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第411話 一種の兵器と言うことか

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「リンカちゃん、更衣室に入ったっきりで出て来ないなぁ。どうしたんだろう?」
「イッヒッヒ。鮫島嬢の事かい? あの子もバニーガールで出てくるよ」
「え? なんでです??」

 脚立とカメラの位置を調整しつつ、リンカを心配していると、お婆さんがカウンターでノートPCを起動しつつ答えてくれる。
 オレはリンカが更衣室に消えた理由は、カレンさんに何か伝える為だと思っていたが、そうではなかったらしい。

「文化祭の出し物で衣装が必要らしいくてねぇ。イッヒッヒ。無料で提供する変わりに新鮮な10代の肌を撮らせてもらうのさ」

 魔女の秘薬の材料にされた様な言い回しだけど、写真を撮るだけです。
 こりゃ、とんでもない事になっちまったぜ。
 ナイスバディ美女のショウコさんに、童顔美人のカレンさん、そして発育途中のリンカの天文学的な確率で行われるバニースーツ姿を拝めるなんてな。これも魔女の魔術かっ!

「イッヒッヒ。意図しない形だけど、ニイさんにも得があるだろう?」
「最高ですよ」

 お婆さんとはとても気が合いそうだぜぇ。
 オレの回りにはご老体が多いのだが、その全てが中々の重鎮な顔ぶれでそれなりに気を使う。
 しかし、このお婆さんはそんな事はなく、逆にこっちを欲望の沼に引きずり込んで来やがる。貴女とはもっと早く出会いたかった!

「ちなみに、撮った写真はカタログに?」
「イッヒッヒ。流雲嬢と若いお嬢ちゃんのは使わせてもらうねぇ。鮫島嬢は成人してからラインナップに並ぶよ」

 その辺りは考慮してくれるのか。さっきのオレの訴えも伝わっていたらしい。

「コスプレ衣装は、前からやってたんですか?」
「イッヒッヒ。需要が出てきた頃にネット通販だけを始めてねぇ」
「その時からカタログを?」
「イッヒッヒ。始めた当時は知り合いの女の子に被写体を頼んだんだ。15年近く使わせてもらったけど、背景さえ加工できれば今でも十分に使えるねぇ。イッヒッヒ。今は鮫島嬢に差し替えてあるけどねぇ」

 カタログの前任者か。中々に興味をそそられるな。

「イッヒッヒ。見てみるかい?」
「いいんですか?」
「構図の参考になるからねぇ。予習は大事さ。それに、興味あるって眼をしてるよ。イッヒッヒ」

 アメが凄ぉいよ、このお婆さん。オレはどんどん欲望の沼に沈んでいる気がするが……最近は我慢とボコられる連続だったし、そろそろ精神的栄養を補給してもいい気がするんだ。うんうん。

「是非、拝見させてください。予習の為に」
「イッヒッヒ。素直な子は好きさぁ」

 すると、お婆さんはさわっているノートPCとは別のノートPCをカウンターの下から出す。随分と古いタイプだ。

 オレはス○リートファイターの豪○の様に片足を上げて残像を残しながら、スゥゥゥと移動するとお婆さんの横からノートPCを覗く。

「イッヒッヒ。そんなに気になるかい?」
「そりゃあ! もう!」
「元気が良いねぇ。イッヒッヒ」

 カチカチと古いファイルを開くお婆さん。
 今思ったけど、お婆さんのワリに現代のPC技術にだいぶ明るいなぁ。店も一人で切盛りしている様だし、『谷高スタジオ』とも普通に契約もしてるし。敏腕である事は確かだ。

「これが前任者だよ。今から12、3年前だねぇ」
「どれどれ――」

 と、オレはその写真を見た刹那、己の生まれた時代を後悔した。

 そこに写っているのはバニーや浴衣などを含める様々な姿の超絶な美少女。コスプレ衣装を完璧に着こなし、カメラ目線の笑顔も含めて逆に背景が負ける程の美を放っている。

 見た目は16から18! 顔つきは勿論、バスト! お尻ヒップ! ウエスト! のラインが完璧だ! 全体が彼女の美を体現する完全なる黄金比として! 大き過ぎず! 小さ過ぎず! 細過ぎず! の体型を完璧に再現しているッッッ!!

 こんな……こんな美少女がこの世に存在したのか!? くっ……くそぅ! 彼女が先輩け後輩か上振れて同級生の世代に生まれて話しかけたかった!! 彼女と同世代に生まれて、更に近くで青春を過ごした奴らは本当にラッキーだぜ!

「イッヒッヒ。一番、万人に刺さる歳に撮影したからねぇ。ちなみに加工は一切無しだよ」

 逆に加工する方がおこがましい! 街中を歩いてれば間違いなく、アイドルスカウトとかナンパとか殺到するだろこれ。きっと、相当なボディガードが着いていたに違いない。

「お言葉ですが、御老公。写真の差し替えは必要無いのでは?」

 コレを差し替える意味がわからない。

「イッヒッヒ。残念ながらデータがだいぶ古くてねぇ。当時は今よりも技術が進んでなくて、データの保全が完全じゃなかったのさ。このPCからデータの移動が出来ないくらい、劣化しちまってるのさ」

 つまり、この画像を見れるのは世界でこの一台だけと言うことか!

「印刷しましょう!」
「イッヒッヒ。写真を見ればわかる通り、個人での保有は相当に危険な代物さ。カタログに混ぜてようやく魅了濃度チャームレベルを抑えられてるんだよ、イッヒッヒ」

 一種の兵器と言う事か。確かに古いPCの荒い画像でさえ、オレも半分正気を失った。
 これが、一枚の写真で、手元にやってきた日には……血眼になって彼女を捜す日々になるだろう。

「行き過ぎた美と言うモノは恐ろしいですね」
「イッヒッヒ。当時も大変だったねぇ。ここでバイトをしてなかったら、世間の目に呑み込まれていただろうさ」
「そりゃ、写真でコレですから、生はもっとヤバいでしょう」

 今、この美少女は何をしているのか。非常に気になる所ではあるが、芸能活動はしてないだろう。もし、その業界に居たら間違いなく歴史に名を刻んでいただろうし。
 ……ん? なんだか……この子、どこかで見たことあるような……

「お婆さん。ちなみにこの子は今、何をしてるんです?」
「イッヒッヒ。弁護士やってるらしいよ。自分に降りかかるモノは自分で晴らすとか言ってねぇ」
「へー」

 セルフ撒き餌か。意図しない被害を相当に被りそうだなぁ。
 その時、奥の扉が開く音がした。
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