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第567話 フォッフォッフォッ

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「徳道さん大丈夫?」
「うん……谷高さんごめんなさい。迷惑かけて……」

 徳道は運んでいる途中で目を覚ましたが、ヒカリは念のためにそのまま保健室へ連れていった。
 保険医の土山は席を外している様子だったので徳道をベッドに座らせて、自分は診察用の丸椅子を持ってきて正面に座る。

「まぁ、大宮司先輩じゃ仕方ないって。私も最初の頃は警戒してたし」

 徳道の反応は至極当然だと、慰める様にヒカリは笑った。

「まぁ、大宮司先輩ってあんまり喋らないし、体格も凄いし、びっくりするのは仕方ないよ」
「……ちゃんとね……謝らないといけないって……思ってるの。二回も……失神しちゃったし……」
「今回が二回目なのね……」

 大宮司先輩は謹慎の件と当人の雰囲気も相まって恐れて避ける人が多い。
 口数が少ないのも噂に拍車をかけているのだろう。言い訳とか苦手そうな性格だもんなぁ。

「でも……大宮司先輩ってそんなに悪い人じゃないと思うの」

 思ったよりも徳道さんから見た大宮司先輩は悪い印象では無いようだ。

「うーん。まぁね。でも、不良を壊滅うんぬんは本当かも……」
「つ、強いってのは知ってるよ!」

 大宮司の武勇伝は謹慎に入る前から校内でも有名だ。
 1学年の時から柔道部でさえ投げる事が出来ないとか、拳でコンクリートを砕くとか、扉を軽く蹴破るとか……あ、それは私も当事者だ。
 まぁ……実際にナイフ持ったヤクザを一方的にボコボコにしてたワケだし。

「別に無理しなくてもいいんじゃない? 1月には卒業するから、街中で遭遇しない限りはもう会うことないでしょ」
「そ、そんなのダメだよ! わたしが……悪い事したんだから……ちゃんと謝らないと!」

 目の前で失神は悪い事と言うには少し弱い気がする。法律で言うなら一番近いのは……侮辱罪? そんな罪あったっけ? まぁ何にせよ、後々徳道さん一人で大宮司先輩の前に立つと間違いなく三回目の失神が起こるので――

「じゃあ、私とリンと一緒に先輩の喫茶店に行こうよ。鬼灯先輩も居るし、それなら大丈夫でしょ?」
「え……? いいの? 谷高さん……他に回る人がいるんじゃ……」
「男子からは何人か誘われたけど、女子で固まってる方が楽だから断ったの。リンと適当にぶらぶらする予定だったし」
「そ、そうなんだ……じゃ……お願いします」
「ふふ、オッケー」





 ヒカリは土山に失神した事をちゃんと言うように徳道に言ってから先に教室に戻ることにした。
 しばらくしたら彼女も戻ってくるので、次の問題は――

「大宮司先輩はリンで何とか出来るけど……水間さんも離れてるから急いで戻らないと」

 今、クラスには二人しかいない。
 急ぎたい気持ちはあるが、それでも走るのだけはNG。人の動きが特に多い文化祭の廊下は、荷物を持つ者などが平然と角から出てくるので、風紀員が厳しく目を光らせているのだ。
 ソレに捕まると帰るのに余計な時間がかかる。

「お、谷高のクラスはメイド喫茶だったな。後で行くわ」
「谷高さん可愛い~」
「新聞部です。個人的に写真撮らせてください!」

 普段よりも注目度が上がっている事もあってかけられる声が止まない。それらの一つ一つに返事をしつつ(写真撮影はやんわり断った)、ようやく自分の教室が見えてきた。

「なんやかんやで……結局時間がかかったわね……」

 とにもかくにも、少ない人数で手数に困ってるハズだ。張り切ってメイドをしますか!

「ただい――ん?」

 教室へ入ろうとした際に、ふと廊下の窓から外回りを歩く人間に眼が止まる。
 そう言えば体育館で午後からイベントがあるって言ってたなぁ。後で文化祭の栞は確認するとして――

「え……? ショウコさん?」

 それは、母のやっている撮影事務所で、看板を勤めているモデルのショウコだった。
 母の話では、彼女はストーカーの件で休職中のハズだ。彼女の隣を歩くのは見たことない外人の女性である。
 まさか……他社にスカウトでもされたのだろうか?
 ヒカリは窓を軽くコンコンと叩く。

「ん? ヒカリか?」
「ショウコさん」

 こちらに気がついて足を止めるショウコは、窓から覗くヒカリへ視線を向ける。ヒカリはカラカラと窓を開けた。

「外に出てるって事は問題は解決したの?」
「いや、まだ途中だ。今、色々な人が動いてくれている。年中はかかると思う。社長には逐一報告をしているんだがな」
「あー、ママってその辺り雑だから」

 ストーカーの件は個人的な事でもあるので、必要以上に情報を広めない様にもしているのだろう。

「それで、今日は何で学校に?」
「ゲストで来た」
「え? 体育館のイベントに……撮影会なんて無かったけど……」

 ヒカリは文化祭の栞を取り出し、午後から行われる体育館のイベントプログラムを確認するが、ショウコが出るような項目は見当たらない。

「ほう、この祭りの冊子があるのか」
「言えば貰えるよ」
「記念にもらっておくか」

 ヒカリは改めて確認するが……やはりショウコの出るような催しは無い。見せてくれ、と彼女に催促されたので文化祭の栞を手渡す。

「ふむ。この『厄祓いの儀』だな」
「え? これなの?」

 ショウコはプログラムのトップにある項目を指差す。

「ああ。ネタではないぞ」
「そんな風には思ってないけど……ショウコさんって本当に何者なの?」

 約二年前に母がスカウトしてやってきたショウコの事は実のところ、あまり良く知らない。
 独特な雰囲気とか話し方とか面白い人だなー、と感じてたくらいだ。彼女のおかげで雑誌の売り上げも上がったそうなので、母の慧眼は相変わらず鋭いのだと感心した一例でもある。

「長話になるから後々な。こっちが本業だから、安心して見に来ると良い」
「え?」
 「それじゃ」

 ヒカリは返される文化祭の栞を受け取りつつ、ショウコの持つミステリアスな雰囲気は、それなりの経歴が関係しているのだと察した。

「ホント、何者なんだろう?」

 実は有名な人なのかな? ヒカリは後にショウコの名前でちょっと検索してみる事にした。





「やりましたね、校長」
「フォッフォッフォッ」
「まさかのまさか。あのハリウッドの大スターをこの学校に呼べるとは!」
「フォッフォッフォッ」
「お忍びで来日をしている所を的確に捉え、根強く交渉した末に……文化祭のゲスト出演にこぎつけるとは!」
「フォッフォッフォッ」
「それに、一般人の開放日でない事もベスト! 外から野次馬が来る心配もありませんからね!」
「フォッフォッフォッ」
「少し情報が漏れている所が懸念ですが……まぁ、大丈夫でしょう! 校長の功績は生徒達の間で伝説となるのですから!」
「フォッフォッフォッ! ゲホッゲホッ……むせた……」

 と、今回の文化祭ゲストのリストにある『佐々木光之助』の名前を見て、教頭と校長は笑った。
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