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第56話 マスゲーム

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 三回表、一アウト、二塁。
 少しばかり本気になった明智により、嫌な流れを止めた白亜高校守備陣はゲッツーに狙いを定める。

「ストライーク! バッターアウト!」

 二巡目だが一番打者のジェリドは、調子を上げてきた明智によって難なく討ち取られる。

 これで二アウト、二塁。相手の嫌な流れは完全に切れた。この回も乗り切れる。
 誰もがそう思っていた。

『明智、初回にてヒットを打たれたジェリドを問題なく抑えました』
『流れは完全に白亜高校に動いていますね。上位打順と言えど、ヒットで守備を抜く事は難しいでしょう』

 明智の本気は、白亜側でも中々に起こせない眠れる獅子であるのだが、インナイ側がソレを知るよしはない。
 想定を越えた明智のスペックを試合中に測りきれるのか、と言うのが相手の考えだ。

“後は任せるわ”

 しかし、明智は既に省エネモード。内野陣に打たせる事をサインすると、二番打者のレコへと投球を始める。

 一投、二投、三投。一ストライク、二ボールから、四投目。
 短い金属音からの打球はファーストへの強烈な当たり。打たせる事を言っておかなければ反応出来なかっただろう。
 一塁手の嵐は反応し、ファーストミットでボールを取った。

「――は?」

 勢いのあるボールは嵐のミットを破き、その後ろへ抜けていく。

『あぁっと! 一塁手、嵐! 痛恨のエラー!』

 ボールが飛んだ時点でツーアウトの二塁ランナーは走り出し、ライトがファールラインを転がるボールを拾う頃には1点が入っていた。
 そして、ランナーはライト方面の当たりであった為に二塁を蹴って三塁へ――

「それはナメ過ぎだぜ」

 ライトの武田から放たれたボールは中継を挟まずに、ランナーが三塁に到達する前にサードのグローブに収まる。

「アウト! チェンジ!」

『おおっと! ライトの武田、レーザービームにより、ランナーを刺したぁ!』
『これは走者は迂闊でしたね。武田君は幾度かタッチアップも刺している強肩です』
『何とか1点に抑えました白亜高校。まだ試合も序盤。まだまだ解りません』





「……」

 シズカは嵐君がエラーをした所を目の当たりにして思わず、あっ、と声が出した。

「あれは仕方ない。誰にも予測できんよ」

 運が悪かった。しかし、偶然に偶然が重なり、このタイミングは致命的だ。
 シズカの手に思わず力が入る。

「チャンネル変えるか?」
「……ダメ」

 シズカは何が起こっても最後まで試合を見届ける事にした様だ。





「嵐、気にするなよ」

 ベンチに戻った白亜高校の面々は先程の嵐のエラーによる失点を気遣う。

「運がなかったッスね。まぁ、グラブは予備があるんで」
「ったく。さっきの回は嫌われたな。色々と」

 口ではそう言うが嵐はだいぶ気にしている。
 悪い流れを絶ち切れたと思ったら、中々にしつこいらしい。バッティングに影響が出なければ良いが……

「音無、ちょっとまて。全員集まれ、監督から話がある」

 出ようとしたダイキを織田は呼び止めると、獅子堂監督の周りに集まる。

「皆さん、今回の試合は少しばかり相手に流れがあります。このままでは逃げ切られる可能性の方が高いでしょう」
「……監督、指示を下さい」

 敗北は誰もが望まない。少しでも勝てる可能性を織田は問う。

「マスゲームです」

 と、獅子堂は緊張感を失くした口調でそう告げる。

「マスゲームって……部内試合の事ですか?」

 部内で適当にチームを組んでやる練習試合の事だ。殆んど遊びでやる試合のようなもの。

「皆さん、私からの作戦は何もありません。ここからはマスゲームのつもりでやりましょう」

 獅子堂監督の意図を読めない。この大舞台において、真面目な野球を捨てて自分たちの引退試合をしろと言うことか?

「いいんですか? 監督」
「構いませんよ、織田君」
「皆、聞いたな」

 織田は全員に向き直る。

「全員、フルスイングだ。考案中の技も全部試して行こう」

 深く考え過ぎて、変な深みにハマりつつある白亜高校はその言葉に背負っていたモノをこの時だけ全て取っ払った。





『さぁ、三回裏。白亜高校の攻撃は一番音無からです』

 インナイのバッテリーは、一巡目で『マグナム』を捉えたダイキは最も警戒するべき選手だと悟っている。
 最悪、ヒットに抑え、後続でアウトを取る。

「――」

 すると、ダイキはバントの構えを取った。
 あからさまなセーフティーバントを狙う様子は今までのダイキのバッティングからは考えられない行動だ。

「なんだ?」

 何が狙いだ?
 インナイのバッテリーは意図の読めないダイキの行動に間を置いて考える。

“一回外そう”
“OK”

 様子を見る為にコースを外して投げる。
 すると、ダイキは倒れる様にソレにバットを合わせて当てると、同時に走り出した。

「!?」
「ファースト!」

 一瞬、虚を突かれたバッテリーは反応が遅れ、その間にダイキは一塁へ――

「アウト!」

 バジーナが球を処理し、一塁にはギリギリ間に合った。

『これは珍しい。音無、バントをしてきました。大竹さん、これはどういう事でしょうか?』
『白亜高校は嫌な流れが付きまとっていますからね。おそらく、獅子堂監督の指示でしょう』

「少しスタートが遅れたかなぁ」

 ダイキは普段から警戒された時の奇策として、バントによる出塁を考えていた。しかし、まだまだ改良が必要だと考える。

「音無、お前。なっちゃいねぇな。俺が手本を見せてやるよ」
「お願いしまーす」

 と、二番の浅井も意気揚々と打席に立つがバントの構えを取る。

「なんだ……?」

 益々困惑するインナイのバッテリー。しかし、答えを見つけるためにも投げなければ始まらない。

 セットポジションからストライクゾーンへストレートを投げ込む。
 浅井はソレを的確に当て、捕手と三塁手の間に転がすと言う絶妙な職人技を見せつける。

「アウト!」

 投手、捕手、三塁手の間で一瞬、ボールの処理に戸惑ったが、最も投げやすい三塁手が取りファーストで刺せた。

「見たか、音無。こうやって決めるんだよ」
「でもアウトですよ、先輩」
「浅井の足が音無くらい速けりゃセーフだったな」
「ちっ、外野はうねせぇな。そうだ、音無。俺がバントするからお前は俺を背負って走れ」
「ルール違反ですよ」

 和気あいあいとし出す白亜陣営。ソレを見て何が狙いなのか解らないインナイ陣営。

「伊達!」
「おお、なんだ? 織田」
「お前の妙技『ボール弾き』の出番だぞ!」
「しゃーねぇーな!」

 打席に立つ伊達。攻撃の流れが理解できないバッテリー。『ボール弾き』とはなんだ……?

「っら!」

 初球から伊達はボールを当てた。打球は投手の股を抜けてヒット性の当たり――

「アウト!」

 だったのだが、二塁ベースに当たって、ファースト方面にぽーんと飛ぶとそのまま一塁手のグラブへコントの様に収まる。

「天才的ぃ……」
「うっはは! 伊達! お前、何やってんだ!」
「うるせー、明智! お前には出来ねぇだろが!」
「出来てもやらねぇよ! あはは」

 ベンチへ帰った伊達は皆から笑って迎え入れられる。

「守備するぞ、守備ー」

 その雰囲気は緊張感の中、大舞台で点を追う者たちではなく、まるで休日に集まって野球を楽しむ少年たちの様だった。
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