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第679話 いたくない!

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「じぃ! はやく! はやく!」
「こらこら~。走ると転ぶぞー、瑠璃ー」

 昼下がりの商店街。多い人波の中を一人の幼女が元気に声を出す。
 獅子堂瑠璃ししどうるり(6歳)は、大好きな祖父とのお出掛けにテンションが高く、振り返り手をぶんぶんと振っていた。

 そんな彼女の視線を独り占めするマッスラーの祖父――獅子堂玄ししどうげんは、ニマニマしながら、こらこら~、と孫娘とのデートを堪能していた。
 “祖父とのお出掛け”+“ユニコ君に会える”で、ルリのテンションはゲージを振り切れている。

 微笑ましい。と、ルリの天真爛漫な様子に商店街の面々もほっこりしていた。

「もー、じぃ! ユニコくんかえっちゃうよ!」
「瑠璃に会わずにユニコ君は帰らないから安心しな」

 早いモンだぜ。昨日まで5歳だったってのによ。もう6歳か。来年の2月に卒園で、4月から小学生とはな。

 産まれた時から溺愛してきた孫娘は、気がつけば歩き出し、あっと言う間に言葉を覚えて、水泳も数時間でマスターした。うん、ルリは天才だ。間違いねぇ。そして、最初に放った言葉が“じぃ”だった時は一生護っていくと誓った。

「あ、ユニコくん――あうっ!」

 ユニコ君の姿を見つけたルリは駆け寄ろうとした所で転んだ。あまりに浮かれ過ぎて、未熟な体操作が生んだ結果である。
 うつ伏せに倒れるルリに、商店街の面々は勿論、ゲンは音速で駆け寄ろうとしたが、

「いたくない!」

 ばっ! と即座に立ち上がったルリは少し涙眼になりつつも、無事な様を皆に証明する。

「ルリ……お、お前はなんて凄いんだ!」
「じぃ、ルリはらいねんから、しょーがくせい! しょーがくせいは、ころんでも泣かない!」
「くぅ!」

 孫娘の成長にゲンは涙が止まらない。
 その成長を喜ぶ反面、次第に手間がかからない寂しさもあるが、今は一人で立ち上がった事を褒め称えねばならない!

「ルリ、じぃは感激した。転んでも泣かなかった褒美に何でも好きなモノを買ってやろう!」
「ユニコくんとクレープ!」
「よぉし! まずはユニコ君に行くぞ!」
「がはは!」
「ガハハ!」

 ガハハ、と二人は他の商店街客と写真に写っているユニコ君へ近づく。





「ユニコ?」

 人の近づく視線にユニコ君がそちらを向くと、自分と同体格のゲンを見て動きが停止する。

 ほう……この御老体。だいぶ追い込んでるねぇ。彼の肉体からは百戦錬磨を感じる。私の倍の月日はマッスルをやってきたマッスラーだ。つまり、大先輩と言うことか。

 ユニコ君の一日バイトをやっている大見は、ゲンのマッスルを見て即時に分析を終えた。
 マッスラー界隈で判断するのは己の筋肉のみ。ソレを見定め、時に畏怖し、時に超越し、時に敬意を示す。
 初対面であっても関係ない。マッスラーにとっての価値は搭載された筋肉以外には基準点はないのだ。
 故に、年齢の割に衰えの見えないゲンのマッスルから歴戦のマッスラーであると見抜き、敬意から自然と頭が下がる。

「ふむ……どうやら、お前さんも生半可じゃないみたいだな」

 対するゲンもユニコ君の中にいる大見を並みのマッスラーではないと見抜いた。

「わぁ! おっきいー」

 その人間山脈に挟まれたルリはユニコ君を見上げつつ感嘆していた。

「ユニコ」

 ユニコ君は、すっ、と片膝を着くと持っている風船をルリに差し出した。

「ゴミになるから、いらない!」
「……」

 ハッキリと断られて、ピシィ、とユニコ君は停止する。

「ガハハ。ルリ、ユニコ君と写真を撮るか?」
「とるー!」

 カシャッ! とゲンのスマホが切っシャッターは歯を見せて笑うルリと並んだユニコ君を納めた。(構図的にはルリの全身を入れた為、ユニコ君は頭が見切れていた)





 フェイスII、WIN!

「ぬぬぬ! 腕を上げたね、七海君! 他で特訓してた?」
「動画とかサイトとか見て、ちょくちょく家庭用でな」

 商店街のゲームセンターで『ストレジェ(公式名称ストリートレジェンド(格闘ゲー)』の筐体に座っているのは七海智人ななみのりと
 彼女である鬼灯未来を待つ間、商トモ(商店街の友達)と『ストレジェ』で遊んでいた。

「でも、鬼灯さんは異次元だよね」
「アイツは良い意味でリアルぶっ壊れキャラだよ」

 神様が何か間違えたとしか思えないスペックをしてやがるからな。ストレジェのプレイ時間は俺の十分の一以下なのに、未だにアイツのガイアには黒星つけらんねぇ。

「勝てないとしても拮抗くらいは出来るようにしておかねぇと」
「た、大変だね」
「良い女にはソレに似合った苦労は必要だぜ? 美少女ってのは漫画や小説よりも複雑な生き物だからな」
「やっぱり、美少女って……幻想なの?」
「て言うよりも、性格が拗れてる場合が多いぞ。容姿にちやほやされて育って来たワケだしな」

 まぁ、鬼灯(俺の彼女)はその中でも特に異質な存在であるが。
 鬼灯家の問題はとてもデリケートだ。しかし、その垣根を何とか出来るのは、まだ子供である自分たちがキッカケになれるとノリトは直感していた。

「どっちに転んだにせよ、迎えには行ってやらねぇとな」

 鬼灯とその姉の再会を進めたノリトは結果がどうであれ、今日は迎えに行くと決めていた。

「見つけたぞぉ!」
「あん?」
「うわ! 番長!」

 そこへ現れたのは4ヶ月前にこの商店街に現れ、鬼灯にボコボコに負けて(ストレジェで)、ユニコ君にボコボコにされて(物理的に)商店街を追い出された“番長”だった。

 ボロボロだった学ランは更にボロボロになり、喧嘩でもしてきたかのように腹に巻いたサラシも若干の返り血の様なモノがついている。

「おいおい、デケー声を出すなよ。またユニコ君に追い出されるぞ?」
「笑止千万! 俺に足りなかったモノを補填してきたのだ! あの着ぐるみなんぞ……もはや敵ではないっ!」

 確かに番長のオーラは4ヶ月前よりも強くなっている。前から筋骨隆々な体格であったが、更にバルクupして一回り大きくなった様だ。

「正しい方向に成長しやがって……」

 それはそれでめんどくさい。

「嫁を迎えに来た! 呼び出してもらおうか!」
「うるせ。アイツは俺の彼女だ」
「やかましい! 前は良くわからん事になったが……今度は不覚を取らん! 知っている情報を吐けぃ!」
「ったくよ……」

 あわあわする商トモ達にも悪いので、七海は筐体から立ち上がる。

「表に出ろよ。ここじゃ迷惑になる」
「ふっ! 軟弱者が! この俺に勝てると思っているのか!?」
「ユニコ君よりも俺の方がヤバいって教えてやるぜ」

 今後も鬼灯の回りをうろつかれると迷惑だ。番長との因縁はここで俺が終わらせてやる。

 自分よりも体格の良いヤツとは腐る程戦っている。リョウとか特にだ。そして、夏にプールで交戦した謎の筋肉ジィさん。
 あのジィさんに勝てるように鍛えて来たのだ。こんな番長ごとき、敵では――

「――」

 その時、七海はこちらを見上げる視線に気がつき、視線を下に向けた。そこには、

「……ふぇ」

 あの時と同じ声を出す、獅子堂瑠璃が自分を見上げていた。
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