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第340話 君のマッスルが哭いている

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 灰崎の得意とする『外歩』は一対一では機能しにくい。
 本来なら意識が散っている時に差し込む技量であり、相手を一撃で仕留めなければ二の矢は望めない。

「……」

 対して、大見は標準以上の体格を持つマッスラーである。筋骨隆々の身体はナイフ程度では致命傷にはならないだろう。

 ……だが、いくら図体がでかくとも、死ぬ条件はどの人間も変わらない。

 心臓か首。そのどちらかにナイフを突き立てれば良い。特に身体を鍛えている者は首筋が致命傷になりやすいのだ。

「私には家族がいる」

 ナイフを取り出した灰崎に大見が話しかける。圧は変わらないがどこか雰囲気は和らいだ。

「君はどうだい?」
「……」
「野暮な探りじゃない。君は私と似ている。昔の私とね」
「……」

 このマッチョにどんな過去があるのか知らないし、知ろうとも思わない。灰崎はナイフを片手に構える。

「やる気か……仕方ない。続きは君を倒してからだ」

 グォッ! と大見は前に出る。その威圧はトラックが接近してきたに等しい圧。しかし、灰崎は逆にそれを利用し、大見の心臓を狙ってナイフを突き立て――

「でぇぇぇい!!」

 ようとしたが、強烈なビンタが灰崎の死角となった眼帯側から振り抜かれて来た。

 丸太でも振り回してる様な圧だな。

 灰崎は死角となる眼帯側からの攻撃は常に想定している。風圧が生まれる程の大見のビンタを潜る様にかわし、ナイフを大見の胸――心臓へ深々と突き刺さした。

「アウトォ!」
「ぶふぅぉあ!?」

 バチィィィン!! とまだ動く大見のビンタを反対側の側面から顔を変形させる程にモロに食らい、灰崎は身体は風に煽られる空箱の如く吹き飛ばされた。

「君は中々に強かったが……想いの差が明暗をわけたね」

 と、大見は胸ポケットに入れていた財布を取り出す。ナイフはそれによって浅く刺さるに留まったのだ。

「ぐ……ば、馬鹿な……」

 壁に激突した灰崎は全身が痺れ、声しか出せない。大見の胸板が厚すぎて財布が入っている事を見抜けなかったのだ。

「財布は家族からのプレゼントだ。そして中には妻と子供たちの写真に末っ子がドはまりしている野球カード。つまり、君は俺の家族に負けたのさ」

 灰崎はずんずんと近づいてくる大見にトドメを刺されると感じた。

「よっこらせ」

 しかし、大見は灰崎の前に座った。

「どうだい、最強だろう? 私の家族は」

 ニカッ! と笑う彼(紙袋で標準はみえないが雰囲気で)に灰崎は、なんだそりゃ、と呆れてしまう。

「次は君の番だ。君の家族の事も教えてくれよ」

 それはとても純粋なまなこだった。





「ぬぅん!」

 白山の一撃が松林にめり込む。
 しかし、それを意に返さずに松林は同じように殴り返した。

「君のマッスルが哭いている」

 ゴン! ゴン! と至近距離で打ち合う二人。恵まれた体躯を持つ両雄である故にその力は拮抗している様に見えた。

「くうぅ……」

 同じなのは骨格のみ。搭載する筋肉量によって生まれる体重差は覆し難い。アジア最高峰に仕上がった筋肉を持つ松林の一撃に白山は次第に押されていく。

「ふしゅぅぅ――」

 白山は手を止めて息を吐く。松林はこのまま決める為に攻撃の手を止めずに腕を振り抜いた――

「流れ――」

 しかし、白山はその攻撃に対して『流力』を発動。威力をそのまま松林へと返し、その体格を押し返す。

「むむ……」

 ドムッ! とバットで叩かれた様な音を身体に響かせた松林は身体がよろけ、動きが止まった。

「無駄だ! この白山を前に筋肉など意味を成さない!」
「……違うな」

 白山の言葉を松林は否定する。

「私の一撃は筋肉が無ければ受けきれるモノではない。君は今立っている事に対して誰よりも自分の筋肉に感謝しなければならないのだ」
「知った風な口をっ!」
「私は誰よりも筋肉を知っているし、それが過去、未来、そして現実いまを繋ぐ要素ファクターだと思っている」
「何を言っているのだ?」
「君がこれを理解した時、君は気がつく。己の筋肉こそが希望なのだとね」
「わけがわからんぞ!」
「ならば、今からソレを見せよう」

 松林は前屈みになると、その両腕が隆起する。

「次の一撃で君の筋肉に解らせる」
「ぬかせ!」

 腕に力を込めた。しかし、『流力』を極めた俺の前に腕力など意味はない!

 近づいてくる松林を前に白山は受けによる『流力』を狙う。

 何をされようとも極めたモノが敗れるなど微塵も考えられなかった。
 射程に入った松林は腕を振り上げると鉄槌の様に振り下ろす。

 『筋肉』VS『流力』。互いに極め抜いたソレがぶつかり、軍配が上がったのは――

「ふむ。中々の筋肉だが、君はマッスラーではないね」

 ゴゴオオオン!!
 けたたましい音と共に白山はモロに松林のフィニッシュマッスルを受け、地面に叩きつけられていた。

「おほ……おごほほ……ごほほほ……」

 ピクピクと尻を突き出す形でそんな声しか出せない白山の頭は疑念でいっぱいである。

 確かに奴の攻撃に『流力』を合わせたハズだ……なのに……何故俺が地面とキスしている!?

「マッスルコントロール」

 松林はかいなをL字に掲げると自在に筋肉の膨張と収縮を見せる。

「君の技はカウンターだろう? とてもシビアなタイミングを要したハズだ。私の筋肉はソレを理解して膨張し、意図的に打撃が当たるタイミングをずらしたのだよ」
「ばぁがな……」
「君が己の筋肉を愛する者マッスラーであればこの可能性に気づけただろう。最初から君の筋肉はずっと哭いているよ」

 松林のその言葉を最後に白山の意識は途絶える。
 マッスラー……恐るべし……ガクッ……
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