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第65話 ただの薄情者よ

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 アイマスク男……もとい阿見笠流あみかさながれと言う不審者の姿が見えなくなってすぐに花瓶と線香立てを持った母が戻ってきた。

「これでよし」

 花瓶に花を差し、地味な墓石に色が生まれると、次に線香の匂いが漂う。
 綺麗に咲く花に生を、線香の匂いに死を感じながら、母と共に両手を合わせて眼を閉じる。

「……帰ろっか」
「うん」

 30秒程の黙祷で母は祖父母に何を伝えたのだろう。あたしは枕元にだけは立たないで下さい、とお願いした。

「お母さん、阿見笠さんって知ってる?」

 駐車場へ向かいながら先程のアイマスクマンの事をさりげなく聞く。

「――来てたの?」
「え……う、うん。誰?」

 珍しく驚いた様な母の様子に、あたしは思わずそう返した。
 すると母は、少し怒った様子で頬を膨らませる。

「ただの薄情者よ」

 いつもは、ふわふわな雰囲気の母をここまで感情的にする阿見笠流あみかさながれ。彼は一体何者なのか……

「リンちゃん。今度、そいつに会ったらお母さんが行くまで時間を稼いでおいて」
「いいけど……」

 ホントに人の気も知らないで……と、愚痴る母は本当に珍しい。
 そんな母が“そいつ”なんて呼ぶ相手は良い関係の人間では無いのだろう。





「よう。調子はどうよ」

 ナガレは連絡を受けて霊園の駐車場に来ている知人に声をかける。

「悪くは無いですよ、ナガレ先輩」

 車のボンネットにランチボックスを広げて卵を食しているのは真鍋聖だった。

「お前の声、死人みたいなんだよ。もっと腹から出せって」

 すると真鍋は、スッ、ランチボックスを差し出す。

「一つどうですか?」
「なにそれ? 通過儀礼みたいなもん?」

 オレはいいよ。と、ナガレは車のドアを開けると助手席に座る。真鍋もランチボックスを片付けると運転席に座った。

「……何か気になる事でも?」

 車に乗ってから外を仕切りに気にするナガレ。

「いや、さっさと出してちょうだい」

 エンジンをかけて車を発進させ霊園から出るとナガレのスマホに着信が入る。

“私には何もなし?”

「…………やーれやれ」
「知り合いですか?」
「んー、まぁね。取りあえず既読スルーしとくわ」

 お相手さんはお気の毒に。真鍋は自由奔放なナガレに振り回される連絡相手に同情した。





「何をしてたんですか?」
「仏さんと話が出来ると思ってなー。慰霊碑の近くで寝て見たんだが無理だったよぉ」
「……流石にそれはバチ当たりでは?」
「そんくらいやらなきゃ、調べ様が無いからねぇ」

 車は赤信号に停車し、しばらく待つ。

「鍋。お前さん『ウォータードロップ号』の事件って知ってるかい?」

 窓の外を見ながらナガレが口にする。

「……知ってます」
「お、マジ?」
「六年程前に社長が本格的に調べた様でした。その時に共に調査を」
「なんか解った?」
「いえ。当時の資料は殆んど無く、見つけたのは図書館での当時の記事だけです」
「そっか。あんまりこっちと変わらないのな」
「意図的に廃されてる様でした」
「当時は話題になったらしいが、夕方のニュースに並ぶ前に規制がかけられた。こっちの界隈でも探るのはタブーの領域さ」

 そして車が走り出し、街へと向かう山道を進む。

「258人、全員死んだ。と、少ない資料では残ってるけどな。実際は少し違う」
「と言いますと?」
「死体の数が合わなかったらしい。ドロップ号を発見したタンカー船の乗組員の話だと全くと言っていい程に船内には人の死体が無かったんだと。後に海保が介入して調べた際に目立たない場所にちらほら死体はあったらしいが」
「……どういう事ですか?」
「食料は殆んど無かった。船内は荒れに荒れてあちらこちらに血の跡はあったが、死体だけは数が全然合わなかったらしいよぉ」
「……まさか」

 真鍋は『ウォータードロップ号』で最悪の事が起こったのだと考える。

「本来なら半月毎に一度停泊して物資を補給する所を、半年もボート状態なら食い物は無くなるわな」
「……それで規制がかかったと」

 真鍋の予想通りなら、『ウォータードロップ号』の事件は道徳や倫理の観点から大きくかけ離れる。

「いや、規制をかけたのは別のヒトだよ」

 しかし、世間全体で事件が疑問視されたからではなかったらしい。

「同時にその動きにある仮説が出てきたのさ」
「なんですか?」
「実は生存者が居たんじゃないかって話だよぉ」

 もしそうなら『ウォータードロップ号』で起こった全てを知ることが出来るだろう。
 しかし、記録は何もなく全ては推測の域。それにもし生き延びたのであれば、まともな道徳を要していないだろう。

「と、まぁ。今となっちゃ都市伝説みたいな事件だ」
「規制をかけたのは……力のある方ですか?」

 揉み消すには大きすぎる事件だ。それは一組織などでは到底不可能で国を動かすレベルでなければ無理だろう。

「まぁなー。対等に話せるのは、ウチのボスとお前んトコの弥生さんとトキさんくらいだなぁ」
「トキさん?」

 上記二人だけでも、並みの人間では無いと解るが、トキ、と言う第三者は聞き慣れない。

「ブラックジョークが好きな奥方。件の人と同じくらいの化けもんだから関わるなよぉ」
「関わりませんよ」

 社会のグレーゾーンを歩く真鍋にとって、ボーダーラインの判断は常人よりも遥かに鋭い。

「先輩も気をつけて下さい」
「ありがとよぉ。あ、今の話は他言無用ね」
「解っています」

 ナガレにとって『ウォータードロップ号』の事件は父を失ったモノ。全てを知りたいと思うのは当然の事だった。

「あ、そうだ。お前に頼まれてた件な。ウチの火防ひぶせの仕業だったわ」
「……そうですか」
「やるなら万全にしろよぉ。三年前はあいつも見切り発進だったから雑だったが、今回は下手すりゃ返り討ちにあうぞ」
「解りました」

 会社に手を出そうとする靄のかかった相手が初めて見えてきた。
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