悪魔に願うはただ一つ

関鷹親

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10悪魔と嫉妬

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 話したいことがある時に待つ時間が、これほど長く感じるとは思いもしなかった。
 いつもなら知らぬ間に過ぎている時間が途方もなく長く感じ、あてどなく部屋をぐるぐると歩いてみたり、眠くないのに寝たてみたりした。
 当然、そんなことをしても時間が早く過ぎるわけもなく。
 いつもより苦痛を伴う一人の時間を、リュートはひたすら光る砂の小瓶を見て耐えたのだった。

 その日もリュートは暗い地下室で、仄かに光る砂の小瓶を眺めながら過ごしていた。
 するとカツンと聞き慣れた靴音が聞こえ、ベッドから跳ね起きる。
 そこには待ちに待ったルミアスの姿があった。

「ルミアスっ!」

 嬉しさから、いつものように抱き着こうと駆けよれば、ふわりと嗅ぎ慣れない臭いがルミアスから香ってきた。
 その臭いに、リュートは思わず立ち止まってしまう。

「あ? どうした?」

 リュートが飛び込んでくるものだと思っていたのだろうルミアスが、すっかりと慣れたように両手を広げた態勢をとったまま、不思議そうに首を傾げる。
 すんっと空気を吸い込めば、重く、甘ったるい臭いが鼻の奥に纏わりつき、リュートは嫌悪感を隠すことができない。
 自然と鼻筋に皺が寄り、渋面を作ってしまう。

「……匂いが」

 小さく零れたリュートの言葉を即座に理解したルミアスが、指を鳴らして纏わりついていた臭いを瞬時に消す。
 部屋にはわずかに臭いが残り漂っているが、ルミアスに纏わりついてた臭いの大本はすっかりと取り除かれたていた。

「これでいいか?」
「ありがとう。……今回はどこに行ってたの?」
「西の方の宿場町にできたっていう、大きめの歓楽街に行ってきたんだよ」
「あぁ、だから臭いが……」
「女の匂いはお子様には早かったか?」
「そうじゃなくて……」

 臭いが濃く移るくらい、他人を近くに寄せたとのだとわかることが、リュートにとっては苦痛で仕方なかった。
 歓楽街ということは、近くにいたのは娼婦や、それに似た人達に違いない。
 そういった教育はロマリオに引き取られる前に教えられている。
 知識として知っているからこそ、ルミアスがそういったことをしてきたのではないかと想像ができてしまった。

 ルミアスは何百年と生きているというし、何より悪魔だ。
 そういったことも当然、沢山の経験があるのだろう。
 悪魔が出てくる物語では、そうした行為から人の精気を奪うといった描写が書かれていた。
 ルミアスにとっては至極当たり前の行動なのかもしれない。
 けれどもリュートにとってそれは、とても耐え難いことだった。

「――僕の悪魔なのに」

 思わず漏れてしまった言葉にハッと口元を押さえ、恐る恐るルミアスを窺う。
 束縛するような、嫉妬を滲ませてしまった。
 機嫌を損ねてはいまいかと不安に駆られていれば、ルミアスは驚きに目を見張ったあと、綺麗な赤い瞳を輝かせなながら、ニンマリと目を細めた。

「お前の、リュートの悪魔だって?」
「あ、の……ごめん、なさい。そんなつもりじゃなくてっ」
「ははっ、あははははっ!」

 突然笑い出したルミアスが、リュートの腰に腕を回し、体をぐいっと密着させてきた。
 いつもルミアスが現れた時に一度だけ抱き着いているが、それは一瞬のことだし、いつもそうするのはリュートからだった。
 ルミアスから自主的に、リュートに抱き着いてきたことはない。
 だが今はどうだろうか。リュートの体を抱き込み、真上から顔を覗き込まれていた。
 脈拍が一気に上がり、体が熱を持つ。
 その間も魅せられたように赤い目から視線を逸らすことができなかった。

「まさかお前が、そんなことを言うなんてなぁ。そんなこと言われてまさか……嬉しいと思うなんて、初めてだ」

 どうやらルミアスは上機嫌のようだった。
 機嫌を損ねることにならなくて良かったとほっと胸を撫でおろしていれば、ぐらりと体が傾いた。

「わっ、なになになに!?」

 リュートを抱きしめたまま長い足を動かしたルミアスが、部屋の中をくるくると回る。
 まるでダンスをするようなその動きに加え、ついにはルミアスが鼻歌まで歌い出した。
 聞いたことがないメロディは、悪魔がいる世界のものなのかもしれない。
 リュートの足はふわりと宙に浮いていて、ルミアスがターンする度に遠心力でぐるりと振られる。
 にこにこと楽しそうに笑うルミアスに釣られ、いつの間にかリュートもきゃっきゃと楽し気な声を上げていたのだった。




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