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第512話 うーん。詰んだ!

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 その場にはジョージとトキしか立ち会って居ないが、向けられるノートPCのカメラを通して、他へも映像は届いている。そして、

「まったく、急に連絡が来たと思うたら」

 楓はトキからの連絡を受けて、『白鷺』と『烏間』へも映像を中継していた。本来なら既に停止したネットワークを再起動するのは手間でしか無い。
 しかし、アヤがケンゴへ踏み込んだ、と言う母の言葉に見せるべき相手にはこの勝負を流すべきだと悟ったのである。

 誰にも言えない闇を抱えているケンゴを楓も何とかしたいと努力した。しかし、甥は頑なにソレを話そうとしなかったのである。
 下手に追求を強めれば、一人で姿を消しかねない。そんな懸念から里ではジョージ以外はその事に触れる事はしなかった。
 誰も、ケンゴが居なくなる事など望んでは居なかったから――

「アヤ……ケンゴを頼むぞ」

 LIVE画面の向こう側でケンゴと向かい合うアヤへ、自分達には出来なかった事を託す。

『始めろ』

 そして、聞こえてくるジョージの淡白な言葉で、ケンゴとアヤの仕合は開始した。





 映像を見ている者達は短く聞こえたジョージの声に、仕合の行方を決して逃すまいと集中する。

「…………」

 間には1本の木刀。恐らく、ソレの意味は両者ともに違っているハズだ。

「――――」

 5秒程の沈黙があり、先に動いたのはアヤだった。
 彼女はスッと何気ない様子で歩み出すと木刀へ近づき、その柄へ手を伸ばす。
 その全ての動作がとても滑らかで見ている者全員が、アヤが木刀を持つことは当然である、と錯覚する程に当たり前の所作として反応出来なかった。
 アヤが木刀の柄を握る。その瞬間、ドンッ、とケンゴは柄尻を鉄槌打ちをするように地面から引き抜くのを阻止する。

「…………」

 一体、ケンゴはいつの間にここまで近づいて居たのか。見ている者は彼の力量がただならぬと察した。

「ほほう。上手くやったのぅ、ケンちゃん」
「間抜けが。そこからどうするつもりだ?」

 ケンゴの動きをトキは感心し、ジョージは次の動きを何も考えていないケンゴに呆れた。





 仕合が始まってすぐ、オレは動かなかった。いや、正確には“動けなかった”と言う表現が正しいだろう。
 だってさぁ、アヤに全く隙が無いんだもん。下手に手を出せば何をしても投げられる未来しか連想出来ず、始まった瞬間に詰んだと思ったね。
 しかし、オレも社会人よ。死ぬほど追い詰められる状況なんて何度も経験している。顔に出すレベルはとうに越えているのさ! 今は様子見だ。キリッ。みたいな表現で現状を維持するしかねぇ!
 もし、オレがただビビって手を出さないだけだとアヤに悟られれば一瞬で勝負がつくであろう。このブラフは一世一代の大勝負だぜ!

「…………」

 おおっとぉ! アヤが歩き出したぞ。『白鷺剣術』は『古式』がベースになっているハズ。ならば初動をきちんと観察すれば後手でも反応出来るハズだ!
 しかし、アヤの歩みはオレではなく、目の前の木刀を前に止まった。あ、ソレは絶対にヤバい!!

 アヤが木刀を持てば僅かな勝利への未来が完全に遮断される事を強く察知。彼女の意識が木刀へ強く向いた瞬間に動くと、慌てて駆け寄り抜きかけた柄尻を押さえ込む様に鉄槌打ちで阻止する。

 武器の入手は阻止したが、アヤとの距離は1メートルもない。ここからどうしよう……
 ここからどんな動きをしても敗北の未来しかシミュレート出来ない。うーん。詰んだ!





 流石です、お兄様。
 アヤは未熟者です。最初にお兄様と向かい合った時にその実力はアヤに遠く及ばないモノだと考えてしまいました。
 油断無く、正面に立たれていても隙だらけに見える様はやはり演技だったのですね。

 僅かに木刀へ意識が向いた刹那を見切っての接近。まさに針の穴を通す様な神業。緊張感のある雰囲気の最中に、ここまで意図せず接近されたのは御父様との組手以来です。

 今も尚、隙だらけに見えますが……アヤには解ります。
 お兄様は『神島』の直系。譲治お爺様を通じてその身に御父様が教わっていない『古式』の深い術理を会得している可能性が高い。
 ならば……この接近も、全て勝ちへ繋がる為に綿密に組まれた初動である可能性は十分にあります。
 しかも、依然隙だらけな気配を纏い、あらゆる選択肢をこちらに与え、本筋を読ませない心理戦にも長けていらっしゃる。

 こちらの唯一の利点は……『白鷺剣術』の全てを知られていない事にあります。しかし、ベースとなった『古式』を全て理解しているお兄様であれば初動から押さえ込む択を取ることは容易でしょう。

 やられました。たった一挙動でここまで追い込まれたのは御父様とファン様以来です。御二人と同等……それ以上であると心してかからねばなりません。
 しかし、この仕合の最中に必ず追い付いてみせます。この戦いはお兄様をお救いする為のもの……絶対に負けられません!





「なーんて、ケンちゃんとアヤは考えとるじゃろな」
「……一周回って変に噛み合ったか」

 トキとジョージは変に硬直する場を見て、率直な感想を述べた。
 そして、次の一手をどちらかが繰り出すかで天秤は大きく傾くだろう。






「今のは……お嬢様が距離を詰められた?」
「しかも動きを止めた。いや……止めさせられた……のか?」
「あり得るのか? 師範とファン殿以外に、一挙動でお嬢様を止めるなど……」
「今も隙だらけに見えるが……凄まじい駆け引きがあるに違いない!」

 『白鷺』の道場で映像を見る門下生達はケンゴの動きに驚嘆していた。

 圭介は単にケンゴは慌てて木刀を抑えに行っただけなのだと見抜いていた。
 しかし、アヤからすれば、それはあまりに隙だらけだった故に反応が出来なかったのである。

「……アヤ、考えすぎだ」

 もう少し、娘には柔軟さを学ばせるべきだと圭介は悟り、今後の課題とすることにした。
 そして、今度はケンゴが動いた。
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