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二章 あいつの存在が災厄
朱と父と母 四
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「お前が『運命』の話を強請り、菓子まで持ってきた。
おかげで懐かしいものを思い出した」
俺に食事を持って来た幼い従者の鬼の子に声をかけた。
白に近い白金の髪に俺と同じ父や叔父らの持っていた『肉を喰らうもの』の金の眼を持つ鬼の子には、まだ角が生えていない。
母親から聞いた話では【華】も持たないらしく、相当に濃い『肉を喰らうもの』の血を持つらしい。
父親は『白紫陽花』を持つだろうと言って生まれる前からそれを庭に植えていたらしいが、それはもう間もなく咲くことだろう。
(男のαだが『孚』も持っておるしな)
「僕が強請らなくても旦那様はいつも惚気話をされます」
其の様な俺に対しても遠慮のない言葉を母によく似た柔和な笑みを浮かべながら吐く小さな白い鬼の子。
そんな俺の幼い従者の言葉に驚き、確認する。
「そうか?」
「はい」
俺は思っていたよりもずっと呆けていたらしい。
俺としてはあれを想いすぎておるだけなのだが…
(息子だけでなくこいつに言われるくらいなら相当だな)
これは嘘偽りを語れぬから付き合いやすい。
強く稀な【白】の魂を持つこれとは、強すぎる【言霊】の力を持つ俺が唯一、気を使うことなく言いたいことを話せた。
そのことが楽だった。
俺と似た力を持つらしく、苦労しているとこれの親たちは言っており『事故』を起こさぬようにそれは厳しく言葉遣いや立ち振る舞いを躾けているらしい。
だが、相変わらずこれを崇拝する者は多く、上手くいかぬらしい。
(俺の前では無邪気な幼子にしか見えぬがな)
本来なら鬼族の【白】の神子として生まれる筈であった者であるが故に、鬼の【禁】を生まれながらに識る者でもある。
それ故語れる事も多く、従者にしたところもある。
「お前からかような話を強請るのは初めてだ。
そろそろ角が生えるのか?」
「さあ?発情を起こしたΩと出会いましたが……」
平素であれば俺が話すことに相槌を打つことはあっても、かように尋ねてくることなど無かった。
そのことを不思議に思うが、時折こめかみのあたりを揉んだり掻いたりしている。
角が生えてもおかしくない年頃なのだろう。
俺や俺の子たちは生まれつき生えていた故、その様を見るのは久しくなかった。
(紫を噛んで以来か?)
永らく待ち望まれた鬼族の【白】の神子が、漸く目覚めるらしい。
「どうやらそれが僕の『運命』らしいのですが、それに惹かれません…うちの血でしょうか?」
「叔父上もお前の母も『運命』とは番っておらんからな」
「おまけにうちの父は『角なし』です」
(少しばかり違うがな…だが、それを俺が言うわけにはいかぬ)
「そうではあるが、奴は良き魂を持つ強い者だ」
(驚くような被虐性欲があるらしいが…)
「これもお気に召しませんでしたか?」
これが執着する父親の話を降ってやると話を逸した。
触れてくれるなと言うことらしい。
退出する前にこれが置いて行った馬鈴薯を薄く切って揚げたものに塩をまぶし、その上から楂古聿で覆ったものに俺はまだ手をつけていなかった。
「『あ~ん』だ」
あれが好まぬものを俺によく食わせていた時の真似をして、鬼の子に与える。
恥ずかしがりながらも口を開けて待ち、俺から給餌されたなんとも面妖な芋の揚げ菓子を咀嚼する鬼の子に尋ねる。
「美味いか?」
「……旦那様にしか奥方様のお好みは分からないのに」
「あれはお前と殆ど変わらぬ」
厨の者が苦心した品の味見もせぬことを何度も叱られるが「僕の好みではありますけどね」などと生意気に言うと芋菓子を片付けた。
俺の最愛に自らの力を分け与え、永く共に過ごしたこれはあれの影響を受けている。
厨の者もある程度はそれを理解してこれの意見を聞いていた。
「そろそろお話は良いですからお食事を召し上がって下さい」
鬼の子が持ってきた膳の上には獣などの生の肉と俺の最愛が好んだ菓子が乗っている。
(今日は乳氷菓か)
厨の者たちはあれがいなくなった後も毎日欠かさずあれのために菓子を作り、俺のもとにそれを寄越す。
最近はあれの好みそうなものを考えて作り出してもいた。
先程の芋菓子なんかもそうだ。
「これもいつものようにお前が食べろ。菓子も持ち帰るか食って行け。
腹が減っているだろう?」
「お望みならそう致しますが、旦那様も少しはお食べにならないといけません」
「その気にならぬ」
斯様なことを言えば他の者は引き下がる。
「肉や血を断たれて随分になります。幾ら不死の身でもお体に障ります!」
だが、この鬼の子だけは母親にそっくりな口調で俺に注意する。
それも心地良かった。
「案ずるな。俺は死なんし死ねぬ」
「全く、僕らは耳長ではないんですからね?
お妃様の理想は逞しい旦那様なのでしょう?それから外れますよ」
「わかったわかった」
口煩く注意されるのに負け、膳のものを少し摘むが…
やはり何の味も感じない。
飢えや渇きは癒やされてもこれだけは変わらなかった。
あれの【慈悲】の力を以ってしても、これだけは癒せなかった。
俺は随分前から血や肉を食わなくなった。
時折、必要となるがそれ以外は摂れなくなった。
それにより力も弱くはなったが、あれほど俺を悩ませていた欲求は無くなった。
あれに癒された。
この鬼の子は時折俺を心底羨ましそうに見つめる。
特に食事の時などはそれが顕著だ。
「どうした?」
「………旦那様は永らく血肉絶ちを続けてらっしゃいます。
だけど、僕には空腹を耐えることなんて出来ません。
今日も……またやっちゃいました」
「奴らもお前を普通の子と同じように育てたいあまり無茶をする」
「僕が【白】である以上仕方ありません。
愛を与え眷属を産み増やし一族を繁栄させるのが僕の役目です。
ですが……生まれてからもうずっと僕は愛に飢えています。
先代もそれが原因で亡くなっているのに……皆には理解できないようです」
何か思い悩んでいる様子の鬼の子に、昔話をしてやることにする。
「白練、お前に少し古い話をしてやろう。
俺が【酒呑童子】の二つ名を得た頃の話だ」
白練が異常に執着する青き魂を持つ者の話を。
それが俺の最愛と出会い友情を育んだその話を。
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