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第640話 ハフハフで苦しむヤツ

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「で、ですから……その……例の件を話しに行って……その……帰り際にですね……キ、キス……されて……咄嗟だったんでかわす事も出来ず……はい……」

 オレは木に背中を預けて体育座りで隣に座るリンカにさっき自分が暴露したことを話していた。
 リンカは買ってきた食べ物をガサガサと袋から出している。うぅ……お腹空いたよぉ……

「ほら、口開けろ」
「え?」

 リンカがたこ焼きをこちらに差し出す。あーん、してくれるらしい。オレとしてはそのまま爪楊枝を口の中に捩じ込まれそうでコワイ(ガタガタ)……それか、熱々でハフハフ苦しむヤツ。

「お腹空いてるんだろ? 口を開けろよ」

 ええいっ! ままよ!
 オレはたこ焼きを口に運ぶ。しかし、爪楊枝を捩じ込まれるワケも無ければ、ハフハフもしない良い温度だった。

「ショウコさんは、お前を不安にさせたくなかったんだよ」

 リンカも、たこ焼きを自分の口に運びながらショウコさんの考えが解っている様だった。
 そうか……ショウコさんがどんなに口頭で気にしていないと説明してもオレは負い目を捨てられなかっただろう。彼女は行動で示してくれたのだ。キスはちょっと過激な気もするが。

「それよりもショウコさんと仲良かったんだ?」

 オレが覚えてるリンカとショウコさんの直接的な邂逅は『スイレンの雑貨店』でのコスプレ撮影くらいだ。しかし、あまり喋ってた様子はなかったなぁ。(混浴を含む、大人の夜に関しては暴露されたが)

「文化祭の一日目にショウコさんがゲストで学校に来たんだよ。その時にウチの店に来た」

 そう言えばサマーちゃんも言ってたっけ。その時に色々と話したのか。ショウコさんは淡々としているが実は結構セナさん寄りな気質を持つ人間なので子供好きだからなぁ。良い人間であるとリンカなら解ってくれたのだろう。

「本当に……皆には気を使わせてばっかりだよ」
「ホントだよ。でも、皆もお前から沢山、貰ってる・・・・んだと思う。だから誰も離れないんだ」
「リンカちゃん……」
「だからさっ!」

 リンカは少し顔を伏せて恥ずかしそうに視線を横に向けて告げる。

「今くらいは……あたしを見ろよ……」

 あ、死ぬほどリンカが可愛い瞬間だ!
 普段はツンツンしてる分、猫のようになるとメチャクソ可愛いのだ。
 ピコン。お、効果音と共に幾つか選択肢が出たぞ。どれどれ――

 貴方の次の行動を選んで下さい▼

・頭を撫でる
・抱き締める
・キスをする

 成人男性が学校でやるには全部事案な気がする項目ばかりだぜぇ? 取りあえず……

「……」

 頭を撫でた。すると、リンカは驚いた様に眼を見開く。中々の好感触の様だ。まぁ、昔から良くやってたからね! 最近は……リンカも高校生になって色々とハードルが高いけど。
 すると、リンカが自らナデナデを止めた。むむむ。お気に召さなかったか。

「それよりも……あたしに言いたい事……あるだろ?」

 あ、そうだった。この距離感が当たり前過ぎて忘れていた。よいしょっ。

貴方の次の行動を選んで下さい▼

・頭を撫でる
・抱き締める
・キスをする
・告白する New

 よし、後は一番下を選択して――

「おや? 鳳君かい?」

 いざ、リンカとの関係を一段階進めようとした所で本来なら聞くハズの無い声に思わずそっちを見る。

「え? あれ? 徳さん?」

 そこには会社の中でも古参の一人であり、オレの所属する課の大先輩でもある徳道史郎こと――徳さんがこちらに歩いてきていた。

 彼は“穏やか”と言う雰囲気をこれでもかと纏った恰幅の紳士。派手すぎすダサすぎない休日のお父さん服を着ている。

「奇遇だね、鳳君」

 オレは反射的に立ち上がる。座ったままだと失礼に当たる故の行動は社会人としてはデフォルトで備わるのである。
 加えて徳さんはその敬意を向けるに値する人間と言う事も大きい。

「お疲れ様です」
「ああ、お疲れ様。誕生日プレゼントをありがとうね。家内も喜んでいたよ」
「喜んでいただけて何よりです」

 今日は徳さんの誕生日。オレは『神ノ木の里』の地酒を贈った。朝一番に届いたようだ。

「君も招待されたのかい?」
「はい。こちら――」
「鮫島凛香です」

 オレが敬意を示した様子にリンカちゃんも立ち上がると少し慌ててペコリと頭を下げる。

「リンカちゃん。こちらは徳道さん。オレの会社の大先輩の方」
「徳道史郎です。君は1年生かい?」
「はい。そうですが……?」
「僕はリンカちゃんの招待でして。徳さんはどなたから?」
「私は娘でね。この学校に通ってるんだ」
「え? 徳道……あっ!」

 リンカは思い当たる人物が居るらしい。

「おや? 鮫島さんは娘と同じクラスかい?」
「はい。徳道さんとは仲良くさせて貰ってます」

 ってことはあのメイドの中に徳さんの娘さんが居たのかな?

「いやいや、内気な娘の方に仲良くしてくれて、そちらこそありがとう」
「いえ……そんなことは――」

 なんか、頭下げ下げ合戦が永遠に続きそうなのでオレがレフェリーストップをかける。

「徳さんは娘さんの店に?」
「そうなのだが……最近の学生は随分とレベルの高い店を出すね。どれも派手でどこが娘の店なのか解らないのだ」

 徳さんは人混みを自然と避けてたらここに迷い込んだと告げる。

「あ、それなら。あたし案内しますよ。もう休憩は終わりですし」
「本当かい? 助かるよ」

 進んで案内をしたいと言う程に徳さんの娘さんとリンカは仲が良いらしい。ヒカリちゃん以外にも友達が居てね、お兄さんほっこりですよ。

「食べ物は残り全部処理してくれ」
「あ、オッケー。任せてよ」

 そう言ってリンカは徳さんを店に案内して行った。オレはそんな二人を見送ると、再び座る。
 まさか、外で徳さんとエンカウントするとは。ホントに世の中は狭いなぁ。オレはたこ焼きの残りを食べつつ――

「……あっ!」





「こっちです。人が多いので気をつけて下さい」
「ありがとう」

 あたしは徳道さんのお父さんを店の前まで案内する。すると、

「あっ……お父さん――」
「湖子《ここ》」

 徳道さんが外でお客さんを案内をしていた。

「徳道さん。こちらのお客さんを案内してくれる?」
「え……あ……うん」
「ごゆっくりどうぞ」
「ありがとう、鮫島さん」

 徳道さん(父)に挨拶をしてヒカリも働く店内へ。
 ……何か忘れてる様な――

「――あっ!」





 告白――
 し忘れた!(ケンゴ)
 受け忘れた!(リンカ)
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