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第518話 アヤヲヨコセ! オニイサン!

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「ふー」

 いくら整地されているとは言え、土を掘り起こすのは楽じゃない。
 それも、野生動物に掘り起こされない様にかなり深くまで埋めた事もあって掘り出す土の量は相当なモノとなる。

「ケンちゃんや、こっちに尻尾があったで」

 ばっ様は手持ちのスコップで、オレよりも掘り進めていた。謎の技術だ……

「綺麗になってる?」
「綺麗な骨になっとる」

 大きさ的に丁度オレが掘り進めてる所が頭――
 その時、土に差し入れたスコップに固いものが当たる感覚。オレはシャベルを引き抜くとばっ様からスコップを借りて土を丁寧に取り除く。

「おったか?」
「あったよ」

 そこにあったのは鳥のくちばしの様に長い口先がある頭骨だった。

「ただいま、ルカ」

 一番辛い時に共にいてくれた最も古い友達は海や同族よりも、オレを選んでくれたのだ。





「~♪~♪」
「……」
「~♪~♪」
「あの……お兄様?」
「ん?」

 オレはルカの頭骨だけを母屋に持ち帰り、丁寧に洗っている最中に、アヤに声をかけられた。その顔は何とも絶望的な表情をしている。

「ごめんなさい……アヤが……過去を掘り起こしたせいでお兄様を……そこまで追い込んで居たなんて……」
「いやいや、オレは正常だよ! ノーマル! ノーマル!」

 そりゃ、そうか。お昼ご飯を呼びに来た所に歌いながらイルカの頭骨を洗っていれば精神を病んでいると思われても仕方ない。

「じっ様から話を聞いてるなら知ってると思うけど、これがオレの大親友のルカ」

 イルカの寿命は約20年と言われている。ルカは出会った時は既に成体でかなりの年齢だったらしい。

「色々あってさ。遺体をウチで引き取ったんだ。そんで山の中に埋めて、骨になったら全部掘り出して元の海に返してあげようかと」
「そうだったのですか……」
「ルカはさ。オレが歌うと必ずやって来たんだ。仲間の声と間違えたのか、それともオレの声が好きだったのかはわからないけどね」

 ゴシゴシとルカの頭骨を丁寧に洗う。ずっと一緒に居ようね。とか言って猟奇的に部屋に飾る気は無い。

「きっと、お兄様の声が好きだったんだと思います」

 ルカは自由な海じゃなくて、オレのために狭い水槽に来てくれた。だから、最後は生まれた場所に返してあげると決めていた。
 ある程度は綺麗になったので、水を止めて縁側に置いて自然乾燥させる。
 ふむ……カルシウムだけになっちまいやがって。まぁ、しばらくは外の空気を堪能してくれや、親友。





「本日中に日本を発とうと思います」

 昼食を食べながらアヤは、ジジィ、ばっ様、オレにそう言った。

「そうか」

 ジジィは短くそう言う。あんまり別れとか惜しまないドライアイスの心を持つジジィ。生きてりゃいつでも会えるとか言う考えなんだろう。

「アヤよ、今回の一件でお前さんはあらゆる物事を越えた。つまり、大きく成長したと言えよう」
「はい」

 珍しくばっ様が真面目な話をし始めたぞ。こう言う時は総じて嫌な予感がする。

「じゃが……お前さんは少々、真面目すぎる。良いか、男ってヤツはある程度、束縛すれば自然と自分に流れてくる様に出来とるんじゃ。愚かなオスどもは、常に女の手の平の上。常に主導権はワシらにある」

 男が居る席で堂々とそんな事を……

「わかりました。主導権は私たちにある……と」
「うむ。ワシらは少々病んでるくらいがバランスがええ」

 うむ、じゃねぇよ。純粋なアヤに変な事を吹き込みやがって。

「アヤ、鵜呑みにするな。このバァさんはお前を闇の世界に引きずり込もうとしてるんだ! 純粋なままの君でいて!」
「ふふ。大丈夫ですよ、お兄様」

 ふー、アヤも冗談として受け取ったようだ。まったく、すぐ仲間を増やそうとしやがってよ、このバァさんは。我々は、ばっ様一人を囲うので背一杯なんだから。

「ほれ、ケンちゃんの番じゃ」
「え? なんの?」
「アヤに何か言いや。これからの人生に置いてプラスになるような何かを」

 滅茶苦茶ハードルを上げて来やがって……
 アヤは年下であるが、人生観はオレよりも広いし深い世界を経験している。一般的な社会しか経験の無いオレに言える事はない。ここは――

「アヤ、オレから言いたい事は一つだ」
「はい」
「昨日のお前との戦いはそれなりの人に中継された。だが、オレは雑魚だと言うことをきちんと皆に伝えておいてくれ」

 そうじゃないと、アヤヲヨコセ! オニィサン! とか言って外国人が襲撃に来るかもしれん。
 余計な負の連鎖はお腹一杯なのです。

「私としましては、お兄様は十分御強いと思っているのですが……」
「そうじゃよ、アヤ。ケンちゃんはなぁ、じっ様から『古式』の奥義を教わっとるんじゃ」
「! お兄様! やはりそうだったのですね!」
「え! ちょっと! ばっ様! アレは違うでしょ! ただの嫌がらせでしょ!」
「昼食を終えたらお相手を。お兄様の真の実力を見せて貰います!」

 その後、『ジジィの嫌がらせ正拳』をアヤに見舞ったが普通に投げられた。





 少しイレギュラーがあっても『神ノ木里』ではコレが一般的だ。
 平坦で、平和で、のほほんとした日常が過ぎていく。
 夕刻になれば『里』へは外へ避難していた村民が公民館へ集まり、討伐した熊肉BBQを食べつつ事の顛末を聞いていた。
 アヤも顔見せに公民館へ。そのまま、蓮斗達と帰ると別れの言葉を残して母屋を去る。

「経過は良いわ」
「ヨミ、今まで通りに動かしたい」
「それは手術が必要よ」
「手配してくれ」

 老化の影響もあり、ジジィの腕は今まで通りに動かすには手術が必要になった。
 そうやっていずれは先に逝く身内が側に居るのが見えると、やっぱり、と考えてしまう。

「……だよな。やっぱり側に居た方が良いよな」

 オレは隣で骨だけになったルカを見て言う。
 そんな哀愁を纏うオレをよそに三匹はルカの骨をじっと見ていたので、かじられる前にオレの方で構ってやる事にした。

「よしよし、それはオレの親友だぞー」

 見届けるモノを見届けたら里に帰ろう。
 過去の追求と今回の一件でその様な決意が改めて宿る。すると、

“じっ様ー。ばっ様ー? 居るかー?”

 シズカの声が聞こえた。
 ばっ様が対応し、大和が様子を見に中庭から玄関へ。何やら来客の様子。母屋に上がり、中を歩く気配にオレは尋ねる。


「ばっ様。シズカが誰かお客さんを連れて来たんか?」

 返事がない。しかし、人の気配は背後にあるのでオレは振り向くと、

「……え? リンカちゃん? なんでこんな所にいるの?」

 本来は絶対にいるハズの無い彼女が立っていた。
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