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第646話 完璧です……ふぅ

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 哲章さんに三枚の御札イエローカードの内、ラスト一枚を託されたのでもう少しだけエイさんに付き合う事にした。

 エイさんが服を着戻す間、ジャラ浦君(鎖でジャラジャラ煩いのと井浦を合わせた呼び名)の素性を探る。

「俺? 美術部っすよ、美術部。部長やってまーす」

 美術部? 偏見だけど……美術部ってもっと芸術を物静かに嗜む人間が集まるイメージだった。
 ちなみにエイさんは例外。あんな人がホイホイ居てたまるかよ。

「へー。文化祭の出店はどんなのやってるの?」
「さっき本郷先輩も言ってましたけど、スケッチ体験ですね。一人100円です」

 何ともマイナーだ。お金払ってまで来たいと思うのだろうか?

「それって人釣れる?」
「釣れないっすよ。スケッチは時間かかりますし、文化祭で長時間拘束されたくないっすから」
「売り上げにならなそうだね」
「そこは俺のエンタメ力っすね。ただ描くだけじゃ面白くないっすから」

 ほほぅ。ジャラ浦君は社交的だし、そこら辺は期待出来そうだ。

「待たせたな、諸君! 行こうか」

 エイさんはちゃんと服を着て出てくる。これならイエローカードを切らずに済みそうだ。





「っしゃー! お待たせしましたー!」

 隣の美術部の部室にジャラ浦君は先頭で入るとそんな挨拶を中に居る面々に告げた。
 一つの窓ガラスが割れて、簡単に段ボールで塞がれてる。

 場には男子と女子の比率がどっこいどっこい。意外と満席具合だ。一人、滅茶苦茶可愛い子が居るけど、どっかで見た気がするなぁ……

「遅いぞ、井浦君! 折角、大古場校長先生が気を使って風紀委員の介入を遠ざけていると言うのに!」

 と、眼鏡をかけた太っちょ君が目くじら立てる。
 あの校長先生ってそれでこの辺りを徘徊してたのか。

「さーせん! けど、100円の価値はありますよ、会長」
「ん? 会長……?」

 俺は同席している本郷ちゃんに聞く。

「あの太っちょ君って会長?」
「そうだよ。我が校の生徒会長の遠山君さ」

 なんか……テツを若くした感じの生徒だなぁ。アニメとか好きそう(偏見)。

「ぬ! その他人に催眠術をかけるような猫なで声は……本郷っ!」
「やぁ、会長。辻丘君と一緒じゃないって珍しいね。上手く撒いたのかな?」
「ふっ……造作もない!」
「今頃、鬼の形相で捜し回ってるだろうね」
「チクるなよ!?」
「しないよ。それじゃ面白くない」

 面白くない、と冷ややかに笑いながらそう告げる本郷ちゃんは黒幕と言う言葉がぴったりな雰囲気で告げる。
 オレも少しゾクッてした。

「きゃっ、本郷様の笑みは本当に眼の保養ねー」
「そうね。あの眼で顎をクイッてして欲しいわ~」

 モブっぽい女子生徒もそんな本郷ちゃんに、きゃっきゃっしてる。やっぱり女子人気は高いんだね。

「井浦君」
「しゃす! どうしました!? 鬼灯先輩!」
「まだ、始まらないのかしら?」
「さーせん! すぐにモデルさんに声かけます!」

 鬼灯? え……まさか……あの超絶美少女って……

「本郷ちゃん」
「今度は何だい?」
「あの隅に座ってる女子生徒って……」
「鳳さんもお目が高いね。彼女は鬼灯君だ。三学年の頂点に立つ美少女だよ」

 やっぱりそうか。て言うか……鬼灯先輩の家系ってマジで美形揃いなんだなぁ。

「皆さん、長らくサーセンっした! 窓割れる事件がありましたけど、始めます!  モデルの谷高さんっす!」
「失礼する!」

 と、エイさんが入ってくる。
 高い身長のモデル体型は上着も脱いでいるので、よい感じに強調されている。

「今回は私のせいで皆に手間をかけた! 存分に描いて行ってくれ! どんな質問にも答えるぞ!」
「谷高さんって、あの谷高スタジオの人ですか?」
「社長だ! ちなみに谷高光の母親もやっている! 諸君らの美術に対する熱意は理解しているつもりだ! 要望があれば遠慮なく行ってくれ!」
「ってことっす! 皆で構図を決めますか!」

 事前に決めとけよー、などと突っ込まれるがジャラ浦君は、エンタメだよ! と意味不明な返答で無理やり整合性を持たせた。
 そんな中、ビッ! と勢い良く手を上げたのは生徒会長君だ。

「ポーズ所望です!」
「聞こう!」
「こう……前屈みで胸を強調する感じに。谷間とかを――」

 すげぇな、生徒会長君。思春期の欲望駄々漏れじゃん。

「こうか?」

 と、超芸術家を自称するだけはあって、エイさんは少しボタンも外して生徒会長君の求めるポーズを完璧に再現する。

「完璧です……ふぅ。今夜は捗るなぁ」

 キラリ、と眼鏡を持ち上げる。思春期満喫してるねぇ。

「しかし、この体制で長時間キツイ。他のポーズを希望する者は?」

 その後も、立ち姿で身を反らすようなセクシーなポーズとか、女豹のポーズとか、色々な要望にエイさんは応えて行く。しかし、皆が納得するポーズには中々たどり着かない。

「何か、違うなぁ」
「うーん」
「やっぱり、上目遣いで胸を持ち上げるアングルが俺は良いと俺は思うが?!」
「会長は煩悩を抑えててください」
「なんか……これじゃない、感が――」
「ならば! やはり脱――」
「エイさーん」
「ケンゴ! まだ居たのか!」

 ホントに眼が離せない。しかし、オレは芸術の観点が全くもって皆無なので、皆が何故そこまで悩むのかわからない。

「比較があればいいんじゃない?」

 オレは教室と言う背景がエイさんに合わないと何となく感じていた。故に、ソレを緩和する何かを混ぜれば良いのではと意見する。

「じゃあ――」

 エイさんはスケッチ用の上半身だけの銅像を持って立つ。シュール過ぎてちょっと吹いた。

「ケンゴ!」
「すみません、すみませんっ!」

 銅像を投げて来ようとしたので収まらない笑い顔を隠しながら謝った。

「やっぱり、釣り合う人が並ぶと良いかもっすね」

 と、皆の視線が鬼灯ちゃんに向く。
 エイさんは鬼灯ちゃんと肩を組んで、イエーイ風に並んだ。
 二人とも真顔なので楽しさは欠片も感じないが。て言うか……鬼灯ちゃん、感情が氷ついたみたいにずっと真顔だなぁ。

「笑顔が欲しいな……」
「鬼灯先輩にそれは無理な要望っすよ」
「じゃあ――」
「ん? 僕かい?」

 次はオレの隣でクスクスと状況を楽しんでいる本郷ちゃんに視線が向く。

「きゃー!」
「これ完璧じゃね?」
「なんかパズルのピースが合わさったっすね!」
「ほう! そっちの無表情の君がドレスなら完璧だ!」

 本郷君が鬼灯ちゃんの顎をくいっとやって上から覗き込む横顔に皆は声を上げる。
 美形×美形。確かに二人のオーラが相殺して背景をモノともしない美がそこにはあった。
 エイさんも満足そうに腕を組み、うんうん、唸っている。皆の満足の結果だ。

 エイさんは必要は無かったじゃん。
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