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第667話 やらしい……

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「いいか、マナブ。時間は平等なんだ。必要なのはその使い方だ。無駄な時間を一秒たりとも過ごすな」

 それがマナブの父親の口癖だった。
 警視庁のエリートを地で行く父親は母親とはお見合いで結婚した。
 母親の家柄も良家であり、妻としては申し分ない。しかし、彼女は病を患っていた。子が産めるかどうか分からない程に身体が弱かったがそれでも結婚したのは建前があったからだ。
 夫も妻には期待していない。エリートしてに傷つかない家柄が籍に居ればそれで良かった。故に夜の営みも最低限だけであった。
 そんな事もあってマナブが産まれたのは奇跡に近かった。
 妊娠も出産も命懸け。そして、マナブを産んでから妻は病状が悪化し、帰らぬ人となった。
 そんな事もあり、マナブの教育は父親が行う。エリートとして恥じない人間に育てるべく、教養を詰め込んでいく。

 父親は徹底していた。己の名を傷つける様な人間になる事は絶対に許されなかった。
 お前は他とは違う。お前は俺の血を引いているのだからこれくらい出来るハズだ。と――
 しかし、天才肌の父親と違って凡才のマナブはその期待には応えられなかった。そして、父親は彼を捨てた。
 母方の祖父に親権を譲り、養育費としてまとまった金を渡して親子の縁を一方的に切ったのだ。
 この時のマナブは自分が捨てられたなど考えもしなかった。だから、それからも一人でも勉強を続けたし、父親の期待に応えられる様に机に向かい合った。
 そんなマナブに祖父は、好きな事をしたら良い、と優しく見守っていた。だが、ある日に祖父は風邪を引いてしまい、そのまま肺炎を発症。深刻化し治らぬまま他界した。
 当然、父親はマナブを引き取らず、祖父の親類はいなかった事もあって彼は『空の園』へとやって来た。

 故に彼は誰からも愛を与えられた事がなかった。その感覚を知ることがなかった。だから――





 なんですか……この感覚は……

 セナに座った時に感じる暖かみ。それは単純な体温によるモノではなく、内側から沸き上がる、表現しがたいナニかだった。

「マナブ君は~沢山勉強してるの~?」
「な、なんですか? 唐突に……」
「ふふ。どうなの~?」
「それは……してますよ。じゃないと……僕は――」

 必要とされなくなる。と、思わず本音を口にしそうになって今の状況が危険だと悟った。もう降り――

「別に良いのよ~」

 セナは座るマナブを包むように優しく抱きしめる。

「貴方は貴方らしく生きても良いの~。沢山、お友達が居るんだから~」
「…………」

 僕が欲しかったモノは父から認めて貰う事――だったのだろうか? でも……僕には分からない……だって誰からも言われた事が無かったから――

「まだ貴方は誰かの為に生きなくても良いのよ~。お友達と笑い合って、一緒に泣いて、たまに喧嘩して、繋がりを作って行きなさいな~」
「…………降ります。離してください」

 ホールドを外すとマナブはセナ椅子から降りる。

「……貴女の言うことは不可解です。僕は僕のために生きていますから」
「ふふ~そうなの~?」

 マナブ帰還。セナへ振り返らず待機する『空の園』組の元へ戻る。

「大したことありませんでしたよ、勝治君」
「マナブお前、顔真っ赤だぞ? なんか嬉しそうだし」
「え!?」
「やらしい……」
「ほっほう!」

 院長の柊ちゃんでさえ未だ引き出せないマナブの心内を、こうもあっさり……やはり侮れないねぇ。

 国尾は椅子を店に返すセナを見ながら、己もその雰囲気にのまれぬ様にマッスルポーズにて防壁を張る。

「全く。本当にだらしない二人ね! どうせ胸でしょ! あの胸にやられたんでしょ! あー、やらしい! やらしい!」

 ハーフアップの女の子はニコニコしながらこちらを見るセナの巨乳を指差す。

「美優、お前の番だぞ」
「不可解ですが、僕は美優さんも同じ状態になると予想しますよ」
「んなわけあるか!」

 二人は辛い事があった上に、あのほわほわした雰囲気と胸に絆されただけだ! 

「見てなさいよ」

 ずんずん、とハーフアップの女の子、美優はセナの前に立つ。そんな彼女をセナも、ふふ、と見る。

「かかって来なさいよ!」

 愛なんて存在しない。もし、存在するのならママはわたしを――
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