弱者は抵抗することさえ許されない。

 身体能力、魔法の応用力ともに優れていて、万能……優秀……完璧だった。

 ユーリは諸刃の剣だ。
 彼は手加減ということができないらしい。

 やるときはいつも全力、ある意味正しい行為ではあるが……戦闘においては、オーバーパワーだ。

 逆を言えば、三人の中で誰よりも強い。

 レオは、三人の中でも一番弱い。
 だけど、ポテンシャルはあった。

 あまりある動体視力は二人と比べても劣らず、逆に上回ってるかも?
 気遣いもできるし、私のお酒にも付き合ってくれた。

 戦闘の応用力というのか、獣人特有の戦闘の勘が二人よりも冴えている。
 素人目でもわかった。

 そんな三人だが、そもそもの次元が違うと思い知らされた。

 素手でドラゴンを止めたり、魔物の集団に突っ込んで返り討ちにしたり……。
 悪魔を倒したり、もうなんでもありだよ。

 平均的能力値が私を大きく上回る三人に対して、私はどうだ?

 エルフの特徴である魔法が使えない。
 魔力は多く膨大だが、それを魔法として行使できない私は無能に近い。

 身体能力が高いわけでもなく、逆に貧弱だ。
 勉強はできるけど、戦闘にはほとんど役立たない。

 雑魚、弱者、いらない子。
 私はあの三人の隣で歩ける気がしなかった。

 だから自分からそのステージを降りたのだ。

「それでいいの」

「そうか」

 お父様は少し嬉しそうだった。
 私も行ってしまうとでも、思っていたのだろう。

 そんなわけない。
 あの三人の人生は面白くなることだろう。

 私はゆっくりでいい。
 無駄に長い人生を使ってゆっくりと三人に向かえばいい。

 いつかは私も、この森を出たい。
 魔法を使えない私は、体を鍛えるしかないだろう。

 ドラゴンで苦戦するようでは、三人にはついていけない。

 もっと力が欲しい……!
 そう真摯に願った。

「お望みとあらば必要ですか?」

「え!?」

 どっかで聞いたことがある声が聞こえた。
 それはお父様にも聞こえていたようだが、お父様は笑ったままなにも答えない。

 周囲が発光して輝きだす。
 それは人の形に収束し、

「精霊様!」

 が、現れた。

「なんで、こんなところに!?」

 確か、自分の意思で出ることはできないとかなんとか。

「不思議に思っているのですね?私が出られなかったのは悪魔のせいであって、その原因が封印された今となっては、外出するのは自由なのですよ」

 外出したがる精霊は少ないですけど、と付け足して、精霊は笑った。

「それで、力が欲しいのですか?」

「あ!え?いや、別に……」

「そう願っていたでしょう?ねえ、ゴーノアさん」

「儂には、人の心の声なんて聞こえんがね」

「ええ!?知り合いなんですか、お父様!」

 色々と情報量が多すぎる……。

「私とゴーノアさんは古くからの知り合いなんです。何度か言葉を交わしただけですが、数百年はこの森を見守ってきた知り合いなんです」

 長生きでしょう?
 と言って、微笑んでくる精霊。

 さっきの力が欲しいと願ったからここまできたのだろうか?
 だとしたら、

「いらないです」

「それは何故ですか?」

「私は自分の手で手に入れたいので」

 キッパリとそう言う。
 ベアトリスは加護をもらったようだが、それはノーカウントだ。

 その前から圧倒的な強者だったし。

「人間……ベアトリスは強い。私もそれに『努力』で追いつきたいの」

「そう言う考えもできるのですね。やはり面白いです」

 納得したかと言うように、掌をポンと叩いた精霊。
 久しぶりの外出でテンションが上がっているのだろうか?

 心なしか、行動がかわいく幼く見えた。

 かわいく……。

「だとしたら、恋愛してる暇もなさそうですね」

「あら?それはなんでです?」

「だって、そんなことしてたら、あの三人には追いつけないもの」

 不思議そうに見つめる精霊、苦笑いするお父様。
 すると精霊が、

「そんなこと心配する必要はありませんよ。あそこの三人だって、恋愛しまくりですもの!」

「へ?」

「あ、つい口が……今のはなんでもないですよ?」

 わざとらしくそんなことを言う精霊。

「まあ、なんにせよ……私は精霊様の力を借りずに、あの三人に追いついて見せますわ」

 努力は裏切らない。

 私は、三人を目指す。

(いつか、またどこかで会おう。ベアトリス)


 ♦︎♢♦︎♢♦︎


「ん?」

 今何か声が聞こえた気が……。
 耳の中で、誰か……知っている人の声がした。

 名前を呼ばれた気がしたが。

「まあいっか!」

 私の旅はまた始まりを迎えるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

突然伯爵令嬢になってお姉様が出来ました!え、家の義父もお姉様の婚約者もクズしかいなくない??

シャチ
ファンタジー
母の再婚で伯爵令嬢になってしまったアリアは、とっても素敵なお姉様が出来たのに、実の母も含めて、家族がクズ過ぎるし、素敵なお姉様の婚約者すらとんでもない人物。 何とかお姉様を救わなくては! 日曜学校で文字書き計算を習っていたアリアは、お仕事を手伝いながらお姉様を何とか手助けする! 小説家になろうで日間総合1位を取れました~ 転載防止のためにこちらでも投稿します。

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。

ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった 16歳の少年【カン】 しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ これで魔導まで極めているのだが 王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ 渋々それに付き合っていた… だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである ※タイトルは思い付かなかったので適当です ※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました 以降はあとがきに変更になります ※現在執筆に集中させて頂くべく 必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします ※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください

私を裏切った相手とは関わるつもりはありません

みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。 未来を変えるために行動をする 1度裏切った相手とは関わらないように過ごす

処理中です...