黒髪の聖女は薬師を装う

暇野無学

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048 精霊降臨

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 彼方此方から声が上がるが、そんな声を無視して病人の間を歩いて行く。
 身体に直接触れていないので、俺の掌から治癒魔法が病人に流れ込む光が見えて騒ぎが収まらない。

 話に聞く治癒魔法は、長い詠唱の果てに魔法が発動し治療が行われるらしいが、そんな悠長な事をしていられない。
 たった一言ヒールと呟くのも結構疲れる、流石に面倒になってきて無詠唱にしようかと息継ぎに立ち止まった。

 〈見て!〉
 〈あれは何だ!〉
 〈アリューシュ様〉
 〈まさか・・・〉
 〈精霊って本当に居たの?〉

 立ち止まった俺の傍らを、スイーっと通り過ぎて治癒魔法を施していく“こがね”。
 オイ! 姿が見えているじゃないか!

 《“こがね”、姿が見えているぞ!》

 《えー、魔法を使うときは姿は隠せないよ》

 なにをしれっと、今になって重要な事を言うんだよ!!!
 ほんっと、アリューシュ神の遣わすガイドと言い精霊と言いポンコツ揃いじゃねえか。

 満座の中で見られてしまったものは仕方がない、腹を括って治療を続ける事にした。
 “こがね”の後を追って治癒魔法を使い始めると、ふっと“こがね”の姿が消えた。

 《どうした、疲れたのか?》

 《ん、アキュラが始めたから》

 〔愛し子に寄り添い手助けをして守るもの〕ってこう言うことなのか?
 俺が疲れて休憩中は治療を代わってくれるって、一緒に治そうって気は無いのかね。
 親切なのか不親切なのか聞いても無駄だろうな。
 見られた以上、今更隠しても無駄なので扱き使うことにする。

 《“こがね”、手伝ってよ》

 《良いよー》

 《交代で治して行こうよ。俺が治している人の前の人を治してあげてよ》

 《はーい》

 軽い返事で俺の前に出ると、全身から淡い光が横たわる人の上に降り注ぐ。
 俺が掌から治癒魔法を押し出すのと違い、全身から降り注いでいる。
 その間に治療を済ませ“こがね”の前に出て次の治癒魔法を使う。

 〈見て、二人で治してくれているわ〉
 〈精霊ってお伽噺じゃ無かったのかよ〉
 〈何て綺麗なの〉
 〈薬師様にアリューシュ様の祝福のあらんことを〉

 おいおい、お祈りを始めちゃったよ。
 アリューシュ様のドジのお陰で此方は迷惑しているんだ、祝福なんて貰ったら悲惨な事になるから祈るのを止めろ!
 言っても聞き入れて貰えそうも無いから、さっさと治療して此処から逃げだそう。

 時々“こがね”が飛び越して行く人は、鑑定で確認すると既に亡くなっている。
 鑑定が使えるのか生死が判るのか知らないが、流石は治癒魔法の精霊だわ。
 一通りの治療が終わったので次の場所に移動しようとしたら、護衛も案内係の者も呆けている。

 「何をしているのですか、次の場所に急ぎますよ。病人は此処だけでは無いのでしょう。護衛の方々も任務を忘れないで下さい」

 急いで馬車の用意に駆け出す案内係、俺達も次の場所に向かう為に外に出ようとするが、感謝と祈りの言葉を呟きながら群がってくる人々。

 〈前を塞ぐな!〉
 〈病人は他にもいるんだ! 薬師様の邪魔をすることは許さんぞ!〉
 〈どけ!〉

 群がる人々を掻き分け、漸く馬車に乗り次の収容場所に向かう事が出来た。

 ・・・・・・

 〈申し上げます!〉

 レムリバード宰相の元へ、顔色を変えた伝令が駆け込んで来た。

 〈薬師様の所に精霊が現れました!〉

 「薬師様の所に精霊? 薬師様って・・・」

 アキュラの事と思い至ったが、その名を口にするのを抑える。
 『精霊の加護を持つ者』とネイセン伯爵も言っていたが、まさか本当に精霊の加護なんてものが有ったのか。
 王家に伝わる古文書には、伝説としか書かれていなかったが・・・

 「急ぎ王都警備隊の司令官を呼べ! 伝令、場所は何処だ」

 「はっ、アルザス通りの救護所での出来事で、多分未だ居るかと思われます」

 (教会が動く前に保護せねば・・・否、教会と争いになれば死ぬのは彼等だがアリューシュ神教国も黙ってはいまい。彼女の性格からして、行動の自由を阻害してはならない。はやり病を収める為に尽力してくれている、彼女の行動の自由を守る事が先決だ。精霊を従えた治癒魔法使い・・・アリューシュ神教国が彼女を利用し、至高の存在だと言い出すのは目に見えている)

 「ネイセン伯爵を急ぎ呼び出せ! 警備隊司令官が来たら、騎馬隊50騎と兵100名を用意して待機しろと伝えておけ」

 補佐官にそれだけ告げると、国王陛下に報告に向かった。

 ・・・・・・

 「何か、アキュラは本当に精霊を従えていたのか?」

 「伝令はそう報告してきました」

 「その男は精霊を見たのか?」

 「アキュラの案内係に呼ばれた時にチラリと見た様で、彼の指示で連絡してきました」

 「教会に知られたら面倒だな」

 「此処ははやり病の治療優先で、彼女の自由を守る事に専念したいと思います。教会が知れば引き渡せと言い出すでしょうが、ネイセン伯爵を見習い彼女とは敬意を持って対等に付き合いたいと思います」

 「それで事が収まるか?」

 「陛下、お忘れですか、彼女を都合良く扱おうとした我々がどうなったか。教会が支配下に置こうとしても無理でしょう。其れ処か、敵対すれば教会の権威は失墜します」

 「あれの扱いを一番理解しているネイセンに任せよ。彼の指示に従え」

 ・・・・・・

 治癒魔法を使い始めて四つ目の救護所で、“こがね”と二人でせっせと治癒魔法を使っているところへ、馬蹄の響きと共に大勢の警備兵がやって来た。
 怒鳴り声と共に救護所の回りを封鎖している様だったが、室内に副官と思しき男を従えた男がやって来る。

 傍らに浮かぶ“こがね”を見て挙動不審になりながらも、何とか俺の前に立ち綺麗な敬礼をする。

 「レムリバード宰相閣下より、薬師様の護衛につく様に命じられました。何なりとご命令下さい」

 案内係の男が従者を使いに出していたが、宰相にご注進に及んだ様だ。

 「有り難う御座います。私の周辺に誰も近づかない様にしてくれれば良いです。教会関係者が押し掛けて来ると思いますが、武器は使わず目の前に立ち塞がるだけにして下さい。無理に通り抜けると思いますが何もしなくて宜しい、貴方達も私に近づかない事を徹底して下さい」

 「宰相閣下より、如何なる事があろうとも治療の邪魔をさせるなと命じられていますが?」

 「大丈夫ですよ、立ち塞がる貴方達を無視して私に近づけば大怪我をしますが、助けず放置して下さい。部下の方々にも徹底して下さい。それ以外の者には武力を使ってでも阻止して下さい」

 それだけを告げて治療の続きを始める。
 使える80/100の魔力を極々少量使って治癒魔法を使っているが、それでも精々200人近くも治癒魔法を使うと倦怠感が襲って来るので、魔力回復ポーションのお世話になる。

 ポーション一本で魔力を80回復する最上級のポーションも、何度も飲むと流石に嫌になってくる。
 “こがね”に魔力は大丈夫かと尋ねたら、他の子から分けてもらっているから大丈夫って。
 魔力300の集団から半分ずつ貰っても魔力150×8=魔力1,200、魔力補給にちまちまポーションを飲んでるのが馬鹿らしい。

 それから何カ所目かの救護所で治癒魔法を使っていると、表が騒がしくなってきた。
 野次馬を排除している警備兵を押しのけ、白い聖布を纏った集団が足音荒く救護所に入ってくる。

 〈精霊と共に治癒魔法を使っているのは其方か!〉

 〈お待ち下さい、病人の治療中ですので邪魔をしないで頂きたい〉

 〈何だその方等は、邪魔をするでない!〉
 〈アリューシュ様に仕える我々の邪魔をするでない! 下がれ!〉

 えっらそうに、聖職者が聞いて呆れる物言いだぜ。

 〈おお、精霊だ!〉
 〈知らせは本当だった〉
 〈連れて帰れば教皇様もお喜びになられる〉
 〈その方、我々と共に大神殿にまいれ!〉
 〈共に創造神アリューシュ様に祈りを捧げ、人々の安寧に務めようぞ〉

 街のチンピラと代わらない態度と、都合の良い物言いな奴等。

 《皆近づいて来たならやっちゃってね。でも殺さない様に気を付けてよ》

 《はーい》
 《任せてまかせて》
 《がんばる!》
 《アリューシュ様にご報告出来るね》

 ネイセン伯爵様がつけてくれた護衛8名では阻止出来ず、簡単に押しのけて俺の方にやって来る。

 《やっちゃって良いよぉー》

 《わーい》“らいちゃん”の歓声と供に、〈バッチーン〉と先頭の神父が雷撃を頭に受けて蹲る。
 同時に耳に炎のイヤリングが出現し慌てふためく神父や、鼻から氷柱を垂らして呻く聖教女。

 〈なっ、ななな!〉
 〈馬鹿な!〉
 〈痛たたた〉
 〈鼻が・・・鼻がぁぁぁ〉

 〈何でこんなに精霊が居るのよ!〉

 神女がヒステリックに叫び、神父が地団駄を踏んでいる。

 「貴方達は病人の治療もせず、何をしに此処に来たのですか」

 〈おっ、お前が精霊を連れて治癒魔法を使っていると聞いた! 治癒魔法が使えるのに教会に奉仕せず、あまつさえ精霊を従えるなど許されん!〉
 〈そうだ! 即刻大神殿に赴き、教皇猊下に拝謁してアリューシュ神様に絶対の忠誠を誓え!〉

 神父より豪華な聖布を纏った男が喚き立てるが、論理が無茶苦茶で御座るよん。
 多数の重病人が居るにもかかわらず、治療する素振りさえ見せずに喚き立てる男女に腹が立ってきた。
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