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本編
09. my master / Wynn
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〈ウィン視点〉
「じゃあ、見回り行ってくるね」
「気をつけて行ってらっしゃい」
「2人とも、夜更かししないようにね?」
夜。
墓守として見回りに行く悠祈サンとイヴを私と綾祇クンで見送ると、ふたりだけの夜のお茶会が始まります。
綾祇クンはこの時間を楽しみにしているようで、よく悠祈サンのことや街のことなどを聞きたがります。
特に悠祈サンのことは、こうやって本人のいない時にこっそり聞き出そうとする素直じゃない子です。
「そういえば、ウィンさんと悠祈さんって、いつ知り合ったの?」
綾祇クンがこの屋敷に住むようになって半年以上過ぎました。
最初は命を狙われて大変でしたが、最近は特訓をしたり学校へ通い始めたりして、周りを気にする余裕が出てきたのでしょう。
思いがけない質問に、一瞬、どう答えようか悩みます。
「そうですねぇ…」
口をつけていたカップを静かに下ろし、話せる範囲はどこまでかな?と考えながら、話し始めました。
私、ウィンと、悠祈サンの始まりの話を…。
■■■
私は、由緒ある使用人家の次男でした。
長男はレイルといい、人を上手に采配するとても優秀な人物で、将来は仕えている屋敷の執事になるだろうと言われていました。
私はそんな優秀な兄とは違って、料理や洗濯といった家事全般が得意だったので、将来はそちらの道に進むつもりでした。
私の両親も兄のレイルも、私の希望を嘲笑うことなく応援してくれていて、まもなく成人を迎えたら、仕える屋敷で正式に働くことになっていたのです。
そんなある日。
お屋敷に必要なものを買いに、兄と共に街へ出かけた帰り道でした。
夕暮れに染まった街並みを兄と並んで歩いていたら、突然、目の前に真っ黒なものが降ってきました。
死神です。
このシアン地区では、いまだに死神と聖職者が戦いを続けていて、死神たちは街に住む人や幽霊を狙って狩りをしているのです。
一瞬の後、兄と2人、森に向かって走り出しました。
屋敷に逃げ帰れば、主一家を危険に晒してしまう。咄嗟の判断でした。
私たち兄弟は、そこまで戦闘に長けているわけではありません。
けれど、なんとかこの場を逃げ切り、森にたどり着けたなら…。
私たちが向かっている森は、別名、浄化の森と言われています。
私たちの仕えるクロフォード家が代々守護している清浄な気に満ちた森で、死神たちが手出し出来ない神聖な領域なのです。
あとすこし、あと、もうすこし。
目の前に見えた森の入り口目指して、疲れている足をなんとか動かして走りました。
一足先に兄が入口をくぐり、やっと希望が見えてきた…そう思った瞬間、私の背中に強烈な痛みが走り、気づいたら目の前に地面がありました。
引き裂かれるような、刺すような、よく分からないけれど、とても痛い。
森は目の前なのに、身体がうまく動かないのです。
兄が森の入り口でこちらを振り返り、目を見開いていました。
「ウィン、逃げろ!!!うしろ…!!!」
兄の叫びを聞いて後ろを振り返ると、薄ら笑いを浮かべてカマを振り上げている1人の死神。
どうやら私はこのカマで切りつけられたようです。
今度こそ避けなければ、死神にされてしまいます。
でも、背中の痛みで起き上がれません。動けません。
これでお終いだ…と諦めて目を閉じたとき…
キィィィ…ン!!!
いきなり、金属がぶつかり合う甲高い音が鳴り響いたのです。
何事かと再び目を開けると、目の前には見覚えのある小さな背中。
艶やかな銀髪を風に靡かせ、死神のカマを剣で受け止めています。
「悠祈、サン…?」
呆然と呼びかけた声に、一瞬だけ視線を寄越してくれたのは、間違いなく、その人でした。
私たち兄弟の仕えるクロフォード家の長男である、悠祈サン。
まもなく14歳になり、学校へ通い始めるのだと言っていました。
将来は私たち兄弟の主となる人物です。
代々続く教会を継いで、神父として彷徨える子や人々を癒し、守る人になるはず。
それなのに、教会で神父になるべき人が、剣を振るい、死神を倒そうとしているのです。
神父という職業では忌み嫌われ邪道とされている、死神浄化をしようとしているのです。
結局、私を襲った死神は、悠祈サンの手で浄化されました。
浄化された死神は、死神として蘇ることができなくなり、輪廻の輪に戻されるのだとか。
私はといえば、悠祈サンが死神と戦っている間に、兄に支えられて森の結界の中へ逃げることが出来ました。
けれど、背中からはかなりの出血をしているようで、目の前の兄の姿さえ霞んできています。
兄に肩を抱かれながら、近づいてくる悠祈サンの姿を目で追いました。
「レイル…ウィンはおそらく助からない…」
「っ…!そんな…っ!!なにかないんですか?!ウィンが…弟が助かる方法は…!!」
私は、悠祈サンの言葉に、悲しいとか悔しいとか言うよりも、納得していました。
悠祈サンに向かって叫びながらほとんど泣いている兄の顔を見上げて、精一杯微笑みました。
もう、仕方ありません。
死神のカマで殺されなかっただけマシです。
あのカマで殺されたら、私は否が応でも死神になってしまうのですから。
死神にならずに死ねるのなら、幸せです。
ついに泣き崩れる兄にゆっくり手を伸ばすと、兄が痛いくらいに手を握り返してくれました。
私の手より温かい、優しい兄の手。
「…ウィンとレイルが望むならば、ひとつだけ、方法があるのだけれど…」
弟である私の命が助かるならば、と兄が縋った悠祈サンからの提案。
それは、これから死を迎え、輪廻の輪に戻されるはず私を、悠祈サンと契約した精霊として甦らせることでした。
魔物や幽霊と契約できるほどの能力は、墓守と呼ばれる聖職者だけがもつものです。
代々神父として教会を守る家柄のクロフォード家では忌み嫌われる、『災厄』とか『悪魔の力』とまで言われるほどの能力。
「ダメですよ、悠祈サン…あなたは、家を継ぐ方です…」
やっとのことで悠祈サンに伝えると、兄も大きく頷いています。
けれど、肝心の悠祈サンは…穏やかに優しく笑っているのです。まるで、今日の夕焼けのように。
「僕にはもう、あの家を継ぐ資格がないんだ。既に使い魔がいるから」
そう言うと、悠祈サンは自分の肩に手を伸ばしました。
そこにはオレンジ色の小さな羽付きトカゲが乗っています。
それが、悠祈サンの使い魔、なのでしょうか。
兄も私もただ唖然としてしまいました。
「僕は教会を継ぐつもりはないよ。ウィンとレイルさえ良ければ、僕はウィンと契約する」
結局、私と兄は、悠祈サンの提案に縋りました。
契約が終わると、悠祈サンは笑って「ウィンが死ななくてよかった」と優しく言ってくれました。
けれど、兄にすら分かるくらい、私には生きた者の気配がなくなっていました。
3人でお屋敷に帰った後のことは…正直なところ、思い出したくもありません。
悠祈サンを罵倒するお館様。
悠祈サンを化け物を見るような目で睨みつける奥様。
その姿は、聖職者でありながら悪魔のようでした。
悠祈サンは間違いなくお二人の子どもで、長男で、クロフォード家を継ぐ人だったのに。
悠祈サンと契約して生者でなくなった私と、『悪魔の力』の持ち主であることがバレた悠祈サンは、お屋敷を追い出されました。
本当は、悠祈サンが14歳になったら神父になるための学校に通うはずでしたが、『悪魔の力』を持つものは入学できない、と断られてしまったのです。
神父になれないものは、クロフォード家の人間ではない。
『悪魔の力』を持った人間が生まれていたなど、クロフォード家の恥だ。
お館様と奥様からの冷たい言葉をただ黙って聞いて、悠祈サンはあのお屋敷を出て行ったのです。
もちろん、悠祈サンと契約をして甦った私も、お屋敷に残ることはできませんでした。
私の両親と兄は、いまだにお館様のところで仕えているようですが、もうほとんど関わっていません。
お屋敷を追われたあとは、とにかくいろいろなことがありました。
悠祈サンと私を保護してくれた方のおかげで、悠祈サンは墓守となり、私は悠祈サンの精霊としてこうして生きることができています。
本当は何度も後悔をしました。
いえ、今でも時折後悔することがあります。
あの時、悠祈サンに縋ってしまって良かったのか。
私があのまま死んで、輪廻の輪に戻されていたら…悠祈サンがお屋敷を追われることはなかったんじゃないか。
反面、あの時、悠祈サンと契約することを選んだ自分を誇る気持ちもあります。
悠祈サンは、今やこのシアンの墓守たちの憧れの的となりました。
あの時、悠祈サンと契約していなかったら、今こうやって活躍する悠祈サンの姿を見ることはできなかったでしょう。
悠祈サンのために食事を作ったり掃除洗濯をして働くこともできなかったでしょう。
悠祈サンは、私にとってたった1人のご主人様なのです。
■■■
「へぇ~。じゃあ、森の近くで襲われてたウィンさんを助けたのが悠祈さんなんだ」
「そうですよ。だから、私、実は幽霊なんです。ふふふ」
悠祈サンの実家のことには触れず、死神に殺されかけたところを助けられ、死にかけていたので契約して甦らせてもらったことを話せば、綾祇クンの目が輝きました。
やはり、この子は、悠祈サンが活躍するお話が好きなようです。
悠祈サンの前では素直な態度を出せないのに、本人の居ないところではこんなに素直だなんて…まだ子どもですもんね。
「ウィンさんにとって、悠祈さんってどんな人なの?」
まるで私の心の中を見ていたかのような質問に、思わずくすっと笑ってしまいました。
そんな私の様子を見て、不思議そうに首を傾げている姿がまた可愛らしいと思う私は、多分、綾祇クンに甘いのでしょうね。
ふぅ、とひとつ息をつくと、ゆっくりと言葉をつむぎました。
「悠祈サンは…強くて、気高くて、麗しくて、格好よくて……誰よりも優しい人ですよ」
そして、私の生涯でたったひとりのご主人様、ですかね。
「じゃあ、見回り行ってくるね」
「気をつけて行ってらっしゃい」
「2人とも、夜更かししないようにね?」
夜。
墓守として見回りに行く悠祈サンとイヴを私と綾祇クンで見送ると、ふたりだけの夜のお茶会が始まります。
綾祇クンはこの時間を楽しみにしているようで、よく悠祈サンのことや街のことなどを聞きたがります。
特に悠祈サンのことは、こうやって本人のいない時にこっそり聞き出そうとする素直じゃない子です。
「そういえば、ウィンさんと悠祈さんって、いつ知り合ったの?」
綾祇クンがこの屋敷に住むようになって半年以上過ぎました。
最初は命を狙われて大変でしたが、最近は特訓をしたり学校へ通い始めたりして、周りを気にする余裕が出てきたのでしょう。
思いがけない質問に、一瞬、どう答えようか悩みます。
「そうですねぇ…」
口をつけていたカップを静かに下ろし、話せる範囲はどこまでかな?と考えながら、話し始めました。
私、ウィンと、悠祈サンの始まりの話を…。
■■■
私は、由緒ある使用人家の次男でした。
長男はレイルといい、人を上手に采配するとても優秀な人物で、将来は仕えている屋敷の執事になるだろうと言われていました。
私はそんな優秀な兄とは違って、料理や洗濯といった家事全般が得意だったので、将来はそちらの道に進むつもりでした。
私の両親も兄のレイルも、私の希望を嘲笑うことなく応援してくれていて、まもなく成人を迎えたら、仕える屋敷で正式に働くことになっていたのです。
そんなある日。
お屋敷に必要なものを買いに、兄と共に街へ出かけた帰り道でした。
夕暮れに染まった街並みを兄と並んで歩いていたら、突然、目の前に真っ黒なものが降ってきました。
死神です。
このシアン地区では、いまだに死神と聖職者が戦いを続けていて、死神たちは街に住む人や幽霊を狙って狩りをしているのです。
一瞬の後、兄と2人、森に向かって走り出しました。
屋敷に逃げ帰れば、主一家を危険に晒してしまう。咄嗟の判断でした。
私たち兄弟は、そこまで戦闘に長けているわけではありません。
けれど、なんとかこの場を逃げ切り、森にたどり着けたなら…。
私たちが向かっている森は、別名、浄化の森と言われています。
私たちの仕えるクロフォード家が代々守護している清浄な気に満ちた森で、死神たちが手出し出来ない神聖な領域なのです。
あとすこし、あと、もうすこし。
目の前に見えた森の入り口目指して、疲れている足をなんとか動かして走りました。
一足先に兄が入口をくぐり、やっと希望が見えてきた…そう思った瞬間、私の背中に強烈な痛みが走り、気づいたら目の前に地面がありました。
引き裂かれるような、刺すような、よく分からないけれど、とても痛い。
森は目の前なのに、身体がうまく動かないのです。
兄が森の入り口でこちらを振り返り、目を見開いていました。
「ウィン、逃げろ!!!うしろ…!!!」
兄の叫びを聞いて後ろを振り返ると、薄ら笑いを浮かべてカマを振り上げている1人の死神。
どうやら私はこのカマで切りつけられたようです。
今度こそ避けなければ、死神にされてしまいます。
でも、背中の痛みで起き上がれません。動けません。
これでお終いだ…と諦めて目を閉じたとき…
キィィィ…ン!!!
いきなり、金属がぶつかり合う甲高い音が鳴り響いたのです。
何事かと再び目を開けると、目の前には見覚えのある小さな背中。
艶やかな銀髪を風に靡かせ、死神のカマを剣で受け止めています。
「悠祈、サン…?」
呆然と呼びかけた声に、一瞬だけ視線を寄越してくれたのは、間違いなく、その人でした。
私たち兄弟の仕えるクロフォード家の長男である、悠祈サン。
まもなく14歳になり、学校へ通い始めるのだと言っていました。
将来は私たち兄弟の主となる人物です。
代々続く教会を継いで、神父として彷徨える子や人々を癒し、守る人になるはず。
それなのに、教会で神父になるべき人が、剣を振るい、死神を倒そうとしているのです。
神父という職業では忌み嫌われ邪道とされている、死神浄化をしようとしているのです。
結局、私を襲った死神は、悠祈サンの手で浄化されました。
浄化された死神は、死神として蘇ることができなくなり、輪廻の輪に戻されるのだとか。
私はといえば、悠祈サンが死神と戦っている間に、兄に支えられて森の結界の中へ逃げることが出来ました。
けれど、背中からはかなりの出血をしているようで、目の前の兄の姿さえ霞んできています。
兄に肩を抱かれながら、近づいてくる悠祈サンの姿を目で追いました。
「レイル…ウィンはおそらく助からない…」
「っ…!そんな…っ!!なにかないんですか?!ウィンが…弟が助かる方法は…!!」
私は、悠祈サンの言葉に、悲しいとか悔しいとか言うよりも、納得していました。
悠祈サンに向かって叫びながらほとんど泣いている兄の顔を見上げて、精一杯微笑みました。
もう、仕方ありません。
死神のカマで殺されなかっただけマシです。
あのカマで殺されたら、私は否が応でも死神になってしまうのですから。
死神にならずに死ねるのなら、幸せです。
ついに泣き崩れる兄にゆっくり手を伸ばすと、兄が痛いくらいに手を握り返してくれました。
私の手より温かい、優しい兄の手。
「…ウィンとレイルが望むならば、ひとつだけ、方法があるのだけれど…」
弟である私の命が助かるならば、と兄が縋った悠祈サンからの提案。
それは、これから死を迎え、輪廻の輪に戻されるはず私を、悠祈サンと契約した精霊として甦らせることでした。
魔物や幽霊と契約できるほどの能力は、墓守と呼ばれる聖職者だけがもつものです。
代々神父として教会を守る家柄のクロフォード家では忌み嫌われる、『災厄』とか『悪魔の力』とまで言われるほどの能力。
「ダメですよ、悠祈サン…あなたは、家を継ぐ方です…」
やっとのことで悠祈サンに伝えると、兄も大きく頷いています。
けれど、肝心の悠祈サンは…穏やかに優しく笑っているのです。まるで、今日の夕焼けのように。
「僕にはもう、あの家を継ぐ資格がないんだ。既に使い魔がいるから」
そう言うと、悠祈サンは自分の肩に手を伸ばしました。
そこにはオレンジ色の小さな羽付きトカゲが乗っています。
それが、悠祈サンの使い魔、なのでしょうか。
兄も私もただ唖然としてしまいました。
「僕は教会を継ぐつもりはないよ。ウィンとレイルさえ良ければ、僕はウィンと契約する」
結局、私と兄は、悠祈サンの提案に縋りました。
契約が終わると、悠祈サンは笑って「ウィンが死ななくてよかった」と優しく言ってくれました。
けれど、兄にすら分かるくらい、私には生きた者の気配がなくなっていました。
3人でお屋敷に帰った後のことは…正直なところ、思い出したくもありません。
悠祈サンを罵倒するお館様。
悠祈サンを化け物を見るような目で睨みつける奥様。
その姿は、聖職者でありながら悪魔のようでした。
悠祈サンは間違いなくお二人の子どもで、長男で、クロフォード家を継ぐ人だったのに。
悠祈サンと契約して生者でなくなった私と、『悪魔の力』の持ち主であることがバレた悠祈サンは、お屋敷を追い出されました。
本当は、悠祈サンが14歳になったら神父になるための学校に通うはずでしたが、『悪魔の力』を持つものは入学できない、と断られてしまったのです。
神父になれないものは、クロフォード家の人間ではない。
『悪魔の力』を持った人間が生まれていたなど、クロフォード家の恥だ。
お館様と奥様からの冷たい言葉をただ黙って聞いて、悠祈サンはあのお屋敷を出て行ったのです。
もちろん、悠祈サンと契約をして甦った私も、お屋敷に残ることはできませんでした。
私の両親と兄は、いまだにお館様のところで仕えているようですが、もうほとんど関わっていません。
お屋敷を追われたあとは、とにかくいろいろなことがありました。
悠祈サンと私を保護してくれた方のおかげで、悠祈サンは墓守となり、私は悠祈サンの精霊としてこうして生きることができています。
本当は何度も後悔をしました。
いえ、今でも時折後悔することがあります。
あの時、悠祈サンに縋ってしまって良かったのか。
私があのまま死んで、輪廻の輪に戻されていたら…悠祈サンがお屋敷を追われることはなかったんじゃないか。
反面、あの時、悠祈サンと契約することを選んだ自分を誇る気持ちもあります。
悠祈サンは、今やこのシアンの墓守たちの憧れの的となりました。
あの時、悠祈サンと契約していなかったら、今こうやって活躍する悠祈サンの姿を見ることはできなかったでしょう。
悠祈サンのために食事を作ったり掃除洗濯をして働くこともできなかったでしょう。
悠祈サンは、私にとってたった1人のご主人様なのです。
■■■
「へぇ~。じゃあ、森の近くで襲われてたウィンさんを助けたのが悠祈さんなんだ」
「そうですよ。だから、私、実は幽霊なんです。ふふふ」
悠祈サンの実家のことには触れず、死神に殺されかけたところを助けられ、死にかけていたので契約して甦らせてもらったことを話せば、綾祇クンの目が輝きました。
やはり、この子は、悠祈サンが活躍するお話が好きなようです。
悠祈サンの前では素直な態度を出せないのに、本人の居ないところではこんなに素直だなんて…まだ子どもですもんね。
「ウィンさんにとって、悠祈さんってどんな人なの?」
まるで私の心の中を見ていたかのような質問に、思わずくすっと笑ってしまいました。
そんな私の様子を見て、不思議そうに首を傾げている姿がまた可愛らしいと思う私は、多分、綾祇クンに甘いのでしょうね。
ふぅ、とひとつ息をつくと、ゆっくりと言葉をつむぎました。
「悠祈サンは…強くて、気高くて、麗しくて、格好よくて……誰よりも優しい人ですよ」
そして、私の生涯でたったひとりのご主人様、ですかね。
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