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第693話 ヘアピン視点

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「リンカちゃん。ちょっと来て」
「なにー? おにいちゃん」
「前髪見えにくいでしょ? 走り回るなら――はい、これで良し」
「ありがと! あそびおわったら返すね!」
「いや、それあげるよ」
「いいの?」
「いいのいいの。ほら、いっぱい持ってるから」

 それがこの俺様こと、“ヘアピン”とご主人であるリンカ様との出会いさ。
 元はケンゴってヤツのその他大勢に紛れてたんだ。
 昔からこのケンゴは何かと、はしゃぎ回るヤツでな。その身内となる奴らも、はしゃぐ奴らばかりさ。
 無論、俺様の兄弟達もケンゴの身内達へ配られた。しかし、大概は失くしたり、壊れたり、捨てられたりする等の悲惨な最期を迎えた。
 けど、俺様は違った。俺様のご主人であるリンカ様はまるで自分のように俺様の事を大切にしてくれてたんだぜ。
 ある日、遊んでいる時に前髪から外れて茂みに飛んだ事があった。あの時はガチで朽ちていく事を覚悟した。
 けどよ……リンカ様は俺様を必死に見つけてくれたんだ。他にもリンカ様の母君が、こっちの方が可愛いわよ~、って他のヘアピンを勧めた際にも、おにいちゃんからもらった、これでいい! と断る程に俺様の事を思ってくれてたんだ。もう泣いちゃうね。ヘアピンだから眼はないんどけどな!
 その時、俺様はリンカ様に永久の忠誠を誓った。
 その後はリンカ様を前髪を六年以上も管理して来たってワケさ。この六年間、ずっとリンカ様を見てきたんだぜ?
 勿論、リンカ様のケンゴに対する想いも知っている。カー、純粋で良いじゃねぇの! けど互いに気づいている様子は無く、何度も言ってやりたくなったよ。お前ら好き者同士だぞ! ってよ。

 でも、いつかは気づくだろう。ケンゴとリンカ様の距離は年齢を重ねて行けば自ずと近いモノになるだろうからな!
 って思ってたらケンゴの奴、海外に行くとか言い出しやがった! 正直、何やってんだよ! ってド突きたくなったね。もし、俺様が人間なら酒にでもを飲みに連れて言って説いてやったよ。
 しかし、俺様はヘアピン。そんな事を出来るワケがねぇ。見守る事しか出来ない無能よ。すまねぇリンカ様。
 そして、ケンゴは海外に行きやがった。リンカ様は自分の気持ちに気がついて心が壊れるんじゃないかってくらい泣いてよ。くっ! 何も出来ない事が歯痒いぜ! 歯は無いんだけどな。
 それでも俺様の役目はリンカ様の前髪を留める事。ケンゴの奴が去った後もリンカ様は鏡の前立ち、俺様を前髪に留めそっと触ってから1日を始める。
 この動作は癖になってるのか、俺様がやってきた時からのリンカ様のルーティーンさ。

 心は塞ぎ込んでいるのに、外面は平然としているリンカ様の様子に誰も気づこうとしない。いや、母君や親友のヒカリは気づいているみたいだが、リンカ様の何でもない風な様子に深く踏み込めない様子だ。
 俺様はこれ程ヘアピンに生まれた事を恨んだ事はねぇ! 何で俺様は髪を留める事しか出来ないんだ! クソァ!
 そんな状態が三年も続いたある日、母君がケンゴの奴が帰ってくるとリンカ様に伝えた。
 不良に襲われた数日後の事である。大宮司先輩とか言うヤツのおかげでリンカ様は事なきを得たが、電車にも飛び込みそうになる程にリンカ様は限界だった。だから、その情報はマジでギリギリだったぜ!
 その事を聞いてからリンカ様は少しずつ昔の様子を取り戻して行った。
 俺様を触って笑うようにもなったし、隣の部屋に荷物が運び込まれた時には、そわそわしてて母君に、明後日よ~、って言われて、な、なんの事かな~、って目を反らしたりして可愛かったぜ!
 何よりも、ケンゴの奴に好きな人とか彼女とかが出来てない事を一番に考えてたみたいだけどな!
 そして、ケンゴの奴が帰ってきた。
 しかし、丁度母君は出張で家に居らずリンカ様は一人。どのタイミングで話しかけて良いか計りかねていた。

 階段の上がる音に反応してそっと扉の確認レンズを覗いたり、ケンゴの部屋に自分からノックしようとしたりして中々出来なかったり、くぅ! 俺様が人間なら、そら、って背中を押してやったのによぉ! これ程ヘアピンである自分を呪った事はねぇぜ!
 そして、リンカ様はケンゴに話しかけるタイミングを計っていたみたいだぜ。
 学校帰りに鉢合わせるとか、夕飯作り過ぎたとか言って凸るとか、出来るだけ自然を装うプランを色々と考えていた。
 しかし、運命ってヤツは時に唐突に背中を押してくれる。作戦を考えながら部屋に入ろうとした所でケンゴと接触したのだ。
 突然のエンカウントォ! しかし、これは好機だ! 
 昔よりも成長して可愛くなったリンカ様をケンゴは絶対に無視出来ねぇハズだ。二人の視線が合うのを感じる。感動の再会だぜ!

「ん? よう」

 ……は?
 多分、俺様とリンカ様の考えはソレで一致した。
 リンカ様はケンゴの事をずっと、考えて考えて……ようやく会えたのに一言目が“ん? よう”だぜ? 人の気を知らないって事はこう言う事だとブチ切れそうになったね。当然、俺様と同じ考えのリンカ様は――

「なんだ。帰って来てたんだ」

 と、口悪く返す。そりゃそうだぜ! この男は何も解っちゃいねぇ!
 ケンゴ……これはお前が招いた事だっ!

 それから、今までの空白時間を埋めるようにリンカ様とケンゴは、昔以上に一緒に過ごした。
 その過程でケンゴの奴に女の影が出るわ出るわ。コイツ、こんなに女運がぶっ壊れた奴だったのかよ。
 それでも最後にはリンカ様の所に帰ってきてくれるので、俺様も毎回胸を撫で下ろす。ヘアピンだから胸なんて無ぇんだけどな!

 その後は色々な奴の背中押しがあって、ようやく関係が進んだ。やれやれ。見守ってきた身としてやっと落ち着けるぜ。
 しかし、リンカ様の前髪を留めるのは今後も俺様の役目。今後も朽ち果てるまでリンカ様の人生を見ていく事にするぜ。

 と、考えていたんだけど俺様ももう歳だねぇ。ちょっと振られただけでリンカ様の前髪から、すぽーん、って外れちまった。
 そして、そのままジェンガにぶつかってちゃぶ台の上に着地。ここならすぐに見つけてくれるだろう。
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