悪魔に願うはただ一つ

関鷹親

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21おかえり

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 ゆらゆらと暖かく居心地のいい場所で、リュートは何年もの間揺蕩っていた。
 柔らかな日差しと、心地のいい温度と、馴染みがある香りに包まれ、幸福を噛み締める日々。
 膜を何重にもかけられたような中で過ごすのは楽しいが、何かが違うと心が時折叫んでいた。

 しかしその意識もすぐに消え去り、また気がつけば心が叫ぶことを繰り返し続けた。
 この場所は安全で、何も憂うことがないとわかっているのに外に出たいと言う気持ちが湧き上がることもある。
 不思議な感覚だが、嫌悪感も恐怖も感じることはない。
 ぼんやりとゆったりと流れる時間と景色。
 だがそれは突如、終わりを迎えた。



「なんでお前のような欠陥品がレディオバーグなんだ? おかしいだろう!!」

 危ないと思った時にはすでに遅く、リュートは目の前にいた幼さの残る青年に盛大に突き飛ばされた。
 よく手入れが行き届いた芝生の上に頭から倒れ込んでしまったリュートは、強い衝撃を受ける。
 痛みに顔が歪んで思わず体を縮こませた。
 頭が割れそうに痛み、全身から冷や汗が一気に吹き上がる。
 すぐそばで草と土の匂いを感じ、痛みで声が漏れそうになったその時。声を上げてはいけないと脳内に警告が鳴り響き、リュートは声が漏れないようにと咄嗟に唇を噛みしめた。

「なっ、なんだよ! 俺は悪くないからな!!」

 リュートが声も発さず体を起こす気配もないことに怯えたのか、突き飛ばしてきた青年はそんな言葉を吐きながら走り去っていった。
 しかしリュートにとってそんなことはどうでもよかった。
 頭の中に唐突に流れ込んできた記憶の渦が、痛みすらも凌駕し、脳を盛大に揺らし始めたからだ。

 今はリュートの成人を祝うため、レディオバーグの屋敷で開かれたパーティーの最中だった。
 王都の端にある広々とした屋敷には、父親であるルドルフとの縁を繋ぎたい人々が集まっている。
 リュートのことを見はするが、誰もかれも魔法を使えないリュートには興味は薄いようで、本来祝われる筈の立場のなのにとても居心地が悪かった。
 そんな状態から少し抜け出そうと庭にを少し歩いていれば、会場らわざわざ追いかけてきたのか、数人の令息達に囲まれてしまったのだ。
 
 ――ルドルフ様が、父親……? 僕がレディオバーグ……?

 何故と疑問が駆け回り、すぐに彼の子供なのだから当たり前ではないかと疑問が打ち消される。
 けれどもまたそれが、リュートを混乱させた。
 浅く短くなる息を、何とかゆっくりと深呼吸に変えていけば、少しづつ記憶濁流が馴染むように流れが少しばかり大人しくなっていく。

 今現在までのリュートとしての記憶は勿論ある。
 だがそれとは別の、ロマリオの屋敷の地下で一人寂しく命の終わりを迎えた記憶が突如として蘇ったのだのだと、そこでようやく理解ができた。

 全身を炎で焼かれ、痛みとルミアスに会えない寂しさで押し潰されそうになっていれば、最後の最後で会いたいと願ったルミアスに会うことができた。
 幸福と同時に完全なる暗闇に包まれ、最後の時を迎えたはずだ。

「リュートッ!!」

 焦りを滲ませた声音で名前を呼ばれ、未だ混乱する頭のまま目を向ければ、そこには混濁する記憶と異なるルミアスの姿があった。

「るみ、あす……?」

 地下室に訪れていたルミアスはもっと背が高くて、もっと大人の顔をしていた。
 走り寄って来るルミアスは、どう見ても記憶の中の彼の容姿からは随分と幼く見えるのだ。
 けれどもそれに違和感を覚えたのも一瞬だった。
 すぐに現在までの記憶が、これが今のルミアスだと教えてくれる。

「なにがあった!!」

 倒れ込んだままのリュートを見たルミアスの顔色は、どんどん悪くなっていく。
 ふわりとした浮遊感のあと、気がつけば慣れ親しんだ香りと温もりに包まれ、ルミアスに抱きかかえられたのだと分かった。

「あ、あぁ……ルミアスっ」

 ぽろぽろと瞳から涙が溢れ落ちれば、ルミアスはギョッとした表情を見せる。
 先程から地下室にいた時よりも豊かな表情を見せるルミアスだが、それに違和感はない。
 ずっとこの表情を見てきた記憶もあるからだ。

「僕、死んだんじゃなかったの……?」
「記憶が戻ったのか?」
「わかんない、けど……多分……?」

 状況が上手く飲み込めていないリュートは、ルミアスの質問には疑問符を付けて答えるしかできない。
 リュートを抱えたルミアスは途端に顔をくしゃくしゃに歪めると、見慣れた赤い瞳にうっすらと涙を滲ませた。

「おかえり、リュート」

 今にも泣き出しそうなかすれた声で言われ、リュートは目頭が熱くなるのを感じた。
 戻ってきた。確かにルミアスの元に戻ってきたのだと、そう実感が押し寄せれば堰を切ったように涙が溢れ出す。
 古い記憶にあるルミアス本来の体よりも幾分か小さい体でキツく抱きしめられれば、その温もりと香りが全身を包み込み、記憶の奥底から細胞に至るまで幸福で満たされていくのだった。






 


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