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二章 あいつの存在が災厄
クロはちいさいかわいいおとこのこがすきになる。 壱
しおりを挟む持ってきてくれたこの酒はなかなかうまい。
ライスワインにうるさい私も満足だよ。
《それなりの値段がした。早く続きを》
《前と違ってなんとなく不穏な気配がしてきたな》
《いいとこで止めんな》
そうだなぁ…それなら皆の好きなエルフの話もしようかな?
《Wow!!》
《ピューピュー》
《エルフ!!》
本当に人気だなぁ…
期待に答えれるかわからないが、姉の娘、姪っ子がこの話ではかなり重要な役割をした。
彼女は物凄く可愛くて本当にお人形みたいだった。
なんというかそうとしかいえない子だった。
《また含みのあるものの言い方ね》
《マリーの話に出てくる奴らは変なやつばかりだしなぁ…》
彼女はある目的があって百合と朱天に手を差し伸べたんだ。
百合と朱天に産まれる彼女の『運命』の為に。
◇◇◇
僕は裏側からだけでなく、表からも朱を支え、黒を守る為に動いている。
もう手段は選ばない。
先ほど朱と共に本殿の義母のところへ挨拶に行ってきた。
今日はアルフヘイムより客人が黒を訪ねてくる。
そのことについての話し合いをしてきた帰りのこと。朱とふたりで本殿を抜けてから、宮と宮を結ぶ回廊を歩いていた。
以前の僕ならひとりで歩いていると、ヒソヒソといやらしい顔で陰口を言われていたが、今は僕が近づくとさぁっと蜘蛛の子を散らすように逃げる。
朱と一緒ということもあるが、これは僕の二年にも及ぶ努力の結果だ。
「お姫様。お前は皆から『 コ ワ イ 』と言われておるぞ?」
朱がニヤニヤした笑みを僕に向け、心底面白そうにしている。
「姉様も言ったはずだよ、次はアウトだって」
そんな問いにそっけなく返す僕。
こいつも腹に据えかねていたらしいあの事がぱったりとなくなった。
開き直ると案外楽なもので、あの程度で態度を変えるなら最初からするなと言いたかった。
だが、そんなこと今はどうでも良かった。
「早く黒のところに行こう!今日は気にせず一緒にいられるんだし」
去って行ったどうでも良い奴らに見せていた、奴ら曰く『耳長風の冷笑』ではなく、心からの笑顔でそれを促す。
来客を迎える為、今日は黒のお勉強はない。
アルフヘイムからの客人の身分と言葉の問題で、僕や朱が付いていないといけない。
なので、今日は一日中ずっとあの子の側に付いていてあげられる。
早く会いに行き、ぎゅーっと抱きしめてあげたかった。
僕の言葉にこいつも頷き、嬉しいことを言ってくれた。
「かように強くなってきて、俺も安心する。
心までは守ってやることが難しい故な」
(守られるばかりじゃなく、お前や黒を守れるくらい強くなりたい)
そう思って頑張ってきたことを褒められたのが嬉しかった。
ポンポンと頭を軽く叩くように撫でられると、朱の小脇に抱えられた。
どうやらいつものように運ばれるらしい。
早く着くし、毎日のように抱き潰され、足腰にきている僕を労っているその気持ちはありがたいし嬉しいが、そろそろ他の運び方を覚え欲しかった。
(黒にする抱っことかは普通なのに、これだけは一体どうしてこうなんだ?)
「行くぞ」という声を掛けられたかと思うと、予備動作なしで朱は駆け出す。
その腕の中で、僕がこの二年間してきたことを思い出す。
『お妃様として認めることは致しかねます』
そう言われた時から、僕は耳長での自分の身分を大いに使うことにした。
長年『半耳長』と言われ続けてきた僕は、半耳長でも母が亜神耳長の半耳長で、アルフヘイムの女王の弟だ。
それに姉婦婦の養子にもなっているので、正式に耳長族の姫にもなっていた。
何かとうるさい『長老』たちを黙らすのなら、『鬼の【青】の百合』ではなく、『耳長のリリィ』の方が都合が良い。
それに僕はしばらくは鬼と認識されるわけにはいかなかった。
身分にこだわる【四家】の者たちやその傍系の者たちは、未だに『【青】の百合』しか知らない。
…というよりも認めない。
鬼の力の教えを受けに行ったり、お茶に呼ばれたりして、義母を訪ねて本殿に行くことは多い。
その際に、今までは脳のないアホ共から『半耳長』と馬鹿の一つ覚えのように罵倒されてきた。
そこで『耳長のリリィ』である僕は、耳長風に礼をとり笑いかけ、その後、冷ややかに睨んでから『ᚾᛟᛏ ᚨ ᛋᛖᚲᛟᚾᛞ ᛏᛁᛗᛖ.』と『ᚾᛖᛉᛏᛏᛁᛗᛖ,ᛁ'ᛚᛚᛋᚺᛟᛟᛏ.』と古耳長語で脅しをかけた。
(古耳長語は、巫子か神子などの亜神耳長にしか理解できないけど)
身内に元耳長の親がいたりして、耳長語を多少でも解する者や、少しは頭のある奴などは考えたのか、次からは行動を慎むようになった。
だが、アホな奴らやよく分かっていない奴らは、その場では口をポカンと開けて呆然としたが、すぐにもとの調子に戻った。
そして奴らは懲りずに再び間違いを犯し、僕は『ᛈᚢᚾᛁᛋᚺᛞᛁᛋᚱᛖᛋᛈᛖᚲᛏ』と宣言して、実際にそれをした。
姉も散々奴らに警告したのに、今までの『【青】の百合』の時でさえ皇子の妻(内縁だが、婚約はしてる)にしていた態度ではなかった。
だが、『耳長のリリィ』に対しては完全にアウトだ。
まわりからの助言で『だんだん毛が抜けていく』か『薫りが激的に異臭』というものにした。
どれも数日でなくなるが、奴らはすぐさま僕のもとに来て、涙ながらに土下座で許しを乞うた。
(そんなんならホントに最初からするなと言いたかったなぁ…)
耳長は、心臓の【華】を捨てたゆえに肉体的には弱いが、 精神の領域では鬼より遥かに優位に立つ。
【言霊】と違い【ᚷᚨᚾᛞᛁᚱ】は一度指差しで呪うと、僕が眠っていても、僕に見えないところで話していてもそれが履行される。
(朱の【呪】は特別だけど)
寧ろ、夢の領域で記憶を読み取り、『黒歴史の拡散』なんてことも可能だ。
姉が以前皇宮の中でも、あまりにも見かねる行為を僕にする者たちにしていたが、これは三度目以降の愚物に試すつもりでいた。
でも、それもすぐに態度を改めるものばかりで出来ずに終わり、残念だった。
鬼は脳筋が多く、メンタルにくる攻撃に耐性が無かった。
やってみて良くわかったが、考えなしに僕らに喧嘩を売るほうが馬鹿なのだ。
(耳長は怒らせたら怖いんだよ!)
今みたいに朱と一緒でない時に、朱の宮の外に出る時の側仕えには、元耳長の者を耳長の正装をさせて伴に連れている。
朱の宮ではこちらのものを着ているが、外では徹底的に耳長のものを身に着け、あちら風に髪も結い、アクセサリーも付けていた。
姿隠しの呪いも今はもう止めているし、長い間僕のコンプレックスだった、耳長寄りな姿もさらけ出している。
朱が大好きだと言ってくれている、僕の長い耳を飾る、耳飾りだって付けている。
これもやつらに僕を『耳長のリリィ』として認知させるのが目的だ。
朱の宮のみんなにも、僕が嫁ぐ日まではそれでお願いをしていた。
朱との婚礼の為に絶対に必要だからと説き伏せた。
僕という鬼が存在しなかった事にしなくてはいけないので、二年間協力してもらった結果…
【青】を出るまで、ほぼ外に出なかったことが功を奏したのか、それほど苦労なく僕は『耳長のリリィ姫』として認識されている。
そして朱は『朱点様は耳長がお好き』と言われるようになった………
ところが、朱の従者たちにはこれが効かない。
何度か言ったが彼らは強固に僕を『百合』もしくは『お妃様』と呼ぶ。
自分でも不思議らしいのだが、気をつけてもそうなるらしい。
朱も似たような感じだ。
彼らにはなにか強い縛りみたいなものがあり、『金』の名もいつの間にか『金熊』となっていた。
この世界では【名】が強い力を持つ。
認識を変えても、これを覆すには噂や信仰などによって、語られる数だけの言霊の力を上回り破らなければ無理だった。
朱や朱の従者の噂の火消しは難しく、さらに燃え上がりどんどん良くない話になっていた。
協力者により情報操作などをしてもらっているが、かなりの年月をかけて仕込んでいたらしく、根深く消せなかった。
そちらから朱たちを救うことが出来なかったので、今は別のことを進めているのだが………
そんなことを考えていると、朱の宮が見えてきた。
鬼の国、陽の本の京の北の外れにある山が僕ら鬼の郷だ。
その山は『神奈備』と呼ばれ、 この皇宮のある場所一帯は、鬼族の禁足地となっており、下級の鬼などは参るだけでも許しが必要だ。
皇宮とその周りには【四家】の者や上位の鬼などしか住まうことを許されていないが、下級の鬼などは少し離れた場所にある、【四家】のいずれかが管理する里で暮らしている。
耳長の国であるアルフヘイムにある神子の住まう場所『聖域』も似たようなものらしい。
朱の宮の東西南北にある四門のいずれか一つを抜けて、宮を囲む川に掛けられた神橋を渡ると、そこはもう朱の神域になる。
凄い速度で駆け抜ける視界の端に、青薔薇の姿がちらりと見えた。
それを見て、杜にある御神木の朱の【華】が咲いているのを、見たくなった。
まだ約束の時まではニ刻近くある。
僕らはこの頃ふたりだけで過ごすのは、どちらかのベッドルームなんていう有様だった。
それで黒のところに行く前に、少しだけふたりで散策をしようと思った。
「朱、下ろして!お前の【華】を見たい」
ぐいと衣を引っぱり大声で呼びかけると、そこで立ち止まったこいつは僕を下ろしながら、相変わらずの卑猥な思考で返事を返してくれた。
「なんだお姫様、閨へ行くのか?
俺は構わぬが約束の刻限に間に合わぬぞ?」
僕のことを呆れたような目で見ているが、僕のほうがお前に呆れる。
「お前の心臓のやつでなく、ここの!神域に!!生えているやつ!!!」
「然様か…」
見るからに気落ちして、ものすごく残念そうにしているこいつは、相変わらず僕に執着しまくりで、重たーい愛情を注いでくれている。
それで判明したこいつの変態的な能力があるが…
それはまた後ほど話そうと思う。
「少し散歩しよう?」
「構わぬ」
僕のお願いに快く了承してくれたが、不思議そうな顔をしている。
どうしてそこへ行きたいのかが、わからないといったところだろう。
「お前の御神木まで連れてって」
僕から手を差し出してそれをねだると、朱の手がそっと優しく僕の手を握ってくれる。
そのまま何も言わず、朱は僕の手を引き歩き出した。
この宮は朱が産まれる少し前に建てられた。
鬼族の神様をお迎えして祀るための宮だ。
実は本殿よりも広く豪華に作られているそうだが、そのように用意して本殿からもかなり離れた場所に作り、敷地も広く取っているのに……
参道も拝殿も用意されていない。
本来ならここが本殿となり、朱は一族を導く神として座して信仰される存在だ。
だが、妃を迎えなければ鬼族では皇と見做されない。
奴ら『長老』たちは朱の元服を認めず、ずっと子どものままにして、妻を娶ることも許さない。
それで朱はこんな歪な存在になってしまった。
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