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第285話 何を言っておる? 二人じゃ!

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「……」

 ショウコはタンカー船に上がると、作業をしている船員たちが常に動き回っていた。
 置かれたコンテナには番号や品目が書かれており、出港前のチェックと言った所だろう。
 すると、クレーンが頭上を動き、ワイヤーが海の方へ垂らされる。

「ここは作業中で危険なのでこちらへ」

 カツカツと歩くカーシャ。ショウコとしてはどうしようもないので、その後に続く。

「……」
「これらは我が社の保有する資産の一部でしかありません」
「女郎花教理は随分と成功したようだな」
「成功……とは言い難いですね。あの方からすればコレは必然の未来だったのでしょう」

 ショウコは女郎花教理がどんな人間なのかはある程度耳にしていた。
 生物学の権威。大企業『プラント』の社長。ラクシャスの英雄。

「引き返したいとお思いで?」
「……今更だ。それに、どこにも逃げられないのだろう?」
「あの方は支配階級の中でも右に出る者はおりません。貴方の判断は懸命でした」
「お前たちのやっていることは拉致と監禁だ。そんな暴利が許されるハズがない」
「もし、何かしらの“抵抗”があったとしても大した問題ではなかったでしょう。例え国が相手だとしても」
「カーシャ」

 船内へ入ろうとした所で中から一人の男が出てきた。
 その男にカーシャは会釈して道を開け、ショウコは過去がフラッシュバックする。

“君のだけだ……この世でまともなのは――”

「……」

 赤紐を強く握る。

「よく、彼女を連れて来てくれた」
「はい。何も問題はありませんでした」
「業務に戻りなさい。一秒でも早く、出港準備を済ませるのだ」

 そう言いながら女郎花はショウコの前に立つ。

「彼女の案内は私のが引き継ぐ」

 17年前に二人が出会った時のように女郎花は見下ろし、ショウコは見上げていた。





「『ラクシャス』は実質、女郎花教理の国とも言える」

 サマーちゃんが見せてくれた女郎花教理の情報は、現実離れしたモノばかりだった。

「じゃあ、次はヤツの居場所を教えてくれないか? それか、ショウコさんが連れていかれそうな場所を――」
「フェニックスよ。あえて言わせて貰う」

 改まってサマーちゃん達が告げる。

「今回は個人でどうにか出来るレベルを越えておる。手を引くのがよかろう」
「そう、だ! 女郎花教理、は! この世における特異点と呼ぶべき一人、だ!」
「くふふ。例え、流雲レディを連れ戻したとしても再び拐われる可能性が高いですねぇ」

 サマーちゃん達の懸念は分かる。聞くだけでも女郎花教理はヤバい。怒らせればただでは済まない存在であることは確かだろう。

“鳳君、娘を頼みます”

 でも頼まれちゃったからなぁ。それに、ヤツと同じくらいヤバいジジィが身内にいるので、そう言うプレッシャーには馴れている。

「奪う奪われるじゃない。彼女がどこに居たいかが重要なんだ」

 これがショウコさんとも接点が無い時に行われていれば、いつも通りの日常だっただろう。けど――

“ケンゴ。お父さんの言うことをよく聞きなさい”

 オレは知ってるんだ。一人だけ、取り残される恐怖を。

「彼女は一人で戦うつもりだ。だから、絶対に一人にしたら駄目なんだ」

 過去から眼を背け続けたオレとは違い、ショウコさんは自分で向き合う事を選んだ。
 きっと、ストーカーの件が起こった際に、こうなる事まで全部わかっていたのだろう。

「ショウコさんの居場所を教えてくれたら、後はオレが一人でやるよ。三人に迷惑はかけない。だから、彼女を見つけてください」

 オレは頭を下げて三人へお願いした。
 女郎花教理へ敵意を示す事の危険性は、オレよりも三人の方が強く理解しているだろう。だからそれ以上は求める気はなかった。

「ふっ……ふっふっふ。なんとも恥ずかしい台詞がバンバン出てくる奴じゃな! フェニックスよ!」

 するとサマーちゃんは腕を組んで仁王立ちしたまま楽しそうに笑う。

「全く……モヒカングラサン火炎放射器野郎に頭を下げられるとギャグでしかない構図じゃが……その台詞と心意にフェニックスの姿がきちんと映ったぞ!」

 そっか……オレの姿ってこのVR空間だと、モヒカングラサン火炎放射器野郎だったっけ。うわっ。恥ずかしっ。





「どれ」

 サマーちゃんは手を振ると、多くの情報が空間に現れる。
 それを読み解いた彼女は世界地図を表示した。そして、アジアを拡大し、更に日本を拡大し、一つの港町を拡大し、その沖合に停船するタンカー船をマークする。

「今日、日本から出る『ラクシャス』の船はこれだけじゃな。船の側面には『プラント』のロゴ。乗船者名簿には“女郎花教理”の名もある」
「絶対にそこじゃん」

 でも海の上かぁ……どうしよ。確か、ヨシ君って操船免許もってたっけ? 船はクルーザーをレンタルとかで行ける……か? あ、でも今日は平日だった。ヨシ君は当然仕事。やっべ。いきなり躓いた。

「とりあえずありがと。後はオレが一人でやるよ」
「何を言っておる? 二人じゃ!」

 VRを外そうとしたオレにサマーちゃんが、ドンッ! と告げる。

「いや……三人、だ!」
「くふふ。四人ですよ?」

 サウ○ーのテツとケンシ○ウのレツもオレの肩に手を置く。二人とも……これから、あべし! する世紀末雑魚の気持ちが痛いほど分かるからその姿で近づくの止めてくれない?

「『ハロウィンズ』日本支部は、これより『プラント』に喧嘩を売る! 異論は認めんぞ!」
「元より……な、い!」
「くふふ。戦力は万全ではないですが、やりがいがありますねぇ」

 正攻法で勝てない相手なら搦め手を使うしかない。
 情報においてあっさり多くの事を調べ上げた『ハロウィンズ』という組織は思った以上の力になってくれそうだった。

「三人とも。ありがとう」

 オレがそう言うと、三人はただ笑う。

「それでさ。何かプランとかあったりする?」
「ふむ。情報を整理するぞ」

 サマーちゃんがパチンッと指を鳴らすと、いくつかの情報が目に見える形で現れる。

「流雲昌子の身柄はこのタンカー船にあると見て間違いはない!」
「タンカー船の戦力は……約50人、だ!」
「くふふ。流雲レディを拐う戦力もあるとしたら、人数以上の戦力と見るしかありませんねぇ」
「フェニックスよ! お前ならどうやって、流雲昌子を奪還する!?」
「いや、普通に潜り込んでこそっと連れ出すよ」

 そもそも正面突破など現実的ではない。ブ○ック・ウィドウも居るし。

「ならば! 『Mk-Ⅵ』を使うしかないのぅ!」
「ナツ! 本気、か!?」
「くふふ。確かに調整で預かってはおりますが……セキュリティの解除にはマザーの許可が要りますよぉ?」

 え? 何よ、『Mk-VI』って……嫌な予感しかしないんだけど……
 その時、ピコンっと何やら警告が表示される。

「ぬ! まだ誰が格納庫に触ったのう」

 あー、こうやってオレも検知されたのか。
 サマーちゃんは、監視カメラに映るLIVE映像を表示する。

「なんじゃコイツ」
「むっ! 彼、は!」
「くふふ。サラリーマンの様ですねぇ」
「あ、ヨシ君だ」

 と、カメラに気づいたヨシ君は、こちらへVピースを向けた。
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