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第673話 夢を叶えさせてぇ!

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 ワイシャツに白いベストを着て更にその上からロングテールコート。白い手袋にネクタイをスッ、と調整する。ラフな私服から執事服へと着替え終えたナガレは、一度動いて動作を確認する。

「着やすいし、着心地も良いねぇ。生地も良いヤツ使ってんなコレ」

 コスプレ衣装は見た目以上に資金と手間を投じて作っている様子で素人が着てもその仕上がり具合には、プロの仕事を感じさせる。

 スイさんの資産、鍋(真鍋)もわかんないらしいからなぁ。前に小さな国の国家予算並にあるって言ってた気もするし、有り余ってそうだねぇ。

 何のためにそれ程の貯めこんでいるのか不明であるが、スイレン自身が増える残高を確認する事が好きだと言う事もあって、出ていく方が少ないと真鍋(後輩)から聞いていた。

「…………」

 ナガレは鏡全体に映る自分の姿を見た。
 執事服は完璧な紳士なのだが、首から上のアヌビスマスクが異彩を放っている。

「う~ん」

 違和感しかないよぉ。ハロウィンだって、こんな組み合わせして歩いているヤツいないぜ。そもそもコンセプトが不明だよぉ。

 一応、アヌビスマスクを取ろうと手を掛けるが、やはり力が抜けて自力では脱げない。
 どうなったんだよぉ……マジで。

「アメンさ~ん。もう着替え終わりました~?」

 仕切りカーテンを挟んで向こう側からセナの声が聞こえる。出口がこっち側なので、アメン(ナガレ)が着替え終わらなければ衣装室からは出れないのだ。

「ん? こっちはOKだよぉ?」

 そう言うと、シャーと仕切りカーテンが動くと、メイド服のセナが現れる。
 首元まで黒いシャツで隠し、ロングスカートで脛まで隠れたメイド服だ。(それでも大きな胸は特徴的に見えてしまうが)
 可愛いと言うよりも、落ち着いた雰囲気を感じる。さしずめ、メイド長と言った所だ。
 滅茶苦茶似合ってんじゃんよぉ。

「似合ってます~?」
「低く見積もって、100%って所だねぇ」
「それ~上限一杯ですよ~」

 褒め言葉として受け取ったセナは、ふふ、と笑う。身長はアメン(ナガレ)の方が高いが、アヌビスマスクのせいで更に高く見えた。

「アメンさんは~マスク取らないんですか~?」
「あ、いや……何か自分じゃ取れなくてね……綺麗に嵌まったみたいでさぁ」
「じゃあ~」

 セナは近づくとアヌビスマスクの首元に手を掛けた。

「取ってあげますね~」

 自然な流れでセナはマスクを持ち上げた。すると、するっとマスクは取れて――

「あっ! と!」
「え~?」

 顎が見えた所でナガレは上から押し込んで再び、アメン・ラーとなる。

「取ってあげますよ~?」
「あ、いや……鮫島さん。ちょっとオレさ、嘘ついてて」
「何をです~?」
「マスク取れないってのさ。嘘なんだ……」
「じゃあ~取って写りましょ~」
「いや……実は猛烈な不細工面でさぁ。マスク無しで隣に並ぶと、鮫島さんの記録に汚点が残るから……」

 苦しい言い訳だが、これで押し通さねば。

「じゃあ~分かれて写ります~?」
「い、いや! 鮫島さんみたいな美女と一緒に写る機会はオレの人生で最大の上振れだからさぁ! 夢を叶えさせてぇ!」
「う~ん。本当にアヌビスマスクでいいんですか~? アメンさんってわかりませんよ~?」
「いいのいいの! オレ、普段からアヌビスマスクコレだからさ! アヌビスマスクの方がイケメンなのよ!」
「……ふふ。なら~行きましょうか~」

 楽しそうに笑うセナにアメン(ナガレ)は、何とか乗り切ったか……とマスクの中の額の汗を拭う(仕草をする)。





 カシャ、カシャ、とシャッターが切られていた。

「……どういう世界観だ」
「イッヒッヒッヒ」

 執事服のアヌビスと、巨乳メイド長が並んで写っている様は実に珍妙シュールだった。
 何がどうなれば、こんな構図になるのか。辻褄の合うあらすじも、経緯も説明出来る人間はこの世界に存在しないだろう。

「イッヒッヒッヒ。アメン・ラーや。マスクは取らないのかい?」
「こっちの方がイケメンなので!」
「みたいです~」
「……阿保か」
「イッヒッヒッヒ」

 その後、執事アメン(ナガレ)とメイド長セナは――
 並んで歩いているシーンを撮ったり――
 料理を運んでるシーンを撮ったり――
 前屈みでセナが撮られそうになった所を背後にアヌビス顔を割り込ませてシングルショットを阻止したり――
 二人でダンスしてるシーンを撮ったり――

 本来ならセナ一人だけで写真集を出せる程の逸材なのだな、アヌビスマスクのアメン・ラーの存在が完璧にソレを相殺して、使い物をならない様にしていた。

「そろそろだな」

 数十分程の撮影会の時間が過ぎ、ジョージは時計を見て呟く。

「セナ、気に入ったのならまだ撮影を続けてて良いぞ。ワシは次の用事がある」
「あ、同行しますよ~。着替えて着ますね~」

 少し待っててくださ~い。と、セナはスイレンのカメラにVピースを決めて(ちゃんとアヌビスマスクがひょこっと後ろに割り込んでる)、もう着替えますね~と衣装室へ。

「イッヒッヒッヒ。着替えを手伝うよ。衣装の並びはこだわっててねぇ」
「じゃあスイさん、カメラは要らねぇよね?」
「イッヒッヒッヒ。アメンや。視界が狭い癖に良く見てるじゃないか」
「どーも」

 スイレンから奪ったカメラをアメン(ナガレ)はカウンターに置くと、着替えに行くセナを見送った。

「ふいー」
「勝手に苦労してるな」

 セナが居なくなった事で、ようやく緊張の糸が途切れたアメン(ナガレ)は大きく息を吐く。

「ジョーさん程じゃないよ」
「そこまで苦労するならさっさと帰ってやれ」

 ジョージの言葉は今のナガレには強く刺さる。しかし、

「ここで回れ道するなら、最初からアイツを一人にはしてないですよぉ」

 ナガレはアヌビスマスク越しだが、ジョージへ見下ろす様に視線を向ける。
 でも、さっきマスクを取ろうとしてたよなコイツ、とジョージは思ったが一旦スルーした。

「これからオレは『鳳健吾』さんについて調べます。父、月島ガイの死に納得する為に」

 ふざけた見た目での宣言だが、そのマスクの奥から向けられる意思の強い目にジョージは真剣に見つめ返すと――

「そうか。なら――」





「イッヒッヒッヒ。また来なよ。今度は母娘二人でね」
「是非~」
「誰か男の人と一緒に来なよぉ?」
「アメンさんも~私を見かけたら声かけてくださいね~」

 『スイレンの雑貨店』を出たセナは二人に手を振ると、ジョージの後に続く。

「楽しかったか?」
「それは勿論~」
「そうか」

 楽しそうなセナの様子にジョージも思わず笑みが浮かぶ。
 意図せずに笑みが浮かぶこの気持ちは、久しくは義娘アキラとの絡み以来だ。

「次はどこへ~?」
「昔、世話をかけた女児が居てな。ソイツの様子を見に行く。家は商店街に近くだ」
「お孫さんですか~?」
「遺伝子上はそうなる。少々複雑な関係でな。特に気にしている」
「お名前をお聞きしても~?」
「サマー・ラインホルトだ」
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