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二章 あいつの存在が災厄

お前に俺の本当の名を…真名を教えてやる。 参

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《シュテンの本名がVermilionとは…少し意外だな》
《リリィが散々派手な色と言っていたから、RedScarletなどではないかと思っていた》
《【flower】から取ってBlueなんかも捨てがたかったわ!》
Orangeも外れたわね》

 魂の色というのはその者の本質を示すんだ。
 例えばあちらの【赤】は強い力を表して、フィジカル的な強さや、勇猛で激しい気性なんかもあるな
 オレンジと言った君は惜しいね!あいつは【黄】の穏やかな気性も持っているから、大人しい優しいやつなんだよ。

《いや、大人しくて優しかったら、そこらへん歩いているやつを殺して喰わないからな…》
《ちょっとこのへんはマリーがズレているのか、オーガの価値観なのかわからないな》

 スカーレットはフレイヤが彼女がそうだったから、怒るとそれは凄かったね。
 義父母も【赤】が強く似たようなものだったよ。
 
《ならリリィはレッドとブルーのミックスか?》
Purpleはどんなだ?》
 
 それは…いま語っている話で判断してくれ。
 自分のことを説明するのは恥ずかしいから。 

 百合は鬼の習慣に疎かったから、この時は知らなかったんだけど、名前を贈ることがどれくらい凄い愛情表現か分かってなかった。

 眷属などにも与えるそれは、自分の与えたその色に染まって欲しいという、鬼の束縛愛の最たるものだった。


 ◇◇◇


 鬼の子が生まれて初めて貰う母親から贈られる【祝福】の呪い。
 先日、義母から教えてもらったばかりのそれを、朱点にしてあげたくなった。

 番にされ、魂の縁を結び伴侶になった僕は平気だけれど、本当なら僕と朱点には考えるのも馬鹿らしいくらいの力の差がある。
 さっき教えてもらった真名も、強過ぎる力を持つ朱点がそれを名乗るのは恐ろしく、たとえこいつが許しを与えても誰も呼びたがらないだろう。

 (僕は『朱』って呼んであげたいし、出来るけど…みんなは無理だ)

 朱点は、『痛み』にとても鈍感で、そのうえ誰かの代わりになり、自分が傷つくことも全然平気だ。
 癒やしを与える者としてはその在り方は見ていて辛い。
 そんな生まれてきてからずっと色々な縛りを受けて、今も抑圧された生活を送るこいつに縛るものは絶対に駄目だ。

 だから朱点が大好きだという、僕の色をあげることした。

「贈り物?」
「そう、僕からお前への初めてのプレゼント。それを贈りたい」
「お姫様、お前は何か良からぬことを考えておらぬか?」

 どこか僕を疑うようなそんな胡乱な目を向けられる。

「変なものじゃないから!」
「なら良いが…何だ?」

 変わらず疑惑の目を僕に向ける朱点。

「あー!もうっ!うるさいッ!!」

 焦れた僕は座っていたローソファにこいつを押し倒した。
 こういう問答をしていても埒があかないので、少々強引にすることにした。

「貰うぞ!」

 僕の意図に気づいた朱点が首もとを寛げる。
 その左首もとに噛みついて少しだけ血を貰った。

「…」

 (お前本当に痛覚とかおかしいよね?)

 痛覚が鈍感過ぎる朱点は、心臓の【華】から血を貰う時くらいしか痛みを感じない。

「それだけで良いのか?普段のお前か「今はね!頼むから少し黙ってくれ…」

 さっきから妙にツッコんでくるこいつがウザい。
 初めてするうえに、手順や作法はややこしい。
 朱点はまだ何か言いたそうな顔をしている。
 鬼の言葉にも少し不自由な僕はそれを間違えたくないので、ホントに少し黙っていてほしい。

 睨みつけそれを求めるが…
 朱点の態度は相変わらずだ。

 もうこの段階でなんか疲れてきたが、ここまで来て止めるわけにはいかない。

 自分の手首を噛み切り、血を口に含む。
 血を唾液と混ぜ合わせて、朱点に口づける。
 唇の隙間から舌を割り入れ、朱点に僕の血を渡す。

 この段階でようやく僕のしようとしていることを理解したのか、朱点は大人しくなった。

 僕の血を飲み込み「構わぬぞ?」なんて余裕たっぷりに僕を促す。
 その姿に僕は「ゴメン」と謝りたくなる。

 (【】を貰えると思ってる…それとは違うんだ)

 ここまでは【華】を与える術と変わらない。
 対象の血を取り込み、自分の血などの体液渡して魂のパスを繋ぎ、そこに干渉するための道を開く。
 自分より明らかに格下のものや、真名を持たない赤子に対しては必要ない。
 それに朱点くらいになると、強引に直接魂に書き込んだり出来るらしいが(ホントこいつはデタラメ過ぎる)、普通の鬼は必要とする手順だ。

 気を取り直して、朱点の額に手を翳し言祝ぎを贈る。


 ──紫の名のもとに【青】の名を与える。──

 中指の先を朱点の額に付け、【祝福】を与える。

 ──『テン』──


【華】はまだ怖くて贈れない。
 だけど、こいつも困っている『朱点』に代わる二つ名を贈った。

 僕の取った行動に驚いている様な朱点に、いたずらが成功したときみたいな気持ちになり、笑いながら話しかける。 

「お前の大好きな僕のになる様に、僕はお前に【青】の名をあげた。
『天』だ。
それで『朱』と『天』で大好きな僕の色だろう?」

 息を深く吸って吐いてから、新しく付けたこいつの二つ名を、この世で初めて僕が呼んであげる。
 
朱天シュテン

 固まり動かない朱天。
 そんなこいつに僕はさらに説明をしてやる。

「『天』は、お前のにこにこした笑顔みたいな晴れた空の色だ。
もう、縛る名は要らないんだろう?
なら、天の下で自由にしていいんだよ、朱」

 こいつが僕を初めて見た時に、僕の魂の色に一目惚れをしたと言ってくれたが、僕もこいつの笑顔にやられてしまった。
 その綺麗な笑顔でずっといて欲しいと願い、この名前をプレゼントした。

「みんなから『朱点』じゃなくて、『朱天』って呼んでもらえば良いと思ったけど……ダメ?」

 勝手なことをしてと怒っているかもしれないので、伺いをたてる

 (名付けなんて初めてするから不安だった。
 けれどちゃんと受け入れてくれたみたいだし、良かった)

 朱天くらいになると嫌なら簡単に拒否出来る。
 贈るとは言ったが受け入れてもらえるかは不安だった。

 母の最期のことがあり、【華】を贈ることに抵抗がある僕には、今はこれくらいしか出来ない。
 今の様子で喜んでいるのか残念に思っているのかは分からないが、

「…………………………」

 朱天は固まったまま動かない。
 (全然動かないけれど、大丈夫か?)

「…………………………………………」

 まだ動かない。

 こいつも吃驚しているのかと思うが、流石に心配になってきた。
 声をかけようかと悩んでいると、朱点は突然泣き出した。

「俺の、俺のお姫様は…俺の嫁は最高だ」

 朱天は綺麗な色違いの目から涙をぽろぽろと溢しそんな事を言った。

「な、なんで泣くんだよ!」

 こいつの意味不明な状態に僕が驚く。
 泣き続ける朱天が口を開く。
 
「俺に与えられてきたものは全てが俺を縛り付け抑えるためのものだ。
母から授けられた『朱点』の名も、父から与えられたこの地位も。
全てがそうだ。
だから、そんなふうに俺の事を考えてつけられた名は嬉しい」

 教えてもらったこいつが生まれて落ちた時から『神』様で、ずっと不自由を強いられているということ。
 自由に話すことができない理由。
『朱点』のその名の由来。
 色々なものに縛られたこいつを少し楽にしてやりたかった。

 未だに涙はぽろぽろと零れ、子供みたいに泣いている。
 ずっと抑圧ばかりされてきてそれが辛かったんだろう。
 僕にも覚えがある。

 もう少し、やり方があるんじゃ無いのか?
 何か理由があるにしてもこいつが本当に可哀想だ。
 そのことに怒りを覚えるが、義父母のする事を理解なんてできないものだ。
 僕に出来るのはこいつのそばにいる事くらいだ

「気に入ったならそれで良いよ。朱天」

 僕はこいつにさっきされたみたいに抱きしめて、泣き止むまで優しく背中や頭を撫でていた。
 やがて泣き止んだ朱天は僕の耳もとで「俺の最愛、お前が欲しい」と囁いた。


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