懐いてた年下の女の子が三年空けると口が悪くなってた話

第58話 ストームボーイ

「カミーユ、落ち着け」

　インナイのバッテリーと内野陣がマウンドに集まる。
　一番打者であるダイキはセーフティバントを完璧に決めると、一塁へ滑り込んだ。
　ダイキは、もう浅井先輩を背負う必要はないな、と次の打席立つ浅井にドヤる。

「ニンジャボーイが塁に出るのは想定内だ。後続をキッチリ抑えれば良い」

　内野陣も後ろは任せろ、と投手のカミーユに激を送る。

「そうだな。ここが正念場ファイナルウェーブか」
「Yes」

　捕手のバジーナは、ボールを手渡しすると定位置へ帰っていく。

　そうだな……楽な道のりではない。お互いに――

「ストライク！　バッターアウト！」

『カミーユ、底力を見せます。ランナー音無を警戒しつつ、二番浅井をキッチリ仕留めました』

「浅井。らしくねぇな」

　浅井はいつもならこの場面はダイキを送る選択を取る。伊達は入れ違いながら意図を聞いた。

「嵐が決めるだろ。引き立て役はさっさと涼しいベンチに行くわ」

　そして嵐を見て、その肩に手を置いてから、まかせる、とベンチへ。

『三番、伊達。内野に転がせば音無を得点圏に送れます』

「そりゃそうか」

　カミーユの速球。しかし、疲労も乗ったソレは初球からでも容易く捉えた。

『伊達打ったぁ！　おおっと！　強烈なライナーをセカンドのレコがダイレクトキャッチ！』

「やっぱ、球場内は取られるな」

　インナイも底力を出してきている。
　伊達は音無とゲッツーにならなかっただけでも良しとしてベンチへ。

「嵐、後は頼んだ」
「ウッス」

『さぁ、遂に後一人。投手カミーユ、土壇場で最後の壁が立ちはだかります』

　嵐がバッターボックスに立つ。今までで一番の集中力を発揮する彼に捕手のバジーナは、

“こいつは……相手にするとマズイな”

　カミーユが万全でも打たれると錯覚するほどの気迫。この試合、アラシの打席は全て敬遠し、彼にはカミーユの球を正面から見せていないが……

「――――」

　勝つためだ。
　バジーナは、嵐は敬遠して五番との勝負を選び立ち上がる。





　四番、アラシ。彼は素晴らしい打者だ。
　何度も彼の映像を見て研究した。
　俺は投手。バッターと勝負し、討ち取るのが仕事だ。

「――バジーナ……」

　スクールの頃からの相棒が立ち上がり、離れた位置でミットを構える。それはそうか……勝たなければ意味はない。負ければそこでおしまいなのだから――

「？　カミーユ」

　だが……彼らは違った。本当に楽しそうに野球をしていた。負けているのに、そう……負けているのに、だ――

「タイム」

　バジーナは審判へそう告げると、カミーユの元へ。

「どうした？　カミーユ」
「バジーナ。よく解らないんだ。頭では勝ちたいと思ってる。けど、このままでは何か違う気がする」
「……」
「このまま勝って、次に進んでその先でも同じことを繰り返して、それは本当に意味があるのか？」

　楽しそうに野球をする白亜高校。その様子に、純粋にボールを投げるのが楽しかった頃を思い出した。

「お前はどうしたい？」

　バジーナの言葉にカミーユは嵐を見る。その視線に気づいた嵐は、

“楽しもうぜ”

　と、笑った。

　次にバジーナはブライト監督を見る。ブライトは帽子を目深に被り、腕を組んで座っている。

「二度とこんな機会は無いかもしれない。自分勝手かもしれないが――」
「なに言ってる」

　バジーナはミットをカミーユの胸に当てる。

「ピッチャーの勝手を通すのが、チームの仕事ミッションだ」

　内野陣へと視線を向ける。全員の目は勝つために張りつめた様な集中ではなく、最後の砦をどうやって止めるのか期待している様だった。

「バジーナ、座ってくれ」

　カミーユの眼は打者との勝負を楽しみにする、純粋な投手の眼をしていた。

「OK　相棒。俺たちの野球を見せてやろう」

　二人はグラブをぶつけ合うと嵐との勝負を選択する。

『おっと、カミーユ。嵐との勝負を選択します。大竹さん、この判断はどうでしょうか？』
『本来であれば一回裏と同じく、四番五番は敬遠が鉄板でしょう。しかし、彼らは高校球児の前に野球少年です』

　投手なら強い打者と戦いたい。そう思うのは至極当然の事だ。





　嵐は再びバットを構える。カミーユの目つきが変わった。
　迷いが消えて誰が相手でも負ける気がしないと言う眼だ。ああ言う眼は総じて厄介なのだ。何故なら――

「ストライーク！」

　人生で最高のピッチングをするからだ。

『ここ一番のカミーユの投球に、嵐は手が出ません』

「――カモン、ボーイ」

　笑ってやがる。
　だが、俺も同じだ。相手が強ければ強いほど心が熱く、滾たぎるのを感じる。

「――――ファール！」

『嵐、芯を捉えたかと思ったら、若干振りが速かったか？！』
『ずっと敬遠され続けた嵐君は言うなればこれが初打席の様なモノです』

「ボール！」

　違う。それじゃないだろ？　お前の最高の球は――

“嵐君。君は何故、数ある球技の中で野球を選んだのですか？”

「――――」






　自分が投げる重い球を更に重くした決め球『マグナム』を投げるカミーユ。
　腰の駆動から始まり、背中、肩、肘、手首を完璧に連動させたスイングを見せる嵐。
　球場から音が消えたと感じたのはその二人だけだった。
　その二人だけが、この試合の勝敗を決められる。
　白球はくきゅうの行方は――






























「ナイスゲーム。ストームボーイ」

　フェンスを越えた先にあった――