運命に抗え【第二部完結】

関鷹親

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第二部-失意の先の楽園

76. 失意の先の楽園

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 数日後、千尋とレオは護衛として新たについたフレッド達数名を連れて、フレディが築き上げていた楽園のすぐ傍にある湖に来ていた。
 風が湖面を揺らすのをぼんやりと眺めていれば、遠くの方からマークスとライリーが連れ立ってこちらに歩いてくるのが見える。
 肩を並べて幸せそうに微笑みあう彼らを見て、自然と千尋の頬が緩んだ。

「千尋、ありがとうございました」

 開口一番そういったライリーに、千尋は首を僅かに傾げる。
 すると、マークスから千尋に運命の番であると告げるように言われたことと、そうでなくても惹かれていた事実を話すように言われ背中を押されたのだと言われた。
 千尋に対して暴言を吐いたこともあったライリーだったが、千尋のお陰でこうして助かることができ、さらに運命の番と番うことができて感謝しきれないのだと彼女は言う。

 本来の出来事を上手く隠し、マークスは彼女に話していたようだった。
 ちらりと視線をマークスは、照れたように微笑んだ。
 それを見ても、千尋の本能は刺激されない。上手く番うことができたのだろう。
 それはマークスも同じようで、どこかほっとした表情も見せていた。

 風で時折騒めく木々の声と、湖の水が揺れてたてる水音だけしか聞こえない静かな場所。
 千尋がマークスとだけ話をしたいと言えば、僅かにレオが眉根を寄せた。
 そのことに千尋もマークスも、周りに聞こえないようにしながら、運命の糸は既に断ち切られていてお互い何も感じることはないのだとレオにいう。
 納得はしたが気分は良くないのであろうレオを残し、他の者達と距離を取る。
 そうして周りに話を聞かれないようにしてから、千尋とマークスは湖を見ながらあまり大きくない声量でどちらともなく話し出す。

 マークスのお陰で薬の製造方法や、保管場所、関わった人物達が上げられ、それらの情報を元に既に人が動かされている。
 その情報と、千尋の後ろ盾のお陰でマークスは新たな人生を歩むことが許されていた。

「千尋から貰った連絡通り、ライリーのお母さんが経営している会社で働くことは保留してもらっているけれど……一体千尋は僕に何をして欲しいの?」

 どこか不安げに問うてくるマークスに、千尋は苦笑してから安心させるように微笑むと、考えを話す。
 フレディのように、Ωを食い物にしようとする者は多い。
 そしてライリーやアイリス、マチルドのように、幸せが訪れないことに絶望してしまうΩが多いのも事実だ。

 故に千尋は、Ωの保護施設を作ることをフレディに囚われてからずっと考えていたのだ。
 慈善事業として既にそう言った施設がないわけではない。
 だがそう言った場所よりも、手厚い保護ができるだろう。
 そしてその施設は千尋が考え作るものだが、運営に関する権限はマークスとライリーに委ねたいと思っているのだ。

「どうして僕たちに……」
「貴方達なら、真にΩ達に寄り添えるでしょう?」

 フレディの元に生まれ育ち、絶望の中であの場所を訪れたΩ達を見てきたマークスであれば。
 自身も苦しみ、逃げ出したことのあるライリーであれば、きっと絶望の中にいる彼らの光になることができるだろう。

 千尋自身も苦しみ足掻いた経験があるが、本能に抗い続け運命の番を求めたいとも微塵も考えない思考では、助けを必要とするΩ達に寄り添うこなどできるはずもない。
 だからマークス達に任せたいのだと千尋が力強く言えば、彼は視線を彷徨わせて迷うような素振りを見せる。

「それを千尋が作って僕たちが運営してって……千尋にメリットがないんじゃない?」
「そうでもありませんよ?」

 上流のα達の子供たちの安全な逃げ場所を提供することができれば、真に千尋の味方をしてくれるα達が増えるだろう。
 何よりもそこに仕事を受けたαの運命の番が居れば、それもまた評価に繋がる。
 マチルドの運命が切り替わったように、施設に来ることによって運命が切り替わるΩも増えるだろう。
 フレディの作り上げた楽園ではなく、Ω達が本当に求める楽園に近いものを千尋は作ろうとしているのだ。

「ね? 良い考えだと思いませんか?」

 資金は全て千尋が持つつもりだ。
 仕事の依頼料が使われずに眠っているので施設を好きなように建てることも、生活に必要なものを良い物で揃えることもできる。
 使われないよりは使った方がいいし、千尋の罪悪感も少しは薄れるのだと僅かに本音を話してみせる。
 そこまで話せば、目を丸くして話を聞いていたマークスが、最終的には千尋の計画に賛同したのだ。
 フレディの元に来たΩ達を助けられないことに、長年憤りを感じていたというマークスは、これでやっと彼らを助けることができると笑って見せる。

「きっと、ライリーも千尋の考えを心から喜んでくれるよ」

 そう言ったマークスに、千尋も安心して微笑みを返して胸を撫でおろした。
 彼らの性格とこれまでの経験上、断られることはないだろうと踏んでいたが、実際はどう転ぶか分からなかったからだ。
 一つ目の話が終わり、千尋は再び湖面に視線を向け静かに口を開いた。

「ところで……ライリーと番って能力はどうなりましたか?」

 問われたマークスは、千尋を見たあと少しだけ離れたとこにいるレオに視線を向ける。

「彼と番になりたいの?」
「その気持ちがないわけではないですが、それは最終手段ですよ。私達は本能での繋がりを求めているわけではないので」

 答えにどこか納得したように頷いたマークスが、ではどうしてそんなことを聞いてくるのか尋ねてきた。
 能力の使い過ぎで、これ以上何かしらの力が目覚めることに恐ろしさを千尋は感じている。
 だが施設に来たΩに運命の番を宛がう必要もそのうち出てくるだろう。
 その時にマークスに協力を仰ぎたいのだ。

「施設にきたΩ全てに運命を宛がうのかと思ったけど、違うの?」

 Ωのフェロモンから運命の番を探し出せるという新たな能力の存在を、千尋は公表するつもりはない。
 それなのに施設に来たΩ達が軒並み運命の番と出会うことになれば、まず千尋が疑われることになるのだ。
 だから施設に来たΩ達の精神安定や安心できる場所の提供はするが、全てのΩに運命を宛がうつもりはなかった。
 安心し精神が落ち着くことができれば、施設を出て自ら求めるαを探す者も出てくるだろう。

 しかしどうしても立ち直れない者が居れば、運命を宛がわなければならないことも出てくるかもしれない。
 その時に新しい能力を極力使いたくないと考えている千尋は、マークスに協力してもらいたいのだ。

「そうだね……それを仕事に使っている千尋は、それ以外であまり力を使わない方が良いかもしれないね」

 お互い能力の使い過ぎには気を付けようと笑いあう。
 能力を持つが故の悩みを一番理解できるのはお互いだけだろう。
 施設を任せることもある。自ら切り離した運命だが、良い友人関係を続けて良ければと千尋は思うのだった。

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