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第524話 ありがとう。ユニコ君

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 ジジィは縁側で珍しく三犬豪を撫でていた。いつもは何かしらの役割を終えた時以外に三匹を撫でる事はない。無意味に褒めるのは本人が機嫌の良い証でもある。
 顔は相変わらず、への字口だが。

「じっ様。隣いい?」
「座れ」

 オレは隣に座る。ジジィはこっちを見ず、言葉だけを発した。

「オレはアパートに帰るよ」
「それがお前の選択か?」
「まぁね」
「ここに居ればお前は何者にも脅える事はない。それでも外へ行くのか?」

 外での経験でジジィの言う事はオレも理解している。『神ノ木の里』を出るべきではなかったと思った事もあった。けど、今は――

「目を背けたくなる過去を人は大なり小なり持ってる。オレはずっと孤独になる必要があると思ったけどさ……ずっと側に居るって言ってくれる人もいるんだ」
「同情しただけかもしれん。人の心は時と共に移り変わるものだ」
「そうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない。それを確かめに行ってくるよ」
「お前の過去は思っている以上に重いモノだ。それでも――」
「逃げてばかりじゃいられない。じっ様の元だとさ、ずっとその庇護に甘えちゃいそうで」

 すると、母屋の前に車がやってくる。シズカに頼んでた里を出る足が到着した様だ。

「ルカは年末帰るまで置いといて。身体も掘り出してからあの海に返してあげるつもりだから」

 オレは立ち上がりながら親友の事を託す。
 しばらくの間、ルカ(頭骨)には外の空気を堪能してて貰おう。

「勝手にしろ。ワシは止めたからな」

 背を向けて玄関に向かうオレにジジィも振り返らずにそう言った。
 前にゲンじぃについて行って里を離れた時とは別――どことなく嬉しそうな気配を感じる。

「ありがとう。ユニコ君」
「………………おい、テメェ――」
「グッナイ!(良い夜を!)」

 オレは初代ユニコ君のきぐるみの中にあった、一番最初に書かれた“神島譲治”の名前をちゃんと覚えていたよ。絶対にからかってやろうと思ってたからね!

「待て! 貴様!」

 おほ。ジジィが立ち上がって追いかけてくる。口封じで殺られる前に、オレは玄関に置ていた荷物鞄を持つと高速で靴を履いて、母屋の外門を抜ける。

「ケンゴ、そんなに慌ててどうし――」

 オレはささっと後部座席に荷物を入れてそのまま乗り込み、扉をバタンッ!

「総司おじさん! GO! GO!」
「総司! ソイツを逃がすな!」

 サンダルを履いているブーギーマンが猟銃を持ち出してる。やっべ、普通に銃刀法違反だ!

「駅で良いかい?」
「いいよ!」

 総司おじさんは、ガコン、とレバーを操作し車を急発進。あばよ~、とっつぁーん。

「年末、また来るからさー」

 と、オレは窓から顔を出すと手を振ってジジィにそう叫ぶ。
 総司おじさんの運転する車はそのまま『神ノ木の里』を後にした。





「……チッ」

 ジョージは猟銃を下ろすと、ケンゴの乗る乗用車が見えなくなるまで母屋の前に佇んだ。

「ほっほっほ。どうした、じっ様や。そんなにドタバタ外に出て」
「……何でもない。最後に阿保言いよったマヌケに一発食らわせようとしただけだ」

 現れたトキにジョージは猟銃を手渡す。猟銃は即座に持ち出した為、弾は入っておらず怪我をした腕では狙いもつけられなかった。

「全く、普通に送り出したらええじゃろ」
「アイツ、将平と同じことを抜かしやがった」
「ほう。それじゃ、近い内に嫁を連れて帰って来るのぅ♪」

 息子の将平と同じ様な未来になるとトキは察し、ジョージは、ふん、と母屋へ踵を返す。

「腹が減った」
「きちんと二人分・・・を作ってあるで」

 トキはリンカが来た時に、ケンゴは彼女と共に帰る事を選択すると分かり、夫と自分の夕飯だけを用意していた。





「正直、話し足りないけどね」
「年末に帰ってくるから、その時に色々と話そうよ」

 オレは里へのアクセスに一番近い駅まで送ってもらった総司おじさんから、お土産の熊肉を手渡された。

「それは熊吉の部位だ。君は彼をきちんと食べる義務があるからね」

 ジジィが定める『神ノ木の里』の決め事か。仕留めた獲物は、仕留めた当人は必ず口にする義務があるとのこと。

「焼くくらいしか出来ないけど」
「料理を出来る人は身近に居るのだろう?」

 と、総司おじさんは駅の方へ視線を向ける。

「――まぁね。頼んでみるよ」
「いつでも里に帰ってきなさい。譲治さんが何か言っても私が説得するよ」
「ありがと」

 総司おじさんは、次世代でも里ではジジィに意見できる人物だ。まぁ、そうでなければ楓叔母さんの夫は成り立たないのだろう。
 走り去る車を見送って、オレは荷物を抱えて駅の中へ。

「遅かったね」

 そして、待合室で待つリンカとカレンさんへと歩み寄る。

「流石にバイクの方が早いですね」
「こっちは先に出たからね」

 そう言うとカレンさんはヘルメットを持って立ち上がった。

「そんじゃ私も帰るよ」
「カレンさん。今日は本当にありがとう」
「いいっていいって。あんたもケンゴも私たち、からすれば大切な子供だからさ」
「オレも子供ですか……」
「そ、等しくね」

 カレンさんは笑いながらヘルメットをかぶると駅前に止めてあるバイクに跨がる。

「ケンゴ。今回の件でわかったでしょ?」
「何がです?」
「あんたには切っても切れない関係があるってさ」

 カレンさんはバイクのエンジンをかけると、オレとリンカを見た。

「関係をさっさとハッキリさせなよ。私もセナもエイも、ずっと気にかける事だからね」

 そう言ってフェイスガードを下ろすと、またね、とカレンさんは一言残し、ブォォォォ……と去って行った。

「……」
「……」

 カレンさんの一言がオレのリンカの間に沈黙を作る。少し風も冷えて来たので取りあえず、

「リンカちゃん、次の電車が来るまで待合室に戻ろうか?」

 田舎のJRは本数が少ない。次を逃すとその次は夜中のが1本しか通らないのだ。

「その前に……これ」

 と、リンカは一枚のチケットのような紙を手渡してきた。

「これ無いと文化祭で学校に入れないからな」
「――うん。ありがと」

 オレはあのアパートに戻ることを強く自覚し、そのチケットを迷うこと無く受け取った。
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