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第296話 こりゃ楽勝だな

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 タンカー船の近くに漂う、中型のクルーザーがあった。
 それは海と同じ色のブルーシートに覆われ、船体も同じ色。音の出ないエンジンに加えて、光沢も考慮されているその迷彩は、特に海に注意を向けなければ気づかれないだろう。
 その中に、サマー、テツ、レツ、ヨシ君が居た。

 サマーはケンゴのサポートと『Mk-VI』を兼任し、他三人はVRとコントローラでフルアーマーユニコ君を操縦している。

「ヨシ殿! 弾切れには気をつけ、ろ!」
「おや、チャージ切れですが、ホースを奪いました。放水開始ですぞ」
「くふふ。ヨシ殿も中々の腕前。まだまだ舞えますねぇ」

 三人はクリームが切れても注意を引くのは問題無さそうだ。

「少し危なげなかったが……なんとかなったようじゃの」

 サマーは目の前に広げた複数台のノートPCを駆使し、ユニコ君『Mk-VI』の調整とタンカー船へのハッキングを同時に行っていた。
 特に『Mk-VI』の運用は細心の注意を払わねばならない。
 補佐する筋力の調整を誤れば、装備者に怪我をかけてしまうどころか、相手さえも殺しかねないのだ。

“これは私の家族と共にあった証なの。サマー、貴女ならコレを完成させられる?”

 マザーは自らの過去を明かしつつ『Mk-VI』の完成を望んでいた。軍事利用ではなく、人の為になる技術として世の中に送り出したいと告げ、サマーに『Mk-VI』の開発を託したのだった。

「よし通路のセンサーは解除した! 今の内じゃ!」
『ありがとう』

 ケンゴは船内へ続く扉へ歩き出す。先ほど命のやり取りをしたと言うのに、全く物怖じする様子がない。

「フェニックスよ。好奇心から聞いても良いか?」
『なに?』
「お主はキモが据わっとるが、何かしらの経験者か?」
『いやいや、無いよ。ただの山育ちの一般人です』
「じゃが、少々、物騒なモノを持っているようじゃの」

 サマーはケンゴの動きには見覚えがあった。自分に自由をくれた人達の中に居た、一人の老人が使っていた動き。
 彼曰く、それは――

『弱い人間が足掻くために作られたモノだよ。誇る様な事じゃないさ』
「――そうか」

 思わず口元が緩む。あの彼と全く同じ言葉を聞き、それは確信となった。

 フェニックスは『Mk-VI』を正しく使える、と。

「とっとと奪還して、六人・・で焼き肉でも食いに行くぞ!」
『あ、いいね。それ』

 『Mk-VI』は先の戦闘で拾った赤紐を大切にフードコートのポケットに仕舞うと倉庫から船内へ再進入する。





 あの女との戦いは派手では無かった事もあり、特に船側に気づかれた様子はなかった。
 再進入した船内は相変わらず静かで、身を隠す場所が無い以外には問題なく進めそうである。

『フェニックスよ、時間をかけるのは得策ではないぞ。急ぐのじゃ』
「オッケーオッケー」

 サマーちゃんが目の前に船内の見取り図を出し、ショウコさんの居る部屋にマークしてくれる。
 距離的には往復に十分は時間はかからない。フルアーマーユニコ君達も騒ぎ出してから十分ほどだし、こりゃ楽勝だな。ガハハ――

「おや?」

 ショウコさんの部屋が次の角を曲がった先――と言うところで食パンを咥えた女子高生のようなエンカウントをした。

 それはスーツを着てポケットに手を入れた男。その男はジェット・ベイク! サマーちゃんに見せてもらった女郎花の“側近者”の一人。総合格闘技の王者じゃねーか!

「おいおい。何つーモンに侵入されてんだよ」
「ユニコーン!(先手必勝!)」

 オレはジェットが戦闘態勢を整える前に拳を突き出す。
 『Mk-VI』は衝撃には滅法強い! 加えて組み付けばパワーアシストによって絞め技も無効! 残念だったなジェット! お前は最初から詰んでいる! ガハハ!

「ハハ」

 次の瞬間、オレはカウンター気味に顔面を打たれると首に痛みを感じた。

「ユニコ――(痛って――)」

 怯んだ所にジェットのローキックも炸裂し、今度は腰に激痛が走る。

「ココン!?(ぎょえ!?)」
「効くだろ? 俺の打撃は“毒”と言われててな。そんな装備なんて意味はねぇよ」

 今度は反応が追い付かないラッシュが見舞われる。耐衝撃性能を持ってしても後方へよろける威力は、生身に受ければそれだけで終わっていただろう。

「ユニココココ……(何だこの打撃……)」
「全く、面白過ぎんぜハロウィンズ。詰まんねぇ船旅だったが……良い暇潰しをありがとよ」

 ジェットは、バサッと上着を脱ぐとスーツの袖をまくり、裸足になって軽く首を鳴らす。

「だが、運は無かったな。俺に見つかったら時点で遊びは終わりだ」

 素人では絶対に勝てないと思わせる雰囲気でジェットが立ち塞がる。完全に戦闘準備を整えたご様子。

「……サマーちゃん」
『何じゃ?』
「『Mk-VI』に搦め手みたいなヤツ無い? ビームとか」
『そんなモンあるか! 正面からパワーで行くのじゃ!』

 くそぅ。古式は相手が優位であると思っていてくれれば、くれる程に決まりやすいんだが……今のジェットには隙がない。
 アーマーの耐衝撃性能の穴を突く様な打撃を持ってるなんて聞いてねーぞ! 唯一の救いは瞬時に攻める気が無い事か……

「ユニコーン(ちょっと失礼)」
「あん?」

 オレは申し訳無いと思いつつ、少しだけ肩を回し、上半身を解す様にストレッチを行う。

『敵の前で準備運動するとは、イカれとるのぅ。お主』
「時間も無いし次で決めるからさ」

 格闘家はノリに乗せると本当に手がつけられない。本格的に動きがノッて来る前に勝負を決める。

「サマーちゃん。筋力の調整はよろしくね」
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