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第288話 やれやれ……

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 リンカの達が行う宿泊研修は2泊3日。
 早朝はラジオ体操から初め、その後にクラスの記念撮影。そのまま食堂で朝食を取り、学年主任から1日の挨拶があった後に、昼食までの間の自由時間となっていた。

「ラジオ体操と話ばかりで疲れるわね」
「普段とは違う環境で何かと浮かれない様にきっちりしてるんじゃない?」

 リンカとヒカリは外の運動広場でキャッチボールをしていた。
 大半の遊び道具は他の生徒に持っていかれた事もあり、残っていたのはボロい野球ボール。素手でやろうとした所、グローブを肌見離さず持ってきていた野球部の男子が貸してくれたのだ。
 リンカとヒカリは、悪いから、と断ったが、別にバスケでもやるから、と言ってその二人は体育館でバスケをやっている。

「リーン。もっと距離伸ばす?」
「ヒカリってそんなに遠投出来たっけ? それと、日陰から出ちゃうけど良いの?」
「あ、そうだった……今の無しで」
「前より投げれる距離が増えてない?」

 二人とも昔からケンゴに付き合って遊んでいた事もあり運動神経は基礎から培われている。

「ダイキに付き合ってたら知らず知らずにね。前にダイキに言われて本気で投げたら、いつの間にかママが横でスピードメーターを構えてて、110キロ出てたって」
「野球やんなよ」

 本当に身体スペック高いよなぁ、この親友。

「私は見るだけでお腹一杯。それに、殺人放射線の下で汗を掻くなんて、想像しただけで鳥肌ものよ」

 今も、ヒカリは日焼け止めを塗り、帽子をかぶり、居る所は日陰でキャッチボールを受けている。

「でも、小学の頃はお隣さんと無茶苦茶外で遊んでたじゃん」
「ケン兄って遊んだ帰りにお菓子とかジュースを買ってくれたじゃない? それ目的だったのよ」
「あの時は凄いアメだったよね」

 小学生の頃は行動力のあるケンゴの意向から室内よりも外で遊ぶことが多かった。基本的には公園だったが、休みの日は遠足みたいに遠出する事も少なくなかったのである。
 その為、リンカとヒカリとダイキは、スマホやタブレットへの依存性は同年代でも低い方だった。

「まぁ、ダイキも野球部に戻ったし、これ以上に肩が出来てくる事はないでしょ」

 ヒカリ経由であるが、ダイキは野球部に復帰して、前以上に奮起しているらしい。
 三年生が引退し、二年生が中心となる白亜高校は、監督の意向でレギュラーのナンバーは一度白紙にした上で新たに決める様だった。
 白亜高校は古豪の野球名門校。部員は50人以上おり、誰もが九つの枠を狙っていて油断できないとのこと。

「ダイキは野手だからねー。監督さんも贔屓はしないみたいだから、ガチでやってるみたい」

 ヒカリとダイキの家は向かい合わせにある。彼が夜遅くまで庭でバットを振っている様をヒカリは毎日のように見ていた。
 休日も休みなくやっている様子にダイキの母親から、連れ出して欲しいと頼まれる事も日常と化している。

「だから、ダイキの休日は谷高家の一部よ」
「そうなんだ」

 ダイキの両親は離婚しており、母親は常に働きに出ている。その為、一人で居ることが多く、野球を知る前のダイキが寂しそうに近くの公園でブランコを漕いでいたのが、ヒカリとの出会いだった。
 付き合いで言えば、ケンゴやリンカよりも僅かにダイキの方が長かったりする。

「ダイキのお母さんも、パパが警察だから安心して任せられるって特に気にしてないし。まぁ、こっちは問題なく円満よ」

 ダイキとヒカリの、互いへの認識の違いを知るリンカとしては、彼まだまだ苦労しそうだなぁ、と感じていた。

「……あたしも人の事は言えないか」

 相変わらず彼との距離が縮まったとは感じない。
 と言うか……キスして、混浴して、胸を触られ、まぁ……ナニを見て、そこまで行っても感情が動かない事なんてあるのだろうか?
 ……濁った水の中に落ちたコインを必死に探しているような気分になってきた。確かにそこにはあるのに、手に入らないモヤモヤ。
 少しイライラしてきた。

「リーン! 返球してー!」
「あ、ごめん」

 帰ったら彼の田舎の事とか聞いてみよう。過去は明かせないにしても、それくらいは喋れるハズだ。

 イライラの一部が乗ったリンカの球は、ズバンッ! とヒカリのグローブに収まる。

「おっふ!? リン……中々良い球投げるわね……」
「え? 今の何キロくらい出てた?」
「100は越えてると思うわ」

 それが彼に対する気持ちの重さかなぁ。





「“女郎花教理”が絡んでおりますとは。正直な所、我輩達には手に余る案件となりますなぁ」

 『ハロウィンズ』の一軒家。一階の居間でオレはヨシ君と顔を会わせていた。
 彼は弁護士だが、別に正義の番人と言うわけではない。臨機応変に取捨選択を出来る人間であり、今回は気兼ねなく状況説明が出来るだろう。

「やっぱり、国間の拉致問題みたいな形?」
「そうですな。しかも、『ラクシャス』は急成長中の先進国。そして、女郎花教理氏の事実的な“国”と言えるでしょう」

 データでなく、客観的に情勢を知るヨシ君はショウコさんが『ラクシャス』へ連れていかれる可能性はかなり高いと考えていた。

「奴は17年前からショウコさんに固執してる。正直、一度取り戻したくらいで諦めるとは思えないんだ」
「それに関しては幾つかプランが用意できますな」
「何か策が?」
「逆に件の人物を確保し、日本で裁く事が出来るやも知れませぬ。流雲殿には囮になってもらう必要がありますが」

 再度拐いに来たところを取っ捕まえる形か。狙いが定まっているのなら、逆にヤマを張りやすい。

「しかし、それは流雲殿に不快な思いをさせるやも――」
「あー、ショウコさんなら全然やってくれると思うよ」

 何せ、ストーカーを炙り出す為に異性と躊躇い無く同棲する女性ヒトだもんなぁ。淡々と、良い作戦だ、とか言いそう。

「ふむ。鳳殿。僅かに半日で流雲殿との距離が縮まっているようですな」
「あ! いや! 一応! 一応は彼氏役だからね! 互いに名前で呼び合おうって事になりまして……」

 冷静に考えれば、会社の幹部の娘さんを名前呼びしてるって事だよな。名倉課長がどんな風に反応するか全く想像できない。
 リンカには……ショウコさんに第一接触ファーストコンタクトを許すと間違いなく拗れるので先にオレが絶対に会わなければならないだろう。

「ほっほ。露骨に焦らずとも、解っておりますぞ。鮫島殿と名倉課長への説明は鳳殿にお任せ致します」
「ヨシ君……君には本当に感謝しかないよ……」
「大袈裟ですぞ」

 オレは本当に良い友を持ったよ。ヨシ君が困った時は全身全霊で協力しよう。

「それで、これからのプランはどうなっているのですかな?」
「オレもちょっと良くわかんなくてさ」

 『Mk-VI』やら『フルアーマー』やら『自爆』やら、日常ではアニメ以外に聞かない単語が普通に出て来てるんだよなぁ。
 良い予感は全くしないが、綺麗な形での奪還は絶対に不可能と言う事も理解している。

「……」

 今回ばかりは“古式”を使わざるえないかもしれない。変に悩むのは良くないから解禁しよーっと。人を助けるためだ。しょうがない。
 すると二階から階段を下りる音。そしてそのまま近づいてくるとサマーちゃんが顔を出した。手にはUSBを持っている。

「フェニックスよ! 行くぞ!」
「よし! 行こう! 車に乗ればいい?」
「違うわ、たわけ! 『Mk-VI』の調整をするのじゃ! 格納庫へ行くぞ!」

 やれやれ……噂の『Mk-VI』とやらを拝みに行くか……やれやれ……
 やれやれ……オレは日常に戻れるのだろうか……
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