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第558話 世界の半分をやろう
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「後に後にってやってたツケだなこりゃ」
オレは朝から3課の自分のデスクに座って仕事をしていた。
基本的には他課へ赴くのが3課の仕事だが、ある程度の流れを片付けて、更にヘルプがなければこう言う日もある。
他にヘルプが入る可能性を考えつつも本日は、後に回し続けていた資料の整理を行っていた。
海外転勤で撮った写真なんかも、会社の共有フォルダへと移動させ、要る資料と要らない資料を分けて今後はすぐに見つかる様に分かりやすくまとめていく。
「獅子堂課長は来週からで……鬼灯先輩も朝から出先だし。いまいちエンジンがかからないなぁ」
リンカは今日から文化祭。この時期はレンコンか芋しか掘った記憶しかないオレからすれば、明日はかなり楽しみでもある。
しかし、浮かれるのは業務を終えてからだ。獅子堂課長も休暇中だし。本日は鬼灯先輩もいない。
1課では七海課長は戻って来ていて、フル稼働しているので、ヘルプがあるとすれば2課からだろう。
「鳳君、内線とってね」
「あ、はーい」
噂をすればだ。オレは子機に表示される番号とカタカナ名を見てどこからのヘルプか確認する。
「……ん? え?」
表示されている番号は“トドロキ”と名を出している。
轟先輩の社内携帯から直接来てるな。ヘルプ? うーん……心当たりが無い。とりあえず取ろう。
「はい、鳳です」
『鳳君? 今、時間は大丈夫かな?』
「全然良いですよ」
『そっか。なら食堂に来てくれる? 鳳君にお客さんなの。今社長が対応してるから』
オレに客? しかも……社長が対応する程の相手となると……阿見笠議員……か?
社員旅行で火防議員と共に遭遇したので、轟先輩繋がりでオレがこの会社の人間だとバレるのは至極当然だ。
『ウォータードロップ号』の件で来たのなら……きちんと話さねば。でも、その前に相手をきちんと確認。
「今すぐ行きます。ちなみにお客様はどなたですか?」
『えっと、驚かないでね? 烏間幹事長』
なんだ、ミコ婆かぁ。直接会うのは4年ほど前に事故で入院したとき以来かな。
わざわざ来たって事は……アヤ絡みだろう。
「ふっはっはっ! 驚きましたな! まさか、烏間先生が我が社の社員と身内であられましたとは!」
「この来訪は他言は無用にお願いしますね、黒船社長」
現政権のトップ『日本保全党』の幹事長を勤める烏間美琴は肩書き以上の権力を持つと政界内でも知られている。
「それは勿論! それにしても、王城総理は実に堅実な政権を取っておられる! 我々のような社会人とは違い、先の先までヴィジョンは見えているのですな!」
「いいえ、私たちは古い時代の人間です。これからは次代の力強い意思が必要な時代になるわ。いつまでも権力にすがり付き、若い世代を軽視する事は日本の足を引っ張る行為にしかならないの」
「謙遜ですな! 烏間先生の手腕は聞き及んでいますよ! 王城総理の奮闘も色褪せぬモノ! あの拉致問題には『日本保全党』全体で解決した案件! 多くの国民が当時は議員だった王城総理を称えたと聞いています! 私はその頃は海外を放浪していましてな! その喜びを日本で直に味わえなかったのは実に惜しかった!」
「あの件は――おっと、黒船社長はお上手ですね。思わず口が滑る所でしたよ」
「むむむ。後一歩でしてかな? 中々に手強い!」
「ふふ。貴方と話していると力強さを貰えます。まるで、総理や火防君と話している様に」
「ふっはっは! お誉めにお預かり光栄です!」
何かと話しに聞いていた黒船正十郎の非凡性を初対面で感じ取った烏間はお節介が発動した。
「どうかしら、黒船社長。妻をあてがうつもりはありませんか?」
「む? それは一体どういう意図で?」
「引退を控えた老人のちょっとした老婆心です。黒船社長ほどの器量なら選り取り見取りだと思いますが」
「ふっはっは! 実に魅力的な申し出ですが! 将来を誓った者がおりましてね!」
「あら、余計なお世話でしたね。黒船社長が見初める相手は、さぞ特別な者なのでしょうね」
「高く評価してくれることは悪い気はしませんな! しかし、烏間幹事長は一つ勘違いなさっておいでだ」
「あら、何をかしら?」
と、そこへ轟がケンゴへの連絡を終えて戻ってくる。その彼女を見て黒船は烏間へ向き直る。
「私はそんじょそこらの男と何も変わりません。共に在る者達が進む先を迷わない様に、ただ真っ直ぐ歩を進ませていると言うだけの話。そして、その隣を共に歩む者と言ってくれた者が居たからこそ、今の私に迷いは無いのです」
多くの人と接してきた烏間は、これ程に迷いの無い人間を見たのは兄や火防以来だった。若くしてこれ程のカリスマはそうはお目にかかれない。後に何か大きな事を起こすのではないかと期待してしまう。
「そう。それはとても素敵な事ですね」
「それはどうも!」
烏間も轟を見て黒船の意図する相手が誰なのかを察した。
どれだけ優れた統率者でも、一人で歩むには限界がある。黒船はそれを誰よりも早くに理解し、そして、隣で歩むべき相手を見つけていた。
「お話の所、申し訳ありません。烏間先生、間も無く鳳が参ります」
「ありがとう、轟さん。所で、一つ提案があるのだけど聞いてくれますか?」
「? 何なりと」
烏間は少しだけ意地悪気味に話し出す。
「結婚に興味はないかしら? 老婆心ながら、轟さん程の美しさや器量なら多くの方を紹介出来ると思うわ」
「え? ええ!? わ、私は美しくなんてありません! 目の隈もとれないし……いや、とれませんし! 烏間先生の思っている様な人間では無いですよ!」
「あら、そうなの? でも、火防議員は少しでも隙があれば秘書に迎える用意をしているらしいわ。彼の側近は並みの者では勤まらないもの」
その言葉に慌てた轟は冷静になった。烏間は、あら? とその様子に驚く。
「烏間先生。ハッキリ言いますが、私は今の仕事が何よりも好きです。火防先生の下で働く事など絶対に考えられません」
「ふっはっは! 勘弁を烏間先生! 甘奈君は我が社に無くてはならぬ人材です! 例え、世界の半分をやろう、と言っても手放す気はありませんよ! お恥ずかしながら、私自身が彼女が居なくては成り立たぬモノでしてね!」
「あ……そ、そう言う事ですのでっ!」
黒船の言葉に再び顔を赤くする轟の様子に、これは割り込む余地はないわね、と烏間は判断した。
「お待たせしました」
そこへ、轟に呼ばれたケンゴがやってくる。
オレは朝から3課の自分のデスクに座って仕事をしていた。
基本的には他課へ赴くのが3課の仕事だが、ある程度の流れを片付けて、更にヘルプがなければこう言う日もある。
他にヘルプが入る可能性を考えつつも本日は、後に回し続けていた資料の整理を行っていた。
海外転勤で撮った写真なんかも、会社の共有フォルダへと移動させ、要る資料と要らない資料を分けて今後はすぐに見つかる様に分かりやすくまとめていく。
「獅子堂課長は来週からで……鬼灯先輩も朝から出先だし。いまいちエンジンがかからないなぁ」
リンカは今日から文化祭。この時期はレンコンか芋しか掘った記憶しかないオレからすれば、明日はかなり楽しみでもある。
しかし、浮かれるのは業務を終えてからだ。獅子堂課長も休暇中だし。本日は鬼灯先輩もいない。
1課では七海課長は戻って来ていて、フル稼働しているので、ヘルプがあるとすれば2課からだろう。
「鳳君、内線とってね」
「あ、はーい」
噂をすればだ。オレは子機に表示される番号とカタカナ名を見てどこからのヘルプか確認する。
「……ん? え?」
表示されている番号は“トドロキ”と名を出している。
轟先輩の社内携帯から直接来てるな。ヘルプ? うーん……心当たりが無い。とりあえず取ろう。
「はい、鳳です」
『鳳君? 今、時間は大丈夫かな?』
「全然良いですよ」
『そっか。なら食堂に来てくれる? 鳳君にお客さんなの。今社長が対応してるから』
オレに客? しかも……社長が対応する程の相手となると……阿見笠議員……か?
社員旅行で火防議員と共に遭遇したので、轟先輩繋がりでオレがこの会社の人間だとバレるのは至極当然だ。
『ウォータードロップ号』の件で来たのなら……きちんと話さねば。でも、その前に相手をきちんと確認。
「今すぐ行きます。ちなみにお客様はどなたですか?」
『えっと、驚かないでね? 烏間幹事長』
なんだ、ミコ婆かぁ。直接会うのは4年ほど前に事故で入院したとき以来かな。
わざわざ来たって事は……アヤ絡みだろう。
「ふっはっはっ! 驚きましたな! まさか、烏間先生が我が社の社員と身内であられましたとは!」
「この来訪は他言は無用にお願いしますね、黒船社長」
現政権のトップ『日本保全党』の幹事長を勤める烏間美琴は肩書き以上の権力を持つと政界内でも知られている。
「それは勿論! それにしても、王城総理は実に堅実な政権を取っておられる! 我々のような社会人とは違い、先の先までヴィジョンは見えているのですな!」
「いいえ、私たちは古い時代の人間です。これからは次代の力強い意思が必要な時代になるわ。いつまでも権力にすがり付き、若い世代を軽視する事は日本の足を引っ張る行為にしかならないの」
「謙遜ですな! 烏間先生の手腕は聞き及んでいますよ! 王城総理の奮闘も色褪せぬモノ! あの拉致問題には『日本保全党』全体で解決した案件! 多くの国民が当時は議員だった王城総理を称えたと聞いています! 私はその頃は海外を放浪していましてな! その喜びを日本で直に味わえなかったのは実に惜しかった!」
「あの件は――おっと、黒船社長はお上手ですね。思わず口が滑る所でしたよ」
「むむむ。後一歩でしてかな? 中々に手強い!」
「ふふ。貴方と話していると力強さを貰えます。まるで、総理や火防君と話している様に」
「ふっはっは! お誉めにお預かり光栄です!」
何かと話しに聞いていた黒船正十郎の非凡性を初対面で感じ取った烏間はお節介が発動した。
「どうかしら、黒船社長。妻をあてがうつもりはありませんか?」
「む? それは一体どういう意図で?」
「引退を控えた老人のちょっとした老婆心です。黒船社長ほどの器量なら選り取り見取りだと思いますが」
「ふっはっは! 実に魅力的な申し出ですが! 将来を誓った者がおりましてね!」
「あら、余計なお世話でしたね。黒船社長が見初める相手は、さぞ特別な者なのでしょうね」
「高く評価してくれることは悪い気はしませんな! しかし、烏間幹事長は一つ勘違いなさっておいでだ」
「あら、何をかしら?」
と、そこへ轟がケンゴへの連絡を終えて戻ってくる。その彼女を見て黒船は烏間へ向き直る。
「私はそんじょそこらの男と何も変わりません。共に在る者達が進む先を迷わない様に、ただ真っ直ぐ歩を進ませていると言うだけの話。そして、その隣を共に歩む者と言ってくれた者が居たからこそ、今の私に迷いは無いのです」
多くの人と接してきた烏間は、これ程に迷いの無い人間を見たのは兄や火防以来だった。若くしてこれ程のカリスマはそうはお目にかかれない。後に何か大きな事を起こすのではないかと期待してしまう。
「そう。それはとても素敵な事ですね」
「それはどうも!」
烏間も轟を見て黒船の意図する相手が誰なのかを察した。
どれだけ優れた統率者でも、一人で歩むには限界がある。黒船はそれを誰よりも早くに理解し、そして、隣で歩むべき相手を見つけていた。
「お話の所、申し訳ありません。烏間先生、間も無く鳳が参ります」
「ありがとう、轟さん。所で、一つ提案があるのだけど聞いてくれますか?」
「? 何なりと」
烏間は少しだけ意地悪気味に話し出す。
「結婚に興味はないかしら? 老婆心ながら、轟さん程の美しさや器量なら多くの方を紹介出来ると思うわ」
「え? ええ!? わ、私は美しくなんてありません! 目の隈もとれないし……いや、とれませんし! 烏間先生の思っている様な人間では無いですよ!」
「あら、そうなの? でも、火防議員は少しでも隙があれば秘書に迎える用意をしているらしいわ。彼の側近は並みの者では勤まらないもの」
その言葉に慌てた轟は冷静になった。烏間は、あら? とその様子に驚く。
「烏間先生。ハッキリ言いますが、私は今の仕事が何よりも好きです。火防先生の下で働く事など絶対に考えられません」
「ふっはっは! 勘弁を烏間先生! 甘奈君は我が社に無くてはならぬ人材です! 例え、世界の半分をやろう、と言っても手放す気はありませんよ! お恥ずかしながら、私自身が彼女が居なくては成り立たぬモノでしてね!」
「あ……そ、そう言う事ですのでっ!」
黒船の言葉に再び顔を赤くする轟の様子に、これは割り込む余地はないわね、と烏間は判断した。
「お待たせしました」
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