101 / 131
二章 あいつの存在が災厄
朱と母と父と従者たちに友 参
しおりを挟む『若様!助けてください!』
心の声で強く呼ばれた。
急ぎ足を運んだのは俺の宮の西の門。
俺の側近の従者、星熊と番の松にふたりの子である群青の住まい。
【青】の爺が家族と暮らしている場所だ。
俺の宮には従者などが暮らす部屋も多数用意してあるが、 爺たち【四色】の従者は、俺の宮の東西南北の護りとして門の中に居を構えている。
西の護りである【青】の門の前まで駆けてきた。
扉を開けるとそこには鉄色の髪をした鬼と群青色の髪をした鬼が、土下座をさせられていた。
なぜかような姿なのか?
先程まで最愛との茶の時間(あれによると『ヒュッゲ』というらしい)を楽しんでいた。
そこに顔に大きな青アザを作った、こいつら【青】の親子が飛び込んできて、俺に願い出た。
『若様助けてください!
このままでは息子の嫁が、孫が死んでしまいます!』
其の様な事を相談された。
穏やかではないその話は、誰ぞの手引で【緑】の者の手により、次代の【青】の巫子たる群青の番が呪詛を掛けられた。
子と共にその命が危ういらしいということ。
俺の庇護する領域に住まう者たちに手を出し、勝手をする奴らがいることで、俺はまた奴らに失望する。
授かり難い鬼の、子を大事にするという種の本能すら忘れ、愚かな振る舞いをする者が俺の民かと思うと…
生まれ落ちた時より俺が『 』から常に受けている、鬼族に掛けられた呪いを受け止めるのを止めたくなる。
俺が一族に変わり引き受けているものも、近頃さらに強くなっている。
『 』と取引をし、良からぬ企みをする者がまた増えているらしい。
(本当に面倒ばかり起こす屑以下しかおらぬのか?)
俺を失望させる一族を、このままでは滅びるしかない者たちを、奴らを放り出し最愛と俺の子らだけ、家族だけで何処かで静かに暮らしたいとも思う。
(叶わぬ願いだが…)
──この頃の俺は一族の皆に呆れを通り越し、怒りすら覚えていた。
俺の愛する者たちを害し、自らの欲のままに振る舞う者を許すことが出来なくなって来ていた───
最愛も慕っている従兄のことが気掛かりだと言い、急ぎ行けと部屋を追い出された。
向かっている最中に、先に戻ったこいつらにあのような声で呼びかけられ、慌てて訪れてみれば…
こいつらに土下座で迎えられた。
「貴様ら…何をしている?」
最愛との時間を邪魔され、 少しばかり苛立っていたがその姿に毒気を抜かれた。
意味のわからぬこいつらの姿に思わずそれを問う。
「「躾をされております……」」
土下座の姿勢は変わらず、さらに意味不明な応えが返ってきた。
急に呼び出され、大事な者の命の危機と聞いてきたのに、かような訳のわからぬものを見せられる。
呆れてものも言えなくなるが、こやつらも何か呪詛により縛られていた。
それも珍しく悪意のない呪詛だ。
子などにするようなそれは、こいつらが言ったようなもの。
(耳長の呪いの様だが)
これを祓うにしても意図がわからぬゆえ、どうしたものかと思案していると、青みがかった銀の髪と菖蒲色の目を持つ若い鬼が奥から出てきた。
オスかメスかの判別の付きにくい顔立ちやスラリとした体躯、耳の長さなどから耳長にすら見えるΩ。
最愛とは違い眼の朱紋はあるが、この男も半耳長などと呼ばれそうな見目をしている。
相談されていた呪詛により『死んでしまう』と言われている群青の番、俺の最愛が俺たちの子の乳母を頼んだという、従兄らしき者だ。
呪詛の影響からか顔色が悪い。
未だ土下座の姿のままの【青】の親子を睥睨する男の目は冷たい。
どうやらこやつらはこの男を怒らせる何かをやらかしたらしい。
「菖蒲…怒りは尤もだが流石にこれでは話ができない!」
「アイリス!許して!お願いハニー!!」
口々に不平を訴える親子。
星熊もそうだが群青はオスらしい厳しい見た目によらず、妙に軽くお調子者だ。
聞いているこちらが疲れる頭が湧いた発言を良くする。
相手にするのが面倒なので『【貴様は黙れ】』と【呪】で縛ることも多い。
「僕の可愛い弟分をよくも虐めましたね。
若様に願いをする前に、まずはそれをリリィに謝って来るべきです!」
そう叱りつける男の名は菖蒲。
一見したところ、この菖蒲の掛けられている呪詛は、フレイヤが昔受けたものと似たものだ。
真名を使った結構な呪詛であるうえ、意志を奪い意のままにされるもの。
あの時と同じ企みをする者などがこれを仕掛けたらしい。
それほど急ぎはせぬが、早めに祓ってやりフレイヤの様に名を与える他にないだろう。
祓えば還されたもので術者は死ぬだろうが、自業自得であろう。
群青の番であるこの男は、俺の最愛の従兄であるがその血は遠い。
先代の当主の孫であり、【青】の分家では最も血が濃い鬼であるのに、あれに唯一良くしていたという、【青】の中ではまともであった者。
こいつらが俺の最愛を虐めたなどと、聞き捨てならぬ事を言っておったが、これは後ほど問ただそう。
そのように思案しつつ、俺がやつらの喧嘩を傍観していると、菖蒲がふらついた。
「朱天様、申し訳ございません…」
「構わぬ」
駆け寄り支えてやるとかけられた名は、俺の最愛の付けた『天』を入れた二つ名で、最愛以外から呼ばれたのはこの男が初めてだった。
菖蒲は俺を見て微笑み、俺にそれを願った。
「朱天様は予想されていらっしゃるかと思いますが…名を授かりたいのです。私と私の子に」
「なぜ子まで必要とする?」
呪詛を解いてやれば俺の力など必要ない。
それくらいには菖蒲は強い者だ。
フレイヤと乳兄弟というこの男の母は、離縁し彼の国に帰っているが、元は瑠璃の従者で耳長の神子だ。
紫ほどではないが、旧き者の力を持った強い鬼のはずだった。
(それにしては呪詛に弱すぎるな?)
子には出来る限り親が名付けをして、魂の縁を繋ぎ守ってやる方が良いのに異なことを言う。
これもよくわからぬ。
そのように不思議に思っていた俺にさらに追い打ちをかける。
「あの子をご覧になればわかります」
かような不思議なことを言うこの男は、フレイヤの様な少しからかうような顔をしていた。
(…こいつも耳長の巫子か?)
◆
ふらつき具合の悪い菖蒲を休ませる為、居間へと移動したが菖蒲は承服せず、赤子を連れてくると告げ行ってしまった。
聞けば産後まだ二日程の床上げをしておらぬ身らしいのに無茶をする。
仕方なく此度の詳細を星熊から聞き出す。
それによると俺の宮の結界を破壊しようとする者が、爺たち四童子の護る四色の門を抜けようとするが、それが敵わず他の手段をとってきた。
それが産後弱っていた菖蒲を狙った理由らしい。
「アイ…菖蒲は鬼の力に長けておりませんし、真名と字が同じなんです。
俺はアイリスって呼んでるんですけど、こっちじゃ通りが悪くて…」
群青が話すように菖蒲は魂の色と【華】の色が同じ名だった。
かような者もまま居るが、大体がαだ。
菖蒲は俺の最愛ほど美しくはないが、珍しい赤味の強い【紫】の魂を持つ者。
鬼では青と黄のふたつの質を持ち合わせた【緑】を尊ぶが、耳長では赤と青のふたつの質を持ち併せる【紫】が代わりに尊ばれている。
紫の乳母の娘、乳兄弟であった者も先々代の【赤】の当主が父親の、【紫】の魂を持つものだったらしい。
瑠璃の件で番が罪びととして裁かれると、乳母である【司法】は【赤】と縁切りをして、娘がαとして目覚めるとすぐさまアルフヘイムに行かせた。
このあたりも何か意図的なものを感じてしまうが、 あれの薫り異常体質のこともあっただろう。
それに【赤】の一族は女のαを繁殖用に使い潰すゆえの対応であろう。
一族を俺と共に守る筈の【四家】は、【黄】の者以外どうしようもないほど腐ってしまった……
菖蒲が星熊の番と共に戻ってきた。
連れてきた赤子を俺に渡し、「お願い致します」と名付けをしろと俺に強請る。
赤子を受け取り、目を閉じる。
母のように常に魂を見定める目を使わぬように俺はしている。
常日頃から守る手は広いほうが良いと母には言われてはいた。
それでも視えすぎる目も、聴こえ過ぎる耳も俺は好まず、必要な時のみその感覚を開いていた。
閉じていたものを開き、その視界に飛び込んてきたのは…涅色。
純粋な黒ではないが、赤みの強い黒。
【青】の者の筈なのに、母親である菖蒲に似たのか赤の質が強い。
俺ですら初めて視るほど濃い【黒】の魂だった。
長老共は知っておらぬが、皇の者と同時期に四家に生まれる者が守護となる。
その守護する者は母や父と血の近い場所から選ばれ、守護する者の持つ魂と同じ色の神子が生まれるゆえに俺はそれを知る。
俺と最愛の子はどうやら【黒】の神子であるらしい。
母はかつてそのような呪いを子に施した。
永い時をかけて爺たち四童子を誕生させ、【四家】を作った。
そして俺に続くまでそれが一族を守り支えていた。
(今では腐ってしまったが…)
確かにかような者には鬼の力に長けぬという菖蒲では名を授けるのは無理だろう。
俺か母くらいのものでなければ真名を授ける呪い、【祝福】は掛けれぬ。
紫と出逢い娶ってから、俺の世界は激しく動き、驚くことばかり起きる。
「…赤子の名付けは仕方がない」
ここでもう一つ言われていた願い出への警告をする。
「だが、俺の守りは別だ。
得れば…狂うかもしれぬぞ?」
こう聞くのは赤子を除き、皆が俺の眷属となることを願い出た為だ。
星熊は平気であるが、こいつらは力が足りぬ。
俺の世界に耐えれず狂ってしまうかもしれぬゆえのこと。
この問いにも、
「愛する者と共に在るなら平気です」
「この子をお救い頂けるなら…」
「我らの命を若様に捧げます」
俺に土下座をしてかようなことを言う。
「若様…お願いにございます」
星熊も願い出た。
その間も皆は俺に土下座をしたままだ。
譲らぬこいつらに負け、俺はこいつらに【華】を与えた。
【お手つき】にしたうえで隠しやすい場所にしたが…
そして赤子と菖蒲には名も与えた。
赤子は『涅』と名付け、字を名乗るように厳命した。
菖蒲の名付けは前の生での名を付けた。
『彼方』から来た者で、昔の事を忘れぬ者は、魂にその名残がある。
俺はそれを名付け、菖蒲の真名を消した。
字としてなら名乗れるが、それだと奴らは呪詛を掛けることが出来ない。
αの血が濃く、【華】を持たぬ星熊に元は人族の松。
その子である群青は【華】を持つが、その境遇から鬼の力に疎い。
菖蒲もそうだったがこの一家は大変呪詛に弱かった。
他の四童子の家族もそうかもしれぬゆえ、これは早々に見直しをすることに決めた。
本来ならかような呪詛も禁じられており、罰するものだが、厄介な所より来たものゆえ、今は対策を講じたほうが早い。
自分も名付けて欲しいと言う群青に、腹も減り面倒になった俺は「貴様は字を名乗れ」と言ってやったが、「『苺』なんて嫌です!」などと言われ、結局やつにも菖蒲と同じことをした。
その後松に星熊まで俺に強請り、結局星熊一家全員の名付けをした。
この一家は皆が彼方、『青』の世界より来た者たちだ。
守るにはこれが一番だった。
このあと俺は非常に空腹になり機嫌が悪かった。
多分、そこから母に気づかれたんだろう。
──あか、朱ッ!聞いているのか?」
母にはまだそこまでは露見してはおらぬらしい。
流石にそれを知られると、かような優しい叱責ではなく折檻になる…
「まさか…お前はまた寝ているのか!このアホが!!」
まだ止まらない母の説教が終わるのは、腹を空かせた黒が目を覚まし、凄まじい鳴き声をあげた事で終わる。
0
お気に入りに追加
387
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
悪魔の子と呼ばれ家を追い出されたけど、平民になった先で公爵に溺愛される
ゆう
BL
実の母レイシーの死からレヴナントの暮らしは一変した。継母からは悪魔の子と呼ばれ、周りからは優秀な異母弟と比べられる日々。多少やさぐれながらも自分にできることを頑張るレヴナント。しかし弟が嫡男に決まり自分は家を追い出されることになり...
【R18】番解消された傷物Ωの愛し方【完結】
海林檎
BL
強姦により無理やりうなじを噛まれ番にされたにもかかわらず勝手に解消されたΩは地獄の苦しみを一生味わうようになる。
誰かと番になる事はできず、フェロモンを出す事も叶わず、発情期も一人で過ごさなければならない。
唯一、番になれるのは運命の番となるαのみだが、見つけられる確率なんてゼロに近い。
それでもその夢物語を信じる者は多いだろう。
そうでなければ
「死んだ方がマシだ····」
そんな事を考えながら歩いていたら突然ある男に話しかけられ····
「これを運命って思ってもいいんじゃない?」
そんな都合のいい事があっていいのだろうかと、少年は男の言葉を素直に受け入れられないでいた。
※すみません長さ的に短編ではなく中編です
愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…
東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で……
だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?!
ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に?
攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!
僕は貴方の為に消えたいと願いながらも…
夢見 歩
BL
僕は運命の番に気付いて貰えない。
僕は運命の番と夫婦なのに…
手を伸ばせば届く距離にいるのに…
僕の運命の番は
僕ではないオメガと不倫を続けている。
僕はこれ以上君に嫌われたくなくて
不倫に対して理解のある妻を演じる。
僕の心は随分と前から血を流し続けて
そろそろ限界を迎えそうだ。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
傾向|嫌われからの愛され(溺愛予定)
━━━━━━━━━━━━━━━
夢見 歩の初のBL執筆作品です。
不憫受けをどうしても書きたくなって
衝動的に書き始めました。
途中で修正などが入る可能性が高いので
完璧な物語を読まれたい方には
あまりオススメできません。
「俺の子を孕め。」とアルファ令息に強制的に妊娠させられ、番にならされました。
天災
BL
「俺の子を孕め」
そう言われて、ご主人様のダニエル・ラーン(α)は執事の僕、アンドレ・ブール(Ω)を強制的に妊娠させ、二人は番となる。
悪役令息に憑依したけど、別に処刑されても構いません
ちあ
BL
元受験生の俺は、「愛と光の魔法」というBLゲームの悪役令息シアン・シュドレーに憑依(?)してしまう。彼は、主人公殺人未遂で処刑される運命。
俺はそんな運命に立ち向かうでもなく、なるようになる精神で死を待つことを決める。
舞台は、魔法学園。
悪役としての務めを放棄し静かに余生を過ごしたい俺だが、謎の隣国の特待生イブリン・ヴァレントに気に入られる。
なんだかんだでゲームのシナリオに巻き込まれる俺は何度もイブリンに救われ…?
※旧タイトル『愛と死ね』
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる