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第253話 んっんっん!?

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「佐藤……」

 田中は同僚で盟友でもある佐藤が真鍋に背負われて下山した様子を見た。

 アプローチをかける前に、まずは相手の事を探ろうぜ。今回の肝試しは僥倖だ。俺は真鍋さんに探りを入れてみる。

 と、言って山へ入って行った佐藤は今も燃え尽きた様に意識を失っている。

「田中君、準備はいい?」
「はい! オッケーでーす!」

 田中は自分が自由に動ける様に懐中電灯は鬼灯に持って貰うことにした。

「二人とも……遂に七組目だよ! 我々は不可解なモノを殆どが目の当たりにしている! 君たちにもそれが降りかかる可能性は決して低くは無いだろう! しかし、そこで足を止める行為は逆に自らを危険にさらす! 良いかい!? 何があっても足を止めたらダメだ! 海上保安から逃げる密漁船の如く、エンジン全開で――」
「社長は話長いですからっ!」
「意欲を削ぐ事はやめましょうや~」

 箕輪に担がれ、轟に言葉を阻止された黒船は、まだ途中だよ! と叫びながら連行されていく。
 そんな黒船を見て苦笑いをする鬼灯と田中。

「田中君」

 すると真鍋が声をかけた。しかし、相手は鬼灯ではなく田中である。

「彼女を頼む」
「言われずとも」

 田中は生涯において言いたいこと、トップ3の内の一つをリアルに言われて、何か格の違いを見せられた様な気持ちになる。

「田中君。行きましょう」
「あ! はい! 直ちに!」

 そんな田中を察した鬼灯は、ふふ、と笑って一度真鍋と視線を合わせると、夜の山道へ入って行く。

「……」

 真鍋は二人の背中が見えなくなっても、その場で帰りを待つことにした。

 ちなみに後ろでは、佐藤の蘇生を試みるチームがあった。

「気を失っているが、揺さぶっても起きないな。こう言う時は刺激を与えるのが良い。岩戸君、悪いが私の旅行鞄に電極があるので持ってきて貰えるかい?」
「了解っす!」
「なんでそんなモン持ってきてるんですか……」

 ケンゴはこの旅行には絶対に必要ないモノである事にツッコミを入れる。

 その後、首筋に電極を取り付けて、低ボルトをビビビと流された佐藤は、んっんっん!? と横隔膜の痙攣と共に目を覚ました。





 7組目、鬼灯詩織×田中耕平こうへいの場合。
 それは、肌を撫でる寒さとは違った。
 夜は少し冷える時期になったものの、軽く上着を着れば下は半袖でも問題ない。
 しかし、今、田中が感じているのは心の中から来る悪寒だ。

「うっわ……こえー」

 異常な程に静かな山道。自分達の歩く音だけが耳に響く。

「大丈夫? 田中君が懐中電灯を持つ?」
「あ、大丈夫です! 道先案内はよろしくです!」
「ふふ。頼もしいわ」

 しかし、美女と二人で歩いている事で恐怖心を相殺出来ている。
 イベントではあるが、俺の人生でこんな日が来るとは!
 感動で落涙を禁じ得ない田中は、いかんいかん、と当初の目的を思い出す。

 ズバリ、鬼灯には付き合ってる人がいるかと言う事だ。可能性が高いのは真鍋だと分析しているものの、あくまでも可能性。本人の口から聞くまでは信じるわけには行くまい。

「鬼灯さん。怖いので質問をして紛らわせても良いですか?」
「ふふ。良いわよ。何かしらの?」
「鬼灯さんは付き合ってる人は居るんですか?」

 前を歩く鬼灯は背を向けたまま応じる。

「うーん。どうなのかしらね。人と人が付き合ってるって思える様子って田中君からすればどんな形かしら?」
「え?」

 何か予想してた解答とは別のモノが返ってきた。

「……やっぱり、好き者同士が一緒に居るって事ですかね」
「それなら、家族と暮らしていればそれは付き合ってるって事かしら?」
「……家族は対象外で良いと思います」
「それじゃ、会社の同僚と一緒に居ることは?」
「うーむ……それも少し違う様な……」

 と、真剣に受け答えしていたが、鬼灯が足を止めて少し笑っている。どうやら、からかわれた様だ。

「鬼灯さん。からかってます?」
「ふふ。ごめんなさい。よく言われる質問だったから。真剣に返してくれたのは田中君くらいよ」

 もう怖くない? と鬼灯に聞かれて、場の雰囲気に慣れた自分がいた。

 何だこの人……完璧すぎるっ!

 知れば知るほど鬼灯本人の心地よいまでの人間性に田中は、オゥ! と心を射たれる。

「行きましょうか」
「はい」

 行進を再開。何か質問を上手く交わされた気がするが、もういいや。鬼灯さんと一緒に歩く貴重な時間を堪能しよう!

 と、佐藤には適当に報告する事にして後に続くと霊碑が見えてきた。

「うげげ……不気味度の桁が違う……」

 気のせいか、霊碑は淡く光りこちらを導いている様にも見える。

「これね」

 尻込みしている田中の目の前で鬼灯は霊碑に近づきキットカットを選ぶ。田中も慌てて横に並び、『決断』と書かれたモノを取る。

「何も出ないわね」
「その方が良いですよ……」

 鬼灯のお陰である程度は慣れた感覚も少しずつ薄れて来ている。何も無いなら無いまでで、さっさと終わらせよう。

「……」

 田中は帰り道を歩き出した鬼灯の背中に少しだけ残念そうな気配を感じた。
 その心情は読み取れない。

「あの……鬼灯さん」
「何かしら?」

 しかし、口調は変わらず優しいモノだ。

「差し出がましいんですけど……何か悩みとかあります?」

 そう質問した所で、懐中電灯のライトが消えた。咄嗟の事に慌てる田中の眼は、ぽう……と正面に佇む人影を視認した。

 血のついたボロボロの登山ウェアに大きく口を空けて眼の位置が真っ黒に窪んでいる男。間違いなくこちらを見ている。

「う……あ……」

 出た。と田中は頭で反応しても身体は金縛りにあったように動かない。
 男がゆらゆらと近づいてくる。今にも倒れそうな足取りだが、確かにこちらを狙っていた。

 な、なんだ……身体が動かねぇ……動け……動けよ……ち、ちくしょう……

「……ねぇ」

 すると、鬼灯が前に出た。彼女が動ける事にも驚きだが、何より目の前のソレに話しかけた事に驚愕する。

「貴方は……私を連れて行ってくれる?」

 顔を伏せたまま、鬼灯はそう言いながらソレに触れようと手を伸ばす。すると、彼女の手が触れる前にソレは煙のように消えた。
 懐中電灯のライトが戻り、田中は縛り付けられていた何かから解放されて尻餅をつく。

「……」

 何だったんだ……
 理解の追い付かない出来事を整理しようと脳を回転させていると、

「大丈夫、田中君。立てる?」

 と、鬼灯が心を落ち着かせる様な声色で田中に手を差し伸べた。

「あ、ありがとうございます……」

 その手を取って立ち上がる。鬼灯との握手は本来であれば嬉しい所だが今はそんな事を考えている余裕はない。

「歩ける?」
「あ、はい……行けます」
「よかった」

 安心させる笑みを鬼灯が作る。そこには側にいて心地よいと感じさせる彼女がいた。

 それから特に会話も障害もなく無事に河川敷へ。面々が寄ってくる。

「無事に帰還したか! 田中君!」
「国尾主任……」
「んん? なんだい? 雰囲気が違うね! さては美女との夜行にのぼせてしまったか! 若いって良いね!」

 いつもの調子の樹は逆に安心出来た。
 僅かに感じた鬼灯の闇。田中は自分には到底……いや、生半可な人間では晴らす事の出来ないモノであると知る。

「田中」
「起きたか佐藤」
「言っておくぞ! 俺は鬼灯さんには手を出さん。あの人は真鍋さんに任せるべきだ!」
「……俺もそう感じた」

 懐中電灯を返しながら、真鍋と微笑みつつ談話する鬼灯を見て田中が告げる。

「あの人を幸せに出来る人間は多くないかもな」
「田中君……いつの間にポエマーに?」
「国尾主任……」
「再起動してみるか」
「ん? んっんっん!?」

 何か変なモノをインストールしたと思われた田中は首筋に電極をつけられ、ビビビと低ボルトを流された。

 鬼灯の手には『次代』と書かれたキットカットが収まっていた。
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