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二章 あいつの存在が災厄

朱と母と父と従者たちに友 参

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『若様!助けてください!』

 心の声で強く呼ばれた。

 急ぎ足を運んだのは俺の宮の西の門。
 俺の側近の従者、星熊と番の松にふたりの子である群青の住まい。
【青】の爺が家族と暮らしている場所だ。

 俺の宮には従者などが暮らす部屋も多数用意してあるが、 爺たち【四色】の従者は、俺の宮の東西南北の護りとして門の中に居を構えている。
 西の護りである【青】の門の前まで駆けてきた。

 扉を開けるとそこには鉄色の髪をした鬼と群青色の髪をした鬼が、土下座をさせられていた。

 なぜかような姿なのか?

 先程まで最愛との茶の時間(あれによると『ヒュッゲ』というらしい)を楽しんでいた。
 そこに顔に大きな青アザを作った、こいつら【青】の親子が飛び込んできて、俺に願い出た。


『若様助けてください!
このままでは息子の嫁が、孫が死んでしまいます!』


 其の様な事を相談された。
 穏やかではないその話は、誰ぞの手引で【緑】の者の手により、次代の【青】の巫子たる群青の番が呪詛を掛けられた。
 子と共にその命が危ういらしいということ。

 俺の庇護する領域に住まう者たちに手を出し、勝手をする奴らがいることで、俺はまた奴らに失望する。

 授かり難い鬼の、子を大事にするという種の本能すら忘れ、愚かな振る舞いをする者が俺の民かと思うと…
 生まれ落ちた時より俺が『        』から常に受けている、鬼族に掛けられた呪いを受け止めるのを止めたくなる。
 俺が一族に変わり引き受けているものも、近頃さらに強くなっている。

『        』と取引をし、良からぬ企みをする者がまた増えているらしい。

 (本当に面倒ばかり起こす屑以下しかおらぬのか?)

 俺を失望させる一族を、このままでは滅びるしかない者たちを、奴らを放り出し最愛と俺の子らだけ、家族だけで何処かで静かに暮らしたいとも思う。

 (叶わぬ願いだが…)

 ──この頃の俺は一族の皆に呆れを通り越し、怒りすら覚えていた。
 俺の愛する者たちを害し、自らの欲のままに振る舞う者を許すことが出来なくなって来ていた───

 最愛も慕っている従兄のことが気掛かりだと言い、急ぎ行けと部屋を追い出された。
 向かっている最中に、先に戻ったこいつらにあのような声で呼びかけられ、慌てて訪れてみれば…

 こいつらに土下座で迎えられた。

「貴様ら…何をしている?」

 最愛との時間を邪魔され、 少しばかり苛立っていたがその姿に毒気を抜かれた。
 意味のわからぬこいつらの姿に思わずそれを問う。

「「躾をされております……」」 

 土下座の姿勢は変わらず、さらに意味不明な応えが返ってきた。
 急に呼び出され、大事な者の命の危機と聞いてきたのに、かような訳のわからぬものを見せられる。

 呆れてものも言えなくなるが、こやつらも何か呪詛により縛られていた。
 それも珍しく悪意のない呪詛だ。
 子などにするようなそれは、こいつらが言ったようなもの。

 (耳長の呪いガンドの様だが)

 これを祓うにしても意図がわからぬゆえ、どうしたものかと思案していると、青みがかった銀の髪と菖蒲色の目を持つ若い鬼が奥から出てきた。
 オスかメスかの判別の付きにくい顔立ちやスラリとした体躯、耳の長さなどから耳長にすら見えるΩ。
 最愛とは違い眼の朱紋はあるが、この男も半耳長ハーフエルフなどと呼ばれそうな見目をしている。

 相談されていた呪詛により『死んでしまう』と言われている群青の番、俺の最愛が俺たちの子の乳母を頼んだという、従兄らしき者だ。
 呪詛の影響からか顔色が悪い。

 未だ土下座の姿のままの【青】の親子を睥睨する男の目は冷たい。
 どうやらこやつらはこの男を怒らせる何かをやらかしたらしい。

「菖蒲…怒りは尤もだが流石にこれでは話ができない!」
「アイリス!許して!お願いハニー!!」

 口々に不平を訴える親子。
 星熊もそうだが群青はオスらしいいかめしい見た目によらず、妙に軽くお調子者だ。
 聞いているこちらが疲れる頭が湧いた発言を良くする。

 相手にするのが面倒なので『【貴様は黙れ】』と【呪】で縛ることも多い。

「僕の可愛い弟分をよくも虐めましたね。
若様に願いをする前に、まずはそれをリリィに謝って来るべきです!」

 そう叱りつける男の名は菖蒲。

 一見したところ、この菖蒲の掛けられている呪詛は、フレイヤが昔受けたものと似たものだ。
 真名を使った結構な呪詛であるうえ、意志を奪い意のままにされるもの。
 あの時と同じ企みをする者などがこれを仕掛けたらしい。
 それほど急ぎはせぬが、早めに祓ってやりフレイヤの様に名を与える他にないだろう。
 祓えば還されたもので術者は死ぬだろうが、自業自得であろう。

 群青の番であるこの男は、俺の最愛の従兄であるがその血は遠い。
 先代の当主の孫であり、【青】の分家では最も血が濃い鬼であるのに、あれに唯一良くしていたという、【青】の中ではまともであった者。

 こいつらが俺の最愛を虐めたなどと、聞き捨てならぬ事を言っておったが、これは後ほど問ただそう。
 そのように思案しつつ、俺がやつらの喧嘩を傍観していると、菖蒲がふらついた。

「朱天様、申し訳ございません…」
「構わぬ」

 駆け寄り支えてやるとかけられた名は、俺の最愛の付けた『天』を入れた二つ名で、最愛以外から呼ばれたのはこの男が初めてだった。

 菖蒲は俺を見て微笑み、俺にそれを願った。

「朱天様は予想されていらっしゃるかと思いますが…名を授かりたいのです。私と私の子に」
「なぜ子まで必要とする?」

 呪詛を解いてやれば俺の力など必要ない。
 それくらいには菖蒲は強い者だ。
 フレイヤと乳兄弟というこの男の母は、離縁し彼の国に帰っているが、元は瑠璃の従者で耳長の神子だ。
 紫ほどではないが、旧き者の力を持った強い鬼のはずだった。

 (それにしては呪詛に弱すぎるな?)

 子には出来る限り親が名付けをして、魂の縁を繋ぎ守ってやる方が良いのに異なことを言う。
 これもよくわからぬ。

 そのように不思議に思っていた俺にさらに追い打ちをかける。

「あの子をご覧になればわかります」

 かような不思議なことを言うこの男は、フレイヤの様な少しからかうような顔をしていた。

 (…こいつも耳長の巫子か?)

                                                          ◆

 ふらつき具合の悪い菖蒲を休ませる為、居間へと移動したが菖蒲は承服せず、赤子を連れてくると告げ行ってしまった。
 聞けば産後まだ二日程の床上げをしておらぬ身らしいのに無茶をする。

 仕方なく此度の詳細を星熊から聞き出す。
 それによると俺の宮の結界を破壊しようとする者が、爺たち四童子の護る四色の門を抜けようとするが、それが敵わず他の手段をとってきた。
 それが産後弱っていた菖蒲を狙った理由らしい。

「アイ…菖蒲は鬼の力に長けておりませんし、真名と字が同じなんです。
俺はアイリスって呼んでるんですけど、こっちじゃ通りが悪くて…」

 群青が話すように菖蒲は魂の色と【華】の色が同じ名だった。
 かような者もまま居るが、大体がαだ。
 菖蒲は俺の最愛ほど美しくはないが、珍しい赤味の強い【紫】の魂を持つ者。

 鬼では青と黄のふたつの質を持ち合わせた【緑】を尊ぶが、耳長では赤と青のふたつの質を持ち併せる【紫】が代わりに尊ばれている。

 紫の乳母の娘、乳兄弟であった者も先々代の【赤】の当主が父親の、【紫】の魂を持つものだったらしい。
 瑠璃の件で番が罪びととして裁かれると、乳母である【司法】は【赤】と縁切りをして、娘がαとして目覚めるとすぐさまアルフヘイムに行かせた。
 このあたりも何か意図的なものを感じてしまうが、 あれの薫りフェロモン異常体質のこともあっただろう。
 それに【赤】の一族は女のαを繁殖用に使い潰すゆえの対応であろう。
 一族を俺と共に守る筈の【四家】は、【黄】の者以外どうしようもないほど腐ってしまった……

 菖蒲が星熊の番と共に戻ってきた。
 連れてきた赤子を俺に渡し、「お願い致します」と名付けをしろと俺に強請る。

 赤子を受け取り、目を閉じる。

 母のように常に魂を見定める目を使わぬように俺はしている。

 常日頃から守る手は広いほうが良いと母には言われてはいた。
 それでもえすぎる目も、こえ過ぎる耳も俺は好まず、必要な時のみその感覚を開いていた。

 閉じていたものを開き、その視界に飛び込んてきたのは…くり色。

 純粋な黒ではないが、赤みの強い黒。
【青】の者の筈なのに、母親である菖蒲に似たのか赤の質が強い。

 俺ですら初めて視るほど濃い【黒】の魂だった。

 長老共は知っておらぬが、皇の者と同時期に四家に生まれる者が守護となる。
 その守護する者は母や父と血の近い場所から選ばれ、守護する者の持つ魂と同じ色の神子が生まれるゆえに俺はそれを知る。

 俺と最愛の子はどうやら【黒】の神子であるらしい。
 
 母はかつてそのような呪いを子に施した。
 永い時をかけて爺たち四童子を誕生させ、【四家】を作った。
 そして俺に続くまでそれが一族を守り支えていた。

 (今では腐ってしまったが…)

 確かにかような者には鬼の力に長けぬという菖蒲では名を授けるのは無理だろう。
 俺か母くらいのものでなければ真名を授ける呪い、【祝福】は掛けれぬ。  

 紫と出逢い娶ってから、俺の世界は激しく動き、驚くことばかり起きる。

「…赤子の名付けは仕方がない」

 ここでもう一つ言われていた願い出への警告をする。

「だが、俺の守りは別だ。
得れば…狂うかもしれぬぞ?」

 こう聞くのは赤子を除き、皆が俺の眷属となることを願い出た為だ。
 星熊は平気であるが、こいつらは力が足りぬ。
 俺の世界に耐えれず狂ってしまうかもしれぬゆえのこと。

 この問いにも、

「愛する者と共に在るなら平気です」
「この子をお救い頂けるなら…」
「我らの命を若様に捧げます」

 俺に土下座をしてかようなことを言う。

「若様…お願いにございます」

 星熊も願い出た。
 その間も皆は俺に土下座をしたままだ。

 譲らぬこいつらに負け、俺はこいつらに【華】を与えた。
【お手つき】にしたうえで隠しやすい場所にしたが…

 そして赤子と菖蒲には名も与えた。
 赤子は『クリ』と名付け、字を名乗るように厳命した。
 菖蒲の名付けは前の生での名を付けた。
彼方あちら』から来た者で、昔の事を忘れぬ者は、魂にその名残がある。
 俺はそれを名付け、菖蒲の真名を消した。

 字としてなら名乗れるが、それだと奴らは呪詛を掛けることが出来ない。
 αの血が濃く、【華】を持たぬ星熊に元は人族の松。
 その子である群青は【華】を持つが、その境遇から鬼の力に疎い。
 菖蒲もそうだったがこの一家は大変呪詛に弱かった。

 他の四童子の家族もそうかもしれぬゆえ、これは早々に見直しをすることに決めた。
 本来ならかような呪詛も禁じられており、罰するものだが、厄介な所より来たものゆえ、今は対策を講じたほうが早い。

 自分も名付けて欲しいと言う群青に、腹も減り面倒になった俺は「貴様は字を名乗れ」と言ってやったが、「『苺』なんて嫌です!」などと言われ、結局やつにも菖蒲と同じことをした。
 その後松に星熊まで俺に強請り、結局星熊一家全員の名付けをした。

 この一家は皆が彼方、『青』の世界より来た者たちだ。
 守るにはこれが一番だった。

 このあと俺は非常に空腹になり機嫌が悪かった。
 多分、そこから母に気づかれたんだろう。


 ──あか、朱ッ!聞いているのか?」

 母にはまだそこまでは露見してはおらぬらしい。
 流石にそれを知られると、かような優しい叱責ではなく折檻になる…

「まさか…お前はまた寝ているのか!このアホが!!」

 まだ止まらない母の説教が終わるのは、腹を空かせた黒が目を覚まし、凄まじい鳴き声をあげた事で終わる。



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