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二章 あいつの存在が災厄

お前に俺の本当の名を…真名を教えてやる。 弐

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 魂の名である真名は、母親であるΩか朱点の母にして鬼族のΩの始祖様である后陛下が、魂の色をて授ける。

【華】と同じ名を付けることもあるが、普通は見たままのとおりのその色を連想する名を付けるものだ。

 そんな朱点の本当の名前は『朱』。
 苛烈な強い【赤】の中に少しだけ混じった優しい【黄】がこいつの色。 

 字の青薔薇から取った『青薔セイショウ』や『薔薇ソウビ』などを名乗らないのはわかるが、なんでわざわざ真名でなく、その二つ名?を名乗るのが良く分からない。
 それに『朱点』が縛る名だというのも気になるところだ。

 この世界における二つ名は、尊敬されたり畏怖される存在に付ける尊称が多く、僕の【慈悲】も癒やしの魔術を全て修め、それを極め、禁呪まで創り出したから授けられた。

 だからこいつのその二つ名は、立場や力から考えると凄くおかしい。
 朱点は少し困ったような口調で僕の疑問に答える。

「この名も今となっては本当は止めねばならん。そうではあるのだが、機を逸してしまってな…」
「どういうこと?」
「俺が幼い頃は【域】の中で育てられたというのを知っておるか?」
「うん」

 こいつの沢山ある噂の中でも有名なものの一つだ。
 生後すぐからあんまりにも呪いをばら撒き過ぎて、父親である皇様が激怒され【域】に封じたという話だった。

 (お義父様は、なんというか酷い話しかないな)

「両親はこの俺の宮全てを【域】に封じていた。
成長するにつれ俺の力が強くなり、それは徐々に小さくなった。
あの頃の俺は【域】から出たくて仕方なかった」

 時々、目を閉じて思い出しているのは、きっと力を無理矢理抑えられ、閉じ込められたその辛さから来るものだろう。
 僕も【青】に居た頃は、似たようなものだったから、その窮屈さはよく分かる。

【域】みたいに世界を創り出し、隔離するほどのものではないけど、僕が住んでいた邸の一角に耳長たちは結界バリアーを張って、そこで僕らは暮らしていた。
 来訪者も少なく父か姉か偶に異母弟くらいしか来なくて、友人もおらず、自由に外に出れるみんなが羨ましかった。

 だから、さっきからしている朱点の昏い顔が僕は嫌だった。

 陰りのある顔でどこか自嘲するような口ぶりで僕に話してくれる自分の幼い頃の話。
 そんな昏い悲しい顔をしないで欲しいと思う。

「今も大概なものだが、その頃の俺はより愚かで酷い阿呆であった。
親父や母上でも抑えられぬ力を持て余していた俺は、ある時遂に封じられていた【域】を壊した。
そして親父に見捨てられるような行いをした。
その結果、両親の【域】は元より、陽の本この国から放り出された」

 真実を話すのが嫌だったり怖かったりするのか、詳しいことは話さない。
 さっきみたいにぼかして、断言するのを避けているのが気になるが…

「ぇエエ?!…お前、一度追放されてたの?」

 そこまでの事をしでかしていたというのが驚きだ。
 一緒に暮らしてみて良く分かったが、博識であるし鷹揚な性格だし、下々の者にも優しい。
 そんな大きな問題を起こす様には思えない。

 (幼い頃は違ったのかもしれないが)

「暫しの間であるが」
「流石に小さい頃なら保護者がいるよな?お前、一応は皇子様だし…」
「親父からは『そんなに外に出たいのなら見て来い阿呆』と言われたが?」

 (やっぱりお義父様は酷い……)

 そこまでは知らなかったが、朱点が他種族に対して差別意識がなく、アルフヘイムも含めた外国の習慣に詳しく、言葉も分かるのはそれでなのか?

「これは鬼の禁にもあたる故、仔細についてはお前の昇神後に教える」
「それなら仕方ないけど」

 (僕も耳長のタブーに当たるものは言っちゃだめだから、それはわかる)

 考え込んでいた僕の顔が不満げに見えたのか「すまぬが今は許せ」と謝られるが、そうではないので、首を振り「違う、勘違いさせてゴメン」と伝えた。

 そしてとうとう本題の『朱点』について告げられる。

「『朱点』はその際に、力に振り回される俺を案じた母上が授けた。
『私の名と力でアカを縛り、その力を点にする』とそう仰られた。
それで『朱点』だ」

 大好きな『母上』からの贈り物の事を話すのは、自分を縛るものであっても嬉しいみたいで、少しだけ明るい顔になった。
 僕の頭を撫でながら諭すように話をしてくれる。

「あの頃は両親から疎まれていると、嫌われていると、そう思い荒れに荒れていたが、今はわかる」
「……僕もそう思えるようになるかな?」
「きっとお前の真名を縛った者も、その理由をいつか教えてくれる。
お前はやつらの大切な『おひい様』だろう?」

 そこまで言うと朱点は僕に微笑んだ。

「うん、…みんなは僕をずっと守ってくれていた」

 彼らの僕への献身とその愛情を疑うなんてどうかしていた。
 今はアルフヘイムで高い地位に就いている彼らは、僕の為だけにずっとこの鬼の支配する国に居た。
 耳長を嫌い、彼らも嫌う鬼の国でずっと僕を守り育てた。
 食べ物や習慣など本当に苦労したと思うのに、彼らは僕に惜しみなく愛情を注いで育ててくれた。

 その事を彼らを知らない朱点から指摘され気づくなんて、本当に申し訳無い。
 僕の真名を縛ったのが誰だとか、どんな思惑があるだとかそのことは今はもういい。

『時期が来たら、その時に』姉もだが、耳長のみんなはそう言っていた。

 僕を育てた耳長の神子たちは、未来さきる事が出来る。
 そして、それに介入して変えてしまうことを忌避している。

 (時期が来たら、きっと話してくれる)

「この名『朱点』だが、幼い頃はともかく今の俺には必要ないうえ、母上に負担がかかっている」
「それは…ちょっと問題だな」
「だが、今の俺が真名を名乗るのも強過ぎて良くない」

 真名は本質を示す名でもあるので、義父母や義姉くらいに強い者になると、地位の名で呼びそれを避ける。
 義父母よりも強い力を持つこいつの名は、劇薬みたいなものだ。

「確かにそれは駄目だろうね」

 朱点は溜息を吐いて「どうしたものか」なんて言って、悩んでいる。

 こいつはずっと僕のことを想って、色んな事をしてくれた。
 様々な愛を…その形を教えてくれて、与えてくれた。
 僕が今まで気づいていなかった彼らからの愛にも気づかせてくれた。
 ずっとみんなから守られて貰ってばかりの僕は、それを返したことがなかった。
 鬼の力についても無知で、義母から聞いた名を与える事の喜びも、与えられる事の嬉しさも良く分からない。

 僕の体中に咲いている朱点の【】を羨ましがられ、僕が【華】を贈っていないことで、

『お妃様は若様を愛していない』

 なんてことも言われている。 

 兄姉たちも全ていなくなった今は、こいつが跡継ぎで確定している。
 継嗣である皇子に媚る者は沢山居て、宴の度に女やΩメスを献上されたり、血筋の良い者を妾妃に薦められたりもしているらしい。

 (どれもその場で「要らぬ」で終わらせてるそうだけど)

 鬼としては耳長寄り過ぎて不出来で、あまり良く思われていない妃の僕は、正月にする大事な儀式で失敗するのが怖かった。
 それにまだ実感のないお腹にいるはずの僕と朱点の子。
 この子より先に誰かにそれを与えるかもしれない事が嫌だった。

 でも、朱点の話を聞いて僕はこいつにそれを授けたくなった。


「朱点、僕からお前に贈り物をさせてくれる?」


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