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第477話 キュイィイィン!

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「ん? あれ?」

 オレは目を覚ますと、そこは診察椅子に乗せられて手足を固定されていた。あの歯科医院にある椅子をイメージしてくれたら良い。
 おかしい……オレは里に帰って、そのまま暗黒ババァの手によって管理室にアヤさんと閉じ込められていたハズ……

「目を覚ましたか?」

 バンッと、オレにスポットライトが当てられて全身が光の下に。何故か手術服を着たリンカが覗き込んでくる。

「あ、あれ? これは何? リンカちゃん?」
「口、開けろ」
「え? なんか……やだ……」
「じゃあ、そのまま始めるか」

 すると、リンカはチャッ、とドリルを取り出すと、キュイィイィン! と動作を確認する。

「虫歯の治療を始めるぞ」
「え……? いや、それ! 虫歯に使うドリルじゃなくて! ネジとか高速で回すヤツぅ!」

 手足を動かすが、脳からの命令が行っていないかのようにピクリとも動かねぇ!

「大丈夫。後ろめたい事が無ければ何も痛くない」
「何それぇ!? ちょっ……まっ……あぁぁぁぁ――」

 キュイィイィ……キュイキュイキュイィイィンンン――――





 キュイィイィ――

「ん……んあぁ……?」

 オレは夢から続く、キュイィイィと響いている音によって意識を覚醒した。
 換気窓から射し込む光は朝になった事をオレに教えてくれている。アヤさんは身を寄せて眠っており、まだ目を覚ましていない。

 キュイィイィン!

「なんだ? なんの音だ……?」

 オレが身体を動かした事と、キュイィイィの高音にアヤさんも目を覚ます。

「……ケンゴ様。おはようございます」
「おはよう」

 寝起き、ふわふわした眼差しのアヤさんも可愛いなぁ。しかし、そんな和やかな雰囲気をぶち壊す、キュイィイィ! は扉の方から聞こえてくる。

「何の音でしょう?」
「……わかんない」

 寝起きの頭では解答にたどり着かない。すると、ゴトっとドアノブが落ちた。

「――――何ぃ!?」

 この部屋を脱出する為に必要な要素が……と、取れちまった!? これで本当に脱出不可能に――
 オレは慌てて駆け寄ると取れたドアノブの穴から、こちらを覗く眼が!

「……ケンちゃんや」

 全ての元凶たる、ババァッ! 何を語りやがります!?

「曾孫は出来そうか?」
「……さっさと出さないと扉をぶち破るぞ?」
「……まだサクランボか」
「うるせ!」

 遠回しに貶すな! イラッとするんじゃい! こっちは……本当に大変だったんだよぉ!

 午前7時12分。ドリルでドアノブを外したババァにより『○✕△しないと出れない部屋』から脱出。
 ちなみに○✕△ってなんの事かって? S○Xだよ、SE○。





 早朝にやる事は各々で違う。
 アヤさんはそのまま、ばっ様と朝食の用意を始め、オレは三犬豪と共に朝食前の偵察兼散歩へ。

「よう、鳳。早ぇな」
「おはようございます、七海課長」

 社員旅行でも見た運動ウェアに身を包む七海課長が公民館から出てくる。

「犬の散歩か?」
「はい。リードは無しですけど、偵察も兼ねて」
「どこを回るんだ?」
「銃蔵との往復ですね。昨晩のコエちゃん救出の件を詳しく話しに行こうかと」
「俺も一緒に良いか?」
「いいですよ」

 朝から身体を動かすのは七海課長のルーティーンの様だ。別に断る理由も無いので一緒に早朝のウォーキングがスタート。コースは銃蔵との往復程度である。

 わっふ! へっへっ! わうっ! と三匹は楽しそうに走っては戻ってくるを繰り返す。

「なんだなんだ? この犬っころ共、昨日のヤツらと同じヤツか?」
「あー、三匹は祖父の前ですと狩猟犬なんですよ。そっちの時は仕事モードです」
「命令があれば人間も仕留める眼をしてたぞ?」
「祖父が魔改造しまして……仔犬の頃から叩き上げてるんです。オレの方で少しは、紐を緩める様に躾なおしましたけどね」

 ジジィの猟犬プログラムは軍隊の訓練並にスパルタだ。餌は熊や猪の肉しか与えず、その手の獲物に噛みつく事を躊躇させない様に育てたのである。
 今考えれば動物虐待に見られてもおかしくないのだが、三匹の先輩犬であるマサムネ、ホタルの夫婦指導もあって、立派に狩猟本能を呼び起こしたのである。
 ちなみに二匹は老衰。遺影も母屋に飾ってある。シズカはめっちゃ泣いていた。

 三匹は子供は産めない様に去勢済み。なんでも、次の世代に血縁があると親犬からの父性母性から非情になれないと言う判断らしい。

「この辺りの環境ですと、それくらいにならないとすぐに熊とか猪に殺られるんです。害獣はなるべく祖父が間引いているんですけど」
「そう言えば、お前は昨晩は大暴れだったらしいな」

 七海課長はアヤさんからコエちゃん救出の事を事細かに聞いていた。

「そうですね……凄く疲れましたよ。でも、コエちゃんが無事で良かったです」
「悪かったな。本来なら俺が迎えに行ってやらなきゃならなかった」

 そうは言うが、七海課長も熊吉とバカデカイ仲間達に怯むことなく突破した様は常人を越えていると言っても良いだろう。

「そんな事はありませんよ。七海課長が居なかったらユウヒちゃんもコエちゃんも殺されてたかもしれませんし、祖父の間に合わなかったかもしれません」
「たられば、は嫌いなんだけどな。俺は今の自分に後悔はしてねぇが、時折思うんだよ」

 七海課長は少し歩を早めてオレを追い抜くと背を見せる。

「男に生まれてたら、何とか出来たんじゃないかってな」

 その言葉と雰囲気は、過去に大きな後悔をしたような様を感じ取れる。オレはすかさずフォローに入った。

「それこそ、たられば、ですよ。七海課長の事は皆が頼りにしてます。今回は状況が特殊でしたし、仕方ないと思いますよ」
「やれやれ。部下に励まされる日が来るとはよ」
「あ……生意気言ってすみません」

 七海課長はいつもの雰囲気で振り返ると歯を見せて笑う。

「ハハ。今は無礼講でいいぜ。それより鳳、一つ教えてくれや」
「何でしょう?」

 と、七海課長は不良の様にオレの肩に肘を置いて聞いてくる。

「昨日、アヤは女部屋に来なかった。お前も男部屋には居なかったってジジィから聞いたぜ? 二人でどこに居たんだぁ?」

 うーむ。実に楽しそうな笑顔だ。これは……絶対にわかって聞いて来てるよなぁ。
 返答は慎重に行かなくては、今後の社会的地位に影響する。

「管理室に閉じ込められてました……」
「二人でか?」
「……そうです」
「ふーん」

 ふーん、と七海課長はオレの言葉に少し考え、そして――

「お前に任せとけば間違いは起こらなそうだな。アヤもまだ処女みたいだし」

 持ち前の姉御肌は、アヤさんにも向いているらしい。それよりも――

「……そう言うのって解るんですか?」
「初めてヤると異物感が次の日まで残るから微妙に動きづらさを感じるんだよ。個人差もあるかもしれんが、アヤは姿勢が良いだろ? もし、ヤったならソレは謙虚に現れる」
「わぉ……」
「お前、俺が処女だと思ってんのか? 嘗めんなよ。少なくとも一回は経験あるぜ」

 七海課長をベッドインさせる猛者がこの世界のどこかに居ると言うことか? その人と付き合ってる感じでも無さそうだし……一体何者……? 滅茶苦茶気になるんですけど!

「あ、ケイさーん! ゴ兄ー!」

 と、見えてきた銃蔵で手伝いをするシズカがこちらに手を振っていた。
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