運命に抗え【第二部完結】

関鷹親

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第二部-失意の先の楽園

71. 救出

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 意識を、そして理性を保つのが段々と難しくなっていくと同時に、狂喜に歪めたフレディの口が千尋の項を捕えようと徐々に近づいてくる、まさにその時。
 金属の扉がものすごい音を立てて開かれ、千尋の意識は一瞬覚醒した。

「千尋ッ!!」

 名を呼ばれ上げた視線の先にはずっと待ち望んでいたレオの姿があり、千尋の心は安堵と歓喜に打ち震える。

「レオ……」

 喉が震え、掠れるようにして紡がれた言葉はレオにしっかりと届いたようで、千尋の瞳をしっかりと捉えていた。
 しかしそれも一瞬のことだ。
 レオは瞬きをする間に千尋との距離を素早く詰めると、千尋の上に馬乗りになっているフレディを引きはがし、思い切り殴り飛ばした。
 瞬間、鈍い音が辺りに響き、凄まじい力で殴られたフレディの体は棚に当たり、さらに大きな音を立てる。

「ぐぅっ、うっ」
「貴様……千尋に何をしようとした」
「ひぃいッ!!」

 倒れ込んでいるフレディの胸倉を掴んだレオは、眼光鋭く彼を睨みつける。
 薄暗い部屋の中には怒れるレオの殺気と、α特有の威圧フェロモンが部屋の中に漂い始めた。
 それらを直に当てられているフレディは、先ほどまでの狂喜に歪んだ顔を引っ込め、顔面を蒼白にさせ鼻と口からは血をダラダラと流しながら体を盛大に震わせる。

 それと同時に、千尋が熱を持っていたはずの体が急速に冷える感覚に襲われていれば、ふとレオ以外の殺気を感じ取ってしまう。
 レオの物と変わらないような、寧ろそれよりも強力に感じられる殺気に千尋は横たえていた体を起こし、その殺気の元を凝視した。
 そこには瞳に激しい怒りを宿すマークスの姿があったのだ。
 なぜ彼がここまでの怒りを露わにしているのか……すぐさまそれに思い当たった千尋はハッとする。

「許せない……許せないッ!! 僕の運命を、横取りしようだなんて!!」

 マークスは転がっていたハンドガンを手に取ると、その銃口をフレディに固定し躊躇いなく引き金を引いた。

「マークスッ!」

 千尋の小さくしか出なかった叫び声は銃声にいとも容易く掻き消される。
 定まらなかった弾丸はズレ、避けたレオのすぐそばを通過し、壁にめり込んでいった。
 普段銃を撃つことがないのであろうマークスは、反動で腕が跳ねあがり体をよろけさせていたが、鋭い視線はフレディに向けたままだ。
 息子であるマークスの突然の登場に加えて、外れたとはいえ狙い撃たれた衝撃にフレディは驚愕し、そして怒りを噴出させる。

「お、お、お前ッ! マークスッ!! よくも僕を……父親を殺そうとしたな!?」

 レオに殴り飛ばされた痛みで起き上がれないらしく、血と共に唾を飛ばしながら声を荒げるフレディだがしかし、再びマークスがハンドガンを構えたことで口を噤む。

「運命が目の前で、他のαの手に堕ちるところなんて。黙って見ていられるわけがないだろ!?」

 怒りが溢れて止まらないのか、マークスは顔を真っ赤に染め上げ荒い息を上げながら、静かにフレディに言葉を投げる。
 ハンマーを下げ、再びフレディを撃とうと構えを取ったマークスに、レオが低い声音で呼びかけた。

「どういうつもりだマークス。お前はただこの場所に案内するだけだったはずだ。アレを殺すことは認められない」

 レオの呼びかけにハッとした顔をしたマークスは、その手を震わせ始め本能に抗うように唇をきつく噛みしめた。

「千尋の項を、噛まれそうだったから……コイツを、今すぐに撃ち殺したい衝動が抑えられないッ……!!」

 だらだらと汗を汗を流し、襲い来る衝動に耐えているマークス。
 同じ能力を持つ故か、マークスにはアーヴィングやブライアンに感じたような本能的に惹かれあうことはなかった。
 寧ろお互いに距離を置きたいほどだったのだ。
 だがここに来て千尋というマークスの運命の番の一つが、それ以外の者に項を噛まれそうになる場面を目撃したことで、本能が強く刺激されたのだろう。
 薬とは違う騒きに体を抑え込みながら、千尋はそう考えていた。

 レオに話しかけられたことで飛んだ理性が僅かに戻ってきたのか、マークスは衝動に耐え、引き金をすぐに引くことはしなかった。
 しかし依然と銃口はフレディに向けられていて、引き金には指がかかったまま。いつでも撃てる状態なのは変わらない。

 レオはそんなマークスに慎重に近づいていくと、素早くマークスが持つハンドガンをその手から抜き取る。
 一瞬で無力化されたハンドガンは、バラバラに分解されて床に落ちていった。
 至近距離で背の高いレオに見下ろされる形となったマークスは、怯える様子を見せながらも気丈に対峙している。

「それは、お前が千尋の運命の番だからか?」

 レオの言葉に体を揺らしたのは千尋だけではなかった。
 眼光鋭く睨まれたマークスは、ごくりと喉を鳴らしてレオを凝視する。

「お前は千尋を選ばないんじゃなかったか? やはりあれは嘘か」

 サブマシンガンのを躊躇いなくマークスに向けたレオの表情は冷酷そのものだ。

「嘘ではないです……僕は、理性で。ライリーしか選びたくない……」
「信用ならんな」
「でも、僕は本当に、ライリーだけがいいんだ」
「では今お前が取った行動はなんだ? 運命の番はどうやったって惹かれ合う。そしてそれは、より良いΩの方に傾くのが必然だ」

 どこか悔しそうに顔を歪めたマークスにレオが鼻で笑う。
 レオが言う通り、いくら理性でライリーを求めようとも、本能は別なのだ。
 こんな状況であればこそ、なおさら本能が刺激されることだろう。今も理性を保てている方が可笑しいくらいなのだ。

「お前はこれから、今まで以上に千尋に執着するだろう。それを私は許すことができない。千尋に運命の番は必要ないからな」

 底冷えするほどに表情を消したレオは、マークスを消し去ろうとサブマシンガンの安全装置を外したのだった。
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