僕の番が怖すぎる。

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二章 あいつの存在が災厄

朱と暁と赫夜と紫

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 ご覧頂きありがとうございます。
 新しく追加した朱点視点の話になります。
 加筆をした前話と繋がりがあるので良ければそちらからご覧ください。
 ───────────


 ◆◆◆
 

『お前は本当に懲りん阿呆だな…私は頭が痛い。
全く誰に似たんだ貴様は!!』

 部屋に入った俺に親父が暁色の刀身を持つ大太刀を振るい、俺は体が半分くらい消された。

 あの糞親父は俺がどんなことをしても痛みすら感じず、死なんのを知っているから、動けなくして説教をする。 
 今回はその後も『この阿呆めが!貴様はこうして仕置しても全然響かぬ。本当にどうしてくれようか?阿呆め!!』などとかなり叱責しながら、鞘に仕舞った大太刀で殴打された。
 母上も今回のことは相当立腹しているのか、いつもする制止などなく、かける言葉も普段より厳しめの『こんのッ!アホ!!』だった。

 話し合いも終わり、母上のとりなしもあり、俺は身体を元に戻された。
 久しぶりに飲まされた親父の血は……懐かしく、意外なくらいに美味かった。

 そのことに俺は驚き思わず

『父上、もっとくれ!母上、肉も欲しい!!』

 などと言ってしまった。
 親父も母上も物凄く複雑な顔をしていた。
 その顔を見ると俺は幼い頃を思い出す。

『お前は相変わらずだな…私は本当に頭が痛い。』

 呆れかえり、厳しめの視線をやるが俺にさらに血を渡す親父。

『全くそのとおりです、旦那様。
このアホは呆れるくらいに成長がなく、変わりません!』

 そんな事を言う母上も俺に自分の肉をやろうとして『百合ユリの前だ。』と親父に止められていた。

 (……残念だ。)

 両親たちは昔の様に俺に接していた。
 孫が出来た事で思い出したのかもしれない。

 俺が幼い頃を。あの頃自分たちを悩ませた俺の欲求を。
 

 長く続いたらしい話し合いも終わり帰る為、俺の回復を待つ間も心ここに在らずだったらしいお姫様に声をかける。

「俺のお姫様。百合、戻るぞ。」

「あれが僕らの守護者たる亜神様とか嘘だろう……………」

 俺の親たちと初めて会ったお姫様は放心している。
 少し遠い目をして何かをブツブツと呟いている。どうやら先程の俺と父母の遣り取りは見ていなかったようだ。

 こいつは俺の顔などを見る時に惚けることがままある。
 他に姉のアケなど顔貌が非常に整った綺麗なものを好む。 
 もしかすると親父と母上のその姿に当てられたのかもしれない。
 俺の親は鬼のαとΩの中でそれぞれ一番に美しい。
 周りに言わせると俺はさらに上を行くらしいが、そのへんは興味がないから知らん。

 仕方がないのでお姫様を小脇に抱え、俺の部屋まで帰ることにする。

 部屋までの道すがら、通りがかりのものたちに『若様、そのお運びの仕方は、お妃様がお可哀そうにございます!』などと言われたが…


 (これ以外にどうする?
 抱っこか?あれは幼子にするものだろう?
 親父は折檻して動けない俺を運ぶときはいつもこれだが?)


「…俺は他を知らぬ。」


 暫しその場に留まり、言われたことに悩む俺に誰もそれを教えることはない。
 いつもの様に俺を一目見て怖れ、怯え、避けて行く。

 再び歩き出して回廊を抜け本殿を出た俺は、身籠った俺の大事なお姫様に配慮し、いつもよりゆっくりとした速度で俺の宮殿まで駆けて行く。

 部屋に着き、お姫様をしとね(敷物)の上に下ろして声をかける。
 ついでに乱れた髪や着物も直してやることにする。

「お姫様、大丈夫か?俺は元通りだ。戻ってこい。」

 美しい銀の髪を梳り整えていくが、未だ意識は俺の両親の事の様で一杯の様だ、少し妬ける。

 「……………………イヤイヤあり得ないだろう?」

 ぽんと軽く肩などを叩いてやるが反応がない。

「………………………………こいつの親だから仕方ないのか?」

 どうやら俺の親たちとの対話は、お姫様にとってはかなり刺激の強いものであったらしい。
 俺は面倒なので親父に折檻されはじめてからは寝ていた。
 母上はそんな俺を見抜いているから、後でまた何かを言われるだろう。

 こいつの好きな菓子を取ってきて、目の前に置く。好物の匂いで漸く意識がこちらに戻ってきたお姫様は、それを手に取りながら口を開いた。

「なぁ、朱点シュテン。僕は早まったかもしれない。」

 肩を落とし、眉間に皺を寄せ、唇はへの字に曲がっている。
 せっかくの美貌が台無しだ。

「なんなんだよあれはっ!」

 一口で摘んだ団子が口の中に消えていく。 

 先程まで呆然としていたうえに、今語っていることは聞き流せない。

「なんのことだ?」

 再び団子に手が出るが、ヤケになっているのか両手にそれぞれ取り食べ始めた。

スメラギ様が…お義父様があんな方だとか知らなかった…
あんな滅茶苦茶美形αの方は初めて見たけど、チビるくらいに怖いし!モグッ
后陛下…お義母様も美し過ぎて目が潰れるかと思ったけど、お前があんな姿なのに平然とされているからそれも怖い!!ムグッ
おふたりは仲が良すぎて、僕らの前でも睦合いそうで吃驚したわ!!!ゲフ…」

 堪えていたものがあるのかすごい勢いで菓子を平らげていく。
 途中で喉に詰まらせそうになったので、茶を渡してやる。
 俺は自分の身の回りや茶を淹れるなどの一通りのことは訳あって出来る。そうしなければいけないから出来るようになったというべきか。

 話によるとどうやらあの糞親父が百合の前で母上に盛ったらしい。
 親父は俺が初めて【域】を破り、両親の閨に侵入したときも平然と母上を抱いていたからやりかねない。

 どんどん減り、無くなる菓子。俺はそれを追加していく。

 お姫様の苦悩は俺が解決せねばならんが…このままいくと俺は嘘をついてしまうことになる。
 犯してはならない【禁】のひとつだ。

 嘘をつくこと、俺にとってそれは世界を変えてしまう絶対にしてはならんことだ。
アレ』からさらに睨まれ、強烈な罰をまた喰らう事になる。
【白】のものはその性質から不可能であり、【黒】のものは逆にそれに制約がない。
 その為、種を滅ぼすのは大体が黒だ。

 俺は【赤】であるから、常に気を付け慎重に言葉を選んでいる。
 なるべく他に話題を振り、誤魔化すことにした。

「あの糞親父は嫉妬深い。母上にとても執着している。
幼い俺が母上の血を貰うのさえ止めさせた。」
「それもどうかと思うぞ…」
「親父のそんな話はいくらでもある。」

 他の鬼の親子の在り方など俺は知らない。
 こいつも母が早くに亡くなっていたから、肉親に貰ってはいただろうが、俺のような育ち方ではないだろう。

 菓子などを好んでいることを可愛く思い、今の様に止められてはいるがついつい与えてしまう。
 それを楽しめるお姫様が羨ましく、美味そうに食べる様に触発され、俺も一つ手に取り口に入れる。


 (何の味もしない。)


 俺は血や肉しかわからない。
 魚や獣の肉、卵などはまだわかるが、格別美味くも思わない。
 腹が空くのでむしやしないで食べている。

「オイ!コラ!!僕のだぞ!!!」
「すまんな、一つくらい許せ。」
 
 不服そうにするお姫様に頭を撫でてから、また新しい菓子を出してやることにする。

「最後のやつを楽しみにしていたのに!」

 そんなお姫様に大好物の【ホアン】渡りの蜜漬けの果物を出してやる。

「…良くこれを手に入れられたな。」
「熊のやつが持ってきたからよく分からんが?」
「お前って、なんだかんだ言っても皇子様だよなぁ…」

 そう言いつつ機嫌を良くして美味そうにそれを食う俺のお姫様。


 (なぁ、お姫様。
 俺はこんなものを知らなかった。
 こんなものをお前の今している様に欲することもない。
 お前や父に母以外は美味いと思わない。 
 そのことを知る厨のものたちは必死に好むものを作ろうとしてくれる。
 外に出て知った今では色々なものを喰うが、それでも本当に喰いたいものは別だ。)
 

 (喰いたいのは…お前だ。)


 (それに親父に母上だ。
 でも、そんな事をすることはしない。絶対にもう・・しない。)


 俺は不意に随分昔の…俺が幼かった日を思い出した───


 ◆◆◆

 ───まだとても幼く父と母の作った【域】に居た頃だ。

 そこ・・は今の俺がしている様に俺の部屋丸々一つを、俺を封じ閉じ込める場所としていた。
 産まれ落ちたそのときから『神』に呪いを受けたその頃の俺は、生まれてからずっと過ごした狭くてつまらないそこに飽きていた。

 俺を出来る限り縛らずに育てることに最後まで母と……父も頑張っていたらしい。
 だが、それもこの頃には破綻が見えていた。
 そろそろ俺を外に出すべきかを両親は悩んでいた。


 俺に縛りを与え外に出すか?
 限界になるまでそこに俺を封じるか?
 そんな決断を迫られていた。


 その頃の俺の世界は狭い【域】と、父と母、それに乳母である茨木イバラキの母しか自分には存在しなかった。

 今からは想像もつかないほどに父母は俺に甘く優しかった。
 それは俺の憧れであり、常に飢え渇いていた俺の最も欲したものだった。
 
 父は長く艷やかな漆黒の髪を一つに結い、着物の袖から出たしなやかな筋肉につつまれた腕や脚などにまで、母の【華】を咲かせている。
 成長し切った今の俺よりも大きく逞しい肉体は若々しく、人族の二十半ばの若者にしか見えない。
 鬼のαで随一の雄々しい美しさを持つ父は、俺や母とは違いとてもαオスらしい男だ。
 
 母は父に愛された痕が常に残るその抜けるくらいに白い肌を着物で隠していた。それでも時には袖から出た腕や脚にまでそれが出ていた。
 銀髪に銀目は俺のお姫様と同じで、俺の左目は母からのものだ。
 性別や年齢すらわからないまでに超越した美貌。容貌に優れた鬼のΩの中でも母ほどの美しいものは見たことがない。
 お姫様も方向性は違うが、きっと鬼のΩ中でも母並みに美しくなるだろう。
 成長した今の俺もそれを褒めそやされるが、母の様な『弱く(見え)、儚く(見え)、美しい(そこは違わない)』そんなものではない。
 Ωメスらしい儚い美しさと色香を母は持つ。
 
 体格やαの力を父から、
 美貌やΩの力を母から俺は受け継いだ。


 月に数度ある父と母が共に来る日。
 力加減を気にせず遊べるその日がいつも楽しみだった。

「ちちうえこれはあきた。」
「そうか…お前は以前来たときは好んでいたが?」

 この頃は今とは違い、俺を見る俺の右目と同じ金色の瞳は柔らかく優しかった。
 
 母にしか興味がないあの父は意外と子を可愛がる。
 幼い頃はあの糞親父としか呼べない現在とは大違いだった。
 弱くて、小さくて、可愛いものを鬼のαは好むからだろうか?

「いまはちがう!」

 その日は俺の力に耐えられる父に全身で不満を表し暴れていた。
 父がいる時しか俺は思い切り遊ぶことが出来なかった。

「つの。おれとちがう。」

 遊びに飽きた俺は、胡座をかいて座り、俺の相手をしている大きな父の、
 俺たち鬼の急所のひとつでもある立派な角を掴み引っ張る。
 俺のあり得ない行動にも父は動じず、笑いながら母に話しかける。
 父はそれほど雄弁ではないが、母と俺にはよく話してくれた。
 父の側近たちは必要なことすらも喋らず無口すぎる事に、今も悩んでいると俺にすら愚痴を零している。
 
「ハハ…俺の最愛の姫、赫夜よ。これはやんちゃでかなわんな。」

 自分の角と父の角を交互に触るが、自分のものはまだまだ小さく柔らかかった。

「ちちうえのはおおきい。おれのもおおきくなるのか?」

 この頃は父の角を触ることなども許されていた。
 思い返してみれば恐ろしいことをしていたと思う。  

「旦那様!大丈夫ですか?!
朱!それはなりませんと私は何度も言いましたね?
それはされたらとても痛いのです!!
それにお前も自分のものをそんなに触ってはなりません!
今は柔らかいですから、それで変な形になっては後々困るでしょう!」

 父の隣で座っている母が俺を叱る。
 
「いたい?なんだそれ???」
「構わん。俺は気にせぬ。」

 肩車をしてもらい、その時に父の角を掴むのが好きな俺は、それ以前から母にそのことを叱られていた。
 俺や父には分からないが、かなり痛いらしい。

 そういえば発情期が明けてすぐのお姫様も、角を折ろうとして慌てて止めたがあれは良くない。その衝撃で死ぬこともあるらしい。

 その事をよくわからん俺と父は母にさらに叱られていた。

「ですが旦那様、この子は痛みを知りません!それは良くありません。」
「この間叱り、仕置きした際も平気な顔をしていたな。
俺もそれほど痛みは感じぬ質だが、朱のそれは確かに酷いかもしれぬ。」

 俺の異常な体質などからくる行動などを心配して叱る母。
 それを呆れたように言い、少し考え込む父。

「いたみ???」

 俺は昔から体を半分以上消されても痛みなんてほぼ感じない。
 これでは他者に対する労りのようなものなど分かるはずもなかった。
 少し前にも暴れて乳母と母に大怪我をさせていた。
 その際、癇癪を起こして放った言葉は【域】を破り、呪いとなり一族に禍を振りまいた。

「感じぬものを理解しろということも難しい。」
「困りましたね。どういたしましょう?」

 色々と他のものとは違いすぎる俺に両親は困惑していた。
 大きな父に憧れがあった俺は尚も父の角をぺたぺたと触る。

「うん?どうした朱。俺の角がそんなに好きか?」
「どうしたらおおきくなる?
おおきくなったらそとにでれるのか?」

 あまりにも執拗に角を触り、そのうえ父母の嫌な質問をする俺に父は俺を抱き上げ、高い高いをする。

「そうだなよく食べ、よく寝て………よく遊べばお前も大きくなり、今は小さなその角もいずれ俺の様になろう。
朱、お前の好きな肩車をしてやろう。」

 今では滅多に見せない笑顔でそんなふうに言いながら俺をあやす。

「これもいやだ!それもあきた!!もっとちがうことがいい!!!
そとはなんでだめなんだ?」

 以前は好んでいたそれらも含め、その日は全てが気に入らなかった。
 暴れ、逞しい父の胸に両手を拳にして、力まかせにぼかぼかと何度も殴りつけるが、びくともしない。
 これも父以外なら原形など無くなるほどに潰してしまうような行いだ。
 
「朱。お前もなかなか強くなってきたな。」
「ちちうえはこわれない!!」

 父と遊ぶことで一番嬉しかったことはこれだ。
 他のものは俺には壊れやすく脆すぎた。

「…………そうか。もう二度と母には今、俺にするようなことは絶対にしてはならんぞ。」
「…しない。」

 少し前に癇癪で母を傷つけ、父にこっぴどく叱られ、折檻されたことを思い出した俺は、頬を膨らませ拗ねた。
 されているような抱っこも、五尺五寸(約209cm)以上もある背の高い父の肩車も、高い高いから放り投げられるのにも、以前は好きだったのに、その日は全てが気に入らず腹を立てていた。 
 少し前に暴れた際に空腹から母をかなり食べてしまった。
 そのことでより強くなった力から来る欲求が関係していたのかもしれない。
 あの頃はそういった不満も、思いつけばすぐに周りにぶつけていた。

「母に似た美しい顔をしているのだから、その様な顔をするな。」

 男にも女にも見える俺のこの顔は母譲りだ。
 今ではかなり違うようになったが、この頃は母によく似ていたらしい。
 あの父は俺が母に似ていることをとても喜んでいた。
 成長するにつれて違うようになり、今のような態度になったが。

「ちちうえはおれのかおがすきなのか?」

「…朱よ、美しく強いお前を好ましく思わぬものはおらぬ。
父の力、母の美貌、全てのものを魅了するものがお前にはある。
今でさえこの状態だ、成長した時にどうなることか…俺はそれが心配でならぬ。」

 今の父からは想像もつかない言葉がこの頃はよく出ていた。

「おれはもすきだ。」
「お前には母譲りの眼もあるからえるのか?」

 この頃から既に俺は強い魂の色を好んだ。
 父に母、乳母など強く美しい魂のものしか周りにいなかったのも大きかったと思う。

「ちちうえもははうえもつよいあかだ!」
「…そうか。」

 俺を宥める父の首もとの、母から与えられた【華】を見て触ったり、その匂いを嗅ぐ。
 父と母の混じった匂いに安心した。
 同時に「グー」っと腹が鳴り、空腹を思い出す。
 
「どうした腹が減っているのか?構わんぞ。」

 幼い頃から俺は常に飢えて渇いていた。父はいつも腹一杯になるまで俺に血を渡してくれた。

「ほしい!くれ!!」

 父母が共に居る時は母から血を貰うのを父は嫌がった。
 αらしい独占欲からだろうが、父の血でも満足できたので当時は文句などなかった。

「朱、肉が欲しくてもまた母を喰うてはならんぞ。」
「まえにかじったときもうまかった。」

 だが、偶に貰う母の血は堪らなく美味かった。
 そして肉も欲しくなり、その頃俺はしばしば母を襲い、喰らうようになっていた。
 
「それはならんと何度も仕置したが、まだわからんか?」  

 癇癪を起こした俺は母を良く喰っていた。
 母は悲しそうにしていつもそれを許したが、それで俺が味を占めたことを父は危惧していた。

「ちちうえがくれ!!」

 今言えば父からどんな制裁が来ることか。恐ろしいな。
 だが、鬼にとって愛し愛されているものの血や肉ほど美味いものはない。
 この頃の父は本当に美味かった。
 …先程もそうだったことに本当に驚いたが。

「…後で乳母に持って越させる。」
「いやだ!あれはまずい!!」

 そう言うと父にしがみつき一心にその血を貪る俺。

 俺が好んだそれはとても鬼の幼子の欲するものや量ではなかった。
 αでもΩでも鬼の子はその歳ではそんなことはない。
 俺は成長してから所謂普通の食いものを知った。

 自分を思い切り貪る俺の背中を撫でながら、父は諭すように言っていた。

「…お前は俺に似たのかもしれぬな。
朱、俺のように親兄弟に子、それにお前の民を喰らうようになってはならんぞ。」

 この頃の俺はいつも腹を空かせ貪欲に父母の血を飲んでいた。 
 そのうえ強い力を持ち俺が愛情を抱き、俺に愛を与えるものの肉でしか満足出来なかった。
 乳母が持ってくる下僕などを潰した肉も食べていたが物足りず、しばしば彼女や母を襲っていた。

「しかし、どうしたものか…俺にも覚えがあるから叱りづらい。」
「ですが、今外に出して朱が見境なく民を襲っても困ります。」

 このことは両親を大変悩ませていた。

「お前が産まされた、ろくでもないやつらを飼ってはいるが…まだ早いか?」
「時期が悪いですね…」

 父はその血を飲む俺を抱きながら母と話す。

「最愛よ、昂り過ぎた俺がお前を抱きながら喰ったことがあったであろう?」
「あれは私でも物凄く痛かったんだ!暁、私には被虐趣味などはない!
次に私を食べながらするのが好いなどと言ったら、縛り呪で殺す!」
「それに関してはすまんとしか言えぬ。
それを思い出すとこの子に許嫁を用意するのは難しいかもしれぬ。
愛するもの…特に番や伴侶を喰らうのは堪らなく美味い。」
「はぁ…それには同意します。私もお前の血が好きですから。
この子はお前の血も沢山飲むし、私の血よりも肉を好み食べる。
本当に色々と今から頭が痛いです。」
「悲しむな姫よ。後でたっぷりと可愛がって慰めてやろう。」
「もう…旦那様は。」

 仲の良い両親はいつも俺のことでよく悩み話し合っていた。
 この様に熱が入りすぎて睦合いそうになる寸前の時もあれば

「だが、血に関してはお前も俺から沢山飲むだろうに?お前も朱を叱れんな。」
「お前はその分後宮で適当に下僕のメス共を飼い、喰らっているだろう!」
「愛しているからこその対策だ。お前を喰い殺したくはない。」
「はぁ…この子にも必要になるのかもしれませんね!旦那様!!」
「拗ねるな。俺とて望んではいない。食欲ゆえにだ。」
「白粉臭い匂いが私は大嫌いなんだ!女が良いならそちらに行け!!
それともそんなことできないくらいに飲み、干からびさせてやろうか?」
「閨の誘いなら断らぬ。」
「姉上方に散々お前と番うことを反対されたが、全くその通りだったな!」

 …時々喧嘩をしていた気もする。

 俺が父から飲んでいる間ずっと両親は話し合っていた。

 ひとしきり満足するまで父から血をもらったが、俺はこの頃から既に肉の方をより好んでいた。

「もういい。」
「そうか。満足したか?」
「にくがよかった。」
「…後で持ってこさせよう。」
  
 空腹が満たされ少し機嫌の良くなった俺は今度は父にある、母の【華】を触る。
 いつも父の血を飲むときに見えるそれが、その日はずっと気になっていた。
  
「ははうえの【華】。おれもほしい!」

 母からの愛が一目で分かるほどの【華】が俺も欲しかった。
 与えたそれが咲いているのを見ると嬉しくなると母が言っていたからだ。
 今ではその気持ちがとても良くわかる。

「これはやれんが、お前もいずれ番になったものに与えられるかもしれんな。
お前の伴侶がΩであれば確実だが…こればかりはわからんな。」
「なんとなくですが…私にはえます。ですがこれは朱にはまだ秘密です。」

「ははうえ、どうしてだ?」「ほう。それは誠か?」
「今はまだその時ではありません。」

 この時はまだ『お姫様』の話は教えてもらえなかった。

「そうか。俺には後で詳しく話せ。」
「旦那様にも秘密にしようか悩みますね。」
「では、閨でいじめて聞き出すことにするか。」 

「ねや?いじめる?」「旦那様!」

「ハハハ、すまぬ。朱も大きくなればわかる。」

 俺を撫でる大きな父の手。
 その腕には母の【白菊】が咲き誇っていた。
 俺の憧れ。その頃は焦がれて仕方がなかったもの。

 父の様なオスになりたい。母の様なメスの番が欲しかった。

「もう、旦那様!貴方は全く。
まぁ…鬼の子は早熟ですからあと十年もせずにわかりますしね。
フフッ、どんなものがこの子の伴侶でしょうね?」
「これも俺とよく似ているから、お前と似たものかもしれんな。」

「ハハハ…」「フフッ。」

 俺を挟み話し、笑い合う両親。

 思えばその頃までがあいつと出逢うまでで一番愛を与えられていた。
 俺も父が好きだったし、父も俺を可愛がってくれていた。

 父も母も一刻も早く俺に伴侶となるものを与えたがった。
『運命』でなくても俺の飢えや渇きを癒やすもの。
 亜神として長く存在している両親は、俺の危なさを一番理解していた。
 だが、許嫁を結ぶには性別もどちらか分からず、母やその側近であった乳母を壊す俺は、力も強すぎて無理があった。
 俺の力を抑えつけるには難しくなってきていて、両親でさえ持て余していた。
 
 乳母は血を俺に与えに来たが、俺と長く共に居ることに耐えられず、俺の従者である茨木イバラキも四童子もまだ側になかった。
 定期的に来る母が俺に色々な話をしたり、偶に父が俺をあやして遊んでくれていたが、我慢できなくなっていた。
 書物や一人遊びできるものにも限界があった。

 生まれ落ちてすぐの頃ならともかく、俺は育つにつれ父母の持つ力を凌駕する様になり、
 完全に力を抑えられる【域】もだんだん小さくなり、その頃には俺の部屋くらいの大きさしか無理だった。

 俺は大きくなるのに狭くなってくる俺の居場所。
 そろそろ狭い【域】で俺を育てるのに皆が限界を感じていた。
 
 腹が減って仕方なく肉が欲しい。
 喉がどうしようもなく渇き血が欲しい。
 もっとたくさん遊んで欲しい。
 母や乳母の話に聞くものが見たい。
 外に出たい。
 目一杯走り回りたい。

 そんなふうに我儘を言って両親を困らせていた──


 ◆◆◆


 ───オイこら!クソ赤毛!お前なぁ…先に言えよな!!
心の準備とかなんもないから本当にビビったわ!!!」

 いきり立つ俺のお姫様を落ち着かせる。
 こいつは存外気性が激しい。【紫】に内包する赤の気質のせいだろう。
 
「親父も母上も昔はもう少し違った。」

 お姫様の頭を撫でながら俺は幼き日のそれを思い出し、笑う。

「ハァ?!それで信用できるか!これから僕は妃教育漬けだし、本当に最悪だ!!」
「そういえば新年に【名付けの儀】があるな。母上に訴えよう。俺も手伝おう。」
「お義母様が『朱点は役に立たない(要約)』と言っていたから無理だろう。
自分の子の名よりも先に他のものに授けるのは嫌だなぁ…」
「俺も既に多数のものに授けている。茨木や四童子などだ。」
「そうなのか?」
「鬼の上位のものなんてそんなものだ。」
「それでもモヤモヤするんだよ!」


 はわからない。


 だが、俺と百合の子は俺のなりたかった姿をして出てくる。
 縛られ続けた俺が望んだもの全てを…その子が持って産まれてくる様に呪いを以てした。

「お姫様。俺は子が産まれるのが本当に楽しみだ。」
「そっか。僕は実感がまだないからなぁ…
こんなに幼い僕なのにお前は本当に鬼畜だな。鬼だけど!」


 自由に縛られずに在る理想の俺。その姿を見ることを俺は楽しみにしている。

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槿 資紀
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 傾国のΩと呼ばれた伯爵令息、リシャール・ロスフィードは、最愛の番である侯爵家嫡男ヨハネス・ケインを洗脳魔術によって不当に略奪され、無理やり番を解消させられた。  自らの半身にも等しいパートナーを失い狂気に堕ちたリシャールは、復讐の鬼と化し、自らを忘れてしまったヨハネスもろとも、ことを仕組んだ黒幕を一族郎党血祭りに上げた。そして、間もなく、その咎によって処刑される。  そんな彼の正気を呼び戻したのは、ヨハネスと出会う前の、9歳の自分として再び目覚めたという、にわかには信じがたい状況だった。  しかも、生まれ変わる前と違い、彼のすぐそばには、存在しなかったはずの双子の妹、ルトリューゼとかいうケッタイな娘までいるじゃないか。  さて、ルトリューゼはとかく奇妙な娘だった。何やら自分には前世の記憶があるだの、この世界は自分が前世で愛読していた小説の舞台であるだの、このままでは一族郎党処刑されて死んでしまうだの、そんな支離滅裂なことを口走るのである。ちらほらと心あたりがあるのがまた始末に負えない。  リシャールはそんな妹の話を聞き出すうちに、自らの価値観をまるきり塗り替える概念と出会う。  それこそ、『推し活』。愛する者を遠くから見守り、ただその者が幸せになることだけを一身に願って、まったくの赤の他人として尽くす、という営みである。  リシャールは正直なところ、もうあんな目に遭うのは懲り懲りだった。番だのΩだの傾国だのと鬱陶しく持て囃され、邪な欲望の的になるのも、愛する者を不当に奪われて、周囲の者もろとも人生を棒に振るのも。  愛する人を、自分の破滅に巻き込むのも、全部たくさんだった。  今もなお、ヨハネスのことを愛おしく思う気持ちに変わりはない。しかし、惨憺たる結末を変えるなら、彼と出会っていない今がチャンスだと、リシャールは確信した。  いざ、思いがけず手に入れた二度目の人生は、推し活に全てを捧げよう。愛するヨハネスのことは遠くで見守り、他人として、その幸せを願うのだ、と。  推し活を万全に営むため、露払いと称しては、無自覚に暗躍を始めるリシャール。かかわりを持たないよう徹底的に避けているにも関わらず、なぜか向こうから果敢に接近してくる終生の推しヨハネス。真意の読めない飄々とした顔で事あるごとにちょっかいをかけてくる王太子。頭の良さに割くべきリソースをすべて顔に費やした愛すべき妹ルトリューゼ。  不本意にも、様子のおかしい連中に囲まれるようになった彼が、平穏な推し活に勤しめる日は、果たして訪れるのだろうか。

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