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第88話 仕方ないニャー
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二人とは駅で電車を待つ際に海外転勤の体験談に花を咲かせた。
一方的にオレが喋るだけだったが、ヨシ君は情報を楽しんでくれて、加賀は少しやる気が出たらしい。
海外支部との交換派遣って話にも驚いたが、次に行くのが鬼灯先輩になっても何ら不思議じゃない。
「……まぁオレはパスか」
電車に乗って揺られるオレは前の転勤で起こった事を思い返す。
リンカの事もあるし、前は急に人員がオレに変わったことでホームステイ先では色々とトラブルもあったしなぁ。
「それも良い経験か。にしても……ジジィ以外に銃を向けられる日が来るとは……」
日本とは違う文化の中では起こるトラブルに対応できる人材は少ないだろう。
電車を降りていつもの帰路につく。途中のコンビニで何か買おうとうろつくが結局買わずに出た。店員さん申し訳ない。
お金があっても派手な使い道は思い浮かばないのだ。いつものリズムを乱すのは本意ではないので結局は浪費が起こらない。
「無意味に貯金もしてるしなぁ」
電車通勤と言う事もあり、車は使わない。深い趣味も何もないし、やると言えばゲームとか映画くらいだ。それも今の機器で満足してるし、新しくしようとか高性能の物とかにも興味はない。ていうか、PS5はさっさと店頭販売してくれ。
「……二人に何か贈るか」
田舎にいるヤバい祖父さんと祖母さんに豪華なお歳暮とかでも手配するか。10万くらいするヤツでも。
そうこう考えているといつの間にかアパートに到着。時間は間も無く日付をまたぐ深夜。静まり返っているのでなるべく音を立てない様にそっと階段を上がる。
「……別に気まずいわけじゃない。気まずいわけじゃないので」
何となく鮫島家を意識してしまうのは、特に意味はない。泥棒の様にひっそりと行く意味なんて無いのだ――
階段を上りきり、静かな鮫島家の様子に意味もなく緊張感が解けると、なんでかなぁ……扉が開くんだなこれが。
「――――」
そして、ジャックを部屋から出すリンカとエンカウントした。
「コンバンワ……」
ケンゴとの意図しない遭遇にリンカは思わず硬直してしまった。
顔を合わせるのはこの廊下でキスをした時以来である。
「……」
「えっと……リンカちゃん?」
リンカは無言でゆっくり動いて扉を閉めると、カチリと鍵をかける。
「おおぅ!?」
その様子にケンゴはそんな声しか出なかった。
い、い、い、居たぉぁぁ!
思わず逃げてしまった! なぜ逃げた!? あたし! 逃げる必要なんてどこにもない! そう断じてない! 拒絶したわけではないときちんと説明しないと彼は勘違いしてしまうかもしれない。しかし――
「これ……凄い勇気がいる」
扉を開けようとも手が動かない。恥ずかしさのあまり震えてしまっている。
心臓は全力マラソンをしたかのように波打っているのに、身体は動いてくれない。
あたしは一度洗面所に行って鏡で顔を見る。日付が変わるときに鏡を見るのは良くないと聞くが、知った事か。思った通りに真っ赤になっていた。
「……うわぁ。本当に耳まで赤い」
人体の神秘を自分の身体で見ることになるとは。そう考えると少しだけ冷静になった。
「……持っていってやるか」
あたしは冷蔵庫を見て覚悟を決めた。
オレはどことなくショックを受けた。
何がとは言うまい。明らかに避けられてると言う現状に、だ!
「……ジャック、またテメーか」
すり寄ってくるジャックを抱えると呑気に、ニャーと鳴いてくる。
「……だよな。お前は悪くないよ」
今のオレとリンカの関係はかなりデリケートな問題だ。これが成人同士ならお互いに身構える事も出来るかもしれないが、リンカはまだ高校生になったばかりである。
「オレが答えを出してやらないとな」
とは言え、すぐに鮫島家のインターホンを押す勇気は無い。
ヘタレ、と言いたげにニャーと鳴くジャック。うるせ。
「状況を理解してんのか? お前はさぁ」
部屋を開けるとジャックは我が物顔のように入って行く。そのまま居間で毛繕い。
「そういや、大家さんは盆休み旅行だっけか」
秘境マニアのアパートの大家さんは半年に一回の旅行を謳歌するご老体である。あの人はフルマラソンを完走出来る妖怪なので、危険地帯に行っても意味不明なお土産を抱えて帰って来るだろう。
前なんか旅行バックに撃ち込まれた弾丸を、お土産っと言って渡された。オレの知る老人でマトモな人は一人もいないなぁ。
「しょうがねぇな。今日だけだぞ」
ケチくせぇぞ、ニャー、とジャック。鳴くタイミングと言い、こいつ猫又なんじゃねぇのか?
一応をヤツのケツを確認。カギ尻尾の一尾。まぁ、早々に生物の垣根は越えられないか。
そんなジャックと戯れていると、インターホンが鳴った。いつもの流れで、はいはーい、と声を出して扉を開けようとして、ピタリと止まる。
「……」
あ、これ多分リンカじゃねぇか? いや、普通に考えてそうだ。風呂を装えばよかったか……
しっかりせねばと決意したばかりだと言うのに、速攻で考えが変わった。まだ、考えは固まってないってのに顔を合わせるのは早い気がする。
「……」
扉に取り付けられてる確認レンズで外を見る。リンカさんですわ。どうしよ。いや、どうしよってなんだよ。オレは何も悪いことはしてないぞ!
「こっち見んな……」
ジャックが、さっさと開けろヘタレ、と言う目でオレをじーっと見ている。
その通り過ぎて逆に背中を叩かれた気分だ。
傷つける方向だけは絶対無しで。オレはその事だけは絶対厳守して扉を開ける。
一方的にオレが喋るだけだったが、ヨシ君は情報を楽しんでくれて、加賀は少しやる気が出たらしい。
海外支部との交換派遣って話にも驚いたが、次に行くのが鬼灯先輩になっても何ら不思議じゃない。
「……まぁオレはパスか」
電車に乗って揺られるオレは前の転勤で起こった事を思い返す。
リンカの事もあるし、前は急に人員がオレに変わったことでホームステイ先では色々とトラブルもあったしなぁ。
「それも良い経験か。にしても……ジジィ以外に銃を向けられる日が来るとは……」
日本とは違う文化の中では起こるトラブルに対応できる人材は少ないだろう。
電車を降りていつもの帰路につく。途中のコンビニで何か買おうとうろつくが結局買わずに出た。店員さん申し訳ない。
お金があっても派手な使い道は思い浮かばないのだ。いつものリズムを乱すのは本意ではないので結局は浪費が起こらない。
「無意味に貯金もしてるしなぁ」
電車通勤と言う事もあり、車は使わない。深い趣味も何もないし、やると言えばゲームとか映画くらいだ。それも今の機器で満足してるし、新しくしようとか高性能の物とかにも興味はない。ていうか、PS5はさっさと店頭販売してくれ。
「……二人に何か贈るか」
田舎にいるヤバい祖父さんと祖母さんに豪華なお歳暮とかでも手配するか。10万くらいするヤツでも。
そうこう考えているといつの間にかアパートに到着。時間は間も無く日付をまたぐ深夜。静まり返っているのでなるべく音を立てない様にそっと階段を上がる。
「……別に気まずいわけじゃない。気まずいわけじゃないので」
何となく鮫島家を意識してしまうのは、特に意味はない。泥棒の様にひっそりと行く意味なんて無いのだ――
階段を上りきり、静かな鮫島家の様子に意味もなく緊張感が解けると、なんでかなぁ……扉が開くんだなこれが。
「――――」
そして、ジャックを部屋から出すリンカとエンカウントした。
「コンバンワ……」
ケンゴとの意図しない遭遇にリンカは思わず硬直してしまった。
顔を合わせるのはこの廊下でキスをした時以来である。
「……」
「えっと……リンカちゃん?」
リンカは無言でゆっくり動いて扉を閉めると、カチリと鍵をかける。
「おおぅ!?」
その様子にケンゴはそんな声しか出なかった。
い、い、い、居たぉぁぁ!
思わず逃げてしまった! なぜ逃げた!? あたし! 逃げる必要なんてどこにもない! そう断じてない! 拒絶したわけではないときちんと説明しないと彼は勘違いしてしまうかもしれない。しかし――
「これ……凄い勇気がいる」
扉を開けようとも手が動かない。恥ずかしさのあまり震えてしまっている。
心臓は全力マラソンをしたかのように波打っているのに、身体は動いてくれない。
あたしは一度洗面所に行って鏡で顔を見る。日付が変わるときに鏡を見るのは良くないと聞くが、知った事か。思った通りに真っ赤になっていた。
「……うわぁ。本当に耳まで赤い」
人体の神秘を自分の身体で見ることになるとは。そう考えると少しだけ冷静になった。
「……持っていってやるか」
あたしは冷蔵庫を見て覚悟を決めた。
オレはどことなくショックを受けた。
何がとは言うまい。明らかに避けられてると言う現状に、だ!
「……ジャック、またテメーか」
すり寄ってくるジャックを抱えると呑気に、ニャーと鳴いてくる。
「……だよな。お前は悪くないよ」
今のオレとリンカの関係はかなりデリケートな問題だ。これが成人同士ならお互いに身構える事も出来るかもしれないが、リンカはまだ高校生になったばかりである。
「オレが答えを出してやらないとな」
とは言え、すぐに鮫島家のインターホンを押す勇気は無い。
ヘタレ、と言いたげにニャーと鳴くジャック。うるせ。
「状況を理解してんのか? お前はさぁ」
部屋を開けるとジャックは我が物顔のように入って行く。そのまま居間で毛繕い。
「そういや、大家さんは盆休み旅行だっけか」
秘境マニアのアパートの大家さんは半年に一回の旅行を謳歌するご老体である。あの人はフルマラソンを完走出来る妖怪なので、危険地帯に行っても意味不明なお土産を抱えて帰って来るだろう。
前なんか旅行バックに撃ち込まれた弾丸を、お土産っと言って渡された。オレの知る老人でマトモな人は一人もいないなぁ。
「しょうがねぇな。今日だけだぞ」
ケチくせぇぞ、ニャー、とジャック。鳴くタイミングと言い、こいつ猫又なんじゃねぇのか?
一応をヤツのケツを確認。カギ尻尾の一尾。まぁ、早々に生物の垣根は越えられないか。
そんなジャックと戯れていると、インターホンが鳴った。いつもの流れで、はいはーい、と声を出して扉を開けようとして、ピタリと止まる。
「……」
あ、これ多分リンカじゃねぇか? いや、普通に考えてそうだ。風呂を装えばよかったか……
しっかりせねばと決意したばかりだと言うのに、速攻で考えが変わった。まだ、考えは固まってないってのに顔を合わせるのは早い気がする。
「……」
扉に取り付けられてる確認レンズで外を見る。リンカさんですわ。どうしよ。いや、どうしよってなんだよ。オレは何も悪いことはしてないぞ!
「こっち見んな……」
ジャックが、さっさと開けろヘタレ、と言う目でオレをじーっと見ている。
その通り過ぎて逆に背中を叩かれた気分だ。
傷つける方向だけは絶対無しで。オレはその事だけは絶対厳守して扉を開ける。
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