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第311話 はい。絶対に嫌です

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 オレは中段正拳を突き出した構えで石像の様に動けなかった。
 『Mk-VI』の強制停止によって、最低限の動作補佐も機能を失い完全に固まった様だ。
 正直、生き埋めと変わんない。

「ふむ……どうしようも無いな」

 唯一、ショウコさんの声が外から聞こえるくらいだ。どうにかしようと色々と調べてくれているが、通信機能も暗転しており、サマーちゃんが復旧してくれている事を祈るしかない。

「あ」

 すると、固まったままの姿勢で横にコテンと倒れた。

「プラモデルが倒れたみたいだ」
「何か……オレ、凄くマヌケな気がする……」
「絵面は相当マヌケだな」

 正直な意見をくれるショウコさんには本当に涙が出るよ。助けてー。

「ん? ああ。首の後ろのボタンか?」

 すると、サマーちゃんと会話をしているショウコさんが、『Mk-VI』のうなじ部分のボタンを触る。
 その瞬間、文字の羅列が流れ、PCが再起動する様にシステムが復活した。

「うはぁ……」

 オレの石像化も解除。間接が動くようになり、自由って本当に素晴らしいのだと改めて実感する。

「……重てぇ……」

 まだ部分的に機能が停止しているのか、筋力補佐が機能していない。20キロの重りを装備している状態だった。

「ユニコーンと言わなくなったな」
「音声も停止してるみたいだね……」

 それは一生、そのままであって欲しいものだが。

『通話だけは出来る様じゃ! フェニックスよ! よくぞ女郎花教理を倒した!』

 そういや勝ったんだっけ。決めた瞬間にブラックアウトしたから、ヤツの様子はショウコさん伝でしか確認が取れなかったが、どうやら勝利を納めたようだ。

「ホントにギリギリだったよ。これが効かなかったらもう手は無かった」
「しかし……彼は完璧に受けていたのに何故途中から受け損じたんだ?」

 ショウコさんの疑問はオレにもよく分からない。ただ、ゲンジィも反撃の暇を与えずに正拳を打ち続ければ相手は倒れる、としか説明はしてくれなかった。

『それは脳のバグじゃ!』

 勝負のプロセスを全て観測していたサマーちゃんが説明をしてくれる。

『人の脳は全く同じ動作を繰り返すと、それを疑うようになり、損じる事があるのじゃ。同じ数字を何回も紙に書き続けると変な文字が出てくる様にのぅ』

 そう言う事か。確かに流れ作業でずっと同じ事をやっているとミスする事がオレもあったな。
 女郎花は最適な受け方をし続けた事で、脳がバグを起こし受け損じたのだ。

「だが、それはケンゴさんにも当てはまったのではないか?」
『確かにあの連続正拳はデータを見る限り、全てが寸分違わずに同じ拳で放たれておる。フェニックスよ、一体どうやったんじゃ?』
「あー、それジジィの嫌がらせだよ」

 オレは少し重さに慣れて膝をついて起き上がる。

「10年ほど、中段正拳を一日1000回やらされてたんだ。考えなくても身体には動作が染み付いてたみたいだ」

 田舎を飛び出してからのブランクは六年あったが、それでもきちんと動いてくれたのだから、相当に刷り込まれているな。
 これもジジィの呪いか……

『……ふっ。なるほどのぅ。女郎花教理の唯一の弱点は、常に最適解を導く故に“努力”を知らん事じゃったか』
「でも滅茶苦茶疲れた……」

 すると、ぐ~とショウコさんから音が鳴る。オレが視線を向けると彼女は少し恥ずかしそうにお腹に手を当てる。

「……私もだ。お腹が空いたな」
「……」
「……何か言いたい事でも?」
「いや、なんかショウコさん、恥ずかしがっるの珍しいからさ」

 オレは微笑ましくフルフェイスの奥で笑う。

「……誰だって、お腹が空いたら鳴るだろう?」
「まぁ、生理現象だししょうがないよね」
「……笑ってるな? 笑ってるだろう?」

 ショウコさんは感情的にチャキッと青竜刀の切っ先を向ける。オレは、ごめんごめん、と手の平を向けて彼女を宥めた。

「まだ……だ……」

 すると、地の底から聞こえる様な声を女郎花は発した。
 もう気を取り戻したのか。しぶてぇな。ゾンビかよ。





 顔面を打たれた瞬間、脳にスパークが走ったように視界が明滅した。
 そして、保たれる方ではなくブラックアウトを引き起こすとそのまま気を失っていたらしい。
 しかし、それも話し声で引き戻された。

「まだ……だ……」

 這いずる様に身体を起こす。頭は何とか状況を理解しているが身体は切り離された様に上手く動かない。
 行ってしまう……私の光が……私の生きる意味が――

「これ……は……」

 臭いが消えている……? 嗅覚はあるが強烈な腐臭が感じられなくなっていた。

「まだやるかい?」
「……」

 ヤツと彼女が私を見下ろす様に前に立つ。臭いが消えても彼女の“光”は問題なく感じられる。

「言っておくが、彼女を護る人間の中でオレは最弱だ。また運良くショウコさんを連れ去れたとしても、お前の思う通りには絶対にならない」

 ハッタリだ。ヤツの言うことに確実性はない。すると彼女は、行こう、とヤツを促して踵を返す。駄目だ――

「君の……帰る世界は醜い者たちが君の光を汚す!」

 そう言うと足を止めた。

「私……私ならば! 君を護れる! この世界の醜き者達全てから!」
「――色んな人に迷惑をかけた。だから、そろそろ、私は家に帰る。貴方もそうすると良い」

 その瞳は怯えて帰る事を懇願する少女では無かった。

「ならば……何故……何故! 17年前に私を庇った!?」

 17年前。私は彼女に名乗った。通報は匿名だったが、すぐに私の元へ捜査の手が及ぶと思っていたが、何も起こらなかった。
 すると彼女は向き直ると私の元へ歩いてくる。

「嬉しかったんだ」

 彼女は片膝をついて、私と眼を合わせる。

「虐められていた私を貴方は助けてくれた。それが嬉しかったんだ」

 それは最初に彼女を助けた時の微笑み。私が……切望して止まなかった彼女の表情が目の前にあった。

「ありがとう女郎花さん。あの時、私を助けてくれて」

 そう言うと彼女は立ち上がる。
 離れていく。だと言うのに、それはとても正しい事の様に感じ、引き留める言葉は思い浮かばなかった。

「……まぁ、彼女は無理だよ。オレもあんたも釣り合いの取れる人間じゃない」
「……君も彼女の“光”が見えているのか?」
「そんなモン見えないよ。けど、人の魅力って数値や外見で測れる様なもんじゃないだろ? 良いも悪いもあるから惹かれるんだ。そこを理解出来ないなら、機械の尻でも追っかける方がいい」

 幼稚な解答だ。しかし、それが私には決定的に欠けているモノなのだろう。
 知り合いでも身内でもないが……生まれて初めて“対等”に人と会話をした気がする。

「……今回の一件を詫びたい。君の名前を教えてくれないか?」

 聞いて起きたい。ここまで乗り込み、彼女を私の元から連れ去る、彼の名前を――

「はい。絶対に嫌です」

 そう言って彼は重々しく身体を動かし、彼女の後に続いた。
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