上 下
11 / 26
本編

07. curious

しおりを挟む


「ウィンさん。おれ、どうしても気になるんだけど…」



ある日の朝食後。
今日も朝から清々しい晴れ模様で、洗濯日和だなーと暢気に窓の外を眺めていたウィンに、綾祇アヤギがなんとも言えない顔で話しかけてきた。
視線の先には、眠そうにあくびを噛み殺しながら、食卓から離れた窓辺のソファーでのんびりと食後の紅茶を楽しむ悠祈ユウキ



綾祇アヤギクン、何かありました?」



いつも通り食卓を片付けながら聞き返すと、またもなんとも言えない顔。
なんと言ったらいいのかわからないのか、何度か口を開きかけては小さく左右に首を振って考え込んでいる。
普段ならば、ウィンの手伝いをテキパキしてくれる綾祇アヤギの普段と違う様子に、ウィンも片付けの手を止めて様子を見た。



悠祈ユウキさん、のこと…」

「…はい?」

「あの人、なんであんなにいい加減というか、テキトーというか、無頓着というか…とにかく、なんで、私服が、あんなに、絶望的に、似合わないの?!」



やっと口を開いたかと思えば、ウィンもびっくりな勢いで話し始める綾祇アヤギ
もちろん、声が聞こえないように、と小さい声で話してはいるものの…内容はウィンの予想の遥か斜め上だった。
まさか、あんなに思い悩んでいたことが、悠祈ユウキの服装のことだなんて。
とっさに返す言葉をなくしていると、綾祇アヤギはさらに言葉を続けた。



「仕事着?っていうのかな?あの真っ白な制服みたいなの着てるときはすごく似合っててかっこいいのに。どうしてそれ以外の服が壊滅的に似合わないのかが不思議。っていうか、あの人、絶対テキトーに買ってるよね?むしろ服買いに行ってる?ちゃんと見た目気にしてないよね?あの人の見た目だったら、ちゃんと似合う服着たら結構かっこいいと思うのに…ウィンさんはどう思う?!」

「あ、えーっと…うーん…」



思いがけない綾祇アヤギの勢いに飲まれかけていたが、確かに綾祇アヤギのいうことも一理ある。
本当に、悠祈ユウキという人物は、自分の見た目を全く気にしない無頓着男なのである。
なかなかに美形なのにも関わらず、だ。



「私も綾祇アヤギクンの言うことはよくわかります。でも、悠祈ユウキサンは制服着てる時だけちゃんとしてればいいって言ってましたよ。普段着買いに行ったところは見てないですね…」

「おれ、もう限界。ここにきて半年近くだけど、もう無理。悠祈ユウキさんの私服は耐えられない。なんとかしよう?」



ちらり、と窓際のソファーで寛ぐ悠祈を見れば、オレンジ色の使い魔のイヴと楽しそうに遊んでいる。
先ほどよりは目が覚めたのか、あくびもしていない様子。
身につけているのは、黒のスウェットパンツに紫の長袖Tシャツと薄い灰色のロングカーディガン。
なんでこの組み合わせなのかはわからない。
多分、起きたときに近くにあったものなのだろう。
一つ一つのモノは良いのに、壊滅的にセンスがない。
それは、ウィンがこの屋敷に住むようになってからも一向に変わらないのだ。




悠祈ユウキサンのアレは、根深いと思うんですけど。綾祇アヤギクン…どうにかなると思います?」

「うっ…」

「でも、なんとかなるなら、なんとかしたいですよね。確かに悠祈ユウキサンは美形ですから」

「そう!あんなに着る人を選びそうな制服を、ちゃんときれいに着こなしてるんだから、ちゃんとしたらもっと美形になるはずなのに」



そう。
綾祇アヤギのいうことはもっともだ。

【聖職者】の中でも【墓守】という特殊な仕事に就いている悠祈ユウキには、国から制服が支給されている。
幽霊たちの騎士という役割だからか、制服はまるで白い騎士服のようなデザインなのだ。
襟や袖の折り返し、上着の裾には金の糸で美しく繊細な刺繍が施されており、右肩には濃紺の飾緒。
ロングコートのような上着は、腰で一度濃紺のベルトを締めて銀の剣が下げられ、首元からはグレーのワイシャツと濃紺のタイが見える。
そして右耳には、【聖職者】の証である十字架がチェーンで下げられた銀のカフス。
非常に洗練された『着る人を選ぶ厄介な制服』というのが聖職者たちからの総評なのだが、悠祈ユウキにはその『厄介な制服』がとても似合っている。
というのも、本人はかなり無頓着だが、悠祈ユウキ自身、かなり恵まれた美形だからだ。
すらりと高い身長、鍛えていながらも暑苦しくない白く細身の体躯、聖職者にふさわしい穏やかで涼しげな顔立ち、肩に触れるくらいの艶のある銀髪、そしてエメラルドのような美しく深みのある瞳。
両耳には、悠祈ユウキ唯一のオシャレと言って差し支えない、夕焼けを閉じ込めたような赤みがかったオレンジ色のピアス。
『着る人を選ぶ厄介な制服』と鮮やかな色合いのピアスが、しっくりと似合う容姿。
悠祈ユウキが担当する地区の幽霊たちが暴れたり死神サイドに寝返ったりしないのは、悠祈ユウキの見た目のおかげといっても過言ではないくらいに。

ウィンは、幽霊たちが、『幽霊だって死後の娯楽が必須なのだ』、と力説していたのを思い出した。
幽霊たちだけじゃない、ここで暮らすウィンや綾祇アヤギにだって、娯楽は必要だ。
綺麗なものや美しいものが身近にあれば、毎日の生活の質も間違いなく向上するだろう。
もし、綾祇アヤギの言う通り、悠祈ユウキの私服姿が洗練されたなら…
そう考えて、ぽん、と手を打った。



「とりあえず、説得してみましょう。私も、“ちゃんとした”悠祈ユウキサン、見てみたいですから」

「よしっ!」



ウィンの答えに、思わず小さくガッツポーズをする綾祇アヤギ
話がひと段落ついたところで、急いで食器を洗い、悠祈ユウキの説得をどうするか作戦会議を始める二人だった。





ちなみに。
悠祈ユウキはこの二人の企みに気づくことなく、のんびりと朝のひとときを楽しんでいたようだ。




*****

やっと悠祈の見た目についての描写ができました。
優しくて穏やかで麗しいのに残念なところがある人です。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

ごめんみんな先に異世界行ってるよ1年後また会おう

味噌汁食べれる
ファンタジー
主人公佐藤 翔太はクラスみんなより1年も早く異世界に、行ってしまう。みんなよりも1年早く異世界に行ってしまうそして転移場所は、世界樹で最強スキルを実でゲット?スキルを奪いながら最強へ、そして勇者召喚、それは、クラスのみんなだった。クラスのみんなが頑張っているときに、主人公は、自由気ままに生きていく

ゲームのモブに転生したと思ったら、チートスキルガン積みのバグキャラに!? 最強の勇者? 最凶の魔王? こっちは最驚の裸族だ、道を開けろ

阿弥陀乃トンマージ
ファンタジー
 どこにでもいる平凡なサラリーマン「俺」は、長年勤めていたブラック企業をある日突然辞めた。  心は晴れやかだ。なんといってもその日は、昔から遊んでいる本格的ファンタジーRPGシリーズの新作、『レジェンドオブインフィニティ』の発売日であるからだ。  「俺」はゲームをプレイしようとするが、急に頭がふらついてゲーミングチェアから転げ落ちてしまう。目覚めた「俺」は驚く。自室の床ではなく、ゲームの世界の砂浜に倒れ込んでいたからである、全裸で。  「俺」のゲームの世界での快進撃が始まる……のだろうか⁉

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!

マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。 今後ともよろしくお願いいたします! トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕! タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。 男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】 そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】 アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です! コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】 よろしくお願いいたします。 マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。 見てください。

処理中です...