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02召喚されし者
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遠から朝を知らせる大聖堂の鐘の音が、風に乗って高く低く聞こえてくる。
どれほど眠っていただろうか。なかなか目を開ける気にはならず、意識がハッキリとするまで微睡んでいた。
思い出されるのはいつもと変わらない日常。そして非現実的な出来事だ。
あれは朦朧とした意識の中で見た夢だったのだろうか。もしくは現実から逃れたいという願いが見せた幻か。
とうとう頭がおかしくなってきたのかもしれないと内心で苦笑していれば、二回目の鐘の音が聞こえてきた。
あと一度鳴って少しすると、粗末な朝食が運ばれてくる。
それまでに起きて受け取らなければ、また夜まで食事にありつけない。そう考えていればお腹の虫が小さく鳴った。
覚醒を促すようなそれに観念したリュートは、軋む体を冷たい床からゆっくりと起こし、顔を上げたところで目を見開いた。
「やっと起きたか」
ベッドに腰掛け男――ルミアスが不機嫌さを隠しもせずに見下ろしていて、リュートはぱちぱちと目を瞬く。
寝ぼけているのだろうかと目を擦り見ても、夜よりハッキリとその姿を捉えるだけ。そうしてようやく、実際に目の前にいることを実感させられた。
あれは夢だと思っていたが、どうやら違ったらしい。
――目の前の男はなんと名乗っていたか。リュートは意識が途切れる寸前の記憶をなんとか思い出す?
「えっと……あく、ま……?」
確かそう言っていたはずだが自信がなく、首を傾げ不安そうに問えばルミアスが片眉を跳ね上げた。
「そこからか?」
面倒くさいとばかりに顔を顰めたルミアスが自身の頭を掻き、呆れたような溜息を吐いてから名乗ってくれた。
「昨夜お前に召喚された悪魔だよ。名はルミアス。ルミアス・フェゴール。どうぞよろしく? 新しい我が主よ」
赤い目を細めニンマリ弧を描いた口からは鋭い牙が見える。
よくよく観察してみれば耳の先がほんの少しだけ尖っているし、何よりも醸し出す雰囲気が人とは違っていてた。
「主って?」
「お前が俺を召喚した。だからお前が俺の新たな主人。まぁそれも、俺が飽きなければの話だけどな」
ケラケラと笑うルミアスに聞きたいことが沢山ある。
しかし一体何から聞けばいいのかと頭を悩ませていれば、耳障りな金属音が聞こえてきた。
リュートは慌てて立ち上がると、喋り出そうとしていたルミアスの口を両手で塞ぐ。
「静かに……!」
赤い目を丸めたルミアスが、焦るリュートを訝しげに見て首を小さく傾げる。
そんなルミアスのことなどお構いなしに、念のためにとベッドの後ろに隠れるように指示を出し、その上から粗末な上掛けを被せた。
「朝食です」
「あ、ありがとうっ」
階段下まで降りてきた侍従が、ベッドにちょこんと座るリュートの様子をジロジロ眺め、小さく頷いてから再び階段を登って行った。
不快な金属音が再度響いて、扉が閉まる音が聞こえる施錠音が鳴る。
それを確認し、さらに少し時間を置いてからリュートはようやく被せていた上掛けを取り去った。
「バレたら、何を言われるかわからないから」
不機嫌さを隠しもしないルミアスに慌てて言えば、眉間に皺が不快だとばかりに寄る。
深い溜息を吐かたあと、小さく古びた机に置かれた朝食に視線が流れた。
「それ、食べるのか?」
「あ、えっとルミアスさん? も食べる?」
「冗談だろ?」
机の上に置かれている朝食は、いつもと変わらない。
日が経ってカチカチになった残り物のパンに、具がなくお湯で薄められたスープだ。
下級使用人の方がこれよりもずっとまともな物を食べている――そう言われてしまったが、これしか食べる物が出されない上に、部屋を自由に出入りすることができないリュートにとっては唯一の食事。
食べなければそれすら取り上げられてしまう。
食べたくて食べるわけじゃないとやや頬を膨らませながら、きゅるきゅると鳴るお腹を満たすため、表面に少しカビが生え始めた硬いパンを手に取った。
「あーあーあー! ストップ、ストップ!」
頭をガシガシと掻いたルミアスが動きを止めさせる。
早くお腹を満たしたいのに一体なんなのだろうかと不満を露わにすれば、パチンと指が鳴らされた。
「――えっ」
目の前がわずかに光ったかと思えば、手にしていた硬いパンが温かさが残るふかふかとしたパンに変わっていた。
「いつまでぼーっとしてんだ、早く食べろよ」
信じがたい出来事に唖然としていればルミアスに急かされる。
恐る恐るパンをちぎれば、中から小さく湯気が出て、美味しそうな匂いが仄かに香った。
ひとくち噛めばバターの香りが口の中から鼻に抜ける。
咀嚼するたびに微かに感じる甘さと香ばしさはリュートの心を刺激した。
「……ぅうっ、ひぅっ」
ぽろぽろとこぼれ落ちる涙は止まらず、食べる手も止まらない。
まともなパンを食べたのはこの屋敷に連れて来られる前。
リュートはもう何年も温かく、できたてのパンを口にしていなかった。
「おいしぃ……っ!!」
「なんの変哲もないただのパンだぞ、それ」
「とっても、美味しいよ。ありがとルミアスさん」
「……それやめろ」
訳が分からず首を傾げれば、苦手なものを目の前に出された子供のようにルミアスは顔を歪めていた。
「俺のことは呼び捨てでいい。願いが叶えられるまでお前は主だからな。おころで我が主よ、お前の名前はなんだ?」
我が主と言いながらも、未だベッドの上から見下ろし尊大な態度で話す悪魔に苦笑が漏れる。
不思議と怖さは無かった。
「リュート。リュート・コールドだよ。よろしくね、ルミアス」
どれほど眠っていただろうか。なかなか目を開ける気にはならず、意識がハッキリとするまで微睡んでいた。
思い出されるのはいつもと変わらない日常。そして非現実的な出来事だ。
あれは朦朧とした意識の中で見た夢だったのだろうか。もしくは現実から逃れたいという願いが見せた幻か。
とうとう頭がおかしくなってきたのかもしれないと内心で苦笑していれば、二回目の鐘の音が聞こえてきた。
あと一度鳴って少しすると、粗末な朝食が運ばれてくる。
それまでに起きて受け取らなければ、また夜まで食事にありつけない。そう考えていればお腹の虫が小さく鳴った。
覚醒を促すようなそれに観念したリュートは、軋む体を冷たい床からゆっくりと起こし、顔を上げたところで目を見開いた。
「やっと起きたか」
ベッドに腰掛け男――ルミアスが不機嫌さを隠しもせずに見下ろしていて、リュートはぱちぱちと目を瞬く。
寝ぼけているのだろうかと目を擦り見ても、夜よりハッキリとその姿を捉えるだけ。そうしてようやく、実際に目の前にいることを実感させられた。
あれは夢だと思っていたが、どうやら違ったらしい。
――目の前の男はなんと名乗っていたか。リュートは意識が途切れる寸前の記憶をなんとか思い出す?
「えっと……あく、ま……?」
確かそう言っていたはずだが自信がなく、首を傾げ不安そうに問えばルミアスが片眉を跳ね上げた。
「そこからか?」
面倒くさいとばかりに顔を顰めたルミアスが自身の頭を掻き、呆れたような溜息を吐いてから名乗ってくれた。
「昨夜お前に召喚された悪魔だよ。名はルミアス。ルミアス・フェゴール。どうぞよろしく? 新しい我が主よ」
赤い目を細めニンマリ弧を描いた口からは鋭い牙が見える。
よくよく観察してみれば耳の先がほんの少しだけ尖っているし、何よりも醸し出す雰囲気が人とは違っていてた。
「主って?」
「お前が俺を召喚した。だからお前が俺の新たな主人。まぁそれも、俺が飽きなければの話だけどな」
ケラケラと笑うルミアスに聞きたいことが沢山ある。
しかし一体何から聞けばいいのかと頭を悩ませていれば、耳障りな金属音が聞こえてきた。
リュートは慌てて立ち上がると、喋り出そうとしていたルミアスの口を両手で塞ぐ。
「静かに……!」
赤い目を丸めたルミアスが、焦るリュートを訝しげに見て首を小さく傾げる。
そんなルミアスのことなどお構いなしに、念のためにとベッドの後ろに隠れるように指示を出し、その上から粗末な上掛けを被せた。
「朝食です」
「あ、ありがとうっ」
階段下まで降りてきた侍従が、ベッドにちょこんと座るリュートの様子をジロジロ眺め、小さく頷いてから再び階段を登って行った。
不快な金属音が再度響いて、扉が閉まる音が聞こえる施錠音が鳴る。
それを確認し、さらに少し時間を置いてからリュートはようやく被せていた上掛けを取り去った。
「バレたら、何を言われるかわからないから」
不機嫌さを隠しもしないルミアスに慌てて言えば、眉間に皺が不快だとばかりに寄る。
深い溜息を吐かたあと、小さく古びた机に置かれた朝食に視線が流れた。
「それ、食べるのか?」
「あ、えっとルミアスさん? も食べる?」
「冗談だろ?」
机の上に置かれている朝食は、いつもと変わらない。
日が経ってカチカチになった残り物のパンに、具がなくお湯で薄められたスープだ。
下級使用人の方がこれよりもずっとまともな物を食べている――そう言われてしまったが、これしか食べる物が出されない上に、部屋を自由に出入りすることができないリュートにとっては唯一の食事。
食べなければそれすら取り上げられてしまう。
食べたくて食べるわけじゃないとやや頬を膨らませながら、きゅるきゅると鳴るお腹を満たすため、表面に少しカビが生え始めた硬いパンを手に取った。
「あーあーあー! ストップ、ストップ!」
頭をガシガシと掻いたルミアスが動きを止めさせる。
早くお腹を満たしたいのに一体なんなのだろうかと不満を露わにすれば、パチンと指が鳴らされた。
「――えっ」
目の前がわずかに光ったかと思えば、手にしていた硬いパンが温かさが残るふかふかとしたパンに変わっていた。
「いつまでぼーっとしてんだ、早く食べろよ」
信じがたい出来事に唖然としていればルミアスに急かされる。
恐る恐るパンをちぎれば、中から小さく湯気が出て、美味しそうな匂いが仄かに香った。
ひとくち噛めばバターの香りが口の中から鼻に抜ける。
咀嚼するたびに微かに感じる甘さと香ばしさはリュートの心を刺激した。
「……ぅうっ、ひぅっ」
ぽろぽろとこぼれ落ちる涙は止まらず、食べる手も止まらない。
まともなパンを食べたのはこの屋敷に連れて来られる前。
リュートはもう何年も温かく、できたてのパンを口にしていなかった。
「おいしぃ……っ!!」
「なんの変哲もないただのパンだぞ、それ」
「とっても、美味しいよ。ありがとルミアスさん」
「……それやめろ」
訳が分からず首を傾げれば、苦手なものを目の前に出された子供のようにルミアスは顔を歪めていた。
「俺のことは呼び捨てでいい。願いが叶えられるまでお前は主だからな。おころで我が主よ、お前の名前はなんだ?」
我が主と言いながらも、未だベッドの上から見下ろし尊大な態度で話す悪魔に苦笑が漏れる。
不思議と怖さは無かった。
「リュート。リュート・コールドだよ。よろしくね、ルミアス」
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