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第369話 深夜の星は綺麗ですよ~

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 黒船正十郎は社長室のデスクに座って腕を組み、二つ・・の有給申請をじっと見ていた。

「甘奈君」
「はい。なんでしょう?」

 秘書の轟甘奈は、少し離れた所に簡易のデスクを用意し明後日からの予定を詳細にまとめている。

 西洋の三指に入る大企業『プラント』。
 その社長である女郎花への説明会や、その後にある会食と言う名の審議。外には出せない話をするための場所などの予約は既に終えていた。

「獅子堂君が一週間休むようだよ」
「聞いています。獅子堂課長が不在の間は鬼灯さんと徳道さんが陣頭に立つので3課の業務に支障はありません」
「ふむ。その点は私も心配はしていない。しかし、今回の事情が事情だ。私は己の未熟を痛い程痛感している」

 黒船は椅子から立ち上がると後ろ腰で手を組み、背後の窓の前に立つ。

「私はね、甘奈君。獅子堂君が心配なのだよ。名倉君の件もあるし、これ以上、外的要因で貴重な人材が失われる可能性は避けたいのだ!」
「ダメです」
「……まだ何も言ってないのに……」

 にっこり否定する甘奈は、私も行く! と黒船が言い出す前に釘を刺す。

「女郎花社長との席には社長が必要です。そして何よりも――」

 甘奈も獅子堂から、本当の事情を聞いている。比較的に安全に事を進めるつもりだが、それでも危険である事にかわりはないのだと。

「私は……貴方に進んで危険な事はして欲しくありません」
「……参ったね! 君にそう言われたら側に居なくてはならないな!」
「はい。では、明後日までにデスクの上にある山の様な仕事を片付けましょう」

 現実逃避していた黒船はチラッとデスクを見る。最近の出張と明後日の説明会で業務の予定が押して、溜まりに溜まっている。

「……多分、明後日までには終わらないよ」
「1日は24時間もあるんですよ。大丈夫です。私も手伝います。寝袋は会社に常備していますし、近くに24時間営業の銭湯もあるです。その帰りに見上げる深夜の星は綺麗ですよ~」

 これは逃げられないな。黒船は覚悟を決めて、二つの有給届け――獅子堂玄と七海恵のものから受理印を押した。





 太陽が地平線の彼方へ消え、街灯の灯りが頼りなり始めた時間帯。
 夏の暑さもすっかりおさまり、少し着込まなければ肌寒さを感じる夜に、リンカは自然と眼を覚ました。
 隣の部屋を隔てる襖が僅かに開き、光とテレビの音が漏れてる。
 こちらの部屋は電気が消えていた。

「気分は?」

 リンカの起き上がる気配を気づいたカレンは襖から様子を見に入ってくる。

「昼間よりはだいぶいいよ」

 カレンはリンカの額に手を当てて簡易的に温度を測った。まだ自分の体温よりも熱い。

「まだ、だいぶ熱いね。冷えピタ変えるから、これ飲んどきなさい」

 栄養ドリンクを渡されて、カチ、と封を開けて飲む。気分が悪くて気がつかなかったが、汗を掻いた分、美味しく感じる。

「食欲は?」

 カレンが聞くと、栄養ドリンクに刺激された胃袋が、ぐ~と音を鳴らす。リンカは熱のある顔を更に赤くした。

「鮭粥を作ったからよそってくるね」

 冷えピタのひんやりを堪能しつつ、周囲を見る。

「……まぁ、居ないか」

 流石に仕事に戻ったのだろう。いつまでも自分に構える程、彼も暇ではない。

「自分で食べれる?」
「うん。大丈夫そう」

 全身はダルいが、手と口を動かすくらいは問題無さそうだ。
 一口食べると、普通に美味しかった。

「凄く美味しい」
「ありがと。メニューの候補にでも加えとくか」
「カレンさんは今はファミレスの店長なんだよね?」

 ヒカリからその辺りの情報は入ってくる。

「成り行きでね。今度ある店長会議で提案する料理を色々と考えててさ」
「へー」

 ファミレスでの仕事が永いこともあり、カレンはフロアから厨房まで、一通りの仕事をこなせる。

「シンプル且つ、万人受けする見た目と味が最低条件なの。ほら、味の違うハンバーグとかあるでしょ? アレは特に良いのが無かった時の最後の策ね」

 意外なファミレスの裏側を聞きながらリンカはお粥を食べ終わる。

「風邪薬を飲んどいて。後、だいぶ汗も掻いたみたいだから服も着替えなよ」

 水と薬が置かれ、空になった食器はカレンが台所に持っていった。
 昼間よりは楽になったが、身体のダルさは解消されない。さっさと文明の利器に治して貰おう。薬を飲む。

「……」

 本当にカレンさんが居てくれて良かった。一人だったらここまで安心出来なかっただろう。パジャマと下着を着替えると、フラりと意識が揺らいだので足を取られる前に座る。
 すると、カレンさんは切ったリンゴを乗せた皿を手渡してくれた。

「何でも良いから消化に良いものを食べないとね」

 リンカは、とにかくお腹が空いていた。もふもふとリンゴを咀嚼する。

「それで、ケンゴとはセッ○スした?」
「ぶふふっっ!!」

 いきなり天井が落ちてきた様な不意打ちにリンカは思わずむせた。

「慌てずにゆっくり食べなよ」
「か、カレンさんが変なこと言うから!」
「そうかな? だってアンタくらいの年頃ならそう言う事は興味あるでしょ?」
「だとしても! い、いきなりそう言うのは飛躍し過ぎかと……」
「まぁ、ケンゴはアンタの事は妹みたいに思ってるし、手は出さないか」

 どっちかと言うと……あたしの方が手を出した感じかなぁ……

「でも、胸はよく見られるでしょ?」
「……他の人の胸も良く見てるよ」
「あはは。男ってのはしょうがないからね」

 それ以上に、彼の回りには胸の大きな女性が多い。それでいて、全員が魅力的で……あたしよりも大人なのだ。

「……早く大人になりたいな」
「別にアンタがケンゴに合わせる必要は無いよ」

 リンカはカレンを見る。

「変に相手に合わせようとすると、どうしても無理が出てくるからね。最初は綺麗に歯車は噛み合ってても少しずつズレてくる。結果として噛み合わなくなっちゃう」
「……カレンさんもそうだった? その……夫さんと」

 リンカは少し気を使った言い回しで尋ねた。

「私のは参考にならないよ。女手一人、苦労してるのがその証拠」
「あ……」

 その言葉にリンカはカレンの事情をある程度察した。軽率な質問だったと反省する。

「でも、ケンゴは間違いなく良いヤツだ」
「……うん。知ってる」
「それとね、良いヤツはモテるんだ」
「………………」
「あはは。色々考えて、悩んで、進んで、ソレに手を伸ばす前に一歩止まって考えてみなよ」

 カレンはリンゴの切り身を一つ取ると自分の口に運ぶ。

「アンタにとって、本当にケンゴが一番なのか」
「……カレンさん。あたしは、彼の事が好き」

 それだけは絶対に変わらない気持ちであるとリンカは感じていた。

「そう。まぁアンタならデカイぶきも持ってるし、最終手段はソレを押し付けてやんなよ」
「……でも、それだと胸しか価値が無いみたいで嫌だなぁ」

 と、空腹が満たされたのか欠伸が出る。身体は再度休めと言っているらしい。

「もうひと眠りしなよ。次に起きた時はセナが居るからね」
「うん……」

 そう言って安心させる様にカレンはリンカの頬を撫でる。安心感に包まれたリンカは心地よい感覚と共に眼を閉じて眠った。

「やれやれ。こんなに良い子が近くに居るってのにねぇ」

 カレンはアヤとのLIKEのやり取りで、彼女の事情を把握していた。





 半分の月が昇る夜空。
 『神ノ木の里』の山中にある母屋の縁側で一人の老人が銃の整備をしていた。
 人が揃う明日から始まる作戦にて使用する銃の最終チェックである。そこへ――

「失礼します」
「来たか」

 アヤは老人と対面する。
 丁寧な物腰で老人の横に正座すると、深く御辞儀をした。

「白鷺綾と申します。此度は父――白鷺圭介の代理として『神島』の家元である、神島譲治様へご挨拶に参りました」

 老人――神島譲治かみしまじょうじは銃を組み立て、一度コッキング動作を確認する。

「『国選処刑人』としての責務。見事完遂なされた偉業は国は違えど聞き及んでおります」
「そうか」
「此度の来訪に応えて頂き、心より感謝の意を――」
「アヤ」

 ジョージはアヤの言葉を遮る様に声を挟む。

「他人行儀はいい。ワシらは家族だ。圭介も含めてな」

 その言葉にアヤは眼を見開く。『白鷺』はジョージにとって裏切り者。ずっと父はそう思っていた。

「だが、圭介にはきちんと謝りに来させろ」
「伝えます」
「良く来た。ゆっくりして行け」
「はい」
「それと――」

 ジョウジは銃を膝の上に置き、問う。

「ワシは『白鷺』を許すが……その上であのマヌケと本当に夫婦になるつもりか?」
「縁を再び結びたいのです」
「そうか。なら、後はお前達で決めろ。ワシは何も言わん」
「はい」

 父は、最後は自由に決めなさい、と言っていたがアヤの心は既に決まっていた。
 彼……鳳健吾様がどの様な方でも契りを結び、再び父とこの地を深く結びつけたい。
 そして、必要であれば『神島』の跡を継ぐ事も――
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