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第657話 じっ様も職業病じゃな

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「いってらっしゃ~い。リンちゃ~ん」
「……お母さん」

 文化祭二日目の朝。リンカは半覚醒でだらしなく見送りに来てくれた母のセナへ流石に一言もの申す。

「今日は一日居ないけど、だらしない生活は駄目だからね」
「分かってるわ~。お母さんは大人ですよ~」
「……朝御飯は何食べた?」
「パン~」
「まだ食べてないでしょ……。もう起きてご飯とかよそって。卵焼きと味噌汁も冷めない内に食べなよ」
「ありがと~」

 まったく……と悪態をつくも、遅くまで仕事をして生活を支えてくれる母の休日に一つ華を沿える。

「お酒は飲んでも良いけど。飲みすぎない様にね」
「リンちゃん……大好き~」
「わっ! もー!」

 抱き付いて頬を擦り寄せて来る母であるが、遅刻と天秤にかけて引き剥がす。

「リンちゃん」
「なに? もう行くよ」
「ケンゴ君と良い関係になれると良いわね~」
「……そんなの、いつもの事じゃん」
「ふふ。いってらっしゃ~い」
「行ってきます」

 と、リンカが扉を閉めて、カンカンと階段を降りる音を聞き、戻ってこない事を感じとると。

「よいしょっと」

 布団に戻り、セナはZzzと二度寝を始めた。





『何故事前に連絡をくれなかったの? トキお義姉さん』
「じっ様の意志でのぅ。ミコトや。ワシは止めたんじゃ……しかし、じっ様は頑なに一人で行くと……」
『……楽しんでるでしょ?』
「バレたか」
『兄さんが『神ノ木の里』に居ないと言う事は……それすなわち、『処刑人』の出動と言う事を意味しているわ』
「夏にシズカを迎えに里を出たじゃろ?」
『あの時は車にGPSが着いていたから動きを追えたのよ。今は完全に消息不明でしょう?』
「なんじゃ。そんな小賢しいことやっとっんたんか」
『今は……徒歩で電車に乗ってるんでしょ? 監視カメラで兄さんの姿を警察機関が捉えてこっちに確認が来たのよ』
「なんじゃ、その後をカメラで追えばええやんか」
『兄さん。カメラに気づいて死角を移動してるの』
「うは。じっ様も職業病じゃな」
『ヨミさんの所に行くことは事前に聞いてるけど、連絡してカメラに映る様に言って!』
「無理じゃ」
『何で!?』
「じっ様、ドジを踏みおった。ガラケーを家に忘れて出ておる」
『……いつものジョークでしょ?』
「かけてみぃ」
『…………』
「「はい、こちらトキ! カミ(↑)シマ(↑)!」」
『ああ! もー!』

 二重に聞こえる音声に、本当に携帯を忘れてると察したミコトは、プツ、と通話を切った。総理へ進言し、特別捜索チームが結成され、神島譲治の身柄を追う。
 トキは、ふっふっふ。と縁側で笑いを堪えながら茶を飲む。そこへシズカがやって来た。

「ばっ様ー、じっ様は?」
「魔女の所に行っとるわい」





「んー、良く寝たわ~」

 究極の自由である二度寝を堪能したセナは12時前に目を覚ました。
 更にシャワーを浴びて寝汗を洗い流すと身体の眠気は完全に吹き飛んだ。
 洗濯機を回しつつテレビを付けてリンカが作ってくれた朝御飯を温め直す。テレビを見ながらもふもふと食べる。

「♪~」

 鼻唄を歌いつつ、食べた食器を洗い、掃除機をかけて、丁度終わった洗濯物を干す。
 取り込んだ下着を見つつ、

「リンちゃんはサイズ合ってるかしら?」

 まだ成長期の娘。ブラのサイズが違うと苦労するのは経験上、解っている。標準以外のサイズは値が張るので、帰ってきたら久しぶりにバストを測ってあげよう。

「あら~」

 窓を開けていたら、ひょいっとジャックが室内に入ってくる。
 このアパートでは、放し飼いの猫を自由に室内へ入れる事が入居条件の一つだった。
 その分、間取りが良い部屋でも家賃が安かったりするので、セナとしては大助かりである。

「どうしたの~? ジャック~」

 黒猫のジャック(♀)はトコトコと居間に入ると、畳にゴロンゴロンと身体を擦り付ける。
 ジャックは抜け毛が殆ど出ない。そう言う種類なのか毛質なのかは不明だが、余計な掃除が必要なくて助かっている。

「それ~」

 セナはゴロンゴロンするジャックを撫で回す。ジャックは実に満足そうにその心地よさに身を委ねた。
 その時、

「ん?」

 カン、カン、とゆっくり階段を上がる音が妙に気になった。
 このアパートの二階には幾つか部屋があるが、今の所はケンゴと鮫島家しか住んで居らず、階段を上るリズムを聞けば大体誰が上がって来ているのか解る。

「階段の音が聞こえちゃうのも~ネックよね~」

 このアパートの二階が満室にならないのは、階段の上がる音が聞こえやすい事も理由の一つだ。
 カン、カン、と上りきった足音は部屋の前の通過し更に奥、ケンゴの部屋へ向かった様子。

「そ~」

 セナはジャックと一緒に扉を開けて興味本位でケンゴの部屋へ来訪する人物を確認する。
 本日、ケンゴはリンカの文化祭に行っており一日居ないのだ。ケンゴの知り合いなら大体は顔見知りだし、それを教えてあげよう。

「……」

 しかし、ケンゴの部屋の前に居たのはセナも知らない老人だった。
 ハットを被り、外行きの和服に身を包んだ老人は怪我をしている様子で三角巾にて片腕を首から吊っている。

「……」

 老人はインターホンを鳴らす。当然ながら、ケンゴは留守なので出ない。

「お隣さん、留守ですよ~」

 セナが扉から覗くように教えてあげると、老人は彼女を見た。

「隣に住んどる者か?」
「はい~。お隣さんは、本日一日は戻らないと思います~」
「そうか」

 老人は部屋をもう一度、じっと見ると引き返す。

「何か伝言がありましたら~伝えましょうか~?」
「……アンタはこの部屋のヤツと知り合いか?」
「お隣同士ですから~。それなりにお付き合いはありますよ~」
「……そうか。いや、伝言はいい。気を使わせたな」
「いえいえ~」

 そう言って老人は階段を、カン、カン、と降りて行った。

「とても健脚な方ね~」

 セナは老人の歩き方が、年齢以上にしっかりとしたモノである事を察していた。
 それは片腕を吊っているにも関わらず、助けてあげよう、と思う事を感じさせない程の安定感を思わせた。

「不思議な人ね~」

 まるで、戦地帰りの様に油断のない仕草。ケンゴの部屋の前に立った時は少しだけ緩んだ気がしたが。

「にゃー」

 するとジャックが、何かくれ、と催促するように鳴いたのでセナは少しばかり猫飯を作ってあげた。
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